軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

講演会、開きます

「今日はよく参られました、ユーステッド殿下にアメリア」

偶然か、それとも待ち構えていたのか、レオンハルト殿下と顔合わせを済ませた後、私たちは亡くなった皇帝の正妃である、フィオナ・グレイ・アルバラン様に挨拶をしに行くことになった。

前回皇宮で対応されたのとは異なり、今日は離宮で対応されており、調度品が揃えられた応接室で待っていた正妃様に促される形で、私たちはテーブルを挟んで正妃様の向かい側に座る。

(……相変わらず、オーラのある人だ)

レオンハルト殿下と会ってから、正妃様と顔を合わせて見ると、なんだかんだで親子なんだなって思った。

外見は私が口にした通り、体色以外はまるで似ていないけれど、群れを率い、同族に言う事を聞かせる雰囲気を発している。そういう点では、方向性の違いこそあれど、レオンハルト殿下と正妃様はよく似ていた。

「そしてティアーユ……報告書の通り、症状が大幅に緩和されているようね。今の貴女には、これまでにない活力が芽生えているようだわ」

そんな鋭い目つきの正妃様は、流れるように視線をティア様に向ける。

「はい、お母様。ここに居るアメリアお姉様にお兄様、叔父様を始めとした大勢の人々が協力してくれたおかげです。今では走ることも、長時間机に向かうことも出来るようになりました」

「……そう。それは何よりね」

正妃様がそう呟いた時、その声と瞳が少し柔和なものに変化したように感じたのは、多分私の気のせいじゃないと思う。

立場上、自分の心情の多くを口に出来る人じゃないのは確かだろう。それでも、なんだかんだ言って、自分の子供は大切に思っているのは、これまでの行動を振り返れば察しが付く。

「アメリアにも感謝する必要があるわね。娘を自然豊かなウォークライ領に送ったのは療養という意味合いもあったのだけれど、貴女の行動によってティアーユは私の想像を超え、十全を遥かに上回る形で快復に至ったわ……それも、あのようなものを皇族に付けてね」

そう言いながら、正妃様はチラリと窓に視線を向ける。

透明な窓ガラスの向こう側には、離宮の周りを飛びながら、興味深そうに窓の奥を覗いているゲオルギウスの姿があった。

「貴女たちの心情はともかくとして、客観的には第一皇子派がドラゴンを味方につけたと内外に主張する切っ掛けになったわ。後はその経緯と、全ての起点である貴方をパーティー会場で紹介すれば、我々の主張は確固たるものと受け取られ、第一皇子派の権威はさらに勢いを増すことでしょう」

「それは結構なことですね」

正直、全然興味ないけど。その結果、連日押し寄せる煩わしい連中を牽制できるなら、私としては文句はない。

「……それにしても正妃様、隠す気無くなりました? 私やドラゴンの事をガッツリ政治利用することを」

「えぇ、貴女も回りくどいのは嫌でしょう?」

私からの指摘に、正妃様はアッサリと頷く。その対応は、いっそのこと清々しいくらいだ。

「勘違いしてほしくはないのだけれど、私は貴女の研究活動を邪魔する事は勿論のこと、ドラゴンの生態系に悪影響をもたらすようなことをするつもりは一切ないわ。そんなことをしても、損害の方が大きくなるのは明らかだもの」

ドラゴンの力を人間が利用するという事に着目するのは良いけど、棲み処である巨竜半島を悪戯に荒らせば、必ずドラゴンからの報復を受けるということは、頻繁に手紙のやり取りをしているセドリック閣下とも共有している事だろう。

下手をすればドラゴンたちが人間を敵だと学習する可能性がある。そうなれば、第一皇子派が推し進めているドラゴンの事業利用もご破算だ。

「帝都まで呼び出したのも、貴女の立ち位置を明確にすることで他勢力に牽制するためであって、基本的にはウォークライ領に籠ってもらっていて結構。……というよりも、貴女は無理に政争に巻き込もうとすれば、人間社会からも逃げ出すでしょう?」

