軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

選択肢はいつも

「イサライ様。私は北へ帰ります」

いつもの落ち着いた低い声。

だけど、その声は私を安心させてはくれなくて……。

呆然と見上げれば、ハストさんは水色の目を一度瞬いてから、ゆっくりと言葉を続けた。

「そもそも私は聖女様の護衛として王宮に来ました。強さを見込まれたのはもちろんですが、北の騎士団という魔獣と戦う当事者として、聖女様に仕えるためです」

「……はい」

「本来なら特務隊を取り仕切る任務でした。そうして人を動かし、聖女様に魔獣の恐ろしさを伝え、つつがなく結界の維持をしてもらうおう、と」

ハストさんの言葉。それはハストさんが北の騎士団を離れた理由だ。

そのことは私も知っていた。

ハストさんが本当は立派な任務につくはずだったこと。もっと上の地位で私とは関係がないはずだったこと。

それに私が頷くと、ハストさんはさらに言葉を続けて行く。

「しかし、一人だと思われていた異世界の方が実際には二人だった。スキルも鑑定され、一人は聖女様で間違いない。そちらは予定していた通り、歓待し、手厚く警備をし、最高級のものを手にしていただくことになりました。……けれど、もう一方は」

口を閉じたハストさん。

その水色の目はその時を思い出したのか、少し怒りがあるように見えた。

「何も与えはしないが、もしものために手元に置いておこう、と」

ハストさんの低い声。

それにつられるように私も少し前のことを思い出す。

王宮の端の端の部屋に文字通り投げ入れられ、押し込まれ、ただなにもわからないまま過ごした夜。

翌朝の食事は温かかったけれど、日を追うごとにスープはぬるくなり、パンは硬いものが出るようになった。

……ずっと一人。

だけど――。

「私はその話を知り、聖女様の護衛の任を外れました。……聖女様にはたくさんの人がつき、たくさんのものがある。だから、スラストと交渉し、イサライ様の護衛につきました。……誰もいない世界でただ一人よりも……。せめて、私だけでも、と」

そう。ずっとハストさんがいてくれた。

扉の前に立って。ずっと。

「私は女性に好かれる性質ではありません。むしろ、怖がられ、怯えられることのほうが多い。だから、イサライ様へもどう接するべきか悩み、なかなかうまくできませんでした」

水色の目が少し細まる。

私を見るその目はまぶしそうで……。

「けれど、あなたは一人で前を向いた」

朝の光に照らされて、ハストさんの銀色の髪が輝く。

「異世界に召喚され、よくわからないままに部屋に押し込められ……。そんな中でも一人で立とうとしていた」

そして、その時を懐かしむように、水色の目を閉じた。

「ベーコンエッグを食べたイサライ様を見たとき。笑顔を見れて、本当に安心しました。そして、必ず守ろう、と。私が守らなければならない、と強く思いました」

ゆっくりと。でも、しっかりと告げていたハストさんの声。

それがここに来て、初めて揺れる。

「――でも、結局は私ばかりが楽しかったのかもしれない 」

そっと開いた水色の目。

その目は優しい。

でも、いつもと違い、眉尻が下がった表情は少し寂しそうで……。

「あなたのまっすぐに見上げる目。素直にかけてくれる言葉。――一緒にいて守られていたのは私だった」

ハストさんはそこまで言うと、ふっと表情を戻した。

あっという間の出来事。さっきまでのハストさんはいない。

いつも通り、あまり表情を変えない普段のハストさんだ。

「イサライ様のその心があったから、今がある」

そして、私を励ますように、またしっかりと言葉を告げた。

「レリィは必ず力になってくれ、スラストもあなたの手足となる。警備兵もいれば、きっとこれまで通りの生活が送れるはずです」

大丈夫だ、と。

今まで通りに過ごせるのだ、と。

「だから、私は北へ帰り、やるべきことをします」

……今まで通り。いつも通り。

――ただそこにハストさんはいない。

「結界がなくなることはここ二百年はありませんでした。だから、これからどのようなことが起こるかわかりません。昨日のように魔獣が王宮に来ることもあれば、魔獣の住む北の森周辺が襲われることもあるでしょう。結界も徐々に弱くなるのか、しゃぼん玉のようにパチンとはじけて無くなってしまうのか。どうなるかは未知数です」

