軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家格

永禄五年(1562年)三月下旬 山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 飛鳥井基綱

「ちょっと違うな」

信長からの文を読みながら声が出た。松平次郎三郎元康は上之郷城を攻め城主の鵜殿藤太郎とその息子二人を捕らえる事に成功した。ふむ、史実では藤太郎は死んだ筈なんだけどな。捕虜になったのは藤太郎の息子達だけだったと思うんだが……。まあ良い、これで人質交換への運びとなる。元康は信長に会いたいと言ってきたそうだ。会って同盟関係を強固なものにしたいと考えているのだろう。松平家中の織田に対する反発は小さくなっているのだろう。信長は大喜びだ。人質交換後に出来るだけ早い時期に会いたいと文に書いている。

会談が行われれば織田・松平の同盟関係は強固だと周囲も認識するだろう。織田の勢威が増し今川の勢威は減少する。武田、北条はそれをどう見るか……。両者とも今川は頼りにならないと見るだろうな。北条は対上杉戦でこれまで以上に武田を頼りにするだろうが武田にとっては迷惑な話だ。川中島であれだけの損害を出したんだ。このままじゃ貧乏くじを引かされ続けると不満だろう。その不満が武田の目を南へ向けさせる。東海道から関東はこれから混乱する事になる。面白くなってきたよ。

関白殿下からも文が来た。殿下からは二条・万里小路の動きに注意してくれと書いてある。どうやら殿下はあの連中が勅勘の処分を受けた事を知らないらしい。この文はこちらから送った文が届く前に出した文のようだ。多分、近衛家にも文は届いているだろう。文には未だ帰れないと書いてある。あの連中が勅勘を受けたと知れば京に戻るのを先延ばしするかもしれん。もう一度三好と足利の対立は先鋭化している。早く戻れと書いておこう。小侍従の出産も間近だし太閤殿下にも負担がかかっていると書いた方が良いな。もう、限界だよ。

勅勘を受けた連中は諦めていない。有力者を使って勅勘の宥免を勝ち取ろうと蠢いている。二条晴良は九条稙通を頼ろうとしている。一緒に勅勘を喰らった息子の兼孝は九条家の養子になっている。稙通は養父な訳だ。稙通も養子が勅勘の身では困るだろうという読みもある。それに稙通の弟は同じく勅勘を受けた右大臣花山院家輔だ。家輔からも稙通に文が行っているらしい。もっとも九条稙通は頑として受け付けない。親三好の九条稙通としてはふざけるなと言いたい気分なのだろう。

万里小路権大納言と新大典侍は権大納言の息子の三位宰相を頼った。常日頃粗雑に扱っていて困った時だけ頼られてもね。三位宰相はうんざりだったのだろう。俺に相談して帝に怒られる事で権大納言と新大典侍を追い払う事にした。上手くいったよ。三位宰相は帝に叱責された、自分まで巻き込むなと権大納言と新大典侍に厳しく言ったらしい。二人は何も言えずに引き下がったようだ。後で三位宰相に笑顔で感謝された。すごすごと引き下がった権大納言と新大典侍を見て気持ちが良かったそうだ。

親兄弟、親族、友人、色々な伝手を使って勅勘の宥免を勝ち取ろうとしている。俺にも取り成しを願う文が来た。相手は滋野井権中納言だ。二条に頼まれ心ならずも文を書いた。取りなしてくれれば一生恩に着ると書いてあった。念のため、桔梗の一党に調べさせたが滋野井権中納言は俺の事を小僧と罵っていたそうだ。宥免されたらいつか思い知らせてやると繰り返し言っているらしい。どうもね、滋野井家って経済的に相当苦しいらしい。俺が裕福なのが気に入らないようだ。二条に与したのもそれが理由だろう。滋野井権中納言には勅勘は帝のご判断であり自分のような若輩者には取り成しは不可能だと丁寧に返事を書いた。さぞかし怒り狂っただろう。

京では米の値が上がっている。しかしそれ以上に問題なのは畿内に米が無い事だ。俺が葉月に買い占めさせた事もあるんだが畠山、六角が米を買い漁った事で余計に米不足が逼迫した。京の町では米が買えなくて地方に米を買いに行く者が増えている。山科の大叔父に助けてくれと言われて銭じゃ無く米を渡したら大喜びだったな。だが京は未だましだ。摂津、和泉、河内では畠山が無茶苦茶やっている。堀川党が紀伊から運んでいた米を焼き討ちした事で兵糧不足が深刻になった。畠山は手当たり次第米を強奪している。銭を払っていないんだ。逼迫しているのは米だけじゃ無く軍資金も同様だったらしい。もう米を買う余力も無くなった。摂津、和泉、河内では畠山を恨む声が上がっている。