「うん、大当たりです」

自分のやりたいことを貫く為とはいえ、私はちょっとやり過ぎたという自覚はある。少なくとも、人間社会の中に居る限りは、私の意思に反して政治的な物を含めた色んな思惑に巻き込まれるのは免れられないんだろうなってくらいには。

だから私は、あまりにも煩わしくなるようなら、再び巨竜半島に引き籠る腹積もりなのだ。支援は惜しくはあるけど、研究そっちのけで政争や商談に明け暮れるなんて御免である。

「でも正妃様たち第一皇子派は、私に降りかかる政争の火の粉を最小限に抑えようとしている……そう認識しているんですけど、合ってます?」

「ふふ……その通りよ。貴女、中々に聡いわね」

正妃様は少し愉快そうに笑いながら、私の言葉を肯定する。

「世の中には、権威だけでは動かず、普通では考えられない選択を取る人間というものは、探してみれば案外何処にでも居るわ。まさに貴女のようにね。そんな人間と協力関係を結び続けるにはどうすればいいのか、分かるかしら?」

「手を組むだけのメリットを提示し続けることですね」

この言葉に正妃様は頷く。これに関しては私自身の事でもあるので、即答するのは容易だった。

私みたいなタイプの人間は、一見扱い難いように見えても、その行動原理は至ってシンプル……心躍る研究テーマと十全な支援と環境があれば、他人と歩調を合わせるのも吝かではないのである。

「初めて会った時から、貴女という人間の本質は分かっていたわ。少なくとも、権威を笠に着た命令に唯々諾々と従うような人間ではない。そのようなことを続ければ、何時か必ず反発をすると……けれど逆に考えれば、研究の為の支援と時間を十分に与え続けている限りは、私たちは何時までも良好な関係でいられる。そうでしょう?」

「はい、その通りです」

ここまでの話を聞いて、私は正妃様への評価を上方修正した。

必要とあれば正道も邪道も遠慮なく選択し、協力者には明確なメリットで報いる……頭が良くて色々と画策しているのに、そういう分かり易いところは、私の好むところでもある。

「今のように、最初の方こそ貴女に動いてもらう必要はあるし、敵対勢力の武力介入による身の危険性も否定はしないわ。けれどそれはあくまでも一時的なものであって、今後数十年と続く支援ありきの快適な研究環境を確保する為となれば、安い買い物ではなくて?」

「そうですね。そちらが私との約束を守るなら、レオンハルト殿下が皇帝になった時点で、私の後ろ盾は盤石になりますし」

絶大な支援によってドラゴン研究に大きな進捗が見込めるようになった今、その環境を捨てるのは私にとっても最後の手段だ。

だから私も正妃様が言うように、今後の末永い快適な研究環境を確保のために、最初期の混乱と争いを第一皇子派と協力して乗り越えるのは構わない。ドラゴンの研究をするにも、支援を含めた環境を整える重要性は、オーディスに移り住んでからよーく理解したし。

身の危険とやらに関しても、ドラゴンを含めた野生動物を研究する以上、それは付き物なんだから今更である。

「でもこれは肝に銘じておいて頂戴。民の血税から支援を行う以上、何時までも成果を出さなければ、私たちは何時でも支援を打ち切ることができる。結果を出さない者の為に出す資金は存在しないという事を」

「それはそうでしょう。そちらも慈善事業じゃないでしょうし、そこはお互いビジネスライクにいきましょう」

眼を鋭くして威圧するように言う正妃様に、私は何とも思わず呆気なく答える。

言ってることは至極当然のことだ。相手がメリットを提示し続ける以上、こちらも成果を出さなきゃ関係って言うのは簡単に破綻するしね。そこに関しては、魔石を餌に人に協力するドラゴンと一緒である。

「……やはり貴女は分かり易くて素直な割には聡いわ。思いの外、楽しい話が出来たわね」

「私は楽しくなかったですけどね。どうせやるんなら、もっとワクワクするような話題が良かったです」

私にとっても必要なことだから、仕方なく付き合っているけど、こんな政争だの何だのが絡む話は、私にとっては退屈でしかない。

ドラゴン……それが無理なら、せめて他の生物の生態が絡む話とかなら、幾らでも付き合うけど。

「では、その楽しい話をしましょう……以前こちらに届いた貴女からの要望、今後オーディスに建築予定であるドラゴンの研究所に、対細菌用防護結界魔道具を組み込む事が、正式に決定したわ。それに伴い、最新鋭の保管施設も同時建設予定よ」

「うぉおおおおおおおおおおおっ!? マジっすかぁああああああ!?」

これは確かに楽しくてテンション上がる話だ。

建設はまだまだ先の話だけど、完成した暁には……!

