軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベリサリオの本気

王宮で仕事でもしていたのか、カミルはいつもの民族衣装姿だ。

普段の仕事用なんだろう。正装よりも飾りが少ないので黒い部分が多くて、華やかな装いの人達の中でひとりだけ目立ってしまっている。

前もってシロに事情を聞いていたとしても、他国の皇宮で、大勢の人達がいる中に突然転移して来て状況がわからないんじゃないかな。

「無事のようだな。……各国の精霊王が来ているのか?」

すぐ横に私がいることに気付いてほっとした顔をして、それからぐるりと周囲を見回す。

小型化した精霊獣達がカミルの頭上でふよふよ上下に揺れて落ち着かないのは、精霊王に囲まれているからかな。帝国の精霊王とルフタネンの精霊王が周りにいるからね。

「そうなの。シロに話を聞いているんでしょ?」

「ああ……うん、まあ……」

『ちゃんと話したよー。瑠璃様が呼んでたって。ベジャイアとシュタルクの男達が、ディアを取り合っていたってー』

うはあ。やめて。得意げに言わないで。

横でカミルの機嫌が急降下していく気配がするだろうが。

それに、彼はやらなくてはいけないことが多すぎる。

まず精霊王達に挨拶して、次に皇太子に一礼して御挨拶。

既に公爵としてルフタネン王の仕事を手伝い、外国との協議の場にも何度も顔を出しているカミルは、そつなく各国の代表との挨拶も済ませた。

どこぞの王子や英雄とは違うよ。

というか、これくらいしなよ。国の代表としてこの場にいるんだから。

「やあ、久しぶりだね。ベジャイアの英雄さん。和平交渉以来じゃないか?」

でも、ベジャイアの英雄に向き直った途端、カミルの態度が変わった。

すぐに一歩前に出て私を隠すようにして、棘のある口調と声で話しかけている。

目つきわるっ。

表情で喧嘩売っている感じ。

「これは驚いた。イースディル公爵は自国だけじゃなく、帝国の精霊王にも気に入られているのか」

元は敵国の若い英雄と少年の公爵とか、腐っている御婦人方が大喜びする組み合わせだわ。

ただし現実は甘くない。

若い英雄は色っぽい女性が好きで、少年公爵は変わり者の妖精姫を気に入っている物好きらしいよ。

「そちらこそ国内が大変な時に、留学する余裕があるとは意外だな」

そうなんだよね。

長い戦争が終わって国土が荒れて、働き手の若い男性もだいぶ減って、ベジャイアは食糧確保が大問題になっているはず。

それを言えばシュタルクだって砂漠化のせいで、帝国からの輸入に頼っているはずなのに、あのでかい態度はなんなのさ。

「風の精霊王が妖精姫との婚約を決めろとうるさくてね」

「なんだと」

「カミル、ちょっと待って。ガイオはお子様は嫌なんですって」

「はあ?!」

さっき殴り掛かりそうな勢いだったくせに、ガイオが私を気に入らなかったと聞いたら呆れた顔になった。

「どこぞの公爵が手を出すなとうるさかったしな」

「当然だ。この遊び人が」

「ふたりは仲良し?」

「仲は良くない。和平交渉の席でもこの態度のせいで最初は決裂しそうになったんだ。だけど話せばわかるというか何もわかっていないというか、最終的にはみんなに気に入られるというのがこの男のずるいところだ」

あー、基本悪気はないからな。相手の懐に潜り込むのは得意そうだ。

でも、嫌いな人にはとことん嫌われるタイプだよね。

因みに私は、許されるとわかっていて甘えてこういう態度を取る人は嫌いです。周りが苦労させられるから。

「私としては彼女を気に入ったんだが……ベリサリオ嫡男の婚約者だそうだ」

ガイオが示した相手がスザンナで、彼女の隣に凍り付きそうなまなざしのクリスお兄様が立っているのを見たカミルは、額を手で押さえてうんざりとため息をついた。

「自殺願望があったのか」

「なんでだ? おまえのお気に入りの妖精姫に手を出すよりいいだろう」

あなた達、私のいないところでどんな話をしているのよ。

私とカミルがベリサリオ家公認だって、もう外国の人も知っているの?

勝手にカミルが広めているってこと?

