軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パワーとは

まっすぐに私を見る、その人物。

その人は青い髪に碧色の目。眼鏡の奥は鋭利な目付きをしていた。

……知ってる。私、この人知ってるな。

「うるさいスラスト。開けたら閉めろ」

スラスト。そう。そんな名前だった。

確か次期宰相と目されている人物で……。態度は高圧的で……。前に会ったときはまったく目が合わなかったよね。

うん。この人、この前、聖女様に近づくなと言ってきた人だ。

……まぁ、言われたのは金髪剃り込みアシメだけど。

眼鏡の人物、次期宰相スラストさんはハストさんに注意された後、ぱたんと優しく扉を閉めた。

そして、憎々しげに私を睨む。

その目はぎらぎらと怒りを湛えていて……。

「ドブネズミが」

……ドブネズミ!

人への悪口としては時々見かけるけど、実際にはあまり使い勝手がよくない罵詈雑言!

いまいちピンとこないから、ムカつくより先にえっ? って聞き返しちゃうやつ! 美しく生きちゃうやつ!

思わずテンションが上がる。

しかし、そんな内心の私に反し、部屋の温度がぐんと下がった。

そう。ここは北極。シロクマの生息地。

「……この方への発言か?」

「そうだ。私の可愛い子ウサギに軽々しく触れて……! お前の圧なぞ怖くない。お前の処遇は私一人でいくらでも即決できる。今すぐに北に戻るか?」

下がる温度を物ともしない次期宰相。

さすが次期宰相。腕力対権力って感じ! 耐寒性能を感じる!

いつもハストさんの冷気にひぃって叫ぶ、某金髪剃り込みアシメばかり見ていたからか、新鮮な対決。

「お前が決定を下す前にその口を封じればいい」

……やめて!

私の部屋を凄惨な現場に作り替えるの、本当にやめて……!

ハストさんがスッと立ち上がり、腰に佩いた剣へと目線を落とす。

でも、次期宰相スラストさんはそれにもビクともしなかった。

「お前がここで護衛ができているのは私の根回しがあったからだ。忘れるな。私の口を封じたところで、ここの護衛は続けられないぞ」

「……その時は順番にヤればいい」

待て。何人ヤるつもりだ。

ダメ。ヤっちゃダメ!

「ハストさん……」

思わず声を出せば、隣にいたレリィ君が大丈夫、と私に話しかけた。

「二人はすぐにこうやってじゃれるんだ」

「じゃれる」

「うん。大人になっても仲良しみたい」

「なかよし」

私の基準と違いすぎる。

「でも……今のは兄さんが悪いよね」

「……兄さん?」

「そう。今入ってきたのは僕の兄なんだ」

「……ほぉ」

なるほど。確かに青い髪に緑色系の瞳の色。兄弟と言われればそうかもしれない。

なんか雰囲気が全然違うけど。ほわほわしたレリィ君と人間なんてドブネズミ! の次期宰相とではまったく違う。

感心しながら、二人を見比べていると、レリィ君はふっと表情を消して、兄である次期宰相を見た。

「兄さん。さっき言ったことってお姉さんのことだよね?」

「ああレリィ! 私の子ウサギ! ドブネズミに触られてかわいそうに。そんなところにいると、ドブネズミの匂いが移ってしまう。優しいお前は逃げられなかったんだろう? すぐに私が助けに――」

「謝って」

「レリィ?」

レリィ君に走り寄り、その身を心配する次期宰相。

けれど、レリィ君はその言葉を遮り、ピンと張り詰めた空気の中、ぺっと吐き捨てた。

「そこに跪いて、許しを乞えって言ってるんだよ」

……そんな。美少年が。

ふわふわした笑顔のレリィ君が。そんなゴミを見るみたいな目で。

驚きすぎて声が出ない。

でも、ハストさんはそんなレリィ君の変貌を気にすることなく、むしろその意見に賛同するように深く頷いた。

いや、でも、あんなに怒ってた次期宰相が私に跪くことなんか――

「私の存在が貴方を傷つけたことを謝罪する」

――あった。二秒で跪いた。

「イサライ様。スラストはレリィを溺愛しています。信用ならぬ相手ですが、レリィが関われば話は別です」

「うん。兄さんがお姉さんの力を知る前で良かった。先に知られていたら、都合よく利用されていたかもしれないから」

なんだか散々ないわれ様の次期宰相だが、どうやらレリィ君を溺愛……つまり、ブラコンらしい。

だから、レリィ君の言うことに逆らえず、こんなに簡単に跪いたのか……。私への謝罪に誠意はまったく感じないが、『私の可愛い子ウサギ』発言から察するに、レリィ君への愛は大変重そうだ。

「僕はお姉さんの望まないことはしたくない。だから、兄さんをちゃんと止める」

「……うん。ありがとう」

「兄さんはね、性格は悪いし、態度は高圧的だし、狡猾で僕以外の人間を認識していないような人だけど、頭はいいんだ」

……うん?

