作品タイトル不明
73.エントール国国王 エスマルイート王3
-エントール国 エスマルイート王視点-
転がされていたキャベルが、 身動(みじろ) ぐのが見えた。
「くっ、ここは?」
周りを見回すキャベルと、視線が合う。
俺をじっと見つめたキャベルは、現状を把握したのだろう。
憎々しげな表情で、俺を睨みつけてきた。
「愚かだな、俺は」
小さなつぶやきは、誰にも聞かれる事なく消えた。
キャベルを信じたかった。
まぁ、無駄な期待だったが。
キャベルと俺は幼馴染だ。
俺の無茶な行動に文句を言いながらも、付いて来てくれた。
本気で怒られた事もあった。
そして、ある貴族から命を狙われた時には、命を掛けて守ってくれた。
彼の腰には、その時の傷跡が残っている。
王になってからも、俺が間違った判断をすれば本気で怒ってくれる存在。
そんな彼は、俺にとって貴重な存在だった。
だから信用していた。
「キャベル、なぜ裏切った?」
バッチュ殿が、キャベルの罪を言う前に声を掛けてしまう。
どうしても、彼の口から聞きたかった。
「裏切った? 違う。俺はこの国のために動こうとしただけだ」
この国のため?
どういう事だ?
「エスマルイートの近くにいて分かった。お前は王に向いてない。だから俺は、国民のために動こうとしただけだ!」
力強く言われる言葉に、苦笑が浮かぶ。
そんな事は、俺が一番理解している。
俺は、3男だった。
優秀な兄がいたので、王になるはずがなかった。
それなのに、兄の1人は魔物討伐で命を落とし。
もう1人の兄は、貴族の裏切りで亡くなった。
急に降って湧いた王という地位。
誰よりも戸惑い、不安に押しつぶされそうになったのは俺だ。
でも、そんな態度は見せられない。
俺が不安な態度を見せれば、貴族に付けこまれてしまう。
だから、王太子に決まったあの日から強い王を演じた。
気の休まる時など無かった。
それでもキャベル。
お前が俺を支えてくれたから、ここまで踏ん張ることが出来たんだ。
そういえば、お前の前では幾度となく弱音を吐いていたな。
それが原因なのだろうか?
今まであった支えが、ふっと消えたような気がした。
いや、元々支えなど無かったのか。
気分がぐっと落ち込んでいく。
「主が『エスマルイートは凄い王だ』と言っていたよ。つまり彼は、森の神が認めた獣人国の王って事」
「えっ?」
バッチュ殿の言葉に視線を上げると、ガルファとダダビスが頷いているのが見えた。
あぁ、俺を認めてくれる存在もいるのだな。
そうだ。
俺は、獣人エントール国の王だ。
今までだって、何度も裏切りにあって来た。
今回のこれも、その内の1つに過ぎない。
他の裏切り者とキャベルに違いなど無い。
裏切り者は、裏切り者だ。
「それよりキャベル。国民の為とか言っているけど、君の本当の目的は利権でしょ? そのために扱いやすい第1王子を王に担ぎ上げる予定だったじゃない」
第1王子?
それは俺の息子エストアールの事か?
「それに本当に国民の為だと言うなら、マッロシ伯爵とバーリュ侯爵が行っていた事を黙認していたのは、どうして? 知っていたよね? 彼らが何をしていたのか」
「な、何の事だか知らん」
焦ったキャベルの前に立ってバッチュ殿は、腰に手を置いて首を傾げる。
「えっ? 第1王子を担ぎあげる理由を、自慢気に息子に話したでしょ? 忘れちゃったの? それに奴隷紋の研究室に、どこまで研究が進んだのか確かめるために行ったよね? どっちも忘れちゃったの? 本当に、覚えてないの?」
バッチュ殿は、小馬鹿にしたようにキャベルの前で首を左右に振る。
その態度に悔しそうな表情をするキャベル。
「知らん。私は何も知らん!」
「思い出さない? それならもう少し詳しく話すね」
「なに? 詳しく?」
「そう。どうやって第1王子に取り入ったか。それは第2王子が次代の王として指名され、自暴自棄になっていた所を付け込んだでしょ? 『あなたこそ王にふさわしい。私が必ずやあなたを王にしてみせます。少し協力して頂ければ必ず王になれるでしょう』って。どう? 思い出した?」
「なぜ? なぜ、その事を……」
キャベルの唖然とした表情で、それが本当の事だと分かる。
それに小さくため息を吐く。
エストアールの事だ、きっとキャベルの言うままに協力をしたのだろう。
このエントール国では、最初に生まれただけでは次代の王に指名される事は無い。
子供達の中から、優秀で人と成りに問題が無いか見極めてから、現王が次代の王を指名する。
だから、子供達がある程度成長するまでは、次代の王が誰になるのかは分からない。
これがエントール国の王位に関するルールだ。
それなのに、なぜかエストアールは自分が次代の王に指名されると思い込んでいた。
しかもそのせいなのか、態度も横暴で。
その度に、何度も注意をした。
しかし、改善は見られず。
だから俺は、次代の王に次男である第2王子エストカルトを指名した。
エストアールには、なぜこうなったのかを時間を掛けて説明したつもりだったが、無意味だったのか。
「あっ、第1王子のエストアールもここに来るようにしたから。まだ思い出せないなら、聞いてみようか?」
バッチュ殿の言葉に、肩を震わせたキャベルは顔を上げると嫌な笑みを見せた。
それに危機感を覚える。
「あはははっ。そうだ、その通りだ。だが森の神も、まだまだだな」
何を言い出すんだ!
