軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

味が馴染むまで

「ふう……クラプス王国の奴らがようやく戻ったか。

では、今週の特筆すべき報告を聞こう」

「はい、ユーザ陛下。

鉄道を、温泉ダンジョン、飯困らずダンジョン、城下町へと引っぱる工事。

工期は道の拡張整備だけでも10年はかかると見られておりましたが、予定の10倍の速度で完了しそうです」

「10倍??」

「……本来大人が数人がかりで持ち上げるべき岩をいとも簡単に撤去できるような人材が、温泉ダンジョンの効果で増えたためです。

また、新しい金属加工に伴い道具の質が向上、掘削能力も従来とはまるで違います」

「飯困らずダンジョンの食料が豊富になり、収入も良くなったことで武器防具を買い揃えられる健康な者が増えたためか死傷者が激減。

労働力として確保できる人員の数も、前年度の10倍近くに膨れ上がっております。

また出生率の増加に伴い、人口はこれからとてつもない速度で増加していく傾向にあると予想されます」

「ほう、それは助かるのう。これからいくら人材がいても足りなくなるくらい忙しくなるであろうしな。すでに忙しすぎるがな……。

で? 話は終わりか? 終わりじゃな? うん、終わったな。風呂入ってくる」

「……当然ですがまだまだあります、陛下」

「……報告は何が残っとる、とりあえず全部一気に詳細を省いてまとめて言え」

「では細かいことはさておいて、比較的大きな新しい案件だけを…」

「虹の鉱石の加工が可能になるかもしれませんとの話」

「透明なガラスと銀で、あの温泉ダンジョンの鏡が再現できてしまうかもしれませんとの話」

「クラプス王国の姫と貴族の一部が移住目的で、この国の格が釣り合う貴族に婚姻相手が用意できないかを打診している模様」

「蒸気機関車の車輪の改良報告、同時に従来の馬車、水車、風車、すべてが改善されるかもしれないとの話」

「蒸気エネルギーで動く船の試作実験に成功、後に完成した蒸気船の運行能力次第では別大陸の漂流者たちのいた大陸への出航を検討」

「究極のカレーと至高のカレーを巡っての美食貴族の軋轢が深刻化、シルド団長の最終回答が待たれる状態……それと」

「あああああああ!! もうよい! もうよいっ! もうよいっっっ!

数年に一度、どれか1つ聞いただけでも腹いっぱいになりそうな報告を大量に束ねてくるなっ!

意味もわからんわっ! カレーとシルド団長に何の関係があるんじゃっ!?」

「あの方は、あまりに利き酒のレベルが高すぎて。美食貴族からも一目置かれてしまったようでして……はい」

「ウイスキーの水割りを、温泉ダンジョンの水と、飯困らずダンジョンの水と、セパンス王国の山の湧き水、井戸水のどれで割ったかまで理解するのですよあの方」

「……そんな水に違いなんぞあるのか?」

「温泉ダンジョンの水はすべて中軟水ですが、飯困らずダンジョンの水は階層によって硬水だったり軟水だったりの違いがあるとか……」

「……はあ」

「セパンス王国の酒作り職人さえ、何階層の水で作るのが最も適しているのかシルド団長に助言を貰いに行ってるほどです」

「あの方の一言が、美食貴族の面子と地位を左右しかねない力が出始めていて……王家おかかえの美食貴族の地位が揺らいでしまうことになると問題です」

仮に現在の食事の価値を決めていると言っていい、セパンス王家お抱えの美食貴族の地位が揺らいで、別の貴族にその役割を取って代わられた場合。

交易の内容、仕入れる食材物価の変動、それを扱う商人たちの立場の変動、王宮料理人の取り替え、その他色々全部新しい貴族の都合に合わせた変更を余儀なくされ、女王陛下は、それに合わせた対応をしなくてはならなくなる。

とはいえユーザ陛下の頭の中は、その結果に伴う損得勘定など、もはやまともに考えてはいなかった。

頭の中にある感情は、あ~~~~もう、面倒くっせえな……。だけである。

「はいはい、あいわかった、じゃあ次な。

クラプスの姫と貴族が誰かと結婚してウチに住みたいって? 政治的な野心をガチガチに除去した相手と条件つきでなら許すぞ。

はい次じゃ。

残りは全部あの……ナウサの科学者娘関連のアレじゃろ? 全く、次から次へとんでもない発明をしおって……。

もうあやつに全部任せておけば勝手に結果を出していくじゃろ……細かいことは考えとうないわ」

「アウフ様に……予算を丸投げですか?」

「何を、どれだけ作るのかの権限も……ですか?」

「……すまん、撤回する」

もはや何もかもが適当になってきているユーザ陛下でも、さすがに国を傾けそうな提案は撤回した。あれは完全に放置するといずれ知識欲で大暴走する。

とはいえアウフ率いる集団はどれひとつとっても国家総出で挑むべき規模の案件になりかねない発明ばかりするので、まともに対応しようとすると大事になりすぎるため、頭が痛くなってきた。

一度、灯台の改良に深入りした結果、新しい交易船の数はたしかに増えた。そしてそれらの船にダンジョン産の作物や酒を渡したところ、数カ月後にはどこから湧いてきたのか港に入り切らぬほどの船が駆けつけパニックになった。