あれ? でもクリスお兄様は黙ったままね。

ガイオがひどすぎて、カミルにまで文句を言う余裕はないのかしら。

「ベリサリオ次期当主の妹の妖精姫を侮辱して、婚約者を口説いたんだろう? ベリサリオに喧嘩を売るなんてベジャイアを亡ぼすつもりか?」

「……いや、今はベリサリオは……」

「ベジャイアだけじゃないぞ」

クリスお兄様はスザンナの肩を抱いたまま私の傍まで移動して、皇太子のいるテーブルのすぐ前で床に座り込んでいるシュタルクのメンバーを顎で示した。

「シュタルクもディアを国に連れて帰りたいとしつこいんだ。精霊が傍にいないと、王都に運んだ途端に食料が腐る状況だというのに、よく皇太子殿下の前であんな態度がとれたものだ」

「ああ、シュタルクの王子がいるのか。それはちょうどいい」

あいかわらず目つきの悪いままカミルがクリスお兄様の隣に並ぶ。

ふたりから漂う敵意のオーラがすごいよ。

見下ろされる形になったアルデルトはむっとした顔で立ち上がり、真っ青な顔でへたり込んでいたシプリアンは、ギヨームや慌てて駆け寄って来た警護の者達に抱えられて引きずりあげられた。

「いい加減、暗殺者を送り込んでくるのはやめてもらいたい。こちらには精霊獣がいるんだ。無駄だぞ」

……今、なんて言った?

暗殺者? カミルに?

「言いがかりはやめてもらおうか」

「言いがかり?」

『違うよー。シロが捕まえたり、カミルの精霊獣達がやっつけたり、何人もいたよー。みんな、シュタルク人だったよー』

精霊獣は嘘をつけない。

それにカミルがこの場で言うということは、ルフタネンはもう証拠を押さえているんだろう。

「暗殺ですって? なぜ?」

聞くまでもない。私のせいだ。

彼らはカミルが邪魔なんだ。

それで瑠璃はシロをカミルに預けたの?

「我々はそんなことは知らない!」

「指示を出しているのはエリサルデ伯爵だと犯人が白状したよ」

「ああ、そいつはベジャイアの国境の町から女性を攫うやつらの親玉だ。裏の仕事を請け負っている奴なんだろう」

他国から女性を攫い、カミルを暗殺しようとしているくせに、なんでこいつらはこんなに偉そうにしているの?

自分達は何もしないで、私さえ国に呼べばどうにかなるなんて甘いことを考えて。

「今後一切、私がシュタルクに行くことも、あなた達に助力することもあり得ないわ」

「な、こんな小さな島国の王子などを、どうして選ぶんだ! 我が国のほうが歴史が古い由緒正しい高貴な国だ!」

「だからなに?」

過去の歴史を大事にするのと、過去にしがみつくのとは違う。

間違っていたことは正していかないと。

「帝国だって、精霊王の森を破壊しただろう。我々と同じだ。なのになぜ帝国は許されて我々は許されないんだ」

この王子は、そこからわからないのか。

きっと周りの大人達が同じ考えで、子供達にそう教えているんだろう。

「そうね。帝国も一度は精霊王を怒らせたわね。でも非を認めて謝罪して、皇都の中に新しく森を作ったのよ。魔力の多い貴族や学生達が、森を育てるために魔力を放出しに通ったの。今では精霊を育てることを国民全員に推奨して、精霊のいる場所を守っているわ。あなた達は何をしたの? 女性を攫う? カミルを暗殺? 犯罪ばかりしているじゃない」

カミルは怒りに拳を握り締めた私の手を取り、軽く上下に揺らした。

「俺なら大丈夫だ。だから落ち着こう。精霊獣達がシュタルクのやつらにとびかかりそうだ」

私の怒りを感じて、精霊獣達がいつでも飛び掛かれるようにシュタルクの人達を取り囲んでいた。

やばい。妖精姫が他国の人間に怪我をさせたりしたら大問題だ。

「いや、ディアが怒るのも当然だ。私としても両国をこのままにはしておけない」

クリスお兄様の冷ややかな声と言葉に、精霊王と会えて話し込んでいたリルバーンやデュシャンの人達も、さすがにこちらに注目した。

キース達だってモアナとマカニの傍に待機している。カミルに暗殺者が差し向けられていたなら、彼らだってずっと警戒状態で暮らしてきたんだろう。

いつからよ。

クリスお兄様は知っていたの?

皇太子は? お父様は?

