軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ただのシスコンではない  クリス視点

会合が終わってすぐ、説明しろとアンディに言われ、家族と別れて皇宮に残った。

他の貴族も同席だったら、ベリサリオの内政に口を出すなと文句を言って帰ろうと思っていたのに、アンディの他にはギルとエルトンしか同席していない。

こういうところ、そつがない。

パウエル公爵や側近共のように、この方こそが次期皇帝に相応しい、 類(たぐい) まれな存在だとは思いやしないけど、いい皇帝になるとは思うよ。優秀で、時には冷酷にもなれるのに基本甘いし。

通されたのは執務室ではなくて、こぢんまりとした皇太子用の居室のひとつだ。

客室に通されるより、親しいと示してくれているとか信頼されているとか喜ぶ場面なんだろうか。

転送の間からどんどん離れて歩く距離が長くなるから、その辺の部屋でさっさと話をしてくれていいのに。

「ベリサリオはカミルをディアの相手に決めたのか?」

「決めてないよ」

「……」

なんだよ、この空気。

もしかしてこれで話は終わりか?

ここまで歩いてきた時間を返せ。

「いやでもさっき、カミルが立候補したって言ってましたよね?」

意気込んでエルトンが聞いてきた。

付き合いが長い分、僕の態度に慣れていて立ち直りが早い。

「立候補はしたらしいよ。ディアに直接。でもルフタネンからベリサリオに正式な打診があったわけじゃない」

「ディアはなんて?」

「本人に聞きなよ。そんな個人的なことを、僕は知らないよ」

「そんなにカミルとベリサリオ辺境伯家が親しくなっているとは知りませんでした」

「おや、エルダはきみに報告しないのか」

なぜエルトンに教えてやらないといけないんだ。

おまえはもうブリス伯爵家の人間じゃない。男爵として独り立ちし、中央の貴族になったんだ。

それ以前に、皇太子の側近に馬鹿正直に情報を流してやる気はないしね。

「妹は知っていたんですか?」

「だからさ、僕は知らないよ。去年の末からルフタネン一行がベリサリオにいた時、僕はここできみ達と一緒に仕事をしていたんだよ? 僕が聞きたいよ」

ったくむかつくカミルの野郎。母上まで味方につけやがった。

近衛騎士団の演習にアランを行かせたのが間違いだった。せめてあいつがベリサリオに残っていれば……。

「クリス、真面目に答えてくれないか。ディアは彼を選ぶ気なのか?」

「真面目に答えているよ。僕は知らない」

「それでいいのか」

椅子に座っているのは僕とアンディだけ。

ギルは憮然とした顔でアンディの斜め後ろに立ち、エルトンは僕とアンディの間、テーブルの横に立っている。

どう見ても一対三の状況だ。

それを気にして精霊獣達が小型化してテーブルの上でアンディや側近ふたりを睨んでいる。

ただ、子猫の姿だから癒しにしかならない。

「いいも悪いも選ぶのはディアだ。妖精姫が選んで決めたら、誰も文句はつけられないだろう」

「カミルを選んだら、妖精姫が帝国を去ることになる」

「そうだね」

「ベリサリオからも離れてしまうぞ」

転移魔法を使えるのに、距離に何の意味があるんだよ。

会いに行きたくなった時にいつでも飛んでいけるように、今うちの家族は母上とディアに転移魔法を教えてもらっている。

ディアの場合、教えてくれているつもりでもまったくわからないけどね。

実際は精霊獣が精霊獣に教えるんだけど、空間を切り裂くあのやり方を、僕達にも覚えさせようと必死になっているディアは可愛い。

ただあれは、普通の人間には無理だ。

「たとえそうだとしても、僕は兄として、ディアの幸せを一番に願うよ」

どうせ商会の仕事があるから、カミルは今でも月に何度かベリサリオに来ている。なんなら、こっちにも新居を作ったっていい。

カミルのためじゃないぞ、ディアのためだ。

ルフタネンに行くなんてことになるなら、レックスとネリーだけじゃなくて他にも何人かベリサリオの者を連れて行かせよう。護衛も何人か付けてもいいかもしれない。一個小隊くらいはつけてもいいんじゃないか?