畠山は当初堺から米を買おうとしたんだが堺は米は売れないと断った。元々堺は三好と親しいし堺の商人達の目から見ても畠山に勝ち目は無いという事なのだろう。下手に米を売って三好に睨まれたくないと考えているようだ。そういう事も畠山を荒れさせているのだろう。だが愚策としか言い様がないな。摂津、和泉、河内じゃ畠山は疫病神としか思われていない。この戦が終わったら紀伊で逼塞するしかないだろう。

まあ同情はするよ。幕府内部では畠山尾張守の評価はだだ下がりだ。三好豊前守を討ち取った後、京に攻め込んでいればと罵られているらしい。尾張守もそれに気付いている。なんとか六角を動かしたいと文を送ったり使者を送ったりしているようだが六角は動かない。幕府に頼んでも効果は無い。尾張守は三好に損害を与えたのは自分なのに何故貶められるのかと周囲に憤懣をぶちまけているらしい。俺の事も腹を立てているようだ。余計な事をと思っているんだろう。

そろそろ今回の騒乱も終わりだ。堺の商人に文を送ろうか。銭を稼ぐのを手伝ってもらおう。今回の戦では随分と三好に協力した。俺が堺の商人と繋がっても三好家は煩い事は言わないだろう。しかし不安定ではあるな。堺以外の商人も使いたい。やはり博多だろう。となると大友に博多の商人を紹介してくれと頼んだ方が良いかな? いや、先ずは堺だ。博多は堺で上手く行ってからだな。

「兄様、入って良い? 七恵も一緒なんだけど」

「良いぞ」

七恵も一緒? 珍しいな。あまり俺には近付かないんだが。二人が入ってきた。春齢が正面に座り七恵はその斜め後ろに座った。

「どうしたかな?」

問いかけると春齢がちょっとばつの悪そうな顔をした。はてね、七恵も困ったような顔をしている。

「七恵に訊かれたの。羽林と名家は何が違うのかって。羽林は近衛少将、中将を経て参議へと進むでしょう。名家は少弁から中弁、大弁を経て参議よね。その後は中納言、大納言は羽林も名家も同じ。それは分かるんだけど何故進む道が違うのかって訊かれて……」

「なるほど、答えられなかったか」

春齢が頷いた。七恵が益々困ったような顔をした。春齢に恥をかかせたとでも思ったかな。

羽林と名家ね。まあ、当事者は大体分かると思う。でも春齢は皇族だったからな。出世なんて関係なかったからあまり家の成り立ちについては関心は無かっただろう。それにいずれは寺に入れられる事になっていたから周囲も教えなかっただろな。

「春齢も分かっておじゃろうが公家は摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家の家格に分かれ家格によってどこまで昇進出来るか決まっている。摂家は摂政・関白に任じられる家で清華家は太政大臣にまで昇進出来る家だ。羽林家はその大部分が摂家、清華家から分かれた家だ。」

春齢が”そうなんだ”と言い七恵は息を吐いた。

「じゃあ、名家は?」

「摂関を主人として仕えた家だ。太政官の弁官を務め朝廷実務の才によって名のある家、そういう意味で名家と呼ばれるようになった。朝廷では実務を担当する家なのだ。羽林と名家はどちらも昇進は大納言までだがどちらの家格が上かと訊かれれば羽林の方が上だと言える」

元々摂政、関白は天皇の外戚が任じられる事から始まった。摂関政治というのがそれだ。天皇と天皇の母后、そして母后の親兄弟、親族を中心に政治を行った。だから有力公家は娘を入内させ男皇子を産ませようとした。その最大の勝利者が藤原道長だ。

道長以降は道長から息子の頼道、教通兄弟へと摂政・関白の地位は継承された。内覧を含めればざっと百年近く道長親子は廟堂のトップにいた事になる。つまり御堂関白家が摂政・関白を独占して務めたのだ。となれば摂政・関白の職務の知識(先例と作法)は御堂関白家にだけ蓄積された事になる。摂関政治が終わり院政が始まると外戚にはなれなかったが道長の子孫が摂政・関白を独占した。皮肉な話だが政治の実権を天皇、または上皇が取り戻した以上、摂関の地位に外戚を据える必要が無かったのだ。むしろ摂政・関白の職務の知識に習熟してる御堂関白家の嫡流の方が安心出来た。その事が摂家という家格と家柄を誕生させた。その事を説明すると春齢と七恵は目を点にしている。分かりづらかったかな?

