作品タイトル不明
219.マルデ生物の可能性
この世界の生き物であれば、何かを食べて生きている。俺が本で読んだ限りではそうだ。
コカトリスやドラゴンといった、強靭な種族も例外ではない。単に効率が良いだけでエネルギーはちゃんと摂取している。
俺の考えにステラは面白そうに頷く。
「レインボーフィッシュの鱗を……? 確かにありえますね」
「俺達でもぱりぱりと食べられるからな。餌にしている生き物がいても不思議ではない。まぁ、可能性の一つだが」
「あれ? でもそうするとレインボーフィッシュは何を食べているのでしょう?」
ステラが首を傾げる。
もし湖にマルデ貝以外がいないとすると……。
「湖の貝を食べているんじゃないか? レインボーフィッシュよりも多くないと駄目だが……」
「ああ、なるほど! その通りですね!」
ぽむ、とステラは手を打つ。
「色々と実験をしてみたいな。仮説が正しいかもしれん」
そのためには、貝をまたとって来てもらう必要はあるけれど。
しかしうまく行けば養殖の可能性もある。
農業以外でも収入を増やしていくのは大事だろうし。
やっぱりボートを作ってもらって良かったな。
行動範囲が広がると、新しい発見がある。
拠点も作ったしこれから色々と調べがいがありそうだ。
そんなことを考えていると、ステラが俺を見つめていることに気付く。
なんだか視線が熱い……気がする。
「エルト様って、学者先生みたいですよね」
「んむ? ……そうか?」
そう言うと、ステラがずいっと俺に顔を近付ける。
「ええ、さらに惚れちゃいました」
「ぶっ」
「んふふー」
ステラが顔を引っ込める。
うう、不意打ちだ。頬が熱い。
「それを言うなら……さっき、湖を歩くステラは綺麗だったぞ」
「……ふぇ」
俺がぼそっと言うと、ステラは一気に顔が真っ赤になった。
「うん。神秘的で美しさがぐっと増してたからな」
「〜〜! べ、別にいいです。私のことは!」
思えばこうやって素直な感想を伝えたのは、初めてかもしれない。
デートっぽいことはあんまりしてないからな。
でも湖を歩くステラが綺麗だったのは本当だ。
まぁ、水の上を歩くこと自体がないからな。
俺も新鮮だった。
恥ずかしいけど、先に仕掛けてきたのはステラの方だからな。
「こほん。俺の方こそ、より好きになったよ」
「…………!」
ぷしゅーと真っ赤になったステラが口をぎゅっとつぐみ――うつむいた。
「ふぇ……やりますね……」
そのままモゴモゴと言うステラ。
あれ? 思ったほどの反撃はないな。
こーいうのをやり返されるのには慣れてないのか。
いや、俺も割と適当に言っているだけだが。
というわけで、ステラのあごをくいっと上向かせる。
「ふぁっ!? あぅ、私の負けですから……!」
耐えきれなくなったステラが宣言する。
自分がやられると駄目なのか、ステラ……。
「……とうさまとかあさま、なにしてるぴよ……?」
すごく眠そうな声で、ディアがマルコシアスに聞く。
あっ、まだ起きていたのか。
でもディアの目は半分閉じて、マルコシアスにもたれかかっていた。
「愛だぞ」
「ミックスジュースぴよか……。さっき、たくさんジュースのんだぴよね……」
謎が解けたのか、ディアはそのまま寝息を立て始めた。
「すやー……ぴよー……。すやー……ぴよよー……」
ふむ。眠ったようだな……。
マルコシアスも目を閉じてだらんとしている。
仰向けにお腹を出したマルコシアスにディアが重なっている。
かわいい。
そしてステラが紅くなりながら意気込んでいた。
「つ、次は負けませんからね……!」
◇
翌日。
俺は冒険者ギルドの執務室にアナリアとナールを呼び寄せた。
用件はもちろんマルデ貝の件だ。
……本当はレイアとも話したかったが、彼女は今ザンザスの方にいる。
「今日もレイアはザンザスか……。水運の話が向こうで長引いているようだな」
「にゃ。どうやら色々と根詰めて議論しているようですにゃ」
「ふむ……規模が大きくなると調整も大変だな」
まぁ、急ぐ話ではない。
俺単体で動くわけにもいかないし、ゆっくりと待つとしよう。
俺はバッグに入れて持って来たマルデホタテ貝の貝殻を取り出す。
アナリアはそれを一目見て、
「なるほど……。確かにマルデホタテ貝ですね」
「マルデ生物の中には薬効のあるものもいますにゃ」
「そうみたいだな。本に書いてあった」
薬としてはポーション類が最も効果があるが、調合が必要な上、材料も手に入りづらい。
マルデ生物の薬はそれほど劇的な効果はない代わりに、調合は簡単らしい。
「地方によってはヒールベリーがあまりに少なく、マルデ生物の薬でカバーしているところもかなりありますので……。効果はポーション類に比べると気休め程度のものが多いですが」
「にゃ。でもその分、安いにゃ」
ふむふむ。
なるほど……ポーション類が処方薬としたら、マルデ生物の薬は市販薬みたいなものかな。
比較して効果が少ないとはいえ、それは需要がないことを意味しない。
手軽に副作用なく使えるなら、使いたいという人は大勢いる。
ちょっとした風邪の時の解熱剤は心強いものだ。
「アナリアは高等学院でマルデ生物についても習っているのか?」
「はい、薬師の試験では必須です。この村にいる薬師なら扱えるかと」
「それは朗報だな。……だが、これもあまり急ぐ必要はない。あまり急激に広げすぎても大変だしな。それと貝がどれだけ存在するかも気になる」
薬草等は地上に分布しているので、ある程度の数は計算でわかっている。
しかしマルデ貝はまだ昨日見つけたばかりだ。乱獲でいなくなっては元も子もない。
この辺りが水産資源の難しいところである。直接目視するのも手間がかかるのだ。
「さすがエルト様ですにゃ。長期的な視野をお持ちですにゃ」
「マルデ生物は餌が特殊、生態もわかっていない面がありますからね……」
基本的にマルデ生物は養殖には適さないらしい。
餌が特殊で、その分のお金がかかるからだ。
なので基本は細く長く採集することになる。
冒険者達がよく知っていたのは、マルデ生物の採集も仕事だからだな。
まぁ、最終的な餌は草だんごがあるが……。
しかし草だんごの価値に見合うかどうかは、よく検討しないといけない。
と、それからマルデ生物の意見を交わしていく。
食用、貝殻の利用、他のところの状況など。
やはり可能性はありそうだが、すぐにリソースをフル投入するほどではないな。
でもうまくすれば大きな産業になりそうで、それは大いに楽しみだ。
と、ひとしきり意見交換したところで執務室がノックされた。
コンコン。
「ん? どうぞ」
声を掛けるとブラウンが焦りながら入ってくる。
「にゃん、失礼しますにゃん。エルト様にお客様ですにゃん!」
「来客……?」
しかしブラウンが慌てるほどの相手とは珍しい。
格上の商人相手でも物怖じしないのに。
よほどの……もしかして貴族とか?
「オードリー様がお一人で来られましたにゃん!」