軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.クラーケン戦2

船大工や職人はただの民間人ではない。

冒険者ギルドに所属し、要請があればダンジョンにも潜る『戦う技術職』だ。

愛用の仕事道具を巧みに操り、クラーケンの眷属達を撃退する。

しかし私を驚かせたのは、町の住人達の生存技術だった。

「逃げるのが得意」と言う彼らだが、小石を使って目潰したり、音を立てて気を逸らしたりと、大活躍だった。

彼らは、私と戦闘には不向きな回復魔法師達を中央に集め、守るように周囲を固めた。

「老師! ご無事でなによりです」

「おお、リーディア、ここで会うとはのう」

回復魔法師の中に私の師匠ルイン老師の姿もあった。彼は戦闘の相談役としてこの地に残っていたのだ。

「リーディア様達は私達がここで守ります。騎士様達はどうぞ存分に戦ってください」

キッパリとそう言い切る町長の横顔は、誇りと自信に輝いて見えた。

「うおおっ!」

突如、船上で男達の雄叫びが轟いた。荒れ狂う嵐の音すらかき消すほどの、力強い咆哮だった。

クラーケンは雷を放った後、一瞬、動きを止めた。

その隙に六番隊隊長の熊男と部下がクラーケンの巨大な触手に駆け上り、でっかいウォーハンマーを振り下ろし、ついにそれを切り落としたのだ。

「さすが! 隊長!」

「やるぅ!」

「サミュエル! サミュエル!!」

熊男の本名、サミュエルコールが巻き起こったが、「うるせぇ!」と本人に一喝されてすぐに終わった。

「よし、俺達も行くぞ!」

熊男の奮闘に騎士達は一気に勢いづいた。

他の騎士達もウォーハンマーを手に、触手に登っていく。

職工の一人が汗を滴らせながら、私を振り返った。

クラーケンの眷属は硬い外骨格に覆われ、容易には倒せない。そんな魔物と戦い続ける彼らの顔には、疲労の色が浮かんでいた。

「リーディア様、何か歌ってください」

「えっ、今か?」

「はい、勇気が出るような歌を歌ってくれませんか」

戸惑う私だが、他に私にやれることは何もない。

「勇気が出る歌……」

私はとっさに思い浮かんだ歌を口ずさんだ。

この町の英雄にして、クラーケンを退治した伝説の男。

『エルリッヒの歌』を。

歌の内容はこんな感じだ。

エルリッヒは領主の次男に生まれて、茶色の髪と緑の瞳が美しい、牡鹿のような色男に育った。

町を歩けば、女性達は皆、彼にキスして欲しがった。

そしてシャチのように強くなり、イッカクのような巧みな槍使いに成長した彼は様々な冒険に飛び込んでいく。

この間ももちろんモテモテである。

名うての冒険者となったエルリッヒは港町ベラフで美しい女性と出会う。

彼女の正体は人魚の女王で、彼女はエルリッヒにこう告げた。

『もうすぐこの地に災いがやって来る』と。

エルリッヒは兄の領主や仲間と協力し、災い――クラーケンを見事倒した。

勇敢に戦ったエルリッヒは人魚の女王の愛を得て、彼女とともに生きるため、海へ旅立っていく……。

エルリッヒは言う。

兄よ、ゴーランよ。心配するな。何かあればこの俺が必ず駆けつける。

『俺の名はエルリッヒ・アストラテート。海のことなら俺に聞け!』

私が歌い始めると、男達も歌を口ずさんだ。

やがてそれは大合唱になり、浜中に響いた。

皆、エルリッヒのようにクラーケンの眷属達相手に一歩も引かず、勇敢に戦っている。

そして、戦いは海でも。

一本、二本――。

激戦の末、五本の触手が切り落とされた。

だが八隻あった船のうち、三隻が沈み、あるいは大破して戦列を離れた。

残るは五隻。

海には破片と血が漂い、炎の光に照らされて赤黒く染まっている。

残った船が懸命に仲間を救助し、また身に付けていた 木鱗鎧(ウッドスケール) のおかげか、海に投げ出された者達のほとんどがなんとか自力で岸まで辿り着く。

「しっかりしろ!」

救護の兵や魔法使い達と共に、私も念のために持っていた魔石を使って彼らに回復魔法を掛けていく。

だが光属性でありながら、回復魔法が苦手な私の力では重症の怪我人は治せない。

陸上でも数に勝る眷属達に押され、負傷者が増え続けている……!

