軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恋愛初心者  後編

幸いなことに辺境伯ということで、いざという時のために城内に居住区域があるから、私のメイドや執事は城内に住んでいる。

子供達だって家族だって、みんな城内で生活しているから安全なはず。

でもお友達は?

……いえ、大丈夫よ。みんな高位貴族の御令嬢だもの。護衛がちゃんとついているわ。

「それも、カミルだって一緒よ」

「だから俺の周りには戦えないやつはいない」

「その人達の家族は? 子供は? 今はいなくてもいずれは結婚だってするでしょう? 私と関われば、一生その心配は続くのよ」

「ディア」

真剣な眼差しで不意に手を握られて、びくっとしてしまった。

「ばれるから普通にしていて。手だけならソファーの背凭れで隠れて見えないから」

「え……ええ」

今、ちょっと笑ったでしょ。

慣れていないんだからしょうがないでしょう。

振り返ってブラッドの顔を見てしまいそうになって、慌てて堪えた。

握られている左手にも視線を向けたいけど、それもためらわれてしまう。

カミルの手って、こんなにごつごつしていたかな。

熱いくらいに温かくて、私の手はすっぽりと包まれてしまっている。

「ばれても平気だとは思うけどね。窓際だとひとりがけの席で、距離が遠いだろう。だからブラッドはここに案内してくれたんじゃないか?」

そこまでは考えていなかった。

さすが嫁がいる男は違うわね。

「俺は、自分と周囲の身を守れるように、今動いている。それでディアと会う時間が取れなくなっていたけど、もっと会えるようにするよ。どんな危険があってもきみと離れるなんてありえないから」

「でも……」

嬉しいけど、やっぱり心配だ。

まだ十四歳の彼にそんな重荷を背負わせていいのかな。

「でもじゃない。それとももう俺がいやになった?」

すぐそばから見つめてくる黒い瞳はとても澄んでいて綺麗だ。

真剣な顔になっているせいで、少し目つきが悪くなっちゃっているけど、そういう顔も魅力的だと思う。

カミルは来るたびに異国の話をしてくれて、短い時間でも彼と過ごす時間はとても楽しい。

それに…………やっぱり好きだし。

「いやじゃない」

「だったら、ちゃんと話してほしい。俺も話すようにするよ」

「でもあの……待っててくれって言ってたじゃない? お父様がすっかり乗り気になってしまって、もう他国にも娘をまかせられる男はいないから、婚約は十五になってからでも、挨拶は済ませておきたいって」

