軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初体験

古代の商人の考えはわからない。

商談を有利に進めるためなら、色仕掛けもエッチも上等。

貞操は現代基準では考えられないくらいにゆるゆるのタイプもいるだろうし。

生涯の伴侶以外には抱かれるどころか、肌を見せる事すら言語道断。

貞操は現代基準では考えられないくらいにガチガチなタイプも存在するだろう。

これに関しては、時代と文化と育ちとお国柄次第なので全く読めない。

さあ、温泉を試してみてくださいと提案して、ちらっと表情を確認したところ、うわぁ……。って顔をしているな。

ニイちゃん~、お好きやなぁ、もっとええもん教えてくれるんならいっぱいサービスしたるで~、みたいなタイプではなかったらしい。

貞操はそれなりにお堅いっぽいな。

ふっ、まあ、そっちのパターンも想定の範囲内。

色仕掛けや肉体交渉上等なエロエロ商人さんでした、なーんて期待は、初めからちょっとしかしていないさ。

ちょっとしかな……くそ。

すわった目で、こちらを見つめる糸ダンジョンマスターの視線に臆することなく、俺はプレゼンを続ける。

「こちらのナイロンタオルは浴槽を使い、全身で体感していただかなければその良さが十全に伝わりませんので……。

ああ、もちろんご利用の間は、私は意識を遮断しておりますので、どうぞご安心してお試しください」

そう告げると、糸ダンジョンマスターの目が、ハッとしたような顔になった。

そう、ダンジョンコアやダンジョンマスターは完璧に意識を遮断できる機能があるのだ。

目の前で脱ごうと、風呂に入ろうと、致そうとも俺に認識される心配はない。

だから安心して温泉を試していくといい。

「あー、なるほどなぁ、そういやウチらは意識を切れるんやったわ……、それなら……まあ、ええか」

ある程度、環境を自由自在にできるマスタールームでは、目隠しや遮る壁なんてものを作った程度では気休めにもならない遮断法でしかないが。

意識を切るという、完全な覗き防止方法を提案され。

一気に糸ダンジョンマスターの表情から警戒の色が薄れ、温泉を試す方向に傾く。

「なあなあ、温泉のコアちゃん」

「ん? 私? なに?」

「あのマスターはんの意識をな、ちょいと1時間ほど切っといてくれへん?」

わざわざペタちゃんの方に意識遮断を頼むなんて、信頼がないなぁ。

俺が狸寝入りでもして、こっそり覗くとでも思っているのかい?

まあ、覗くけどな!

俺が用意したこの温泉空間には、レコーダー機能が搭載しているのだ。

俺の意識があろうとなかろうと関係なく、この空間が存在している間は録画はされ続けるわけである。

貴様の敗因は自動録画であとから視聴という概念を根底から知らぬ古代人であった事よ!

俺の勝ちだな、糸ダンジョンマスター!

「んん? ただ温泉に入るだけなんでしょ? なにか見られるとまずいことでもあるの?

まあ……マスターがそれでいいならいいんだけど?」

「ああ頼んだよペタちゃん、それではごゆっくりご堪能ください」

「ふーん? じゃあ意識切るわよ、えい」

♨♨♨♨♨

目を開けたまま、温泉ダンジョンマスターが魂の抜けた人形のように停止している。

マスターの開いた目の前で、糸ダンジョンマスターが手をひらひらさせて、意識がないことを確認する。

ついでにマスターの着ている服もじっくり確認するが、このあたりの一般冒険者の服を再現したものだとわかると残念そうな顔になった。

「……反対向いた状態で止めて欲しかったわ、意識が消えとってもなーんか気になるなぁ……。

まあ、実際に体感せんと商品の良さはようわからんやろっちゅう、このマスターの言い分も確かやからなぁ……」

糸ダンジョンマスターはそう言うと、服を脱いで全裸になる。

脱いだあと、やっぱり目を開けた男の姿が見えるのが気になるのか、温泉マスターの目の前に分厚い布の垂れ幕を作りだして、マスターの姿が浴槽から見えないように隠す。

その後お湯を浴び、受け取ったナイロンタオルと石鹸でその身体を洗ってみた。

「おおおおお? すっご、これすっごい品質の石鹸やな!? いや、何やこの石鹸? どういう作りしとるんや?