「ドラゴンの排泄物を調べ放題だ……! うぇへへへへへへへ……!」

「だからなぜ貴様は汚物の事でそこまで喜べるのだ……」

ユーステッド殿下には分かるまい。感染リスクを考慮して、貴重なサンプルを泣く泣く手放さなくちゃならない、研究者の気持ちなんて。

「ただし、支援の対価として少し働いてもらうわよ」

「えぇ、いいですよ。何すればいいんですか?」

『この際だ、もう何でも来やがれ』って気持ちで応じると、正妃様はこちらを真っすぐ見据えながら答えた。

「我が国が誇るアーケディア学院で、世界初のドラゴン研究者として講演会を開いてもらうわ」

=====

正妃様からの仕事は、私にとっても有意義なものだった。

ドラゴンを事業利用する以上、その生態について教え広める必要性があるんだけど、それは同時に、私と一緒にドラゴン研究をする助手を探すことにも繋がるのである。

まずドラゴンがどういう生物かって言うのを理解しないと、興味を持つ持たない以前の話だし。

(しかも場所がアーケディア学院って言うのも絶妙だよね)

研究者って言うのは、大体が自分なりの研究テーマを持っている。本職の人間が、これまで研究してきたことを投げ出して、いきなりドラゴンの研究を始めます……とはならないのだ。

となると、私が助手として勧誘すべき対象は、研究テーマを決めていない学生とかになるんだけど、アーケディア学院は貴族が学歴を得る為でなく、剣術や魔法などと言った専門分野に関する学科も数多く存在している。

その中には研究がメインの学科も幾つかあって、卒業生の中には生物学の道を進む人も居るんだとか。

(それに講演会の場は学外の人間にも開放されるっていうし、ドラゴンに興味持つ人も出てくるかも)

という訳で私は今、離宮にある私に貸し出された客室で講演会用の原稿を作成している最中である。

その紙には、私が七年前から体験し、知り得た事柄を順番に書き綴っているんだけど、これまで自分が考えてきた学説を振り返るというのは中々に有意義で楽しく、ついつい筆が乗ってしまって、既に何枚もの原稿を積み上げているところだ。

連れてきていたドラゴンの様子も注視し、観察したりしないといけないから、忙しくも楽しい。そんな風に過ごしていると、客室のドアからノックの音が聞こえてきた。

「はーい、どうぞー。開いてますよー」

「失礼する」

私が入室の許可を出すと、中に入ってきたのはユーステッド殿下だった。

「殿下? どうかしたんですか?」

「講演会の予定が正式に決まったのでな。それを通達に来た。期日は五日後、開催場所はアーケディア学院の大講堂で、確保された時間は五十分……全校生の貴重な授業枠の一つを使って開催される為、話す内容には相応の量と質が求められるが、大丈夫そうか?」

「まぁ、話す内容については困ってないですよ」

ポンと、私は積みあがった原稿の山に手を置く。質に関しては学生の評価次第だから何とも言えないけど、少なくとも話す内容が無くなって、時間を余らせるってことは無さそうだ。

