軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

美しい庭園工場

「これが究極のカレーですか? ものすごく美味しいですよ」

飯困らずダンジョン18階層に、体力回復の温泉を運び込んだ私たちは、シルド団長からカレーをごちそうになっております。

たしかに、恐ろしく美味しくなっていてびっくりです、このような配合までできてしまうなんてシルド団長の味覚は本当にすごいです。

「氷で冷やした部屋に一晩寝かせて味をなじませる工程がもっとも大事な部分で、カレーの配合比率は正直そこまで重要でもありませんけどね」

運び込まれた18階層の温泉に入って体力を回復させながら、シルド団長がそう言います。

「そうなんですか?」

「ええ、元々どの種類のカレーもすでに考え抜かれた調合をしているようですから。どれを選ぶかは各個人の好みの問題でしかないと思います」

「……ではなぜ各種カレーの配合を?」

「これが一番美味しいカレーだと私が決めつけたら、凄い軋轢が発生しそうな状況でしたから……、

味覚の鋭そうな美食家の方々が推しているカレーを、各種いい具合になるよう混ぜ込んだだけなのです。……内緒にしておいてくださいね」

なんというかこう、玉虫色の返事というか、お役所仕事って感じですねぇ……。

「まあカレーはいいのですよ、カレーは。それよりもアウフお嬢様が新しい蒸留酒の開発を進めたというような話はないのですか?」

「アウフお嬢様は科学者気質なだけで、お酒作りに勤しんでおられるお方というわけではないのですが……。

密閉された容器や、蒸気を通すパイプなどの研究を進めていくついでに、蒸留酒の生産効率も飛躍的に上がっていったようで。

実験で限界までお酒の成分を強くした結果、火がついて燃えるようなお酒ができてしまったのは見せてもらいました」

「お酒って燃えるのですか?」

「燃えてました」

「味の方は……?」

「喉が焼け付くだけでちっとも美味しくありませんよ。あそこまで行くとただの毒です」

喉が焼け付く刺激だけが一極集中したような味で、口に含んだ瞬間これは飲んではいけないものだと本能が察するようなモノでした。

しかし、シルド団長はそんな話を聞いても目をキラキラと輝かせています。

「……ああ、アウフ様はなんと素晴らしい……。やはりあのお方はお酒の未来を切り開いていく存在のようです。

今度また、お屋敷にお伺いさせていただきますね」

アウフお嬢様は、いまや酒どころではない発明を数多く手掛けているのですが、この人は酒以外のことにはあまり興味がないようです。

なんにしろ、お嬢様のことは大層気に入っていただけたようでなによりです。

とはいえマーポンウェア王国の騎士団長なのですから、表面上は無害なお酒好きとしての顔を前面に押し出しているだけで、世間に公表されていない機密情報も当然裏では気にはかけているのでしょうけど。……かけていますよね?

「よう、いいカレーの匂いがしてるじゃないかヴィヒタ。浴槽は……ああ、シルド団長が使ってるか」

トウジ隊長もやってきました。

セパンス王国の騎士団員の強化のため、トウジ隊長も18階層の湯をひたすらこちらに運び続けているのです。

「なあヴィヒタ、虹の鉱石の加工はできそうなのか? お前のところのお嬢様はなにか言っていたか?」

振る舞われたカレーを食べながら、トウジ隊長が目をキラキラ輝かせてそんなことを聞いてきました。

なんですか2人とも、いつのまにかどちらもアウフお嬢様のファンになってしまっているじゃありませんか。

「今のところ鉱石を削って一部を凹ませたりする程度の加工が限界のようですから、研磨して虹の剣とか虹の槍といった武器を作ったりするのはまだ無理みたいですよ」

とはいえ、多少なり凹ませたりする程度の加工ができるだけでも、鉱石を柄にしっかり固定させたハンマーやメイスといった武器は格段に作りやすくなったわけです。

ダンジョン25階層以降でも通用する武器が量産できそうなだけでも良しとしましょう。

「ほう? では近々虹の鉱石を使った武器が量産されるというわけですか……、その情報は私に伝えてしまってもよろしかったのですか?」

それほど興味がなさそうに、シルド団長が反応します。

「加工された武器を見られた段階で即座に伝わることですから。むしろ加工ができるようになったという情報は公開して虹の鉱石武器を販売する方向性のようですよ。

もっとも、マーポンウェア王国の方々には不要でしょうけれど」

「あれは……岩盤を砕いたりする用途には使われていますので、わが国でも需要がないわけでもありませんが……」

シルド団長の言い方は工事としての利用法であって、ダンジョンの攻略には不要といった様子です。

赤の剣を何本でも用意できてしまう国にとって、武器としての用途はあまりないのでしょう。

「……虹の鉱石の加工も、アウフ様の発明なのですか?」

「……どうなんでしょう? お嬢様の発明かもしれませんし、お嬢様がどこからともなく集めてきた科学者の方々の発明かもしれません。

チームとして考えれば、お嬢様の業績と言ってしまっても差し支えはないと思いますが」

「今作ってる運搬道路の建設計画にもあのお嬢様は関わってるんだろ? 仕事を抱えすぎだろ、大丈夫なのか?

