軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73.始まりのあとの始まり

星の光を明かりにして、僕とスノウは訓練場で魔法を構築し合う。

長い付き合いになることがわかり、今日の内にお互いの力を確認しようと決まったのだ。

スノウは訓練場にある岩に手を乗せた。すると、岩が ぶれる(・・・) と同時に、小さな亀裂が入った。

「……これが私の得意魔法」

そう言って、さらにスノウは亀裂の入った岩を震わせて、縦に割った。

《ディメンション》を展開しているからわかる。

スノウの得意魔法の正体は、『振動』だ。

「岩を振動させてる?」

「……うん。私の属性は『無』『火』。これに私の魔力性質と『古代魔法』を合わせると、もっと面白いことができる」

スノウは懐から魔石を数個ほど取り出し、魔力を込めて、周囲にばら撒いた。

そして、スノウは小さく呟く。

途端にばら撒いた魔石が輝き始め、その呟きが何重にもなって訓練場内に響いた。

『……これとあなたの次元魔法を合わせれば、驚異的な武器になる。そうパリンクロンに言われた』

まるでスピーカーに囲まれているかのように、散らばった魔石全てからスノウの声が聞こえてくる。

「すごい……。振動を操って、石から音を出してる?」

『……そう。私の『すがりつく魔力』を魔石に込めて、『古代魔法』の応用で音声を再現している。これができるせいで、色々と苦労した』

スノウが指を軽く鳴らすと、声を発する魔石の振動が止まった。

「これ。遠く離れていても、できるの?」

「……できる。これであなたのサポートを行う。それがパリンクロンとの約束」

僕はスノウの能力の異常性に汗を滴らせる。

この異世界での連絡手段は乏しい。

例えば、遠くと常にコンタクトを取りたい場合は、必ず『 魔石線(ライン) 』を引かなければならない。その『 魔石線(ライン) 』でも、ここまで円滑に声の伝達はできなかったはずだ。

つまりスノウは、世界の何段階か先の技術を、個人で有していることになる。

伝書鳩の世界で、一人だけ携帯電話を使っているようなものだ。

「確かに、この魔法があれば、色々と面白いことが出来そうだね。この魔法で僕を手伝ってくれるの?」

「……うん。サポートする」

スノウは頷く。

そして、その眠たげな目を、少しだけ見開き、決意を感じさせる声で続ける。

「パリンクロンとの約束は守る。けど、約束通り、あとは好きにさせてもらう。 私の好きに(・・・・・) ――」

「ああ、それはもちろん――」

ギルド内の自由について交渉を始めたのかと思い、それを僕は了承しようとする。

しかし、その前に彼女の力強い言葉に遮られる。

「あなたは少し前、『アイカワ・カナミ』ではなく『キリスト・ユーラシア』と名乗っていた。おそらく、パリンクロンの精神魔法で、その頃の記憶を消されてる。きっと、その『腕輪』が魔法術式の要。いますぐ、壊したほうがいい」