灰っぽさも油っぽさも全く感じへんで!?

……いや、石鹸よりウチはこっちのタオルを覚えんといかんのやけど……。

このタオルも何なんやほんま? この糸なんの素材でできとるん?

はぁー、芸術品としての価値はなさそうやねんけど、温泉用途としてはホンマ一級品やな」

糸ダンジョンマスターが石鹸で身体を洗っている様子を、ペタちゃんと黒猫コアは横でぼーっと見ていた。

なぜか温泉コアは、おっぱいをジトッと見てきてなんだか居心地が悪い。

「……なんやねん、猫で女でしかもダンジョンコアとはいえ、ただ入浴をじっと見られてんのは嫌なんやけど?

せっかくなんやから、あんたらも温泉に入りぃや」

「温泉に……入る? 私が?」

ペタちゃんがきょとんとした顔になる。

そういえば、そんなこと考えたこともなかったという顔である。

「ねえ、糸コア? あなたは温泉って入ったことある?」

「あるわけニャかろう? というか温泉ってニャんだ? そのお湯溜まりか? そんなもんに入ってどうするのニャ」

「そうよね、ダンジョンに温泉を求めて入ってくる冒険者の事。

わっかんないな~って思いながらずっと見……いや、ずっと様子を本とかで読んでいたんだけど。

私も一度くらいは入って、初体験しておこうかしら?」

ペタちゃんは一瞬、冒険者たちが入っているのをずっと見ていたと言おうとしたが、踏みとどまった。

動画で冒険者たちの様子を見られるのは、他のダンジョンには内密にしている温泉マスターの世界の技術だからだ。

「よいしょっと」

ザブンと音を立てて、ペタちゃんは服を着たまま温泉に飛び込む。

糸ダンジョンマスターは、泡立ったナイロンタオルで身体を洗いながら、その様子を奇っ怪なものを見る目で見ていた。

「ふ~ん、じんわりとあったかいわねぇ……でも、なーんか刺激が物足りない気がするわ、やっぱり温度は味噌汁と同じくらいにしてもいいんじゃないかな?」

「いやいやいや、服は脱いで入りや! あと入るんは身体を洗ってからやろ!」

「? 洗い落とす汚れなんて初めから私にはついてないし……だいたい服を脱いだらなにが変わるのよ?」

宇宙よりも広い感覚の隔たりに、糸ダンジョンマスターはげんなりする。

付き合いのある黒猫コアは、モロに猫の形をしているためか、人間と大きくかけ離れた思考や行動をされてもそういうものなのかと思えていたのだが。

人間の見た目をした少女のコアに、ここまで人の常識から外れた行動を取られると、激しく奇異なものに見えてしまう。

「まあ、まずは言われたとおりにやらないと、わかんないわよね」

ペタちゃんは、温泉から上がると服を脱ぎ。

石鹸を糸ダンジョンマスターから受け取ると、自分も真似をするように身体を洗い始める。

泡がふかふかして楽しいのか、体を洗っていると言うよりは、泡をいっぱいたてたり、髪にその泡をつけて、変な髪型にしてみたり。

身体に泡を塗りつけてそのふかふかの感触を無邪気に楽しんでいるような感じである。

黒猫のコアは、泡にも水にも全身を浸したくはないらしく、肉球でペタペタと温泉に触れてみては、怪訝そうな顔をするばかりであった。

そんな様子を見ていた糸ダンジョンのマスターは、こいつらはもうほっておいて、普通に温泉を堪能しようと思った。

温泉ダンジョンの泉質の話は、冒険者たちの噂話から仕入れているので、楽しみではあった。

もっともダンジョンマスターの肉体は肌荒れとは無縁の存在のため、劇的に美しくなったりはしないだろうが。

浴槽に浸かり、久しぶりの温泉の感覚を堪能する。