「おーい、リーディアさーん」

焦りが胸をじりじりと焼くように広がった時、馬が砂を蹴る音と共に、この場にいるはずがない少年の声が聞こえてきた。

まさか。

「ノア?」

見上げた方向には、こちらに向かって駆けてくるアルヴィンの馬、フォーセットの姿があった。

「えっ、フォーセット? 何でお前が?」

この堂々たる黒毛の馬が力強く浜辺を駆けると、蟹とヤドカリの眷属は泡を食って逃げ出した。

フォーセットの後に続くのは、ノアとノアを背に乗せた私の愛馬オリビア、そしてシェインと彼の馬のカエルムだ。

そして彼らから少し遅れて、デニスの父、ゴーラン騎士団の副団長が率いる援軍の一団が駆けてくる。

蟹やヤドカリには「大きな影や振動、素早い動きに対して逃げる」習性があるらしい。

普通の蟹やヤドカリとは比べものにならないほど獰猛で体も大きい彼らだが、同じ習性を宿していた。

馬が砂を蹴るドスンという振動は、彼らにとって大型捕食者の接近と同じ刺激になる。フォーセット達を天敵と誤解し、慌てて逃げ出したようだ。

しかし馬なら皆、同じことが出来るわけではない。

恐れを知らぬフォーセットならではの勇猛果敢ぶりだ。

そもそも領都に行ったはずのノアとシェインがなんでここに?

