軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第103話 湖のほとりにて

「そっか、明日出発するのね」

「うん。あたしの調子が悪かったから滞在が長引いてただけだから。もうすっかり元気だし、レベル上げのためにも頑張らなくっちゃ」

私と梨里杏は、ロスマン湖のほとりを並んで散歩している。周りに人がいないので、ピィちゃんもカバンから出てパタパタと私たちの周りを飛んでいる。

無事にシーサーペントの影響で打ち上がった魔物たちの処理も終わり、私とローランさんも今日の午後には王都へ戻る予定だ。

結局三日で仕事が片付いたので、組合長のミックさんはとっても驚いていた。

「それにしても、この湖は本当に綺麗だね」

「うん。最初に来た時は瘴気が広がってて、空気まで澱んでたんだけど、ちゃんと浄化できてよかったわ。何日もかかったけどね。いつか一瞬で浄化できるぐらい強くなってやるんだから」

酒場で再会した時と比べると、梨里杏の表情はどこかスッキリとしている。ずっと一人で抱え込んできた重荷を下ろして、自分らしく歩み始めたことがよく分かる。

ブライアン王子以外の仲間たちとも腹を割って話せたみたいで、とっても嬉しそうに報告しに来てくれた。その後王子は聖女召喚に巻き込まれたことに対しても正式に謝罪してくれた。

ちなみに、ブライアン王子は魔王討伐の任に就くにあたり、王子としての権限を一時的に放棄しているらしい。ただの『勇者ブライアン』として旅をしているのだとか。

だから、先日の私の無礼が不敬罪に問われることもないと言われた。それならそうと先に言ってほしかったわよね。

「この世界にいる限り、きっとまた会えるわよね」

「うん、いつかあたしが魔王をサクッと封印したら、もっと平和になるわけだし? その時は王都の美味しいカフェにでも連れて行ってよ。もちろんサチさんの奢りね」

いひひ、と悪戯っぽく笑う梨里杏は年相応の女の子だ。

初めて会った時には想像もつかなかったほど、和やかな空気が流れる。

湖も波ひとつなく穏やかだ。時折ぽちゃんと魚が跳ねた音がする。

「ちゃっかりしてるわね。その時は私の友達も紹介するよ」

「友達だけじゃなくて彼氏も紹介してよね」

「ええっ? いないわよ、そんな人」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる梨里杏に、私は慌てて手を振った。

「そうなの? あの、ローランさんって人は? ちょっとお疲れ気味だけどいい人そうじゃない」

「ローランさんはただの同僚だってば」

「ふうん? でも、いいなって思う人ぐらいはいるんでしょう?」

「いいなって思う人……」

そう言われて、ボヤッと頭に誰かが浮かびかけた。

その姿が明瞭になりかけたその時。

とぷん、と水が波打つ音がした。

ん? と思って湖を見ると、水面に波紋が広がっていた。

梨里杏と顔を見合わせて波打ち際まで近寄る。

波紋は徐々に大きくなり、次第にその中心がボコボコと激しく盛り上がっていく。

「梨里杏! 下がって!」

「えっ、嘘……何で!?」

ザバンッと湖から飛び出したのは、竜のような身体を持つ巨大な魔物だった。

「シーサーペント……!」

倉庫で【解体】した個体よりもずっと大きい。まさかまだこんなに大きなシーサーペントが湖に潜んでいたなんて。

まずい。今朝帰り支度をした時に、オリハルコンのナイフはカバンの中に片付けてしまった。

それに、今回は小型ナイフも携帯していない。こんなことになるとは思いもしなかったもの。不測の事態を想定して、常に身につけておくべきだった……!