「本気で言っているのか?」

「じゃあ、誰が相手ならきみは納得するんだよ。帝国にカミルよりましな奴がいるなら教えてくれ」

「クリス、いくらなんでも失礼だ」

「いいんだギル。私はクリスの本音が聞きたいんだ」

本音なんて言うか馬鹿。

おまえは次期皇帝で、僕は次期辺境伯だ。

ベリサリオは今でも、いつでも独立出来るように態勢を整えている。

帝国に所属していた方がベリサリオのためになるのなら、いくらだって皇族に頭を下げて命令を聞こう。

だけど、今度また中央でくだらない権力争いや権力の私有化をしやがったら、他の辺境伯も巻き込んで独立してやるからな。二度は助けない。

「ダグラスはどうだ? ヘンリーもいる」

「この期に及んでまだ、全属性の精霊すら持てていない阿呆は話にならない」

「それは……まあ確かに」

「それにあいつらは、ディアをちょっと変わっているけど付き合いやすい可愛い子くらいにしか思っていない。彼女の異常さもこわさも才能も、何も理解していないで守れるわけがない」

「カミルはわかっているのか」

「そのようだ」

「……なるほど」

腕を組んで天井を見上げたアンディの口元が、微かに笑っているように見えたのは気のせいだろうか。

カミルは何日か皇宮に宿泊していた。アンディと話をする機会もあっただろう。

僕の知らないところで、ふたりの間で何か話が進んでいる可能性もあるのか?

……僕だって、出来ればディアを帝国内のやつと結婚させたい。

他国の精霊王までぞろぞろと顔を出すまでは、いずれダグラスあたりとの婚約が決まるんだろうと思っていた。

あそこは領地の場所もいい。

カーライル侯爵は優秀だが野心がなく、領地は昔ながらの経営を続けている。

ディアがあそこで好きに動いたら、本人にその気がなくても実質は彼女が領地経営を牛耳ることになるだろう。

でも予想していたよりずっと、カーライル侯爵は保守的だった。

いや、帝国貴族のほとんどが、今は保守的になっている。

精霊王が現れて、どこも領地経営がうまくいき、国がまとまっていい雰囲気なんだ。わざわざ妖精姫という劇薬を自分の家に招き入れたいとは思わないんだ。

「あいつらはいいやつだが、苦労知らずだし年相応の考え方しか出来ない子供だ。あのバントック派の毒殺事件のあった日、ふたりともあの場にいなかったんだよ?」

「それは危険だから次期当主を参加させなかったのでは?」

「危険? 第二皇子の誕生日の茶会がか? エルトン、それは毒殺事件が起こった後だから言える理由だ。それとも彼らは、あの日あそこで殺人が行われると知っていたのかい?」

「そちらではなく、皇帝と将軍を捕らえるという方が……」

「なるほど確かにな」

「殿下」

「野心があれば、あるいは先を見通す目があれば、あそこに嫡男を参加させた方が得だとわかったはずだ。現に、ノーランドとコルケットの代替わりが揉め事なく終わったのは、次期当主があの場にいた実績があったからだ。デリックはグッドフォロー公爵家の三男でありながら、全公爵家と辺境伯家に可愛がられ、長男よりいい仕事についている」

あの日、まだ成人もしていない子供の側に立った者達を、皇太子はずっと重用するだろう。

彼はまだ十五だぞ。

彼が皇帝になり、子供に後を継がせるまで何十年だ?

あの時、あの場にいたかいなかったかが、どれだけ大きなことか。

「いやでもあの時彼らは、まだ六歳と七歳ですよ」

「忘れたのかい、ギル。あの時、女性陣は参加していたんだよ。モニカもスザンナもパティもイレーネもだ。ディアもパティも六歳だったよ」

「……そうでした」

あれから五年。ダグラスもヘンリーもジュードだって、まだディアの仲のいいお友達のままだ。男として意識されてもいない。

いや、ちゃんと友達として認識されているかも怪しいぞ。アランの友達だと思われているのかもしれない。

「もうひとつ。これが重要なんだけど、カミルに帝国のやつが勝てない理由がある」

「ほう……」

「個人的に精霊王に非常に好かれている。あんなに全属性の精霊王と親しいのは、帝国では僕とアランくらいだろう」

「そうだったな」

背凭れに背を預けて天井を見上げたままアンディが答えた。

「百年くらい前に精霊王が後ろ盾になった賢王の子孫でしたか。特にモアナ様は、ずいぶんと公爵を気に入っている様子でしたね」

エルトンはテーブルに手をついてうなだれている。

そうなんだよ。あの野郎、なにげに条件を全部奇麗にクリアしているんだよ。

だから文句の言いようがない。

でもむかつく。

僕の妹が、あんな目つきの悪い異国の男に取られるなんてありえない。

今ならまだ間に合うんだ。誰かいないのか!