「……そう言う殿下こそ、大丈夫ですか?」

私は原稿用紙にペンを走らせながらユーステッド殿下に問いかける。

「……? 何の事だ?」

「表には出してないみたいですけどね、帝都に来て学院に通学したあたりから、ちょっと疲れ気味で辛気臭くなってきてますよ」

殿下も気丈に振舞っているし、目に見えて分かるほどじゃない。ただ見る人が見れば分かるらしく、ティア様とかもちょっと心配してた。

多分、そのティア様が前に話していたことに関係しているんだろう。実際、誰にも気付かれないようにコッソリと息を吐く回数も増えたような気がするし。

「ふんっ。心配されるほどの事ではないな。それよりも、お前は目の前の事に集中しろ」

そんな私からの指摘に、ユーステッド殿下は戸惑ったかのように少し間を置いてから、何とも無いと言わんばかりの平然な声で言ってのける。

「私にも私の為すべきことがある。例え疲れているように見えても、それは必要な労力だから気にするな。お前はただ、自分の為すべき事の為に邁進するがいい」

……相変わらず意固地で真面目な人だ。こうなったら、私から何を言っても頑張ることを止めないんだろう。

まぁそれならそれで、別にいいんだけどね。その選択もユーステッド殿下が選んだものである以上、私はそれを否定したりしない。必要があれば、手伝うくらいの事はしてやろう。

「むしろ私としては、お前が講演会でどのような内容を話すのが気になるところだ。話す量に困らないようではあるので、それは結構なことだが……それが相手にも伝わるように纏めなければ意味がないぞ」

「あー……それに関しては、私も悩んでるんですよね」

なにせ話したいことが沢山あり過ぎて、全部伝えようと思ったら多分時間が足りなくなる。

学生にも、他の授業予定って言うのがあるし、五十分で話し切れるように上手く纏めないといけないのだ。

「全く、仕方ないな……私が添削をしよう。これでも子供の頃から、皇子教育の一環で数多くの講演会に出席してきた身だ。実際に登壇したのは学院の授業でしかないが、それでも多少のノウハウはある」

「お、じゃあお願いしましょうかね」

そう言って、ユーステッド殿下は書きあがった原稿用紙を順番に目を通していくと……その表情はドンドンドンドン険しくなっていった。

「……おい貴様。この原稿はどういうことだ?」

「え? 何がですか?」

「何がですか? ではないわっ! どうしてここまで積み上がった原稿全てが、排泄物に関する事ばかりなのだ!?」

バンバンと机を叩いて怒り始める殿下。そんなに荒ぶるようなことを書いたつもりはないんだけどな。

「生物の生態をより詳しく教えるにあたって、食事に関することが人間にも一番馴染みがあって分かりやすいでしょ? となると、排泄物もセットで語る必要がありますし……別におかしい事じゃないでしょ?」

「だからって、原稿用紙五十枚以上を使ってドラゴンの排泄物を探し続ける話をするのは、どう考えてもおかしいだろう!? しかも何だこれは!? 巨竜半島で見つけた汚物の消化物を調べるために片っ端から分解した話だとか、臭いを嗅いでみた話とか、聞いてるだけで気分を害しそうな話ばかりではないか! しかもそのどれもが結局ドラゴンとは無関係な動物の物だったって……完全に趣旨がブレているだろう!? これではドラゴンの研究者なのか、排泄の研究者なのか分からんではないか!」

それに関しては私も否定できない。正直、趣旨がブレてないかって言われると、私でも否定できないし、途中で内容が脱線してきたとは思う。

「……何故だ。なぜ貴様の話は、こうも品のないものばかりなのだ。曲がりなりにも、我が国の最高学府での講演会だぞ……? 恥という概念がないのか……?」

「何を言うんですか。他ならない殿下が私に言ってくれたじゃないですか」

「私が? 一体何を……」

頭が痛いとばかりに額を手で押さえながら呻くユーステッド殿下。

しかし、私には恥ずかしいなんて言う気持ちはこれっぽっちも存在しない。この人が私に言ってくれた言葉が、私の背中を押してくれたから。

「私のしてきたことを誇り、胸を張れ……と」

「違うからな!? あれはそういう意味で言ったわけではないからな!?」

「巨竜半島で色んな動物の排泄物を弄ったことも、決して無駄なんかじゃない……私も最近、そう思い始めました」

「やかましいわぁっ! 誰が汚物を弄って喜ぶことを誇れといったあぁぁぁぁーっ!?」