今もパニック状態の解消の目処はまるでたっていない。

「王子……王子はそろそろ玉座に就く気はないのかのう?」

かつては母や兄弟を退けてでも玉座を狙おうと考えるほどに、強い野心を持った元気な息子がいたはずなのだが。

最近は、いやあ、自身が統治を任されている領地の案件が忙しくてぇ……といった様子で、あまり王国中枢の案件に関わらなくなってきた。

王位継承権をかけた不倶戴天の政敵として確執を起こしていたはずの兄弟が今では手を取りあい、敬愛すべき母でもある女王陛下を陰からお支えしようと自分の担当範囲で一生懸命頑張っている。

「何をやっておるのだ。はようわらわを退けて誰か玉座に座れ、座ってくれ、頼む」

♨♨♨♨♨

「カレーは大盛況なようで良かったねぇ」

「……なんか~、そのわりにはダンジョンに入ってきてる騎士が少なくなぁい? マスタ~?」

「他国の騎士はいっぱい来てるから……」

そう……セパンス王国の騎士の数がやけに少ないのだ。

5階層の情報収集の罠の湯で、詳細は読めているからその理由は知っている。

地上では新しい防衛のための砦や国境関所の建設。温泉ダンジョンと飯困らずダンジョンをつなぐ巨大な道路、そして鉄道を引っ張るために人員の大半が駆り出されているのだ。

「とはいえ10階層のトレーニング強化の湯と18階層の体力回復の湯の運び出しが終われば、兵力強化のために順番に入りに来てくれると思うからそれまでの辛抱だよ」

「むうう~。早く20階層の超巨大ダンジョンになりたいよ~」

カレーの具材を刻みながら、ペタちゃんが言う。

「なんだっけ、シルド団長はカレーにはどの階層の水を使うべきかとか言ってたけど、マスターは水の違いってわかるの?」

「さあねえ……俺はサウナーの聖地と呼ばれてる店の湧き水と同じ水を出してるだけだし。ペタちゃんの飯困らずダンジョンの湧き水は、俺がこれまで飲んできたミネラルウォーター各種を適当に出してるだけだからなぁ……」

これまでの人生で、〇〇の湧き水だの〇〇のおいしい水だのといった商品は色々飲んできたが。

残念ながらそれらの違いがわかるほどに俺達の舌は卓越していない。どれも飲み口の良いおいしい水だ。

なんで今こんな会話をしているかというと、シルド団長が18階層でカレーの研究をしているからである。

シルド団長も5階層の情報収集の罠に散々入ってくれているので、彼女がカレーを作っている事情も知っている。

この人は今となってはセパンス王国の美食貴族たちの、割れに割れた意見に物申せる一人になってしまっているらしい。

マーポンウェア王国としても、セパンス王国の貴族との間に強いパイプが作れるならと美食活動をすることに許可を出している状況。

当の本人は「私は酒が趣味なだけで、料理人でも美食家でもないというのに……」とブツブツ言いながら作業をしていた。

ブツブツいいつつも、水の質からこだわって作っているあたり、凝り性なのは間違いないのだが。

そして、ペタちゃんがなぜ今カレーを作っているのかと言うと。

シルド団長の作り方を、映像を見ながらそっくりそのまま真似ているからである。

もはやペタちゃんは、日本の家庭料理の本に掲載されている料理などは全部自由自在に作れるし、俺ももう教えてやれることがない。

なのでペタちゃんは飯困らずダンジョンに入り込んで料理をしている騎士や料理人の調理をよく真似ている。

今ではセパンス王国の一般的な料理は、結構な種類を作れるようになっている。

その中でも、シルド団長の料理の真似をすると、とても美味しいことに気がついた。彼女の料理は俺もペタちゃんもお墨付きの味である。

もっともこれは、セパンス料理ではなく、マーポンウェア料理なのだろうが、そんな事は俺達には関係ない。美味しければいいのだ。

「ええと、このメーカーとこのメーカーとこのメーカーのカレー粉とルウを……この比率で配分して……具材は4階層の水で煮るのね、と」

あのメーカーのルウと、あのメーカーのルウを混ぜると美味いゾ。……くらいの作り方なら俺も昔やっていたが。

なんだか見たこともないような複雑なカレールウの配合をしている。

これで本当に美味しくなるのだろうか。

カレーを一口味見してみると、色々なルウの要素が入り混じった、少し尖った味がする。

「ここから……へー、粗熱を取ったあと氷の冷蔵庫にしまってしばらく寝かせるの?」

なんだと!? カレーを一晩冷蔵庫で寝かせるなどという超高等技術を駆使してくるだと?

冷蔵庫もないであろう時代にそんな技術が確立されていたというのか? ……冬場に得た知識なのかな……うん。

そして翌日、出来あがったカレーをペタちゃんと食べてみた。

「うわっ……美味しい! これ、ものすごく美味しいわ! すごい!」

「うん、美味しいね。一晩寝かしたカレーの味だ」

マスタールームだとたとえカレーが残っても消されるだけだから、作り置きして一晩寝かせるなんて作業工程をすっかり忘れていた。

さすが一晩寝かせたカレーだ、美味さが違う。

様々なスパイスの味と具材の味が調和して馴染みきったというか。

ルウの配合の良し悪し? 知らん。

そこに関しては色々な市販品のルウを混ぜたカレーの味と言う感想しかでてこない。

おそらくこのシルド団長並の舌があれば、その差が明確に理解できるのだろうが、所詮俺達はミネラルウォーター各種の区別もつかない舌なのだ。

そんな俺達にも明確に一晩寝かせて馴染んだ味の違いはわかるのである、一晩寝かせたカレーはすごい。

セパンス王国も大量の文明開化の要素が入り込んで、ずいぶんゴタゴタしているようだけど。

なあに、時間がたてばこのカレーの味のように馴染んでいくことだろう。10年ほど寝かせた頃には、きっと。たぶん。