作品タイトル不明
71.エントール国 オルトル男爵
ー男爵家当主 オルトル男爵ー
なぜ、こんな事になったんだ?
男爵の地位だと、会える貴族に限界がある。
だから、多くの貴族と知り合えるように、タルレスタ女伯爵に近付いた。
彼女は傲慢なところはあるが、単純な性格で扱いやすいと判断したからだ。
実際、自尊心を満足させれば、俺の思い通りに動いてくれた。
予想外だったのは、彼女が元宰相のヴィスルイと繋がっていた事だ。
今は落ちぶれてしまったが、あの当時は国を動かせるほどの力を持っていた。
さすがの俺も、予想していなかった大物の登場に少し警戒したが、この機会を逃すつもりは無かった。
だから俺は、ヴィスルイが欲しがっている情報を徹底的に調べ上げた。
まずは俺という存在を、ヴィスルイに知ってもらう必要があると考えたからだ。
そのための情報。
かなり時間と金がかかったが、俺はある情報を掴む事が出来た。
俺は掴んだ情報を、タルレスタ女伯爵を通してヴィスルイに伝えた。
直接伝える事も考えたが、親しくない者からの情報など警戒されるだけなので止めた。
なによりヴィスルイと彼の友人達に、タルレスタ女伯爵の価値を認めさせ、俺は女伯爵に媚びへつらう存在だと思わせたかった。
なぜなら、貴族達は自尊心の塊。
男爵という底辺の貴族が目立つと、反感を買い面倒事が増える。
それを防ぐためにも、俺はタルレスタ女伯爵の指示でなんでもする存在だと思わせたかった。
そして俺の望んだ通りにいった。
俺は、タルレスタ女伯爵のために動くただの男爵。
この地位は、問題が発覚した時に一番力を発揮する。
なぜなら、俺はタルレスタ女伯爵の指示に従っただけ。
つまり、タルレスタ女伯爵は俺が行ってきた全ての罪を被ってくれる存在でもある。
まぁ、ようするにタルレスタ女伯爵は生贄だ。
ヴィスルイに伝えた情報は、相当な価値があったのだろう。
タルレスタ女伯爵が、ヴィスルイの傍に呼ばれる事が多くなった。
その結果、貴族達の中でもタルレスタ女伯爵は特別な存在となった。
そして彼女に付き従う俺の交友関係は、一気に広がった。
だが、今までの経験上でこういう時こそ注意が必要だと気を引き締めた。
上位貴族達に、利用される存在になってはいけない。
こちらが利用する側でなければ。
そのために、今まで以上に相手を調べ上げ、そして相手の弱みを握る事に邁進した。
邪魔な存在はタルレスタ女伯爵の名を使い排除し、彼女を貴族達から恐れられる存在にした。
全てはこれから。
そう、これからだったのに。
森の神がその姿を見せ始めた時から、狂いだした。
あの存在が、全てを壊した。
もっと早く、その存在の恐ろしさに気付いていればこんな事にはならなかったのに。
「くそっ、どうしてこんな事に」
エンペラス国が奴隷制を廃止し獣人達を解放した時に、もっと森の神について調べるべきだった。
全てが上手くいっていて、気が緩んでいた。
いや、エントール国内の事ではないから気にしなかった。
あっ、まさかあの事を嗅ぎつけたりはしないよな?
大丈夫だよな?
あれが、明るみに出てしまったら……いや、大丈夫だ。
証拠の書類は、毎回自分の手で燃やしている。
だから大丈夫だ。
それに、取引相手は俺ではなくタルレスタ女伯爵だ。
だから俺があの罪を背負う事は絶対に無い。
「大丈夫だ。バレるはずが――」
「何が大丈夫なの? ところで『この場所でお待ち下さい』と、伝言を頼んだはずなんだけど。どうして馬に乗っているの?」
えっ?
誰の声だ?
馬はかなり速く走らせている。
これに付いて来られるなど……えっ?
声がした方へ視線を向けて、固まる。
「聞いている?」
まさか、ゴーレム?
どうして、ここにゴーレムが?
「ねぇ、無視するのは駄目だと思うんだ。聞こえているでしょ?」
「いや、その……」
どう答えるべきだ?
「ひぃ」
えっ?
俺の少し前を逃げていたタルレスタ女伯爵の声に、視線を向ける。
「なっ、アルメアレニエ!」
アルメアレニエが、彼女の馬と並走するように走っている姿が目に入る。
しかもそのアルメアレニエの上には、エントール国の騎士服を着た騎士が乗っていた。
「なんてことだ」
してやられた!