ユーザ陛下も最近の仕事量には耐えきれずに、あきらかにテンパってきてるからな」

「……お嬢様は倒れるまで趣味に没頭することは多々ありますので、あまり大丈夫ではないかもしれません」

アウフお嬢様は体力がないのに、倒れるまで働いてしまう事が多いので心配といえば心配です。

ユーザ陛下は限界が来ると、ちゃんと最低限の指示を出したあと人任せにして寝てしまうので、自己管理ができる分まだましです。

今回のお湯運びの任務が終われば私はしばらく非番ですので、今回は自分用のお酒集めはほどほどにして早めにお屋敷に戻りましょうか。

……近頃は休日になってもすぐにお屋敷に帰らず、ダンジョンにしばらく滞在してお酒やチョコを集めてしまうのです。

ダンジョンの意志の思惑通りに動かされている気がして少し悲しいです。

♨♨♨♨♨

お屋敷に戻ると、アウフお嬢様と何人かの屈強な技師っぽい方々が、よくわからない金属の塊を広場で組みたてていました。

何を作っているのかは私にはよくわかりませんが、お嬢様の目がずっと寝ていなさそうな目をしているのがとても気になります。

もっとも、その表情はユーザ陛下のようなお疲れの顔ではなく、疲弊しつつも歓喜に満ちた笑顔で取り組んでおられるようですので何も言えません。

周辺では屈強な作業員が、鉄道をお庭に敷き続けております。

蒸気で動く鉄の車を動かす実験を秘密裏に行うには、外周を壁に囲まれた相当な広さがある敷地が必要なのですが、そんな都合の良い場所の候補はどうしても限られてしまいます。

そして、この実験の総責任者であるアウフお嬢様は公爵様の娘です。

色々総合して考えた結果、この蒸気で動く鉄の車の実験場はナウサ公爵邸の敷地内に押し付けられることになってしまいました。

今ではお屋敷の敷地内にある美しい庭園の周辺には鉄道がぐるりと敷かれ。数多くの技師が敷地内に設けられた無骨な工場で何らかの鉄の部品を作り続けております。

美しい庭園の周囲を、鉄道と工場と屈強な作業員が取り囲む、そんな不釣り合いでシュールな光景が目の前には広がっております。

ああ、貴族たちがお茶会のためにこぞって集まるほどに美しく、風光明媚という言葉が似合うあのナウサ公爵邸ご自慢の庭園は、一体どこに行ってしまったのでしょうか?

この有様にはナウサ公爵様もずっと引きつった顔になっておりましたが、今やこの事業はユーザ陛下が肝いりで推し進めている国策となってしまっているため公爵様も何も言えません。

「できたああああああああああ!!」「うおおおおおおおおおお!!」「全パーツ採寸ピッタリ、計算通りじゃあああ!」

ぱっと見では何に使うのかよくわからない、蒸気鍋の親分みたいな部品ができたようです。

お嬢様と職人たちが大はしゃぎしております。

「やったあああ……あ? あれ、ヴィヒタ帰ってきてたの? おかえり!」

「さっきからずっと後ろで見ていましたよ、なんですかその、それは」

「新型のエンジンよ! これを組み込んだ蒸気で走る車体の後続に、貨物車を連結していけば、計算上は何百トンという質量だって運べるはずなのよ!」

「……昔お作りになられて暴走した車両が、公爵邸の壁を破壊した前科がありますので、それが力強く動くことに疑いはありませんが。……今回は安全なのですか?」

「どのくらいの重さで壊れるのか、何日稼働させ続けたら壊れるのか、どのくらいの速度まで制御が可能なのかを実験する予定だからちっとも安全じゃないわよ?」

恐ろしいことを当然のことのようにお嬢様は言います。

「速度の制御実験は危険すぎるから、さすがに敷地内で行う予定はないけど……まずは温泉ダンジョンの意志さんが教えてくれた車輪がどれほどの負荷に耐えられるか、よ、ね……ふあぁ」

「お嬢様?」

「うう……限界かも。動かす直前に……なった……ら、お、こ、し……て」

そう言うとお嬢様は前のめりに倒れこむように寝てしまいました。

ある程度予測はしていましたので、顔を地面に打ち付ける前に受け止めて支えることはできました。

「はあ、無茶しますね……。私はお嬢様をベッドに連れていきますのであとはよろしく願いします」

お嬢様を抱きかかえて部屋に入り、お部屋のベッドに寝かせてから、数時間ほどたった頃でしょうか。

メイドの方が「あの、あれを動かす準備ができたと職人の方々が言っているようですが……」と報告にきました。

いくらなんでも早すぎます。

「先程、お嬢様はお倒れになられるほど疲弊していたのをあなたも見たでしょう? もう少しの間お休みさせてあげてください」

私は部屋の外から報告に来たメイドに、なるべくキリッとした声で返事をします。

お嬢様の部屋の扉の前に、布団を敷いて寝っ転がった姿勢のままで。

……そう、もう少しくらいお休みさせてくださいよ。せめてあと数時間……ふあぁ。