軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30話 祈るだけでは届かない、故に立ち上がれ

避難は続いていた。

馬車が揺れて車輪の音が響く。

外では逃げ惑う人々の足音と馬のいななきと、遠くで交わされる怒鳴り声のようなものが混ざり合っていた。

それらを聞きながら、儂の胸の中では色々な思いがぐるぐると渦を巻いていた。

戦う。

逃げる。

その二つの気持ちがぶつかり、しかし、答えは出ない。

何度も何度も迷うだけ。

苦しい。

こんな気持ちになったのは初めてだ。

いったい、儂はどうすればいいのじゃろう……?

母様、どうか教えてください……

「……ぁ……」

母様のことを思った時、ふと、昔のことを思い出した。

いや、昔というにはまだ近い。

母様が亡くなる、ほんの少し前のことだ。

あの時も城の空気はおかしかった。

人が慌ただしく動いて、声を潜めて、でも、その奥に隠しきれない焦りがあった。

母様の容態が急変して、皆が忙しそうに動いて……

なのに、儂だけは自室でじっとしていた。

何もできないから。

前世の儂は黒騎士と呼ばれていた。

今世では幼女に転生したとはいえ、剣を振るうことはできる。

敵を斬ることも、賊を殺すこともできる。

だが、病は違う。

病は斬れない。

剣では癒せない。

儂の剣は……病には届かなかった。

だから、あの時の儂にできたことは一つだけ。

ただただ祈ることだ。

お願いします、どうか母様を助けてください。

どうか、どうか、どうか……と。

何度も何度も神様へ向かって言葉を投げた。

だが……

母様は帰ってこなかった。

あの優しい笑みも。

儂の髪を撫でる手も。

「アリエル」と呼ぶ声も。

全部、遠く届かない場所へ行ってしまった。

それらを全てしっかりと思い出して……

馬車の中で、儂は小さく息を吐く。

「……そうか」

あの時の儂は何もしていなかった。

祈ることしかできないと、自分に言い聞かせて。

仕方ないと納得したふりをして。

他人に任せて、神頼みをして、なにもしないでただ結果を待つだけ。

では、今回は?

父様の言う通り、儂は王女で絶対に死ぬわけにはいかない。

サリーの言う通り、周囲を見ずに一人で突っ走るのは危うい。

だから、おとなしく避難する。

そう納得して、こうして馬車に乗っている。

……だけど。

「……儂は」

膝の上で拳が握られる。

「そんなに聞き分けのよい、おとなしい者じゃったかのう……?」

我が道を貫く。

守ると決めたもののために剣を振るう。

そういう存在であろうと誓ったのではなかったか?

前世では、国を守れなかった。

今世では、母様を守れなかった。

そして今また、国が失われようとしている。

力が足りない。

皆の足を引っ張るかもしれない。

ドラゴンは強すぎる。

死ねばサリーも兄様も父様も悲しむ。

……ほら、言い訳ばかり。

また何もしていない。

何もしようとしていない。

儂は、前世で黒騎士と呼ばれて……いや。

前世なんて関係ない。

儂の……心と魂と、その存在のあり方の問題だ。

これでいいのか?

逃げて迷って足を止めてばかりで、本当にいいのか?

否。

いいわけがない。

そもそも儂は母様に誓ったではないか。

この剣を国のために振るうと。

民を守るために強くなると。

ならば今、進むべき道は……

「アリエル様?」

馬車の中で立ち上がった儂を見て、サリーが目を丸くした。

その顔は不安そうで……それでいて、どこか少しだけ安心したようにも見える。

儂は荷物箱から自分の剣を取り出す。

「すまぬ」

剣を抱くようにして言う。

「儂は戻る」

「……やはり、ですか」

「王女としてだけではなくて。最愛の母様に立てた誓いを守るために……戦う。そうでないと、儂は儂でいられぬ」

サリーは、しばらく黙っていた。

絶対に反対されると思っていた。

だが、サリーは小さく息を吐き、それから一歩近づいてきた。

「……わかりました」

「……よいのか?」

「よくはありません。本来なら、私の立場では絶対に止めるべきです」

「うむ……」

「いいえ、立場を抜きにしても、危険なことはしてほしくありません」

「うむ……」

「でも」

サリーの目が、真っ直ぐに儂を見る。

「ここで送り出すことが、一番の正解だと……そう思ってしまいました」

優しい声だった。

優しいのに、その奥で不安が大きく揺れているのもわかる。

「感謝する」

「アリエル様は頑固ですからね」

「否定できぬのう」

「一度決めたことは、そう簡単には覆りません。だからこそ、お願いがあります」

そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。

「約束してください……これからも、私にお世話をさせてください。絶対に、無事に帰ってくると」

「……サリー……」

「その約束をしてくださるなら、私は素直に見送ります」

「……うむ。」

今度は、儂がサリーを抱きしめ返す。

優しいメイド。

乳母。

そして、ある意味では二人目の母のような存在。

「約束する」

「……はい」

「必ず帰る」

「……はい」

「だから、待っておれ」

「待っています」

そうして、儂は馬車を飛び降りた。

祈るだけでは、届かないものがある。

ならば、今度は自分で掴みに行くしかない。

さあ、立ち上がれ。

めそめそしている時間は終わりだ。

代わりに、この剣を振り、誓いを成し遂げようではないか!