軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

飲めないお酒

「だから、あの光の通信はみんなの発明品だって言ってるじゃない」

私には理解できない複雑な設計図を描きながら、アウフお嬢様が不機嫌そうに言います。

「ですが、最初に灯台の光を強化したのはアウフお嬢様でしょう?」

「より遠くに光を届けるように改良したのも、改良ついでに小型化したモデルを作ったのも研究所のみんなでしょ?」

「その小型モデルで、手旗信号を模した信号通信を始めたのはアウフお嬢様だと聞いていますが?」

「ちょっと試作品が増えてきたから、元々ランタンの光で連絡取り合ってた城壁の見張りの兵士たちに、連絡用にこれを使ってみてと渡しただけで、そこから先の事は私何も知らないわよ?

いつの間にかゲンセン将軍が、大規模な中継点まで作って通信の規模を拡大してただけでしょ?」

お嬢様にしてみれば今回の件は、人の作った試作品を城壁の兵士にランタン代わりにと渡したら、いつの間にやら出来ていただけという認識のようです。

「まあ、よいではありませんか、アウフ様の手柄ということにしておいてくだされば、この研究所に潤沢な予算が舞い込んできますから」

研究所職員の一人がそう言って、なんだか納得のいってないアウフお嬢様をなだめます。

「う~ん、みんなは本当にそれでいいと思ってるの?」

「あなた様の手柄ならば間接的に我々の手柄になるでしょう、しかし我々の発明だという事にすれば、今回の件は丸々将軍殿の手柄となるのではないでしょうか」

そう言われると、アウフお嬢様も渋い顔になりました。

今回の光通信の件は、圧倒的に高い立場から丸ごと将軍の手柄だと言われてしまえば、そうかも知れませんと思えなくもないからです。

公爵家の令嬢であるお嬢様の作りあげた発明品を、将軍殿がうまく活用したという形を取らねば、あまり研究所の手柄にはならないかもしれません。

「あー……。んー……。なるほど……。

だから、みんなして不自然に私を立ててたのね……。

それじゃしょうがないか、好きにしてちょうだい。

予算はこれから先いくらあっても足りないから仕方ないわね」

研究所の皆さんは、アウフお嬢様に手柄を譲ることに一切の躊躇はありません。

理由は簡単で、お嬢様に入る予算は、すべて研究費に流れてくるという確信があるからです。

かつて、気球で9階層の温泉を見つけたときの賞金も、その一切合切を職人の研究費に充てたくらいです。

お嬢様には私腹を肥やすという思考がそもそもないのです。

……ある意味では、全部を自身の欲のために使っているような気がしなくもないのですが。

「だったらこの件に関してはもういいわ。

それじゃヴィヒタ、気分転換に新しく飯困らずダンジョンから出てきたっていうお酒を見に行きましょう」

「はいっ! お嬢様!」

ようやく重い腰を上げて、お嬢様が動いてくれました。

ここしばらくは、蒸気機関とかいう謎の機構の設計図ばかり描き続けていて、ろくに食事もしてくださらないから心配なのです。

飯困らずダンジョンに新しい階層が現れて、新しいお酒が出てきましたという報告がなければ食事に興味を戻せなかったかもしれません。

飯困らずダンジョンという、食事が出てくるダンジョンが存在してくれて助かります。

そして、新しいお酒を私も早く飲みたいです。

研究所からそう遠くないダンジョン資料館の方に向かうと、すでに数名の職員やメイドが試飲を始めていました。

近くには、発見者であるシルド団長と部下数名も待機しています。

「新しいお酒の具合はいかがかしら、皆さん」

「これはこれは、アウフ様。すでに数時間ほど前に、職員数名で一つの缶を飲み干し、ひとまずの安全は確認済みです。

それなりに纏まった数が回収されておりますので、新しい缶をひとつお開けいただき、ご自身で試飲なされてもよろしいかと思われます」

「うう~ん、研究のお仕事がまだまだ続くからお酒は避けたいんだけど……こっちはこっちで気になるのよね。

少しだけね、少しだけ」

アウフお嬢様は缶を一つ手に取って、くるくると缶を回してその精巧な作りを眺めます。

ついでにすでに開けられている缶も手に取り、飲み口の作りを確認すると、はわぁあぁあ……と、感嘆の声を上げられます。

「何? えっ? 何なのこの作り? 肉の缶詰の時も思ったけど……一体何をどうしたらこんな精巧な金属の加工ができるの?

薄い、そして軽い……、それにこの飲み口の開き方の発想……すごい……なにもかもが天才的すぎるわ、あああ……見に来てよかった……」

相変わらず、酒よりも何よりも、まず入れ物を重点的に観察するクセは変わっておりません。

お嬢様は酒を飲む前に、缶を見ているだけで、絶頂しそうな顔になっておられます。

私には、先程から空の缶からふんわりと漂よってくる麦酒の香りがヤバいくらいにいい香りがしてきてたまらないのですが。

麦酒ですよねこれ?