「その方が俺もありがたい」

「え?」

「まさか恋愛に関してだけ、きみがこんなに消極的になるなんて思ってなかった。不安にさせたり、離れようなんて考えられてしまうより、話を確実なものにしてしまいたい」

うう……むしろ心配事を増やしてるよね。ごめんよー。

恋愛だけは、前世の記憶が全く役に立たないんだよー。

「って、ちょっと、手を撫でないでよ」

「あ、すべすべして手触りがよかったから無意識に」

言いながらも撫でるのはやめなさいよ。くすぐったいから。

みんなに隠れて手を繋いで、しかも手の甲や指を撫でられてるって、薄い本でありそうなシチュエーションよね。

うわーやめろ、私。そんなことを考えたら顔が赤くなるから。

「ディアは、まだそこまでは話を進めたくないのか?」

「……え? あ、いえ」

手を撫でまわされると落ち着いて話を聞けないから、ぐっと拳を作って防御したら、カミルの眉が不満げに寄せられた。

「……確かに少し早いけど、ルフタネンでは十四くらいで結婚する子もいるからなあ」

「帝国の法律では、特別何か理由がなくては十八までは結婚出来ないでしょう。まだ六年あるのよ?」

「その間に心変わりするってこと? ディアって、前世では何人くらいと付き合ったんだ?」

「え? カミルが初めてだけど」

答えた途端に、カミルの表情がぱあっと明るくなった。

さっきから手を広げさせようとしていた動きも止まった。

「じゃあ、こうして恋人と手を繋ぐのも、プレゼントを贈り合うのも、婚約するのも全部初めて?」

「そうね」

「そうか……初めてか」

「初めてって連呼されると……なんかエッチだ」

「え? 何?」

「なんでもないわ!」

「俺が初めてってことは、あまり恋愛に縁がないんだよな。それなのに、六年で心変わりするのが心配なのか?」

「私じゃなくて、カミルがね!」

「それはないな。ディアみたいな子は他にいないだろ」

なんでよ。ルフタネンにだって可愛い子はいっぱいいるでしょう。

優しい子も、楽しい子も。

「精霊王と仲が良くて、商会の仕事をバリバリやっている子なんていないよ」

「そっち?」

「一緒に商会をやれるのが楽しみなんじゃないか。旅行に行こうって話したばかりだよね。もう忘れているんじゃないよな」

忘れてないよ。

それでもちょっと不安になるのよ。

こうして会っていると、心配するなんて馬鹿だなって思うけど。

恋をするって、思っていた以上に大変だわ。

「第一、ディアみたいな子が他にもいたら、この世界が大変だ」

「どういう意味よ」

カミルは笑いを漏らしながら、機嫌よさそうに今度は両手で私の手に触れた。

その触り方が、力を入れたら壊してしまうと思っているような、大事そうな触り方なのよ。

だから私はまだ拳を握ったままで、その手をカミルが両手で包み込んで手の甲を撫でている。

いまだに女の子相手の時の力の加減がわからないのかしら。

いつの間にかカミルの手を見てしまっていて、カミルも釣られて下を見てしまって、ブラッドの白々しい咳払いではっとして、少しだけ離れて座り直した。

手は繋いだままで。

「じゃあ、話を進めてもいいのかな?」

「そうね。シロもいるし大丈夫よね」

『呼んだー!?』

不意にカミルのバングルが消えて、見慣れた白いモフモフが空中に姿を現した。

『ひどいよー。呼ぶの遅いよー』

「呼んでない!」

『ディアーー!! カミルがひどいよー』

文句を言いながらシロが飛びついてきたので、自由な方の手で抱き留めた。

『ディアはいい匂いがするー!』

「こ、この! なんでディアに抱き着くんだよ」

なんというか、力が抜けたわ。

とっても真剣に不安になっていたのが馬鹿らしいというか。

これでカミルが心変わりしたら?

帝国でもルフタネンでも生きて行けなくなっちゃうわよね。瑠璃も許さないと思う。

彼としてはもう、とっくに覚悟が決まっているのかも。

『やーい。羨ましいだろう』

「う……呼んでないからバングルに戻れ」

『忘れているみたいだから教えに来たのにー? 話を進めるなら、瑠璃様にも挨拶しなきゃダメだよ。他の精霊王もきっと来るよー』

ですよねー!!

「そうだったわ。この後、お父様から話がしたいって、家族が揃って待っているんだけど」

「お、おう。わかった」

カミルってば背筋を伸ばして襟元を整えて、すっかり緊張しちゃったみたいだけど、本当に大丈夫?

「ルフタネンにも行って、国王陛下に挨拶したいって」

「それはいつでもいいよ。ああでも、きっと大歓迎したがるから、余裕を持ってきてほしいかな。どうせカフェがオープンする時に来るんだろう? 来年の初夏にはアンディの戴冠式もあるし、年が明けてからは何回も行き来することになりそうだ」

あー、そうだった。戴冠式があるんだ。

私が王冠を運ぶ? 被せる? その話もどうにかしなくちゃいけないのよね。

あの時は精霊王達に祝福してもらう形にすればいいと思って引き受けたけど、そのあたりの具体的な話もしていないのよ。

この婚約は国と国との関係にも関わるから、二年くらいの余裕があった方がいいのかもしれない。

カミルは来年十五歳になって、デビュタントだ。

その年はアランお兄様もデビュタントだから、両方のお祝いをしなくちゃいけなくて忙しくなりそうだし、意外ともうのんびりしていられない?

来年からの忙しさが、とんでもないことになりそうな気配が……。

「早すぎるなんて言っている場合じゃない?」

「島同士の折衝でも、意外に日数がかかるんだ。これが国と国になったら、もっと面倒な手続きが必要になるだろうね」

そうか。

私も腹をくくらないといけないのね。

「それに、今一番心配なのは、この冬の学園生活だ。ベジャイアのアホ英雄やシュタルクのよくわからない男が来るんだろう」

「いっさい会話していないしかなり距離が離れていたのに、私が覚えていないことに驚かれるっておかしいよね」

「向こうにしてみれば、忘れられない出会いだったのかもしれない」

それで私の後をつけて来たから、違う場所にもいたの?

キモイわ。マジキモイ。

ヤンデレは苦手なので、私に近付かないでほしい。

「それにあの好き放題していた王子が、アルデルトにだけは遠慮していたのも気になる」

「遠慮してたかしら?」

ヤンデレのことはちらっと調べてみたのよ。

でも説明された以上のことは、ウィキくんに書いてなかったの。

ニコデムス教徒でもないみたいなのよね。

「あいつには気を付けろよ」

「気を付けはするけど、情報は欲しいわ。ニコデムスには貸しがたくさんあるのよ」

お友達に毒を盛ったうえに、カミルを暗殺しようとしているかもしれないじゃない。

シュタルクの中に、ニコデムスはだいぶ入り込んでいるみたいなの。

王都を砂漠化された逆恨みで、ニコデムスに入信する貴族もいるんですって。

「ディア、悪い顔になってるよ」

「あら、失礼いたしました。私ったらつい……うふふ」

「たのむからおとなしくしていてくれよ」

それからすぐブラッドに時間が押し迫っていることを告げられ、私とカミルは家族のいる部屋に移動することになった。

恋人を両親に引き合わせる娘の心境って、心臓バクバクよ。

カミルも髪を手櫛で整えて大きく深呼吸してた。

「こちらです」

案内されたのは、普段家族が愛用している部屋のひとつだ。

四歳の時、精霊の育て方の話をしたのもこの部屋よ。

あの時は椅子に座ると床に届かなかった足が、もうしっかりと届くようになっている。

そこにゆったりと腰を下ろした両親とふたりのお兄様達。

美形の迫力ってやばいと改めて感じたわ。