知らない間に、森の神とエスマルイート王が繋がっていたなんて。
些細な接触はあった。
教師を神の子供達に派遣もした。
だが、それ以降の接触は無かったはずだったのに、どこかで関係を築いていたのか。
くそっ。
送り込んだ教師からの連絡がこない事に、もっと警戒をするべきだったんだ。
「そろそろ止まらない? 止まってくれないなら、強制的に止める事になるんだけど、いい?」
いいわけあるか!
逃げる事は、もう不可能だ。
それなら、生贄を差し出して生き残るのみ。
何かあったら、最初からそうつもりだったのだから大丈夫。
まだ、上手くやれる。
馬の手綱を引っ張り、馬を止める。
「よかった。止まってくれた。さてタルレスタの方は。あぁ、彼女は捕まったね」
捕まった?
ゴーレムの視線を追うと、騎士に担ぎ上げられているタルレスタ女伯爵の姿があった。
見た感じ、気を失っているように見える。
それならちょうどいい、目を覚ます前に全てを彼女に押し付けてしまおう。
「あれ? タルレスタは気を失っているの? もう、話を聞きたかったから起きていてほしかったのに。どうしてすぐに気を失うんだろうね。もう少し頑張ってほしいんだけど」
ゴーレムの言葉に、タルレスタ女伯爵を担ぎ上げている騎士が苦笑する。
「アルメアレニエを目の前にすると、多くの者は気を失います」
「そうなの? 親蜘蛛達はいい子で怖くないのに」
ゴーレムの言葉に、アルメアレニエが前脚を上げる。
えっ?
アルメアレニエは親蜘蛛と呼ばれているのか?
「アルメアレニエは、死の番人とも言われているチュエアレニエの子ですから」
騎士の言葉にゴーレムが首を傾げる。
なぜ不思議に思うんだ?
見るからに恐ろしい存在なのに。
「チュエアレニエが死の番人? ……今は、ナスもどきの番人になっているよ。油を鍋に移してナスもどきを出すと、絶対に何処からか来るんだよね。あれは匂いで気付くのかな? それとも……野生の勘? そういえば親蜘蛛達も来るよね?」
「音と匂いと勘です」
アルメアレニエの答えにゴーレムが笑う。
意味が分からないが、いい雰囲気だ。
タルレスタ女伯爵に罪を着せるなら今か?
「あっ、そうだ。えっと、獣人国の第一騎士団団長のガルファだったよね?」
「はい、そうです」
あぁ、そうだ。
あの顔は第一騎士団のガルファ団長だ。
奴をこちら側に引っ張り込めればと思ったが、王への忠誠心が深く無理だった。
最近は、俺の動きに気付いている節があったので、近付かないようにしていた。
「オルトルとタルレスタを縄で縛って。ダダビスの方もそろそろ終わっているだろうから、エスマルイート王の下へ戻ろうか」
「分かりました。オルトル男爵、一緒に来てもらう」
ガルファ団長は縄で俺を拘束すると、意識の無いタルレスタ女伯爵も同じように縄で縛った。
彼女の意識が戻っていない今が、チャンスだ。
あれ?
そういえば、どの犯罪がばれたんだ?
「ガルファ団長、少しお待ちください。罪状は何でしょうか?」
「それは」
ガルファ団長が、ゴーレムに視線を向ける。
「オルトルの一番の罪は、獣人達を人やエルフに売った事だね。あとは、貴族達からの依頼で獣人達も殺してきたよね。あとは、賭博場もあるかな。本当、タルレスタ女伯爵の影に隠れて色々してきたよね」
ゴーレムの言葉に、冷や汗がどっと出る。
まさか。
まさか、バレてるのか?
「えっ、売った?」
ガルファ団長が俺を睨みつける。
その鋭い睨みに体がぶるっと震える。
駄目だ。
態度に出すな。
まだ、誤魔化せるはずだ。
「何の事を言っているのか、分かりません」
「えっ? 借金を払えなくなった獣人達を人やエルフに売ったよね? オルトルが持っていた証拠は燃やされて無かったけど、取引した相手の証拠は残っているからね」
そんな……待て。
取引相手はタルレスタ女伯爵だ。
俺じゃない。
「オルトルが10日ほど前に売った獣人達は、全員を保護してあるから。彼らは生きた証人だね。自分達を誰が売ったのか、ちゃんと知っていたよ。オルトル、どうしたの? 顔色が、かなり悪くなっているけど」
楽しそうなゴーレムの声に、頭が真っ白になる。
売った商品は必ず処分する。
契約で決めていたから、生き残った者がいるなんて想像すらしていなかった。
「オルトル、貴様!」
ガルファ団長が俺の頭を掴み、持ち上げる。
「ぐっ」
「ガルファ団長、落ち着いて。あとは、エスマルイート王が判断する事だから」
「……はい。失礼しました」
ドサリと、地面に体が叩きつけられる。
痛い、怖い。
これから俺は、どうなるんだ?
いや、まだ何か手があるはずだ。