「……はい」

ハストさんの言葉に頷く。

そう。今回はたまたま魔獣がまっすぐに王宮に飛んできて、たまたまハストさんがいたから、被害も少なく済んだ。

けれど、次はわからない。

聖女である女子高生がスキルを使えるようにならなければ。

結界に力を送れるようにならなければ。

これからなにが起こるかはわからない。

もっとひどい状況もすぐに想像できてしまう。

「私には魔獣を倒す力がある。ですから、有事の際、すぐに対応できるように、前線で戦うのが私の使命だと感じました。……それがイサライ様を守ることにも繋がる、と」

本当に……。ハストさんの言う通りだ。

ハストさんの力は前線で使うべきだろう。

それはもちろん国のためでもあるけれど、ハストさんのためにもなると思う。

ここで落ちぶれ令嬢だと思われている私の護衛をするよりも、その力を存分に使ったほうが、きっとハストさんは輝ける。

ハストさんはあるべき場所へ。

今までが異常だっただけ。こんなに強い人を私一人の護衛に押し込めるなんて間違っている。

……だから、ここでさよならだ。

いってらっしゃい、がんばって下さいと手を振るのが正しいから。

――でも。

一度、目を閉じ、息を吐く。

そして、しっかりと上を向いた。

「あの約束は有効ですか?」

「……約束?」

不思議そうに瞬かれる水色の目。

その目を見上げて、にんまりと笑いかけた。

「私の意思に反していれば、ここから連れ出してくれるって言ってくれたことです」

……トマトのブルスケッタを食べたとき。

約束してくれた。それが今、胸に響いている。

「ハストさんは自分ばかりが楽しかったって言いましたけど、私も楽しかった。ハストさんといるのは本当に楽しいです」

びっくりするほど強くて。

いつもおいしそうにごはんを食べてくれて。

「ハストさんが守ってくれたから。だから私は選べると思うんです」

そう。ハストさんが守ってくれた。

本当ならすぐにスキルのことはみんなに知られ、よくわからないままに利用され、気づけば自分の望みじゃないことをしていたかもしれない。

……でも、今は選べる。

危ない時は台所に逃げればいい。

どんなに強い敵でもハストさんなら倒してくれる。

それにレリィ君の魔法の力とスラストさんの権力があればなんでもできる。

そして、警備兵のみんなは秘密を守ってくれるから……。

だから、私はどこかの国から追い出された、ただの落ちぶれ令嬢だ。

それならきっとどこへでも行ける。

「……私も行きたい」

言葉にすれば、それが胸の中ではじけた。

だって、選べるなら――

「連れて行ってください」

――楽しいほう、一択!

「知らない世界を教えて下さい。知らない景色を見せて下さい」

それを思うだけでわくわくする。

「行ったことのない土地でやったことのないことをしたい」

そして、それを一緒にしたいのは――

「……できれば、ハストさんと」

――あなただから。

なんだか最後は声が小さくなってしまった。

だから、ちゃんとハストさんに届いたか不安になって、水色の目をじっと見る。

するとその目はみるみる大きくなっていて……。

「――光栄だな」

そして、目と目の間。鼻のところをくしゃっとさせて笑った。

その無邪気な笑顔にほだされるように私の頬も緩んでしまう。

すると、なぜか体がふわっと浮遊感を訴えた。

「え」

え。なんで。おかしい。

さっきまで私より目線が上だったはずの警備兵の顔が下に見える。

しかも、なぜか足に地面の感触はないし、腰の辺りを強くて、でも優しいなにかにきゅっと支えられていた。

「ハストさん……!」

これは……! 抱っこされてる……!

待って! 私、なんかぎゅうっと抱きしめられている気がする……!

しかもなんか父親が子供にするときみたいな、抱えあげられているようなさんのやつだ……!

びっくりして声が出る。

そして離してもらおうと、急いで私の顔の下にあるハストさんの顔を見れば、なんだかその水色の目には熱があって……。

「もう少しだけ」

熱い目が私を見る。

それに言葉を無くすと、ハストさんは私の腰にある手に少しだけ力を込めた。

「あなたを味わいたい」

「ひぃっ」

出た……! 大人の色気が出た……!

まずい、このままだと頭からばりばりと骨ごと食べられる。

シロクマに食べられる私。いやだ。笑いごとじゃない。

逃げようと体をよじるんだけど、ハストさんの手は優しく、柔らかく私を支えているようなのに、決して外れない。

なにこれ。どうなってるの。

「シーナさんが行くなら、僕も行くよ。……僕のはじめての人だから」

語弊。

いつもなら肩辺りから聞こえる語弊が、今は腰のあたりから聞こえる。

それに気づき、視線を下げれば、そこにはレリィ君がうっとりと笑って私を見ていた。

……そう。見ている。

ハストさんに抱き上げられている私を見上げている。

そういえばそうだね。

ここはハストさんと私だけじゃなくて、他にも人がいたね。

つまり私は大勢の人の前でこんな場面を見せてしまったんだね。

その事実に顔を青くしながら、そちらを見た。

すると、警備兵のみんなはなにやらぼそぼそ囁きあっていて……!

すぐに降ろして! いますぐに!

「ハストさぁん……!」

懇願するように呼べば、ハストさんはとっても嬉しそうにきらきらと笑った。