スノウは『キリスト・ユーラシア』という名前を出し、パリンクロンが僕の記憶を消したと言った。

僕は驚く。

その名前にも、記憶についても、二重の意味で驚く。

「へ――? え、えっと、え? どういうこと?」

「とりあえず、その『腕輪』が一番怪しい。 あのとき(・・・・) 、あなたは『腕輪』なんてつけていなかった」

と言いつつ、スノウは僕の傍に近づき、『腕輪』に手をかける。

「ちょ、ちょっと待って!! これは僕には必要なものなんだ! ないと困る!!」

そのスノウの手を僕は払って、距離を取った。

この『腕輪』は僕の魔力を安定させ、言語能力の補助も行っている。

常に付けておけと念を押された以上、外すわけにはいかない。

――ああ。何があっても、絶対に外すわけにはいかないんだ。

「……全て嘘。あなたも、パリンクロンに遊ばれている」

離れた僕に、スノウは厳しく声をかけていく。

しかし、その「遊ばれている」の意味が全くわからない。

「悪い、スノウ。僕は君の言っていることが理解できない。だから、『腕輪』が怪しいと言われても、それを信じられない」

はっきりと僕は拒否した。

それを聞いたスノウは、こちらに伸ばした手を降ろして、小さく呟く。

「……そう」

先ほどまでの強い決意を感じさせない、弱々しい呟きだった。

その小さな声を聞いて、僕は強く拒絶しすぎたかもしれないと後悔する。言い訳をするように、僕は理由を説明していく。

「スノウ。僕にとって、この『腕輪』はとても大事なものだから外せないんだ。あと、いきなりそんなこと言われても、どうしようもない……」

「……別にいい。でも、私の言葉を信じられるときがきたら、その『腕輪』を壊して。そうすれば、自分を取り戻す切っ掛けを得られると思うから」

スノウは無理強いしようとしなかった。

自分の意見を通そうとする熱を全く感じない。

その名の通り、雪のように冷めた性格をしていると思った。

そして、彼女も言い訳するように言葉を続ける。

「……確かに忠告はしたから。私は最低限のことはした。それだけは覚えてて」

「ああ、わかった」

僕は頷く。

覚えておくくらいなら問題はない。

それに、いまのは僕のことを心から心配しての言葉だと、その表情から窺えたからだ。

話が一旦途切れ、僕とスノウは向き合ったまま、沈黙する。

その静寂を先に破ったのはスノウだった。

疲れた様子で、言葉を紡いでいく。

「……これ以上、この話を続けるのは面倒。魔法の確認も大体終わった。今日はこれで終わりにしよう?」

「そうだね。そろそろ終わろうか……」

「……ついてきて。カナミの部屋、案内する」

「え。あ、うん」

訓練場から出ようとするスノウの後ろを、僕は追いかける。

そう言えば、パリンクロンから寝泊りする場所を聞いていない。

というよりも、ギルドに入ってからのことを全く聞いていない。見たところ、その説明はスノウに任されているようだ。

僕は部屋に辿りつくまでの間、気になっていたことを彼女に聞いていく。

「ねえ、『キリスト・ユーラシア』って誰から聞いたの?」

「……カナミ」

スノウは簡潔に答える。

しかし、そんな記憶は僕にない。

そもそも、僕は今日までスノウと出会ったことすらない。

僕がこの異世界に迷い込んでから出会った人は少ない。そして、その少ない人たちの顔を僕が忘れているとは思えない。それも、こんな特徴的で見目麗しい少女をだ。

「なら、『キリスト』と『ユーラシア』の意味って知ってる?」

「意味? あなたの名前としか知らない」

「そ、そう……」

スノウは不思議そうに首を傾げるだけだった。どうやら、この名前を畏れ多いと思うのは、元の世界のことを知っている僕だけのようだ。

しかし、これでよくわかった。

スノウは僕の世界のことを知っているわけじゃない。

ただ、『キリスト・ユーラシア』という名前をどこかで聞いただけみたいだ。しかし、誰から聞いたかはわからない。

誰から聞いたのか、その情報源を推測していると……ある部屋の前で、スノウの歩みが止まった。

「……ここ」

スノウは部屋の中に入っていく。

その後ろに僕も続く。

広めの部屋だった。

最低限の家具に、僅かな生活の跡。

用意された新しい部屋にしては、物が多いと思った。

特にアクセサリー類の小物が多い。まるで、女の子が生活していたかのように見える。

「ここが僕の部屋?」

「……ううん。私の部屋」

僕の観察眼は間違っていなかったようだ。

これは女の子の――というか、スノウの生活の跡だ。

「なんで、いまスノウの部屋に?」

「……ここで寝ろという話を聞いた。ギルドマスターの部屋は、まだ用意されていない」

「あ、ありえない……!」

僕は両手を頭に当てて、唸る。

同時に、これを決めたであろうパリンクロンを、心の中で呪う。

「……そう言うと思った。問題があるなら、私は屋根の上で寝る」

「スノウが屋根の上? それこそありえない。それなら、僕が廊下で寝る」

「……そう言うとも思った。私はどんなところでも寝れるのだけど、あなたは納得しない。面倒、とても面倒。……だから妥協する」

「妥協?」

スノウは言葉通り、とても面倒くさそうに僕に近づく。