相手が誰でもむかつくんだけどな!

「納得してもらえたかな?」

「ああ、おまえがどう考えているか知ることが出来てよかった」

ようやくこちらを見た顔は、気落ちしている側近達とは違って平然としていた。

つまりこいつが知りたかったのは、ディアの置かれた状況でもカミルの考えでもなくて、それをベリサリオと僕がどう受け止めているかだったのか。

「……だったら僕はベリサリオに戻るよ。ディアを見送りたいし、注意事項をきっちりと伝えておかなくては」

「気を付けてと伝えてくれ」

声も普段通り。

ダグラスの名を出したからディアを他国に嫁がせたくはないのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

まさか、ディアを脅威と思っているんじゃないだろうな。

……気に入らない。

「そういえば……」

足を止めて振り返った途端、エルトンとギルが身構えた。

ふたりににっこりと笑いかけてから、嫌そうに少しだけ顔をあげた皇太子を見下ろす。

「婚約者決定はいつ頃にするつもりなんだ?」

「なんだ急に。まだ発表したばかりだろう。少しは考える時間をくれ」

「考える? 何を? まさかディアの言葉を真に受けて、恋愛感情をどちらかに持てるまで選ばないなんて言わないよな?」

眉を顰めて身を起こした皇太子は、探るように僕の顔を眺めている。

少々彼が疲れた顔をしているのは、今日のことがあったからばかりじゃない。

毎日、休む暇がないほど仕事に追われて、婚約のことまで頭が回らないんだろう。

学園に通い寮に泊まりながら仕事をするなんて、無茶なことをしていたからだ。

「きみはまだ、どちらがいいか決められない。モニカはきみに惚れている」

「え?」

「ノーランドとオルランディ。どちらを選んだら丸く収まるか。ちょっと考えれば答えは出るだろう。だからスザンナにベリサリオに来てもらうよ」

「なんだと!」

「クリス、いくらなんでもきみが決めることじゃない!」

文句を言う側近とは違い、皇太子は冷静だ。

じっと僕の顔を見上げてから、どさりと背凭れに寄りかかった。

「まさかとは思うが、スザンナに惚れているのか?」

「惚れているかどうかは置いておいて。もともと僕は最初から、スザンナに決めていたよ」

「いつから?!」

「いつだったかな。三年前? 四年前かな。ディアはいつも予想外のことを言い出して、僕を驚かせてくれるけど、結果的には僕の望む方向に事態を動かしてくれる。実に優秀で聡明な妹だ」

「偶然だろ。それか本能だ」

「決定は半年後ぐらいがちょうどいいかな? じゃあ今度こそ僕は行くよ」

「もし僕がスザンナを選んだらどうする」

歩き出した僕に、今度は皇太子の方から声をかけてきた。

「べつにかまわないよ。ただ四人とも心にずっとしこりを残すだけだ」

「四人とも? スザンナはお前が好きなのか?」

「さあ知らない。ただ、彼女はモニカがきみに惚れていることを知っている」

「ああ……なるほど」

四人ともっていうところは否定しないのか。

きみも心にしこりを残すんだ。

次期皇帝なんだ。好きに決めればいいものを、ディアに恋愛がどうこう言われて悩んで、今度は僕に言われた言葉に悩んで、きっとモニカを選ぶんだろう。

甘いなあ。

でもだから、ベリサリオはきみにつく。

きみが今のきみである限り。

「ああそうだ」

「まだあるのか」

扉を開きかけた手を止めて呟いたら、心底嫌そうな声で言われた。

側近達はもう、身構える気力もなくしたようだ。

困るなあ。これから一緒に仕事をする仲間なのに。

「うちとノーランドに、そろそろヨハネス侯爵家と仲直りするように言ったらどうだい? 噂が大きくなっているし、この機を利用してヨハネス侯爵家を取り込もうとしている貴族もいるようだ。ノーランドとヨハネスに感謝され、ノーランドとベリサリオは皇太子の言葉には従うと示すことも出来る。悪い話じゃないだろ?」

「……助言痛み入る」

「どういたしまして」

ヨハネス侯爵家はどうでもいいんだけど、カーラがかわいそうだとディアが心配しているからね。

ディアがベリサリオに帰ってくるまでに、丸く収めておこうかな。