軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

湯上がりビール

意識が戻ると同時に、糸ダンジョンマスターの服装が俺の出したバスローブに変わっていた。

なんだか少しバツが悪そうな顔を糸ダンジョンマスターはしていたが、なんだろう。

意識を切っていたとは言え、男の前で風呂に入ったからかな。

それとも今、バスローブの下は全裸だからとかかな。

うむ、いい感じにウブでよろしい。

「せっかくなので、湯上がりに美味しいお食事も楽しんで行かれますか? あなたの育った国の味覚に合うかはわかりませんが」

「お、料理作るの? ……お風呂上がりに合う料理って……何かしら」

ペタちゃんが、じゃあ私が作るわよといった感じに気合を入れる……が。

たしかに風呂上がりに合う料理なんて教えた覚えはない。

「うう~ん、普通は汗をかいたあとだからしょっぱいものや、身体が温まった後だから冷たいものとかなんだけど。

ダンジョンマスターの肉体だとそういうのないからなぁ……」

飯困らずダンジョンには温泉がないから、今までそういうことを考えてこなかったが。

温泉を向こうに運んで入ることが多くなった昨今、風呂上がり料理も考えたほうがいいのかもしれない。

……氷とビールが出るなら、それで十分な気もするがな!

「そうだ、明日拡張するダンジョンで出す予定のビールを飲んでもらおう」

糸ダンジョンマスターは、おそらくセパンス王国の人たちと近い時代の感覚を持ってるはずだ。

ぜひビールの評判を聞きたい所である。

「ビ~ルゥ? それお酒でしょ? そんなのただ出せば終わりじゃない、つまんない」

「ペタちゃんはビールに合うおつまみとして、枝豆の塩ゆでと揚げ物を用意してあげてくれるかい」

「おっ、揚げ物が合うのね? わかったわ」

ペタちゃんが油を取り出し、揚げ物の準備をする。

枝豆の塩ゆでも同時に準備を始める。

「……なんや、わざわざ調理から始めるんか?」

「ええ、飯困らずダンジョンで出すための食材の造詣を深めるために料理を教えているんですよ。

今では、一般家庭の毎日の食事をまかなえるほどの腕になりましたね」

教えているのが独身男飯を作っていただけの俺の指導と、普通のご家庭用の料理本なので、プロ並みの腕前になりましたとはとても言えない。

まあでも、料理好きの主婦くらいの調理技術にはなっているはずだぞ。

「はぁ~、色々真面目に教えとるし、コアちゃんの方もちゃんとマスターの言う事聞いて学んでるんやなぁ……」

丸くなってぐうたらしている黒猫コアをジト目で見つめながら、糸ダンジョンマスターが言う。

たぶんこの猫さんは糸ダンジョンが作り出す糸や布にほとんど興味はないし、あまり学ぶ気もないのだろう。

この猫コアは、マスター呼び出す前は何ダンジョンを作っていたんだろうか……。

「私の故郷の麦酒になります、どうぞご賞味ください」

「ビールか、ウチもたまに取り出して飲むんやけどダンジョンマスターの肉体はいくら飲んでも酔わへんからなぁ、最近はさっぱり忘れとったわ」

ビールの概念はわかるのか、まあビールは紀元前からあるという話も聞くし、そりゃそうだよな。

もっともわかるのは概念だけで、そのビールそのものの味は別次元の存在だ。

一口飲んだ瞬間、糸ダンジョンマスターが目を見開いて驚愕している。

「いやいやいやいや、なんやこれ? ええ? ビール? これがビール?

あんたんとこのダンジョン魔力で味を強化したビールなんかこれ?」

「いえ、これは私の故郷で売られていたビールの再現ですよ」

そもそも美味いという、抽象的な概念を強化などできない。

ありえないほど甘くしたり、しょっぱさを常識外に増したりすることは出来るが、それが美味いかどうかは別問題の話だ。

現状、魔力を使った実用的な料理は、温かさや冷たさを保持したり、炭酸が抜けないように保つくらいである。

「アンタ一体なんなん? あの宝石のマスターも、やたらめったら文明の進んだ服を着とったし、ウチが糸ダンジョンを経営しとった50年の間に地球では何がおこったんや……?」