「私はこれでもベリサリオ嫡男だ。妹を侮辱され、婚約者を侮辱され、私自身をないがしろにされて放置は出来ない。これはベリサリオへの敵対行動だ。さらに殿下の御前での両国の非礼な態度もこのままにはしておけない」

静まり返った室内にクリスお兄様の声が響いている。敵対行動って言葉は重いよ。

ベリサリオへの敵対行動か。国際問題勃発だ。

「いかがいたしましょうか、皇太子殿下」

皇太子は椅子に座ったまま顔を少し横に向け、

「ベリサリオ辺境伯、おまえも言いたいことがあるんじゃないか?」

壁際に控えていたお父様をそれはそれは楽しそうに呼んだ。

「発言してもよろしいですか」

「もちろん」

「どうやらシュタルクとベジャイアは、このような場で好き勝手なことをしても帝国は何も出来ないと誤解しているようです。それをこのまま放置すれば帝国の威信にかかわります」

「そうだな。俺としてもガイオとシプリアンの態度は放置出来ない。食糧輸出を止めるか」

「なっ!」

「……」

お父様と皇太子のやり取りを聞いて、両国の人達の顔色が変わった。

いや、普通に考えてこうなるでしょう。

なんで驚いているのよ。

「そうですな。今回は子供の集まり。十八の伯爵や十九の王子が子供かどうかは疑問が残りますが、明後日からの正式な行事ではなくこちらに参加させたということは、二国ともこのふたりを子供扱いなのでしょう。ひとまず正式な各国代表の態度と、この件に対する対応は見るとして……彼らにはお帰り頂きましょうか」

このまま帰しちゃっていいの?

二国とも無礼千万だったのに?

「ディア。彼らをいちいち港まで送り届けるのは面倒だ。ベリサリオの城に入れたくないだろう」

座ったまま、横柄な態度で肘をついて話している皇太子に頷く。

たぶんこれは、皇太子がそれだけ力を持っていると見せるための演技だね。

そのくらいは私にもわかるわよ。

「ここから直接港に帰ってもらおう。そっちの壁を使ってくれ」

「はい。アンディーお兄様」

私が笑いながら答えた途端、ガイオもシュタルクのメンバーもぎょっとした顔でこちらを見た。

何よ。私が皇太子と仲良しだとおかしいの?

「イフリー手伝って」

いつものようにイフリーの背に座り、壁の端のほうから上へ指先で線を描くように壁をなぞっていく。天井までぶつかったら今度は横に移動よ。

「いつもの場所に繋げるんだよ」

「はーい」

お父様が言っているのは、グラスプールの港にある倉庫の壁に空間を繋げろってこと。

城から荷物を運ぶ時やまとめて人を転移したい時だけ、私が空間にドアを作ってあげるんだけど、突然空間が切り開かれたらみんなびっくりしちゃうでしょ? 突然じゃなくてもびっくりするか。

だからいつも同じ場所に空間を繋げるようにしているの。

それに壁に扉を作る方が、何もない場所で空間を繋げるよりも安心感があるみたいよ。

今回は必要じゃないとわかっているけど、かなり大きく空間を繋げることにした。

妖精姫はおとなしいお淑やかな御令嬢だなんて思わせるのはもうやめた。

今までかなり派手なことをしてきたのに、話を聞いただけの人達は、私が女の子だってことで甘く見る。

このままじゃ駄目だ。私は怒らせたらやばい子だと思わせた方がいい。

じゃないと、これからもカミルやお友達が危険な目にあう可能性がある。

壁の端まで移動して今度はまた下に降りていく。

背後にたくさんの視線を感じるし、小さな囁き声も聞こえてくる。

なんとでも言って。

皇太子に以前から注意はされていたけど、いざ実際にカミルの命が狙われていると聞くと、怒りがわくし心配で何かしないではいられない。

私の関係していることなのに私の知らないところで、みんなが何か計画しているのは納得いかないし、守られる側にいるだけなのは嫌だ。

準備が終わりイフリーから降りて、線で囲った場所の真ん中に立つ。

壁をポンと軽く人差し指で突いたら、ひゅんと壁が消えて、グラスプールの港の風景が現れた。

「うわ」

思わず驚いた声をあげたのは私だ。

なぜならまるで私を出迎えるみたいに、港にずらりとベリサリオの兵士が並んでいたからだ。

明るい日差しにターコイズグリーンの制服が眩しい。

風に揺れる記章がキラキラと光を反射している。

彼らの足元にはずらりと精霊獣が並び、頭上には精霊が浮いていた。

そして一番奥に見えるのは海軍の船だ。その甲板にも兵士が並んでいる。

「皇太子殿下に敬礼!」

お父様の号令に合わせ、兵士たちはいっせいに剣を少しだけ引き抜き、かちりと音をさせて鞘に戻し、踵を打ち鳴らして胸に手を当てた。