軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 マリウッツの提案

陽気な音楽と、賑やかな笑い声を聞きながら、緩やかに身体を揺らす。

いつもよりも早めの鼓動が音楽の振動に紛れて鼓膜を打っている。

ダンスなんて、高校の時の学園祭以来。

それも、校庭の真ん中でゴウゴウと燃えるキャンプファイアーを囲んでの男女も学年も入り混じったワイワイしたものだった。

腰に手を添えられ、手を取り合い、向かい合うスタイルのダンスはもちろん未経験。

音楽に乗ってゆらゆら揺れるだけの、ダンスと言える代物ではないかもしれない。けれど、マリウッツ様の腕は力強くて、波に漂っているような心地よさを感じる。

「そういえば、珍しい魔物を保護したらしいな」

「えっ、あ、ピィちゃんのことですね」

どうやらこのまま会話をするつもりらしい。

私はドギマギしている心臓に「落ち着け」と伝令を送りつつ、極力平常心を装って笑いかけた。

「ピィちゃん……?」

マリウッツ様が怪訝な顔をして首を傾げる。

私はサラマンダーが息を吹き返して襲いかかってきたことや、エクストラスキルのこと、そしてサラマンダーのお腹からピクシードラゴンのピィちゃんが出てきたことを掻い摘んで伝えた。

「ピクシードラゴンか……俺でも見たことがない魔物だぞ」

流石のマリウッツ様も驚きを隠しきれないようで、目を見開いている。

間近で見るアメジストの瞳は、宵の星空のように煌めいていて吸い寄せられそうな美しさを秘めている。

「今日は連れていないのか」

「はい。私の部屋でお昼寝中です。もう少ししたら様子を見に行かなきゃ」

「そうか。またの機会に会わせてくれ。興味がある」

「普段は基本的に一緒にいるので、魔物解体カウンターに来ていただければ会えますよ!」

「分かった。近いうちに必ず行こう」

ピィちゃんは初めこそ私以外の人間を警戒していたけれど、随分と人懐っこい性格のようで、今では見知った人には自ら近づいていくほど好奇心旺盛なドラゴンである。あと、食欲も旺盛なようでよくおやつを貰っている。

きっと、初対面では仲良くなれないと思うけど、何度か会えばマリウッツ様とも打ち解けてくれるでしょう。

小さなドラゴンと戯れるマリウッツ様を想像して思わず笑みが漏れる。

「何を笑っている」

「いえ、何でもありません」

含み笑いをする私が気に食わないらしいマリウッツ様はスゥッと目を細めた。視線は鋭いけれど、もうその瞳に冷たさは感じない。

その時、曲の変わり目に差し掛かったようで、少しの間音が止んだ。

マリウッツ様はスッと身体を離して、傍のテーブルに置かれていたグラスを手に取った。

あ、もう終わりなのか……

急に離れた熱に少しの寂しさを感じつつ、私も同様にジョッキを両手で持ち、乾いた喉を潤す。しっかり冷えたエールが五臓六腑に染み渡り、火照った身体を落ち着かせてくれる。

「ところで、ナイフはどうするんだ」

クイッとグラスを傾けていたマリウッツ様が徐に口を開いた。

「え?」

「折れたナイフだ」

ああ、さっき話の流れで愛用のナイフが真っ二つに折れたと説明したっけ。

「うーん、本当は特注で作りたいんですけど、あいにくこの世界に来て日が浅い私の懐は寂しいもので……手持ちで買えるものを調達するか、しばらくは魔物解体カウンターの予備のナイフを借りようと思っています」

正直に事情を説明すると、マリウッツ様は何か考え込んだ様子でグラスを揺らした。

とぷん、と中の赤紫色の葡萄酒が波打つ。

「確かに、お前の解体量と今後対応するであろう魔物のランクを鑑みると、通常の鉄鉱石といった素材では 心許(こころもと) ないだろう。希少な素材を使った丈夫なナイフとなると値段は馬鹿にならない。だが、素材さえ持ち込めば、支払いに必要なのは加工料のみとなる」

「はあ……」

マリウッツ様が何を言いたいのかが分からなくて間抜けな返事をしてしまう。

呆れた顔をされてしまったけれど、分からないものは分からないんだもの。端的に説明していただきたい。

「お前が自分で素材を調達すればいい」

「なるほどぉ〜……って、どういうことですか?」

今度こそ盛大なため息をつかれてしまう。

いや、だから! 端的に! 分かりやすく! 説明していただきたいのです!

「はぁ……つまりだな、お前自身が素材収集のクエストに出て、必要な素材を集めてくればいい。確か、ちょうど鉱石収集のクエスト依頼が貼り出されていたはずだ」

「…………ええっ!?」

私が!? クエストに!?

つまり、安全安心な王都の街を出て、魔物蔓延る恐ろしいフィールドで希少素材を探すってこと!?

「……いやいやいや! 無理ですよ! 私は冒険者ではなく、魔物解体担当ってだけの一介のギルド職員ですから!」

そうだよ。だって、もし魔物と遭遇したらどうするの? 私、戦えませんけど?