「スラストは私利私欲で動く人間です。自分の欲望、つまりレリィが幸せであれば、警戒する必要はないのです」

……うん。なんだろう。二人が次期宰相スラストさんの説明? フォロー? をしているような気がするけど、知れば知るほど、ひく。心が引き潮。干潮。

「スラスト、レリィの様子が違うだろう?」

「……そういえば、いつもは愛しさの中にも儚さと切なさが入り交じる私のレリィ特有の匂いが、今は愛しさの中にも心強さが満ちあふれている」

匂いとはそんな表現をするものだっただろうか。

跪いたまま、何を言っているんだこの次期宰相は。

「レリィ。イサライ様は異世界から召喚された方だ。それはスラストも知っている」

「……そうなの?」

レリィ君の若葉色の目がこちらをじっと見る。

だから、それに、うん、と頷いた。

そんな私にレリィ君はほんのりと頬を染め、うっとりと笑う。

その笑顔にまた心のやわらかいところがすりおろされるのを感じながらも、目を閉じて耐える。

そして、ハストさんはそのまま説明を続けた。

私のスキル『台所召喚』は私が台所へと召喚されるスキルだということ。

そこで作った料理を食べると強くなり、元気になるということ。

たまたま倒れていたレリィ君を私が見つけ、料理を食べさせたこと。

レリィ君の体が強くなり、スキルも安定し、魔力暴走に悩むことがなくなったこと。

「……そうか。レリィが苦しむことはないのか」

その話を聞くと次期宰相はこれまでの表情を崩し、泣きそうな顔でレリィ君を見た。

「私の可愛い子ウサギが……そうか」

「うん。兄さん、これまで心配かけてごめんね」

「いや……私のすべてはレリィのためにある」

うん。感動的。きっと、この二人にしかわからないようなものもあるんだと思う。

だから、良かったなぁと眺めていると、次期宰相は跪いたままスススススッとレリィ君へと近寄った。

「ああ! この匂い! これまでの木陰の下でそっと空を見上げる匂いが陽光を全身に浴び、庭の中を走り回る匂いに変わっている……! なんとかぐわしい……! レリィ! 私の子ウサギ……!」

……これはどうだろう。

美少年の足に縋りつき、胸いっぱいに匂いを吸い込むこの姿は……。

「やめて兄さん。気持ち悪い」

そんな次期宰相をレリィ君はゴミを見るような目で見た後、ペッと吐き捨てた。

まさに。同意しかない。

兄弟のやりとりに心が引き潮。

だけど、ハストさんはそれに慣れているのか、特に気にする様子もなく言葉を続けた。

「これでイサライ様の力を知ったわけだが、二人にはこのことは内密にして欲しい」

「……わかっている。この力は利便性が良い。私のようなものに見つかればすぐに利用されるだろう。私としてもレリィのためにもっとうまく使いたいところだが……」

「やめて兄さん。僕は、お姉さんを守りたい」

「……わかった。レリィがそう言うのなら」

次期宰相は眼鏡のズレを直すと、その鋭利な眼差しで私を見た。

「聖女のおまけだと思い、とりあえず見えるところに転がしておいたが、まさかそちらがレリィのためになるとはな。……レリィを救ってもらったことは感謝する。レリィが望む限り、私はお前の手足となろう」

そして、それに続くようにレリィ君もきらきらした若葉色の目で私を見る。

「なにかあればすぐに言って欲しい。お姉さんのためになることをたくさんしたい」

そんな二人の言葉と目線を受け、私は顔を上げてハストさんを見た。

……これまではハストさんしかいなかった。

でも、これからはこの二人も私の秘密を知り、そしてそれを守ってくれて……。

「……私一人では難しいこともあります。特に上層部への根回しや情報収集などはスラストには敵いません。スラストだけでは都合よく使われる危険がありましたが、レリィがいればそれはない。――すべて、イサライ様のためになるかと」

ハストさんは水色の目をそっと細めた。

「――イサライ様の心が。レリィを助けたいと思った心がこの結果を呼んだのだと思います」

……ハストさんがそう言ってくれると安心できる。

だから、二人の言葉に少しだけ溜めていた息をほっと吐いた。

「……ところで、レリィに触れすぎではないか?」

次期宰相が跪きながらも、暗い根性を込めた視線で私を見る。

わかりやすく嫉妬ですね。100パーセントの妬みと嫉み。

「……兄さん」

そんな次期宰相に対して、レリィ君がまたゴミを見るような目になった。

でも、私は今回ばかりは次期宰相の言葉にうんうんと頷く。

「そうそう。私もくっつきすぎだと思う。それはお兄さんの言う通りだよ」

そう。レリィ君がいかに少年と言っても、さすがにこうして腕を組んで、ソファに座ってぎゅっとしがみつくような年齢ではない。断じてない。

けれど、レリィ君はお決まりのうっとりとした顔で笑った。

「お姉さんには僕のことを弟だと思って欲しい」

「弟?」

「そう。僕は血のつながりで言えば兄さんの弟だけど、ヴォルさんにとっても弟のようなものなんだ」

「ああ。小さい頃から世話をしている」

「僕はね、――みんなの弟なんだ」

「みんなのおとうと」

なにそれ、こわい。

なにかがこわい。

「だから、お姉さんとこうして腕を組むのもおかしくないし、ぎゅっとくっついているのもおかしくない。弟だから」

「……おとうとだから」

「そう弟。」

「……おとうと」

レリィ君の若葉色の目がきらきらと輝く。

そして、私の頭には『おとうと』の四文字が何度かリフレインして……。

「……じゃあいっか」

「うん! ありがとう! あと、シーナさんって呼んでもいい? 弟だから」

「……うん。おとうとだもん」

「シーナさん!」

レリィ君が嬉しそうにぎゅうぎゅうと私の腕を抱きしめる。

私はそれをハイライトの消えた目で見つめ、そっと微笑んだ。

腕力=権力<<<(越えられない壁)<<<<弟力

しっているか おとうとは さいつよ