「ああ……久々に温泉でゆったりするんも気持ちええなぁ……ウチもマスタールームで、たまにはのんびり湯船に浸かってもええかもな……」

糸ダンジョンマスターは、湯船に浸かりながら。

布の行商人として世界中の糸や布を仕入れる旅をしていた人間だった頃。

時々浸かっていた天然の露天風呂や、ローマ式のテルマエなどの様子を思い出していた。

彼女にとって水浴びはともかく、温泉などは数カ月に一度あるかないかの贅沢だった。

旅先の天然温泉には、不埒な盗賊が待ち構えていた事もあった。

女一人で旅をするために、武術はしっかり身につけてから挑んでいたので、そんな野盗は撃退できていた。

あのころはただ、未知なる美しい布や絨毯や服を見るためならば、どれほどの危険を冒してでも、世界中のどこにでも向かっていたものだった。

商人として稼ぎを拡大しようとか、自分を着飾ろうなどとは特に思っていなかった。

彼女にとって、布とは、服とは、一種の芸術品のように鑑賞するためのものであり、商売はその手段だったからだ。

行商で得られる利益など、彼女にとっては次の商品を仕入れるための資金でしかなかった。

そんな彼女の最終的な末路は、山道で毒蛇に噛まれ死んでしまうというものであった。

死の間際、黒猫の悪魔にダンジョンのマスターとして呼び出される契約に応じた彼女は……。

この世界で糸ダンジョンを作った。

ここで旅の果てに見つけようと夢想していた、理想の糸や布を作り上げていったのだ……。

ブグくんがいつも、騎士たちの戦いの様子を本にして読んでいるように。

糸ダンジョンマスターはいつも、入り込んでくる冒険者たちの着ている衣類や、持ち込んでくる布製品を本や絵にして眺めていた。

冒険者が亡くなりダンジョンに吸収された時は、その衣類をマスタールームに持ち込み飾っていた。

自分が作り上げた糸や布で、新しく作りあげられた冒険者の衣類や小物入れなどを集めるのが大好きだったのだ。

ぼーっと、そんな過去の事を考えながら、温泉の気持ちよさに身を委ねて10分ほど経過した頃。

そろそろ温泉を切り上げようと、ふと温泉ダンジョンのコアの方を見る。

彼女はまだ身体を洗っていて、そして、ずいぶんと静かになっていた。

「なんやねん、いつまで身体洗って……? んん?」

よく見ると少し様子がおかしい。

たしかに身体を洗っているのだが、どうにも触り方がおかしい。

なんだか目が虚ろで、その視線は世界のどこも見ていない、こころなしか息遣いも少し荒い。

「ちょ!? あかん! あかんあかん! あかんて!!!」

「!? えっ!?」

ペタちゃんが、ぼーっとしていた意識から、はっと我に返った。

きょとんとした顔をして目をぱちくりさせながら、一体、何をしていたのか自分でもよくわかってない様子をしている。

「あれ? ……なんだろ、なんか泡で遊んでたらいつの間にか頭がぼーっとしてきてたみたい……」

「……あ、あのなあ! あ、あんまり長いこと洗っとったらあかんねんで!? ええと、洗い過ぎるんは肌にも悪いんやからな!?

ほ、ほら! はよう泡を落として湯船に浸かりや! あはははは!!」

糸ダンジョンマスターはこのあかん事態を、どう説明してやったらいいかわからず、勢いで笑って誤魔化すしかなかった。

「駄目ニャのか? 気持ちよさが我にもだんだんわかってきたんだけどニャ……」

黒猫のコアは、肉球に付けた温泉水をつかって、しきりに全身の毛づくろいをしていた。

温泉水の効果も相まって毛艶がキラキラと輝いて、全身が美しく黒光りしている。

お前はいいんだよ! 糸ダンジョンマスターはそう突っ込みたくて仕方がなかった。