「問題ない。俺が同行する」

「あ、じゃあ安心ですねぇ……って、ええええっ!?」

何がどうなってそうなるの!?

涼しい顔をしていらっしゃいますけど、その心は!?

「何もおかしな話ではないだろう。護衛だと思えばいい。仕事で使う謂わば右腕ともなろう道具だ。道具でその人の技量が推しはかれるとも言われている。妥協すべきじゃない」

「そ、それは確かにそうですけど……」

私が自分で素材を取りに行くことは置いておいて(置いておけない内容だけど)、どうしてマリウッツ様が護衛を買って出てくれるのだろう。

はっ! もしかして、高額な護衛料が必要になるのでは!?

そうだよ、Sランク冒険者の護衛なんて、一体いくらかかるのやら……素材を無事に採取できたとしても、護衛料でお給金が吹き飛びません?

「金を取るわけがないだろう」

「はっ!」

心の声が漏れていたらしく、マリウッツ様が不服だと言わんばかりに腕組みをした。

「これは俺のためでもある。お前には今後も俺が仕留めた魔物を解体してもらわねばならんからな。半端な仕事をされては困るんだ」

私がなかなか頷かないからか、マリウッツ様は痺れを切らしたようにそう言った。

それっぽい理由に聞こえるけど、マリウッツ様がここまで親身になる必要はない。

それなのに、私のためにこんな提案をしてくれるなんて……

彼の厚意を無下にはできない。

それに、マリウッツ様の提案はこれ以上にないほど魅力的なものだから。

私はごくりと喉を鳴らすと、覚悟を決めて深く頷いた。

「わ、分かりました……! 仕事の調整をしなくてはならないので、日取りは追って相談させてください」

「ああ、もちろんだ。どちらにせよ祝勝会が終わるまではクエスト受注は停止しているしな。ギルドが再開したら改めて訪ねるとしよう」

私が同意したことで表情を和らげたマリウッツ様。

ぐっふ……! とんでもない美貌の持ち主なんだから、その微笑みの破壊力を自覚していただきたい。そのうち死者が出る。

咄嗟に口元を手で覆って、目で苦言を呈するもさっぱり伝わらない。

首を傾げて眉を顰める姿は、年相応の男の人に見えた。

ああ、この人――冷たい印象を与えるけれど、本当は慈悲深くて世話焼きで、とても優しい人なんだわ。

知り合って日が浅いけれど、少しずつマリウッツ様の 為人(ひととなり) が見えてきた気がする。

こうして色んな一面に触れて、相手を知っていけるって、なんだか嬉しいし素敵だなあ。

元いた世界では、人間関係は最低限。親しい友達も作ろうとしなかった。

生きるのに精一杯で、仕事に忙殺されて、寂しいと思う 暇(いとま) すらなかった。

異世界召喚に巻き込まれて、それまでの生活を全て奪われてしまったけれど――

やりがいのある仕事、信頼できる上司と同僚、気の置けない友人、そして私の能力を認めてくれる優しい人たち。

いつの間にか、こちらの世界で大切なものがたくさんできていた。

今の方が、毎日をしっかりと『生きている』って感じがする。

それに、私自身も、今の私の方が好きだと思える。

「マリウッツ様、ありがとうございます」

色んな気持ちを込めて感謝の言葉を伝えると、マリウッツ様はどうしてか不満げな顔をした。

「お前、いつまでそんなよそよそしい呼び方をするつもりだ」

「え?」

マリウッツ様はマリウッツ様でしょう?

アンがそう言うものだから、ついつい私も『様』をつけて呼んでいたけれど、いけなかったのだろうか。

「……マリウッツでいい」

「……えっ!?」

いきなり呼び捨てはハードルが高すぎでは!?

ギョッとする私に、フイ、と顔を反らすマリウッツ様。少しお耳が赤い。これは流石に私でも分かる。照れている。

「えっと……マリウッツ、さん?」

「……ふん、その方がまだマシだ」

素直じゃないマリウッツ様、もといマリウッツさんは、憎まれ口を叩きつつも満足げに口角を上げた。

「そろそろピィちゃんとやらの様子を見に行ってやったらどうだ?」

「あっ! そうだった! まだ寝てるかな……すみません、行ってきます!」

マリウッツさんに言われて、すっかり忘れていたピィちゃんの存在を思い出す。忘れててごめん!

慌ててジョッキに半分ほど残っていたエールを飲み干した私は、ペコリと頭を下げて自室に上がる階段に足を向けた。

「また、祝勝会後にな。……サチ」

「!?!?!? い、今、な、名前……!」

うっかり聞き逃しかねない小さな声だったけど、確かに、マリウッツさんが私の名前を呼んだ。

いつも『解体女』って言うくせに……何よ、ちゃんと私の名前覚えていたんじゃない。

驚きすぎて足を止めて振り返るも、マリウッツさんにシッシッと手を払われてしまう。グラスを掲げて顔を隠しているけど、そんなことをしても可愛いだけだと思いますが!

「〜〜〜っ! 失礼します!」

胸に淡い疼きを感じながら、私は今度こそピィちゃんの待つ自室へと向かった。