いや、話は後だ。

「リーディア様! ご無事ですか?」

私は馬を下りて駆け寄ってくるシェインに言った。

「シェイン、怪我人多数。助けてくれ!」

「はっ、はい」

シェインはこの数ヶ月、ルイン老師にみっちり仕込まれた訓練の成果を発揮し、本職の回復魔法師さながらの手際の良さで次々回復魔法を掛けていった。

ノアは、その近くで皆に肉体強化の付与魔法を掛けている。

「ぶるるっ」

オリビアとフォーセットが私に近づいて、そっと腹に顔を寄せた。

ここにはアルヴィンの子が宿っている。

「そうか、お前達も助けに来てくれたんだね」

「リーディア様!」

遅れて到着した副団長とその配下、五十名ほどが私に声を掛ける。

「丁度良かった、副団長。救助を手伝ってください!」

「はっ」

副団長達援軍が、沖からこの浜辺に漂着する兵達を回収し、手当てしていく。

だが、湾ではまた一艘、四十メートルに及ぶ触手に締め上げられ、粉砕された。

海に投げ出された騎士達は他の船に救助されるか、運よく浜辺へ泳ぎ着くかで、命こそ助かった。

しかし陸上でも次から次に現れる眷属相手に防戦一方の状況に変わりはない。

怪我人が増え続けている。

「くっ……」

負傷者に魔法を掛けて回るシェインは苦しそうに喘いだ。

私は慌てて魔力回復に光の魔石を握らせる。

「大丈夫か? シェイン」

「だっ、大丈夫です。違うんです、もうちょっとで、出来る……」

私はハッとして彼を見つめた。

「『その言葉』が頭に浮かぶんだね?」

「はい」

これは魔法を覚える直前の状態だ。

私はシェインの額に手を当てた。

「意識しろ、魔法は君の中にあり、外にある。流れを受け入れろ」

シェインは瞳を閉じる。

「体の奥底に集中して、拡散する」

彼の体が魔力で満たされていくのを感じる。

淡い光が彼の体を包み、目を開けると、彼は魔法の呪文を唱えた。

「降り注げ、命の光よ――リストア」

広範囲回復魔法呪文だ。

半径五百メートルという広範囲で全ての人間の怪我と体力が癒やされた。

シェインはついに上級回復魔法に目覚めた。

***

湾ではクラーケンとの死闘が続いていた。

残る四隻の騎士達は息を荒げながらも、残り二本となった触手に銛を投げ続けた。

騎士達は皆、疲労していたが、手応えも感じていた。

八本の触手相手ではさすがのアルヴィンも全ての攻撃を躱しきれない。

そのため、胴体に攻撃出来なかったが、触手が残り二本ならやれる。

アルヴィンは神から授けられた槍、 海煌(かいこう) を手に、これまでになく大胆にクラーケンの巨大な胴体へと斬り込んだ。

海煌はクラーケンのヌメヌメとした体表を切り裂き、傷口からは紫色をした不気味な体液が流れ出す。

残りの騎士達はアルヴィンの援護に回り、彼を助けた。

クラーケンは苦しげに身を震わせた。

もう少しで勝てる……。

彼らは勝利を確信しかけた――だが、突然、海が凄まじく揺れた。

「クラーケンから離れろ!」

アルヴィンが『待避』を意味する魔法の信号弾を上げながら、怒鳴る。

クラーケンが、これまで封じていた二本の触腕を解き放ったのだ。

それは他の触手よりも太く、長く、まるで海底そのものが伸び上がったかのようだった。

「隠し腕だ……!」

絶望の声が上がる。

四本の触手が一斉に襲いかかり、四隻の船は翻弄された。一本の触手が船体を締め上げ、木材が悲鳴を上げる。別の船は甲板を叩き割られ、炎の銛を握った騎士ごと海に呑まれた。

形勢は一気に不利へと傾いた。

船は二隻に減り、触手は四本。数の上でも力の上でも圧倒されている。

「くそっ」

シェインのおかげで怪我が癒え、体力が回復した騎士達が地上で悔しさに拳を握る。

仲間と共に戦いたくても、船がない。

その時。

沖の向こう、闇に沈んだ海に一条の光が走った。

「船だ!」

炎の松明を掲げた一艘の大型船が、波を切ってこちらへ迫ってくる。

だが、何者なのか。

見たことがない大型船だ。我が国にはゴーランの船大工達以外に船を造れる者はいないはず。

甲板には武装した男達の姿が見える。ホラ貝が鳴り響き、船からは『本船、参戦す』を意味する信号弾が打ち上げられた。

味方なのか?

しかし掲げられた旗にも見覚えがない。彼らの装備する武器や防具は我が国のどの騎士団のものでもなかった。

沖のアルヴィン達にも、陸の我々にも動揺が広がる。

「あっ……」

そんな中、シェインと北部の騎士達は我々とは違う驚きの声を上げた。信じられないというように、船を見つめている。

「シェイン様、あの船をご存じなのですか?」

副団長が問いかける。

「はい」

シェインは静かに頷き、頬に涙を零した。

「あの旗は北方の国シデデュラのものです。助けに来てくれたんだ……」

シデデュラの船からクラーケンに向かって次々炎の矢が射られた。

その姿に、騎士達の胸に再び火が灯る。

アルヴィンの乗る『暁の人魚号』から信号弾が上がった。

「『暁の人魚号』から信号弾! 『計画続行』です!」

報告に副団長は力強く頷く。

「よし、海岸にバリスタを準備しろ! この距離で届くかは分からんが、陸上から支援する!」

新たな船が加わり、再び銛の雨が降り注ぐ。

炎の矢が触手に突き刺さり、燃え上がる。騎士達は声を合わせ、残る力を振り絞って突撃した。触手に飛び移り、刃を振るい、血と炎と海水が入り混じる。

一本、また一本と触手が切り落とされ、ついに残るは二本となった。

だが、その代償はあまりに重い。

船はまた一隻沈み、海面に残ったのはアルヴィンが乗る『暁の人魚号』と、シデデュラ国の船――わずか二艘だけだった。

囮役を担った『暁の人魚号』は、もはや浮かんでいるのが不思議なくらいの損傷を受けていた。

「船はもう保たない」

「団長……」

「漁船でも何でもいい! 使える船はないか?」

騎士達は必死に辺りを探す。

「おーい、手を貸してくれ!」

いつの間にか姿を消していた船大工達が、声を張り上げた。

彼らは造船工房の一番端、焼け残った六番小屋から飛び出してきた。

「もう一艘、船がある! 未完成品だが、足場にはなるぞ!」

小屋の扉が開き、船大工や兵達が力を合わせて縄を引くと、五十人以上載れそうな船が姿を現した。

八隻の船は、乗組員二十数名の小型船だが、それより倍近く大きな船だ。

「あ……」

その船を見上げたスキプニッセは、息が止まりそうなほど驚いた。

船大工は彼にニヤリと笑いかける。

「いい船だろう。かつての魔物討伐船、『紅の人魚号』の設計図を元に造った船だ。乗るか、坊主?」

「うん!」