作品タイトル不明
3話 なんのために?
儂の正式な名前は、アリエル・ノクティス・フィーゼルマイン。
フィーゼルマイン王国の、第三王女だった。
フィーゼルマイン……たしか、前世でも北方にあった小国だ。
冬は国土の半分近くが雪に閉ざされる寒冷地。
だが、その気候を逆に活かして、寒冷地でしか育たぬ作物を育て、さらに豊富な鉱石資源まで抱えている。
見た目は小国。
だが、中身はかなり強い。
小国に見せかけた実力国、というやつだ。
「うだー」
ふむ?
フィーゼルマインは前世にも存在した。
そして、暦は変わらない。
おそらく、同じ世界へ転生したのだろう。
ただ、儂が死んでから、それなりに時間は経っているらしい。
そして……儂が前世で仕えていた国は滅びていた。
詳細はわからない。
ただ、侍女達の話の断片から、帝国が和平条約を破棄して再び侵攻を開始。
国は為す術なく燃えたという。
そう……
どうやら儂は、最後の最後で務めを果たせなかったようだ。
「アリエル様、ごきげんはいかがですか?」
いつものメイドがやってきて、考えを中断した。
ちなみに、母が顔を見せることは少ない。
嫌われているとか育児放棄というわけではない。
聞いた話によれば母は身体が弱いらしい。
それに、正妃ではなく側室。
そういう立場もあり、儂の世話は基本的にメイドのサリーへ任されているとか。
ただ、放置されているわけではない。
調子のよい日は必ず様子を見に来てくれて、優しい笑顔で頭を撫でてくれる。
とても良い人だ。
そして、とても愛されていた。
「だう」
しかし……女性に転生しただけでも驚きなのに、まさか王女とは。
神は、いったい儂に何を求めているのだろう?
そして儂は、この新しい生で何をすればよいのだろう?
王女に生まれ変わった以上、再び国へ尽くせということか。
前世と同じように、最後の最後まで捧げるべきか。
それとも……今世はまったく別のことをする?
「あぅううう」
……だが、元々の儂は、戦うことしか能のない人間だった。
そんな人間が王女になったところで、いきなりやりたいことなど見つかるものか。
むしろ、何も見つからぬまま一生を終えるかもしれない。
転生して、今さらながら思う。
儂は実は、からっぽな人間だったのではないか……と。
――――――――――
転生して半年が経った。
毎日魔力の鍛錬を重ねているおかげで、かなりの魔力を得ることができた。
常人の五倍ほどはあるだろうか?
そこで今度は、身体能力強化の術を学び始める。
戦士にしろ魔法使いにしろ体は資本だ。
どれだけ理屈を積み上げても、土台が脆ければ意味がない。
まだ自由に本を読むことはできない。
魔法書に手を伸ばすことも無理。
だから独学ではあるが、ただ、毎日続けることでそれなりには形にはなってきた。
今では、自分の体と同じくらいの椅子なら簡単に持ち上げられる。
もちろん、メイドに見つからないように隠れて試しているが。
……とはいえ。
力を手に入れて、どうするのだろう?
二度目の人生。
いったい儂は、何のために……
「さあ、アリエル様。今日も運動をしましょう」
「うー」
サリーにベビーベッドから降ろされ、部屋の中をハイハイすることを許される。
もちろん、すぐそばで見守られながら、だが。
「ふふ、アリエル様は今日も元気ですね」
「あうー!」
サリーは優しくて綺麗で、できることなら将来こういう女性になりたい。
……いや、待て。
儂の魂は元男ではなかったか?
そうなると、『素敵な女性になりたい』という夢はどうなのだ?
だが体は今や女性である。
ならば問題はないのか?
それとも、男らしくあるべきか?
いや、この体で筋骨隆々になったら母様が卒倒しそうだ。
けっこう繊細な方なのだ。
可愛らしくあるべきか。
それとも戦士としてあるべきか。
……やばい。
かなり迷う。
「アリエル様、一緒に遊びませんか?」
サリーが、赤子用のおもちゃを持ってこちらへやってきた。
甘く見ないでほしい。
確かに今の儂は赤子で女性だ。
だが、その魂は黒騎士と呼ばれた男。
赤子用のおもちゃなどに興味を示すはずが……
「あうー! うあ? うだー、だうー!」
くっ、体が勝手に動いてしまう!?
なんだこの抗いがたい魅力は。
まさか赤子用のおもちゃに、これほどの引力があったとは……恐ろしい!
「うーあー! あううう!」
「アリエル様、お気に入りなんですね。よかった」
むぅ……
やはり、今はまだ魂が肉体に引っ張られておるのだろうか。
よく眠くなるし、すぐ気が散るし、本当に不便な体だ。
「ちょっと外をお散歩しましょうか」
「うだー」
サリーに抱えられて外へ出る。
天気がよく、空気も澄んでいて、気持ちのよい日だった。
……こうしてのんびり過ごすのも、悪くないのかもしれないな。
王女に生まれた以上、王女らしく穏やかに生きるのも、一つの形かもしれない。
そんなことを考えた、その時。
「ひっ……!?」
サリーが悲鳴を上げた。
視線の先を追うと、狼に似た魔物がいた。
こちらを睨みつけて、低い唸り声を響かせている。
このようなところまで入り込んでくるとは……警備が甘いな。
後で説教してやらねば……あ、儂はまだ喋れぬのだった。
「あ、アリエル様は、私が命に代えても……!」
サリーの腕が震えている。
当然だ。
普通のメイドに戦闘経験などない。
それでも儂を守ろうとしてくれている。
……良いメイドに恵まれたものじゃ。
「うだー!」
儂は、サリーの腕から飛び降りた。
「アリエル様!?」
慌てるサリーをよそに、ハイハイで地面へ降り、手頃な石を掴む。
集中しろ。
全身を流れる魔力を制御。
身体能力を強化し、狙いを定める。
「あうー!」
石を投げた。
ゴォッ!!!
風を巻き込むような音。
高速で射出された石は、そのまま魔物の頭部を正確に貫いた。
魔物は悲鳴を上げる暇もなく絶命する。
「うだ!」
うむ。
初実戦にしては悪くない。
……とはいえ。
「うだー……」
力を手に入れて、どうする?
それを何のために使う?
自分のためか。
それとも、前世のように他者のためか。
……国を守れなかった儂が?
「アリエル様!? だ、大丈夫ですか……!?」
考え込んでいたら、サリーを余計に心配させてしまったらしい。
今はそれどころではないな。
「だう!」
「よ、よかった……大丈夫みたい」
サリーは半泣きの顔で、それでも必死に儂を抱き上げる。
「でも、念のため治癒師に診てもらった方が……ああ、それと、今のことも報告しないと……というか、どうやって魔物を……? わ、わからないことが多すぎて……!?」
――――――――――
その日から、城の者達は気づき始めた。
第三王女アリエル・ノクティス・フィーゼルマインは、ただの赤子ではない……と。
神童。
あるいは、女神の祝福を受けた姫。
そんな噂が、王宮の片隅で静かに広がり始めた。
それが、どのような結果をもたらすのか。
今はまだ誰も知らない……