「飛鳥井家も摂家から分かれたのですか?」

七恵が訊ねてきた。

「うむ。飛鳥井家の先祖に藤原忠教様という方がおられる。この忠教様は道長公の曾孫だ。このお方は権大納言まで昇進した」

忠教は摂政を務めた藤原師実の庶子だった。能力次第では大臣にも成れただろう。息子達も大臣に成れれば清華家になったかもしれない。だが駄目だった。忠教の経歴を見ると無能とはほど遠いと思うんだが粗暴で度々乱闘騒ぎを起こしたようだ。大臣に成れなかったのはそれが理由じゃないかと思っている。

忠教以降はパッとしない。息子の頼輔は近衛少将、中将に任じられていない。そして公卿と呼ばれるようになる従三位に昇進したのは七十を越えてからだ。お情けで昇進させてもらったのだろう。頼輔の息子の頼経は従四位下で終わっているからそのままなら飛鳥井家は公卿になれない諸大夫の家で終わっただろう。ただ、頼輔は蹴鞠の名人だった。そしてその才は頼輔の孫達に引き継がれた。頼輔の孫である宗長、雅経は蹴鞠を好んだ後鳥羽上皇に引き立てられるようになる。いずれも公卿と呼ばれるようになり宗長は難波家、雅経は飛鳥井家の祖となった。羽林の家格を得たのはそれからだ。

「はーっ」

「凄い」

話を聞いていた春齢、七恵の二人が呆然としている。

「兄様、公卿になれずに没落した家って多いの?」

「勿論だ。幾つもの家が没落している。摂関家の庶流でも没落している。飛鳥井家や難波家は没落しかけて運良く羽林に這い上がった。極めて希な例でおじゃろう」

春齢が溜息を吐いた。

「羽林家の多くは摂関家の庶流として政に関わり力を発揮する事で羽林の家格を得た。だが飛鳥井家は蹴鞠という芸能で羽林の家格を得た。飛鳥井家が政治的にあまり力の無い家だったのはそれが理由でおじゃろう」

政治権力闘争の生き残りで力を発揮した家じゃないんだ。パッとしないのも当然だよ。それでも良く生き残ったよ。飛鳥井家は鎌倉時代の初期に成立したんだ。承久の変、鎌倉幕府の滅亡、後醍醐の新政の失敗、南北朝の動乱、戦国時代。幾つもの危機を乗り越えてきたんだからな。乗り越えられずに没落、断絶した家だって有るんだ。

「殿」

部屋の外から声がした。九兵衛の声だ。

「如何した?」

声をかけると戸が開いた。九兵衛が控えている。

「今出川右大臣様がお見えでございます」

春齢が顔を顰めた。そんな顔をするなよ。いや、俺も顔が引き攣っているから春齢を責められないけど。

「分かった。客間にお通しせよ」

「会うの?」

春齢が面白く無さそうな声を出した。溜息が出そうになって懸命に堪えた。

「右府は 一上(いちのかみ) で蔵人所の別当でもおじゃるのだ。会わぬとう選択肢はおじゃらぬ。夜遅くに訪ねてくるからには余程の用がおじゃるのだろう」

春齢が溜息を吐いた。溜息を吐くなよ。そう思うしか無いだろう。

まあ、ここに来るという事は宮中では話せない事が有るのだと見て良い。公の事かな? 右大臣の職務には慣れてきたと思うんだが……。それとも私的な事かな? 万里小路が今出川に接触を図っていると報告が入っているが……。

永禄五年(1562年)三月下旬 山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 今出川晴季

「失礼致しまする」

頭中将が部屋に入ってきた。対面に座る。

「お待たせ致しました」

緊張した。相手は歳は私よりも若いが宮中の実力者なのだ。右大臣になってからは色々と助けてもらっている。

「いや、こちらこそ夜分に済まぬ。だがどうしても頭中将に相談したい事が起きたので訪ねてしまった」

「左様でおじゃりますか。どこまでお役に立つかは分かりませぬがお話を伺いたく思いまする」

落ち着いていると思った。時々相手の方が歳が上ではないか、立場が上ではないかと錯覚する事が有る。そのくらい落ち着いているし頼り甲斐が有る。

「実は困っている」

頭中将が知っているというように頷いた。

「万里小路権大納言、庭田権中納言から文が来るのだ。自分達の宥免を願えと」

頭中将が”ふむ”と頷いた。驚いていない。

「頭中将は知っていたのかな?」

頭中将が”そうではおじゃりませぬ”と首を横に振った。

「勅勘を受けた方々が色々な所に宥免の取り成しをして欲しいと頼んでいるとは聞いておじゃります。麿の所にも文が来ました」

思わず”なんと”と声が出ていた。殺そうとした頭中将に取り成しを頼んだとは……。

「それは一体」

誰がと訊こうとしたが頭中将が首を横に振った。訊くなという事か……。まさか二条様?