このあとビールを飲み、枝豆や揚げ物を食べながら、糸ダンジョンマスターの素性について聞いてみた。

糸ダンジョンマスターだと長くて呼びにくいだろうから、今後はシルクと呼んでくれと、彼女は名乗った。

俺は……ブグくんが付けたセンの呼び方をそのまま使うか。

彼女の口からは、全く聞いたことのない地名しか出てこなかった。

大昔の見知らぬ国の、見知らぬ村の見知らぬ地域で、人の足で移動できる範囲での交易をしていた感じであり、日本の教科書で習える知識の範疇には引っかからない。

彼女自身の地理の知識範囲もかなり狭いようで、日本やイギリスと言った国名もよく知らず。

世界地図を見せても自分の知っている地図とは形が違いすぎて困惑している様子である、このあたりの話をしてもお互いあまり意味はなさそうだ。

彼女は物心ついたときには、糸を紡ぐ作業を毎日毎日していたらしい。

彼女の村の女子は糸紡ぎを朝から晩まで続ける、ずっと続ける、子供が生まれても続ける、中年女性になっても、老婆になっても糸を紡ぐ、糸を紡がなくなるのは亡くなる時。

彼女の故郷で女子に生まれた者は、みんなそうやって生きていたという。

そしてこの糸は、村のテントや、みんなの服を紡ぐためのものだとずっと思っていた。

ある時、どこかの国の王族が村に視察に来た。

そこで彼らの持つ、あまりに豪華絢爛な服、芸術のような絨毯を見た瞬間、心を奪われ。

そして、それら心奪われた芸術品の素材に、この村の糸が一部使われていると知った瞬間。

彼女は自分がこれまで紡いできた糸が、美しく加工された結果を見るために、家族の反対を押し切り、村を飛び出して行商人となったというわけだ。

「シルクさんは商売人というより、どちらかといえば趣味人だったのですね」

「そうなんよ~、とにかくウチは村の糸の行く末が気になって気になってしょうがなかったんや~、ああ~ホンマに美味いな~これ」

ビールを飲みながら、スパイスの効いた揚げ物各種を感動しながら食べるシルクさんを見て、ペタちゃんが終始嬉しそうにニヤニヤしている。

普段食ってるものの再現としか認識しない俺や、こういう味もあるのかと分析するように食べるブグくんと違って。

シルクさんはガチで感動するように喜んで食ってくれる分、作りがいがあるみたいだな。

……現代知識で作った過剰に美味しい料理を食わせて感動させてニヤニヤ楽しむ展開を、なんで異世界生物のダンジョンコアの方がやっているんだろうか。

転生者の俺がやることじゃないの、それ?

「ダンジョンマスターになってからは、ウチはまた糸を出し続ける毎日に逆戻りなんやけど、一応この生活でも新しい服は見れるからな。

でも、ダンジョンには冒険者や騎士しか入ってきいへんから、無骨なリュックや靴の裁縫や、弓の弦に加工されとる様子しか見れへんねん。

王宮でどんなきらびやかな服や絨毯に加工されとるんか、ウチにはようわからへんのよなぁ。

センはんの温泉ダンジョンには貴族の娘さんが、毎日ぎょうさん来とるんやろ?

なあなあ、ウチの糸からどんな服が作られとるか見れへんのか? 死んだ貴族の服とか回収しとらん?」

鼻息荒く、ずいぶんと物騒なことを言ってくる。

「貴族の方はたいてい十分な護衛とともに入ってきますし、ほぼ死ぬことはありません。万が一、亡くなっても遺体は護衛のかたが回収していきますよ。

見たいのでしたら、いまダンジョンに来ている娘を自分で絵にしてご覧ください」

「さよか、じゃあ、ちょいと見させてもらうで」

そういうと彼女は一枚の大きな布を取り出し、そこに魔法で超高速の刺繍を施していく。

……紙という概念がないのだろうか?

はたまた彼女の文化では、絵より刺繍の方が一般的な表現方法なのだろうか。

あっというまに、温泉に入ろうとしている半脱ぎ状態の貴族女性達の姿を描いた刺繍が、巨大な布に施された。

むっ、スケベ刺繍アート……!? ……これは俺も初めて見る表現だぜ、新しいな、ふうむ、ほほう……。

出来上がった、えっちぃ刺繍をうっかり凝視する俺を、シルクさんがとても白い目で見ていた。

「……いやぁ、惚れ惚れするような美しい刺繍技術ですね……」

とりあえず誤魔化してみたが、無理だろう。

しょうがないだろ!

パソコンやスマホで、無限にありとあらゆるエロが見れるような環境で生きていてもな!

お湯を注ぐとカップに描かれた女が全裸になる、エロマグカップみたいなしょうもない商品でもうっかり凝視してしまう生き物なんだよ! 男ってやつは。

「新しい揚げ物、揚がったよ~。ほらほらもっとシルクさん食べて」

能天気に揚げ物を作り続けるペタちゃんを見て、シルクさんの表情が緩む。

ナイスフォローだ、ペタちゃん。

「飯コア、それ、我にも1つくれ」

さっきまで我関せずゴロゴロしていた猫コアが、ささみ揚げをペタちゃんが持ってきたところで突然反応する。

「んん? 糸コアって食欲あるの?」

「シルクは時々何かを飲み食いしてるからニャ、我も食べられるようにはなってはおるが……肉と魚以外はあまり美味いと思ったことがニャいな」

猫だもんなぁ……。

よーし、猫用のおやつやカリカリでも出してやるかと思ったが、俺は猫の餌を食ったことがないので残念ながら同じ味を出すことはおそらくできない。

植物状態のマタタビなら、食ったことはないが、アサガオやチューリップのような見たことある植物を出すのと同じだから出せるかな。

よし……ささみ揚げの隣に少量添えて……と。

猫コアは、なんニャこれ? とでもいいたげに鼻をふんふん鳴らして匂いを嗅いでいる。

その後すごい勢いで草ごとささみにかぶりつく。

酔ったりはしないはずだが、何か本能に訴えかける良さがあるのだろう。

食べ終わり、空になったお皿に頭を突っ込んで、転がりまわって体中に皿に残った匂いを塗りつけだす。

うーん、まさに猫だ。

そんな猫コアの様子をペタちゃんがすごい目で見ていた、ドン引きである。

「ねえ……? 何入れたのマスター? 糸コアがおかしくなっちゃったけど」

「大丈夫、正常だ」

そんな様子を全く気にすることなく、糸ダンジョンマスターは布の刺繍絵を何百枚も生成し続けていた。

猫の奇行を見慣れている飼い主の動作だった。