作品タイトル不明
31話 絶望の戦線
「撃てぇっ!!!」
セイファートの号令とともに、空へ向けて無数の矢が放たれた。
普通の矢ではない。
対ドラゴン用に鍛えられた特殊合金製で、さらに鋭さを増す魔法まで付与されている。
同時に、火、氷、風、土……ありとあらゆる属性の魔法が放たれて空を染める。
矢と魔法の雨。
だが、ドラゴンはそれを意に介した様子もなかった。
巨大な翼を悠然と広げ、まるで空そのものを泳ぐように飛んでいる。
着弾しても、矢は鱗に弾かれ、魔法はわずかに焦げ跡を残す程度。
圧倒的な硬度だ。
まさしく、天災と呼ばれるに相応しい怪物である。
「そのまま撃ち続けろ! 止めるな!!!」
セイファートは叫んだ。
最初から、鱗を貫けるとは思っていない。
狙いは翼だった。
鱗と違い、翼膜は多少は薄い。
浅い傷でも重なれば飛行へ支障が出る。
そうして地上へ降ろす。
それが最初の作戦だった。
空を飛ばれている限り、打てる手は限られる。
まずは地上戦に持ち込まねば始まらない。
その狙いは、ある程度成功した。
「グルルルルルァアアアアアアッ!!!」
怒りに満ちた咆哮が響く。
大気そのものが震えた。
耳の奥がきしみ、馬が怯え、人の足が竦む。
多くの騎士が顔を青くして矢をつがえる手を止めた。
たった一鳴きで心をへし折られそうになる。
「怯むなっ!!!」
ドラゴンの咆哮を断ち切るように、セイファートの鋭い声が響いた。
「作戦は順調に進んでいる! 現に奴は地上へ降りてきた!」
「そ、それは……!」
「このまま押し返せばいい! いや、いっそ討ってしまおうではないか! たかが魔物一匹だ! 我ら聖竜騎士団、その力を見せつけてやろう!!!」
一瞬で、騎士達の目に火が戻る。
「「「おぉおおおおおーーーっ!!!」」」
セイファートは誰より先に前へ出た。
ドラゴンの腕が振り下ろされるが、避けて滑り込む。
狙うは関節の付け根。
ドラゴンの鱗は全身を覆っているわけではない。
動きを確保するため、関節部はどうしても薄くなる。
そこを貫くしかない。
だが、ドラゴンもまた、自身の弱点を知らないわけではない。
セイファートが間合いへ入った瞬間、ドラゴンは翼を大きく羽ばたかせた。
それだけで竜巻に匹敵する強風が生まれる。
後続の騎士達は吹き飛ばされた。
セイファートも体勢を崩してしまう。
普通なら、それで終わりとなるが……
「くっ……このぉおおおおっ!!!」
セイファートは剣を地面へ突き立てて、その刃で己を大地へ繋ぐ楔とする。
全身を軋ませながら、嵐のような風に耐え切る。
そして、風が弱まった刹那。
「はぁっ!」
すかさず反撃に出て、再び関節の付け根へ斬撃を叩き込む。
ザンッ!
わずか。
本当にわずかではあるが、それでも確かに傷が入った。
ドラゴンは悲鳴すら上げない。
だが、傷ついたという事実そのものがとても大きい。
「見ろ、ヤツは無敵ではない! 僕に続けぇっ!!!」
「「「おぉおおおおおっ!!!」」」
絶対無敵の災厄に傷を与えた。
その光景が騎士達の恐怖を削り、代わりに勇気を与える。
もしかしたら、やれるかもしれない。
ドラゴンを討てずとも、退けられるかもしれない。
その希望に背を押され、騎士達は再び前へ出た。
矢を放つ者。
魔法を撃つ者。
槍を構える者。
全ては国と家族と仲間を守るため。
悲壮感は薄れて、絶望は払われた。
あとは、ただ前へ進むだけ。
……しかし、希望は長くは続かない。
「グルルル……ルァアアアアアアッ!!!」
抵抗はドラゴンの怒りを買った。
ドラゴンは翼を大きく広げて、上体を反らしつつ口を開く。
その口腔に光が集まっていく。
昼よりも明るい、太陽のような光。
誰もが理解した。
まずい……と。
「みんな、避けろぉおおおおおっ!!!」
セイファートの絶叫と同時にドラゴンブレスが放たれた。
灼熱が大地を舐める。
衝撃波が空気を裂く。
世界そのものが燃え上がったようだった。
どれほど時間が経ったのか、セイファートにはわからなかった。
「……うっ」
意識を取り戻して、どうにか体を起こす。
頭が重い。
耳鳴りがする。
それでも無理矢理顔を上げた。
「……これ、は」
愕然とする。
大地が焼け焦げていた。
岩は赤く溶けて、土もまた灼かれ、あたり一面が炭と灰に変わっている。
紅蓮の炎が、まだちらちらと立ち上っていた。
周囲には騎士達が倒れていた。
重傷の者、気絶している者。
……そして、もう二度と起き上がらぬ者。
武装は焼け、砕けて、まともな形を残していない。
戦う力はもはや残っていなかった。
どうにか立ち上がれたのはセイファートだけ。
「これが……ドラゴンの力なのか」
今のは本気ではないだろう。
こちらを滅ぼすための全力ではなく、鬱陶しいものを払う程度の一撃。
それで聖竜騎士団は壊滅した。
「いったい……どうすれば……」
後方には、まだ王の率いる部隊が控えている。
だが、この様子では……
力が抜けて、剣が手からこぼれ落ちた。
絶望が這い寄ってきた
それは静かに、しかし確実に心を蝕んでいく。