セパンス王国では、ワインと比べると女性にはあまり人気がありませんが、私は麦酒が好きなのです。

「ここを、こう立てると蓋が開……きゃっ!」

アウフお嬢様が蓋を開くと、中身が噴水のように吹き出しました。

密封された缶の中に麦酒に良く見られる独特のガスが溜まっていたようです。

メイドが慌てて、お嬢様のお顔に少しかかったお酒を拭き取っています。

私は不謹慎にもその吹き出したお酒を、ああ、なんていい香りなんでしょう……。と思ってしまいました。

慌てふためくメイド達とは裏腹に、被害にあったお嬢様はなぜかものすごい笑顔になっていました。

……なんでしょう、ものすごくいい香りがするというだけでは説明がつかないニヤけた笑顔でなんだか怖いです。

「これって……これも、もしかすると新しいヒントなのかしら? ふふふ、もう気付いてるから大丈夫よダンジョンの意思さん」

なんだかお嬢様が、ガスが吹き出した缶に向かって意味不明なことを語りかけています。

言っていることが意味不明な上に、その顔つきも恋する乙女のような表情なので、なおさら意味不明すぎて怖いです。

周囲のメイドやシルド団長達も、……何を言っているのでしょう、どうすればいいのでしょうか? といった顔をして私を見ないでください。

私にもわかりません。

お嬢様は最近作られた、ガラスのグラスに凄まじく泡立つ麦酒を注いでお酒を飲むと。

うぁああーと、変な声を上げられました。

「うっわ……喉にビリビリと刺激が来る……なんて炭酸ガスの濃さなの、エールのガスをここまで濃厚に酒の中に閉じ込める事ができるものなの?

完璧に密閉されたタンクで気圧を操作できるようになれば、応用してこういう事もできるようになるって事を伝えたいのかしら?」

お嬢様は先程から一体何を言っておられるのでしょうか。

どうにも、ダンジョンのドロップ品を通して、ダンジョンの意思と会話をしているかのようです。

もっともその会話が、お嬢様の一方的な思い込みのような気がしてなりませんが。

「試飲はもう終わっているか?」

「あ、バントゥ隊長」

資料館に、突然バントゥ隊長がやってきました。

「なんですか? ユーザ陛下が早く新しいお酒をもってこいとおっしゃっているんですか?」

「そうだ、何本確保できている」

私にはわかりませんので、資料館の職員の方を見て答えるように目線を投げます。

「はい、今回はダンジョン税として6缶を納めていただいており、新しいドロップ品の資料として1缶は確保、2缶を試飲で開いたため、3缶確保できております」

「3つか……少々物足りないが仕方ないな、すべて貰い受けるぞ。

シルド団長殿、ユーザ陛下が新しいドロップ品の発見を祝して、貴方方を今夜客としてもてなすべく準備を致しております。

テタ王妃様より、貴方方ダンジョン捜索隊の騎士を歓待する許可は事前にいただいておりますゆえ、ぜひ新しいお酒を皆様も今夜ご賞味ください」

そう言って何やら書状のようなものをシルド団長に渡すと、それを読んだシルド団長が目を輝かせて声を上げました。

「はっ! ひとかたならぬご高配を賜り、感謝の念に堪えません。ぜひとも、ご招待に与からせていただきます!」

……どうやら新しい酒を飲めるタイミングが通常よりものすごく早まったようで、シルド団長は心から感激しているようです。

それはそうと、ユーザ陛下は残りの缶を全部持っていくんですか? 私の分は!?

いや、まあ、どちらにしろお嬢様の警護中の私は飲めませんけど!

「むうう、私が飲むには自分で取ってくるしかありませんか……アウフお嬢様はしばらく研究所務めですから護衛は不要ですよね?」

「ええ、私はしばらくは引きこもって設計図を描き続けてるでしょうから、遠慮なく行ってきてちょうだい」

よし、そうと分かれば久々に飯困らずダンジョンで、ドロップ品確保の日々です。

温泉ダンジョンでトウジ隊長にしごかれる日々に比べれば、こちらは十分天国のような環境ですので文句はありません。

「おいヴィヒタ、まだダメだぞ」

「えっ? なんでですか隊長。新しいお酒の大量確保は急いでもよいのでは?」

「ちょっとこっちに来い、ヴィヒタ……」

そういうとバントゥ隊長が、周囲に聞こえない場所で私に言ってきました。

「……お前達はヒトウ隊長達の治療用の湯を運ぶ手伝いをするんだ。

我々が王宮でおめでたい雰囲気を醸し出している間にひっそりとな……」

「うええ、じゃあ新しいお酒は?」

「うるせえ、私だって今夜はユーザ陛下の護衛で飲めないんだよ! さっさと行け!」

はあ……また温泉ダンジョンですか。

まあ、治療用なら9階層の歪み直しの湯で、ゆがんだ骨と肉を正常に戻したあと。

しばらく安静にしていればいいだけですので、それほどの湯量はいらないでしょう。

ちゃっちゃと手伝いを終わらせて、酒を取りに行きましょう。

そんな軽い気持ちで温泉ダンジョンに向かうと、笑顔のトウジ隊長に話しかけられました。

とても嫌な予感しかいたしません。

「おう、ヴィヒタ、9階層の湯は運送部隊に任せておけば十分足りそうだぞ。

それよりな、18階層の湯を運びだせる女騎士の人手が一人でも多く欲しいんだ。

あの階層まで降りてこられる女騎士の人材は貴重だからな!」

終わりました。

またあの、地獄の日々が蘇る18階層に連れて行かれるのです。

結局ヒトウ隊長たちが帰国してくるまでの2週間ほどの間、丸々お湯の運び出しをさせられる羽目になりました。

もうあの温泉は見たくありません、助けてください。