軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ロスマン湖にて ◆マリウッツ視点

「ロスマン湖の魔物調査?」

「はい。実は先日、瘴気に侵されたシーサーペントの群れが討伐され、聖女様によって湖も浄化されたのですが、まだ魔物が潜んでいるかもしれません。そこで、湖の現況調査と魔物の残党狩りをお願いしたいのです」

目ぼしいクエストがないかとギルドの受付カウンターに顔を出すと、オーウェンの娘が一枚の依頼書を差し出してきた。

現れたシーサーペントは複数の冒険者パーティの協力により無事に討伐されたそうだが、魔物が暴れた影響で多くの魚が打ち上がり、ロスマン湖の漁業組合は多忙を極めているようだ。

「分かった。このクエストを受けよう」

「ありがとうございます! どうぞ、お気をつけて」

依頼書を懐にしまい、早速出発しようと出入り口に足を向けて――そのまま九十度身体の向きを変えた。

ロスマン湖まで馬車で往復丸二日。ドーラン王国でも有数の広大な湖であるため、その全容を調査するにも数日かかるだろう。そうなると、しばらくは魔物解体カウンターに顔を出すことは叶わなくなる。

だから出発前に――顔を見ておきたいと思ったのだ。

少し離れた位置から魔物解体カウンターを窺うと、そこにはドルドといつも弱音を吐いている職員だけがいた。

どうやらサチはいないらしい。非番だろうか。

「おら、ナイル! どんどん来るぞ! 口だけじゃなくて手を動かせ! 手を!」

「ヒィィィッ! 動かしてますっす〜〜〜〜!!」

何やら取り込んでいる様子なので、声をかけるのは憚られる。

仕方がない、ロスマン湖から戻ったらまた顔を出そう。

そう思って俺はロスマン湖行きの馬車を手配しに向かった。

◇◇◇

「ふっ!」

透明度の高い澄んだ湖から飛び出した魚型の魔物を剣で真っ二つに切る。

二つに分かれた魔物が、バシャンと湖面に落ちて大きな水飛沫を上げた。

ロスマン湖に到着して二日。

湖は想定していたよりも安定していて、調査も順調に進んでいる。

水質にも問題がない。聖女とやらが瘴気を浄化したからだろう。

瘴気の浄化、と考えて、とある人物の笑顔が脳裏に浮かんだ。

自然と表情が綻ぶのが自分でも分かった。

「この調子だと、思ったよりも早く帰れそうだ」

出立前に会うことはできなかったが、ギルドに帰還したらその足で再び魔物解体カウンターに顔を出そう。

だが、ギルドに帰るには一つ問題を解決する必要がある。

俺は日の光を通さないほど深く青い箇所を睨みつける。

ロスマン湖は中心に行くほど水深が深くなっていて、湖の底からは異様な気配を感じる。恐らくは、まだ強大な魔物が潜んでいる。その魔物さえ討伐できれば、ロスマン湖は普段と変わらぬ平穏を取り戻すだろう。

湖を警戒しながら湖畔を駆けていると、突然、空気を割くような鋭い叫び声が鼓膜を震わせた。

「シーサーペントか?」

目を眇めて周囲を確認すると、少し離れた場所に巨大な魔物の影を確認した。

どうやら湖畔に人がいて、襲われているようだ。

シーサーペントは激しい水流をぶつけて対象を気絶させてから、水の中に引き摺り込む。このままでは危険だ。

「チッ……【一閃】」

俺は剣を構えて足を踏み締めると、スキルの力を使って一気に距離を縮めた。

襲われている人物は、シーサーペントが口から噴き出す激しい水流に呑まれることなく、何かでその水を弾いている様子だ。

「あれは……まさか」

キラリと光を反射した見覚えのある薄水色の球体を捉え、俺はそこにいる人物が誰だか瞬時に悟った。

どうしてここにいるのだ。

いや、そんなことはどうでもいい。

俺は剣を握り直すと、着地と同時に再びスキルを発動して大きく跳躍した。

あっという間にシーサーペントを射程圏内に捉え、剣に勢いを乗せて思い切り振り下ろした。

「ギャァァァァァァッ!!!」

シーサーペントの断末魔の悲鳴を背中に受けながら、湖を背に着地する。

「無事か」

ゆっくり顔を上げると、シーサーペントが倒れた拍子に弾けた水飛沫がキラキラと周囲を舞っていた。

水飛沫の中、驚いたように目を見開いていたのは――先日魔物解体カウンターで会うことが叶わなかったサチであった。

湖面が美しく輝いているからか、未だに周囲を舞っている水飛沫のせいか。何故かどうしようもなく眩しくて、思わず目を細めてしまう。

サチも目をパチパチさせながら、しきりに目を擦っている。

俺は剣を鞘に納めると、サチの頬を濡らしていた水を指で拭った。

「怪我はなさそうだな。よかった」

「あ……お、お陰様で……」

見たところ外傷はなさそうでホッとする。サチに怪我があったらと思うと、胸が張り裂けそうに痛む。

慈しむようにそっと頬を撫でると、サチは激しく目を泳がせた。

サチならばシーサーペントごとき瞬殺だろうに、と疑問を抱いていたのだが、どうやらナイフを携帯していなかったようだ。遠目で見た通り、小さなドラゴンが彼女を守ってくれたのだろう。あとでしっかりと褒めておかねばなるまい。

サチしか視界に入っていなかったが、どうやら連れがいたようで、聖女だとかいう小娘がサチの隣に立っていた。

特に話すこともないし興味もないので、相手にしていなかったら、「人見知り」だと言われた。解せぬ。

◇◇◇

ガタゴト。

馬車が大きく揺れるたびに、隣に座るサチと肩が触れ合う。

無事に魔物の残党も討伐し、湖の安全が確認されたため、俺はサチたちの馬車に同乗させてもらうことになったのだが……元々二人乗りを想定した大きさを頼んでいたようで、車内はお世辞にも広いとは言えなかった。

馬車が揺れれば肩が触れ合う上に、どうしてかサチの視線を頻繁に感じるのだ。

何か用事があるのかと問いかけるも、「なんでもない」と返されてしまう。

言いづらいことなのだろうか。

内心気になりつつも、サチが口を開かないのならば気にするだけ無駄だと割り切る。

それにしても、この状態で丸一日か……

素知らぬ顔をしているが、俺の耳の先は異様に熱くなっている。

頼むから、ギルドに到着するまで誰も気づかないでくれ――そう思いながらいつもよりわずかに早い鼓動を収めるために深く息を吐いた。