「キャベル、止めろ!」
森の神の不興を買ったら、この国全体に影響を及ぼすのに!
「どういう事?」
バッチュ殿の不機嫌な声が、謁見の間に緊張感をもたらす。
その中で、キャベルだけが不気味に笑っている。
「くくくっ。あ~、最高だ! 森の神は、全てを見通していると思い込んでいるんだろうな。だが、残念。俺の仲間はこいつだけじゃない!」
キャベルが真っ青な顔で震えているオルトルに視線を向ける。
そういえば、彼らの関係はまだ訊いてなかったな。
「あ~、なんだ。その事か」
バッチュ殿の楽しそうな言い方に、キャベルが訝しげな表情を見せる。
「あのさ、君。彼らに騙されていたんだよ」
「はっ? 俺が騙された? 何を言っているんだ?」
バッチュ殿の言葉に、苛立った様子のキャベル。
「君と一緒に行動していた、アルティス侯爵とナルミト伯爵」
彼らも俺を裏切っていたのか?
「そうだ、その2人だ。なぜここにいない?」
「ふふっ、キャベルは全く気付いてなかったんだね。いやぁ、面白い」
バッチュ殿の言葉に、キャベルの表情が険しくなる。
「アルティス侯爵とナルミト伯爵は王を守るために、君に近付いたんだよ」
えっ?
「キャベルは王からの信用が厚い。だから生半可な証拠では、潰せないと考えた。それで確実に潰せる証拠を得るために、君の懐に入り込むことにした。君の態度を見ている限り、成功していたみたいだね。そうそう、2人から君に伝言を預かっていたんだった。『我々はエスマルイートこそが、エントール国の王にふさわしいと思っている。君から聞いた話は、本当に自分勝手で苛立った。消えてくれ』だって。残念だったね」
あの2人が、そんな事を言うなんて。
「ははっ。私は見極める目が濁っていたようだ。もっと視野を広げないとな」
キャベルを見る。
思いがけない2人からの裏切りに、先ほどまでの傲慢な態度は鳴りを潜めている。
「やめろ、離せ! 私を誰だと思っている」
「兄上、いい加減に口を閉じてください。煩いです」
謁見の間の扉が開くと、息子達が入ってくる。
1人は長男であるエストアール……は、アルメアレニエの糸でぐるぐる巻きになっていた。
次に次男であるエストカルト。
長女であるエリトティールも一緒のようだ。
「父上、これはどういう事ですか? なぜ私にこんな事を!」
エストアールが、私に向かって声を荒げる。
それを見た、エリトティールがため息を吐いた。
私には3人の子がいる。
エストカルトは人の心を掴むのが上手い。
そしてエリトティールは……親が言うのもあれだが、冷淡で策士だ。
いや、優しい面もあるが。
なぜ、エストアールだけがこうなってしまったのか。
「黙れ。キャベルに『王にしてやる』と言われたようだな」
俺の問いに、青ざめるエストアール。
「えっ? それは、俺が王にふさわしいから」
「ありえないわ。あんな犯罪者の口車に乗って、王宮警備の重要機密を漏らす者が王にふさわしい? 寝言は寝てから言ってちょうだい。バッチュ殿、残りの証拠です。あと、頂いた証拠ですが、問題ありませんでした」
「ありがとう。とても助かるよ」
えっ?
エリトティール?
「どうしたんですか? お父様?」
「いや、バッチュ殿と知り合いなのか?」
「えぇ、ゴミの排除が思うようにいかず困っている時に出会いました。同じ目的でしたので、協力していただいたんです。バッチュ殿の仲間達は凄いですよ。それまでの事が嘘のように、あっという間に情報や証拠が集まりました。本当に、色々と。ふふふふっ」
頼もしいけど、ちょっとその笑い方は怖いかな。
ほら、騎士達が引いているから。
あっ、もしかしてエストカルトも知っていたのか?
首を横に振っていると言う事は、知らなかったのか。
「そうか。ありがとう」
エリトティールの方が王に向いていたかな?
……止めよう。
周りが怖がりそうだ。