そして、その手を僕に伸ばし、触れようとして――

その手から異常な魔力を感知し、僕は大きく飛び退く。

「――っ!!」

「……残念」

「いま、僕に魔法かけようとしたでしょ……」

「……面倒だから不意打ちで気絶してもらおうと思った。けど、失敗。初めて会ったときは私のほうが強かったのに」

スノウは残念そうに厚い上着を脱いで、ベッドの上に転がる。

まだ下に服を着ているとはいえ、目の毒だと思い、僕は目を逸らす。

「じゃあ、僕は廊下で寝るよ。屋根と毛布があれば、問題ない」

「……それは私が心苦しい。せめて部屋の隅で寝て」

「それなら、もう僕は妹の部屋で寝るよ。どうせ、パリンクロンの嫌がらせだ。別に、言いつけを守る必要もない」

「……そう。なら、そうして。でも私は一応、パリンクロンの指示通りに、この部屋を紹介した。それは覚えてて」

「ああ、わかった。しっかり覚えておくよ。……それじゃあ、これでさよならだ。おやすみ。スノウ」

「……うん、おやすみ」

その就寝の挨拶を最後に、僕はスノウの部屋から出る。

スノウは自分の意見を押し付けようとしない。

言い争いそうになると、すぐに引く。その異常な物分りのよさに、少しだけ奇妙さを覚えつつも、僕はマリアの部屋に向かう。

途中、廊下の窓から月明かりが差し込んでいるのを感じて、外を見る。

空には、欠けた月が浮かんでいた。

僕の世界の月と変わらない――満ち欠けする月。

月の満ち欠けが存在するので、暦や時間の概念も僕の世界と近いらしい。

同じ環境の星に同じような人間たちが住めば、やはり似た発想をするようだ。

その偶然を、僕は気持ち悪いと思った。

出来すぎているゆえに、誰かの手のひらで生きているような感覚。不快だった。

思えば、今日、ずっと―― 本当に不快だった(・・・・・・・・) 。

言い得も知れぬ不安が、常に僕の後ろに潜んでいた。

朝に覚えた違和感が、ずっと消えない。

何かを間違えている。何かを忘れている。

ボタンを掛け間違えているよりも酷い違和感。

その気持ち悪さと共に、僕はマリアの部屋に辿りついて、中に入っていく。

「マリア……。僕だ……」

「兄さん……? お帰りなさい……」

マリアは僕の来訪を聞き、顔を明るくさせた。

最愛の妹に会っても、まだ違和感は消えない。

しかし、マリアの前で不快な顔を続けるわけにもいかない。気持ち悪さの理由の全てを「異世界だから」の一言で済ませ、マリアに優しく語り掛ける。

「マリア、もう頭痛は治った?」

「いえ、いくらかマシになったのですが……。薄い痛みが張り付いて消えません。それに、なんだか、変な感覚です。何かを間違えているような、そんな気がして……。少しだけ気持ちが悪い……」

僕は驚く。

マリアも僕と同じ感覚を覚えているようだ。

「慣れない異世界だから、仕方がないよ。深く考えず、いまはゆっくり休んで」

「はい……」

マリアの頭を撫でて、休息を促す。

まだ目の負傷も、火傷も全快していない。

できるだけ安静にしないと駄目なのは間違いない。

「なあ、マリア。今日、僕の寝るところがないんだ。この部屋を使ってもいい?」

「……っ! も、もちろんです。むしろ、ずっとここに居て欲しいくらいです、私は!」

「そっか、よかった。それじゃあ、そこの椅子を借りるよ」

「そんなっ、椅子でなんて! ……兄さん、一緒に寝ましょう。ベッドは広いし、私たちは兄妹なんですから、大丈夫です。きっと、椅子では満足に寝れませんよ?」

「え、でも――」

「お願いします。兄さん」

マリアの口調は強く、不安そうな表情をしている。

本当は不安で不安で仕方がなくて、一緒に寝て欲しいだけなのかもしれない。

僕たちは兄妹だ。安心の為に、一緒に寝るのは特におかしいことではない。一緒に寝るには少々年が過ぎている気もするが、いまは平時ではないのだから目を瞑ろうと思う。

「じゃあ、そうしようか」

「はいっ!」

マリアは嬉しそうに微笑み、僕は大切な妹の横に寝転がる。

すると、マリアは愛おしそうに、僕の手を握った。

「兄さんの手、冷たくて気持ちいいです……」

そして、マリアは安心して、身体から力を抜いた。

その様子から、僕のいない間、ずっと彼女は気を張っていたと気づく。

当たり前だ。

異世界に迷い込み、目を失い、暗闇の中で兄を待ち続ける――その間、心が休まるはずもない。僕と触れ合うまで、マリアは一瞬たりとも安心できなかったに違いない。

もしギルドマスターの部屋を貰っても、これからはマリアと一緒に寝続けようと僕は心に決めた。

二度と離れない。傍にいる。

そんな約束をした気がする。

その約束を僕は思い出しながら、握った手のひらから大切な家族の温かみを感じていく。

しかし、それでもまだ違和感は消えてくれない。

兄妹一緒という幸福の中のはずなのに、何かが納得いかない。

僕は首を小さく振って、その違和感を頭から追い出す。

いまは休もう。

まずは、この異世界での安全を確保しないといけない。

ラウラヴィアでの地位を確固としつつ、マリアの治療費を稼ぐ。そのためには、明日から頑張らないといけない。僕に悩んでいる暇なんてない。

こうして、僕はマリアの手を強く握り返しながら、深い眠りに落ちていく。

深い深い眠りへと――