作品タイトル不明
第十四話 白光螺鈿
チトセはオーミーと共に昼食の海老とほうれん草のパイを持って会場に戻った。
若い男との話は比較的穏便に済んだものの、外で食べる気にならなかったからだ。
予想外に早いチトセたちの帰りに保護者二人は何かあったかと心配そうな顔をする。チトセがオーミーの手を握って先導しているのを見れば喧嘩ではなくとも何かがあったのは丸わかりだ。
「買ってきたよ」
「おかえり」
パイをアシエラに押し付けるように渡して、店の中に入る。隣の出店でオーミーも同じように店の奥に入った。
椅子に座ったチトセはアシエラに事情を説明する。
「――というわけで、他にガラの悪い奴がいると危ないから避難してきた」
「賢明だね」
頭を撫でようとするアシエラの手を避けて、チトセはパイにかじりつく。さくさくのパイ生地の中にエビの旨味とほうれん草のほろ苦さが充満する逸品だ。地元民のオーミーがお勧めするだけある。
だが、味わってばかりもいられない。
「白光螺鈿の商品って帝都の店にあったっけ?」
今回の蚤の市に持ってきていないのは間違いない。だが、店の奥に仕舞われている商品ならわからない。
チトセの質問に、アシエラは首を横に振る。
「ないよ。それに、こんな蚤の市で出回る品でもないね」
白光螺鈿はサウベリア王家の秘伝技術。通常の螺鈿細工に独自の魔法処理を施し、螺鈿が白く美しく発光するとアシエラは説明し、チトセの肩に座るエティをちらりと見た。
エティの背中にあるのは自然界ではありえない螺鈿を思わせる虹色の翼。その翼は動かすたびに光の当たり方が変わりきらきらと色を変え――わずかに白く発光する。
「ナンダ?」
「エティは綺麗だなって思ってね」
「フンッ。ウレシクナイ!」
なにか期待するように見てくるエティを今は無視して、チトセはアシエラに話の続きを促す。
「エルフがやっている店だから扱っていると思われたのかな?」
「どうかな。サウベリア王家秘伝技術というだけあって国宝並の品なんだから。私だって八十年前に伝手で見たことがあるくらいで、取り扱ったこともない」
店先に並んだとして、値が付けられないほどの品だと言われてチトセは眉を寄せる。
部下らしき人間を何人か従えていたくらいだから、あの若い男はそれなりの地位にあるだろう。だとしても、あの身なりで国宝並みの品を買える財力があるとも思えない。掘り出し物をさがすとしても白光螺鈿は無理筋だ。
なにか思惑があるのか。
考えるチトセに答えをくれたのは、隣で話を聞いていた古書店主フラーヤだった。
「サウベリア王家は五十年前にディッセラ帝国に滅ぼされて、一族全員処刑されたのさ。この蚤の市での出店費用でディッセラ帝国民の価格が高く設定されていただろう? いまだに恨んでいるサウベリア国民が多い」
そう前置きして、フラーヤは小声で続ける。
「だが、サウベリア王家の第三王子の遺体が見つかっていない。生き残ってどこかの島で独立の機会をうかがっているなんて噂がいまだに囁かれてる」
「五十年前でしょ?」
「夢を見たい奴が多いのさ。叶えようとする奴もね。最近は特に増えた」
若い世代であっても自らの国を取り戻そうと水面下で活動する人間が増えているらしい。
アシエラも今回の蚤の市ではディッセラ帝国製の商品は持ち込まなかった。こういった世情を踏まえてのものだとチトセも察していたが、現地に住むフラーヤの言葉は重い。
フラーヤがアシエラを見る。
「エルフの貴女なら知ってるだろうけど、白光螺鈿細工を施された王家の紋章入りの品は王家の血筋しか持てない。いわゆるレガリアだ」
レガリアとは、王権の象徴となる宝物を指す。王冠や錫杖、聖剣など形態は様々だが、王家の起源や神話に基づく意味付けがなされる場合が多い。
オーミーが商品の古書の一つを手に取って、チトセの傍で開いて見せてくれた。サウベリア王家の神話にまつわる挿絵付きの古書だ。
サウベリア王家は虹を纏う鳥ラ・ベリティを信仰しており、虹色に輝く螺鈿で描き出されたラ・ベリティを象る王家の紋章入りの品を身につけていた。それに王家秘伝技術の白光螺鈿を施したものがサウベリア王家のレガリア、または王家の血筋の証明品となっている。
ディッセラ帝国からの独立機運が徐々に高まっているこの土地でレガリアである白光螺鈿を探しているのがどんな素性の人物か……。
厄介事の種なのは間違いない。
フラーヤがアシエラに忠告する。
「ちょっと身辺に気を付けておきな。エルフは顔が広いから、狙われやすいよ」
「ご忠告ありがとう。宿のグレードをあげておこうか」
いま泊まっている宿も安いわけではないのだが、防犯の面ではかなり妥協している。チトセもアシエラも孵化精霊を連れており、そこらのチンピラ相手に負けるはずがないからだ。
しかし、相手が組織となると防犯がしっかりした宿の方が安全だ。
あまり話が深刻にならないようにするためか、フラーヤはチトセに冗談を飛ばした。
「やったじゃないか。ふわふわのベッドで眠れるよ」
「あの男の人を見つけたら礼を言っておくよ」