「右府がここに来るという事はそれを断りたいが断れない状況に有るという事でおじゃりますか?」

「その通りだ。万里小路家も庭田家も麿にとっては関わりの有る家なのだ。万里小路権大納言は亡き妻の父で庭田権中納言は従兄弟。麿の伯母が庭田家に嫁いだ」

「はて? それだけなら断れないとは思えませぬ」

溜息が出た。

「勿論、それだけではおじゃらぬ。麿は脅されているのだ」

「脅されて? それは容易ならぬ事でおじゃりますな」

声が鋭い。初めて頭中将の口調が変わった。吉と出るか凶と出るか……。

「不快に思うかもしれぬが最後まで聞いて欲しい」

頭中将が頷いた。

「年が明けてからでおじゃるが二条様、万里小路権大納言から近衛・飛鳥井を追い落とすために自分達に力を貸して欲しいと何度か頼まれた。はっきりと断れば良かったのでおじゃるが麿は断れなかった。暮れの少し前だが三好豊前守が負けたからの。三好は畠山、六角を持て余している。そういう風に見えたのじゃ。態度を決めるのは危険だと思った」

頭中将が”道理でおじゃますな”と頷いた。ホッとした。頭中将の顔には私を責める色も蔑む色も無い。こちらの苦衷を察してくれているのだと思った。

「賛成したわけではおじゃらぬがはっきりと断らなかった。二条様達は脈が有ると思ったのでおじゃろう。その時になれば自分達に味方すると。まあ、そういう風に思わせたという所もおじゃる。だが豊前守が討ち死にし六角が京に入ってきた。そして三好修理大夫を朝敵にと。あの時ははっきりと断った。権大納言は麿を裏切り者と罵った。庭田権中納言は後悔するぞと言った」

迷ったわ。二条様達に付くべきかとも思った。だが頭中将は少しも動じていなかった。そして六角の要求を退けた。頭中将を信じるべきだと思った。それに西園寺左府も花山院右府も二条様に付いたと聞いた。自分が味方しても旨味は無いとも思った……。間違ってはいない。あの二人は失脚し私は右大臣になった。直に左大臣になるだろう。賭けに勝ったのだ。

「右府は断ったのでおじゃりますな。では脅しとは?」

「麿が二条様達の一味だったと訴えるという事よ」

頭中将が”はて”と訝しげな声を出した。

「今回の件、帝は酷くお怒りだ。一時は仲間であったというだけでお叱りを受けようという事よ。右大臣も罷免されるとな」

「なるほど、そういう事でおじゃりますか」

頭中将が頷いた。

「麿も帝に宥免を願い出て叱責された方が良いか? 三位宰相のように」

「……何故それを? あれは人払いをしたのでおじゃりますが」

苦笑いが出た。言わぬ方が良かったかな。

「三位宰相は父親の権大納言が麿に文を書いている事を知って困っているのではないかと心配してくれたのだ。それで脅されていると言うと頭中将に相談した方が良いと奨めてくれた。その時に教えて貰った」

「そういう事でおじゃりましたか」

頭中将の顔が綻んだ。不快には思っていないようだ。

「どうかな?」

問い掛けると頭中将の顔から笑みが消えた。

「右府の他にも脅されている方はおじゃりましょうか?」

「居ないとは思えぬ。迷った者は多かったと思う。今回昇進した者の中にも態度をはっきりさせなかった者はおじゃろう」

迷わなかった者はほんの一握りだろう。

「となると叱責は止めた方がよろしいかと。怯えるお方も居るかもしれませぬ」

「ではどうすると?」

「左様でおじゃりますな。……ふむ、正直に帝にお話ししては如何でおじゃりましょう」

「正直に?」

問い返すと頭中将が頷いた。

「一時は迷った事も有るがきっぱり断ったと。疚しい所は無いので信じて頂きたいと心情を披露するのです」

「ふむ」

「帝からは正直に話した事は殊勝である。以後も右大臣の職務に励めとお言葉を頂きましょう。御信任を頂いたという事になります」

なるほどと思った。公にして御信任を頂けば権大納言達も付け込めぬか……。

「良い考えだと思うが罷免されるような事はおじゃらぬかな?」

急に心配になった。頭中将が顔を綻ばせた。

「御安心を。今右府を罷免すれば後任の右大臣を誰にするかという問題が発生します。人事に混乱が発生致しましょう。それに罷免すれば他の脅された方々は帝にお許しを願おうとしなくなるとは思いませぬか? それでは二条様、万里小路権大納言様を喜ばせるだけでおじゃりましょう。その辺りをお伝えすれば……」

「なるほど、麿だけではない。他の者も助けようという事でおじゃったか」

頭中将が”はい”と頷いた。そうだな、そうなれば皆が安心しよう。

「分かった。異存はおじゃらぬ」

「では麿が事前に帝にお話を致しまする。右府はその後で」

「うむ、頼むぞ。そなたに相談して良かった」

「恐れ入りまする」

頭中将が軽く頭を下げた。三位宰相の言う通りよ。頼りになるわ。