とにかく、まずは梨里杏を逃さなくては。

梨里杏を背中に隠すようにして、シーサーペントと睨み合ったままジリジリと後退する。

しばらく睨み合いをしていたけれど、シーサーペントは私たちを獲物と認識したらしく、「キシャァァァァァァッ!!」と甲高い叫び声を上げると、大きく口を開いた。

「危ない!」

間髪入れずに、シーサーペントは勢いよく水を吐き出した。ものすごい水量で、水鉄砲なんて非じゃないぐらいの勢いだ。

どうしよう! そう思った時、ピィちゃんが私たちの前に飛び出して結界を張ってくれた。

「キュァァッ!!」

「ピィちゃん! ありがとう!」

滝のような水が結界に弾かれて激しく四方に散っていく。

シーサーペントが吐き出す水の勢いは弱まることを知らず、次第にピィちゃんの結界が押され始めた。

「キュウウ……」

「ピィちゃん、頑張って!」

このままだと、ピィちゃんが耐えきれずに結界ごと弾き飛ばされてしまう。助けを呼ばなくては。そう思った時、頭上でキラリと何かが光った。

「ギャァァァァァァッ!!!」

続いて耳を擘く叫び声がして、激しく打ちつけていた水が止んだ。

水の弾幕が収まり、顔を上げると――

「無事か」

長い胴体が真っ二つになったシーサーペントを背に、軽やかに私たちの前に着地したのは、濃紺の髪を靡かせ、湖に負けないほどに澄んだ刀身の剣を持つ最強の冒険者だった。

「え……マリウッツさん!? どうしてここに」

水飛沫がキラキラと陽の光を反射して、ゆっくりと顔を上げたマリウッツさんがやけに輝いて見える。あれ、おかしいな。ゴシゴシと目を擦って見ても、キラキラがすごい。なんでだろう。

「ロスマン湖の調査と魔物の残党狩りのクエストだ。まさかお前も来ていたとはな」

チンッと剣を背中の鞘に収めたマリウッツさんは、私たちの方へと歩み寄ってくる。そして、そっと腕を持ち上げて――私の頬に触れた。

「!?」

「怪我はなさそうだな。よかった」

「あ……お、お陰様で……」

フッと安心したように微笑むマリウッツさんを前に、ぎゅうっと心臓を鷲掴みにされる。

「うっわ、すっごいイケメン……」

私の後ろにいた梨里杏は、両手で口元を押さえながら私とマリウッツさんを何度も見比べている。

「へええ、なるほど……これは……うん、仕方ないわ。サチさんやるじゃん」

そして何か納得したように頷いている。何が仕方ないのか。

ニヤニヤと頬を緩める梨里杏をようやく視界に入れたマリウッツさんは、「誰だこいつは」と言いながら私の頬から手を離した。

「あ、この子は梨里杏って言って、私と同じく異世界召喚で呼び寄せられた聖女ですよ。梨里杏、こちらはマリウッツさん。凄腕の冒険者よ」

「梨里杏です。助けてくれてありがとうございました」

にっこりと可愛い笑顔を向ける梨里杏を一瞥し、マリウッツさんは興味なさげに視線を外した。こら、初対面の相手に失礼でしょうが。

「ごめん、梨里杏。こういう人なの。人見知りで」

「誰が人見知りだ」

「あれ、違いました?」

マリウッツさんは私の言葉が不服だったようで、腕組みをしてジトリと鋭い視線を向けてくる。

「キュウキュウッ!」

ピィちゃんがマリウッツさんの肩に飛び乗り、お礼を言うようにスリスリしている。いや、ほんとに懐きすぎじゃない? 普通にジェラシー感じますけど。

「む、お前か。よくサチを守ったな。偉いぞ」

「キュウッ!」

マリウッツさんに褒められて嬉しそうなピィちゃん。まあ、いいか。なんか師弟関係って感じよね、このコンビ。

「マリウッツさんはいつからロスマン湖に?」

「一昨日からだ。何かがいると警戒していたのだが、まさか襲われているのがサチだとはな。一通り探ってみたが、先ほどのシーサーペントが最後の一体だろう」

え? この海みたいに広い湖をたった二日で調査し終えたんですか?

「何この人、やばくない?」

「そうなの、やばいの」

梨里杏もマリウッツさんの言っていることが常軌を逸していると分かったようで、畏怖の目で見ている。なにせSランクですから。