軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

72.総当たり戦

「は、はあ!?」

最初に声をあげたのは僕だった。

続いて、メンバーたちも同じような疑問の声と共に、詳しい説明を求め出す。

「待て待て。パリンクロン、冗談が過ぎるぜ?」

「一体何がどうなったら、いきなりギルドマスターになるんだ」

僕も彼らと同感だ。

悪い冗談にしか聞こえない。

しかし、依然としてパリンクロンは涼しい顔のままだった。

「カナミは、サブマスターである俺やレイルが選んだ『英雄』だ。当初の予定通り、空席だった『エピックシーカー』のトップは、『英雄』であるカナミにやってもらう」

そして、二度に渡り、僕を トップ(マスター) に据えると言い切った。

それも『英雄』と誇大表現してまで。

「おい、正気か……?」

パリンクロンが冗談を言っていないとわかり、場の空気が冷めていく。メンバーの先頭に立つ巨漢の剣士が、パリンクロンを睨みつけながら問う。

空気が張り詰め、いまにも破裂しそうな中、さらに楽しそうな声でパリンクロンは答える。

「カナミは強いし、性格もいい。なにより、『英雄』 らしさ(・・・) がある。――ゆえに、順当にギルドマスターとする。文句があるやつは、カナミに叩きのめされてくれ。いまから試験の代わりに、総当たり戦するからよ」

パリンクロンの挑発で、ギルドメンバーたちの殺気が増す。

誰もが尋常でない威圧感を、僕とパリンクロンに当てる。熟練の強者から発せられる重圧に僕は我慢できず、パリンクロンに向かって叫ぶ。

「パリンクロンッ、何言ってるんだ!? 馬鹿かっ! おまえ、馬鹿なのか!?」

僕が混乱しながら反対しているのを見て、重圧の一部が緩んだ気がした。

そして、冷静そうな女性が一歩前に出て、意見を述べる。

「才覚は認めるわ。その子が、見るからに 出来る(・・・) のはわかる。確かに、将来は私たちの上に立つ器かもしれない。けど、いますぐなんて、無茶が過ぎるわ。パリンクロン」

「強引に決まったギルドマスターの下で、まともにギルドが動くわけないだろ……」

このままだと荒事になると各々は判断したのだろう。

どうにかパリンクロンに考え直してもらおうと、理屈で説得にかかる。

しかし、パリンクロンは全く取り合わない。

「俺たち『エピックシーカー』はいつだって無茶苦茶だし、なんだかんだでおまえらは素直になると思うぜ。なぜなら、カナミは俺たちの待ち望んだ人間そのものだからだ」

決定的だった。

パリンクロンは引く気がないとわかり、冷静な会話をしようとしていた人たちは、溜息をついて後ろに下がっていく。

必然と、近くに残ったのは血の気の多そうな人たちだけだった。

「そう睨むなよ。これから始める総当たり戦で、カナミに傷一つでも負わせたら考え直してやるからさ」

パリンクロンは総当たり戦の実施を推す。

推しながら、さらなる挑発も忘れないのが彼らしい。

「言ったな……」

「舐めるなよ」

「死んでも知らんぞ」

そして、ギルドメンバーたちは物騒な捨て台詞を置いて、距離を取った。

組織の人間として、上司にあたるパリンクロンの判断に逆らおうとはしない。しかし、総当たり戦で不満を晴らす気なのは明らかだった。

試験の覚悟はしていたが、こんな展開は全くの予想外だ。

僕だけは諦めず、パリンクロンを説得し続ける。

「パリンクロン、僕は納得していないぞ! ギルドメンバーさんたちの言うとおりだ! いきなりギルドマスターだなんて、おかしい!」

「え、ギルドに入るって言っただろ?」

「いやいやっ、あれはギルドメンバーになるって意味だよ!」

「俺は一言もギルドメンバーにするとは言ってねえぜ。ギルドマスターになってもらうつもりで、ずっと話してた」

「そんなの詐欺だ!」

「人聞き悪いな、嘘はついてないぜ。でも、まあ、詐欺師とはよく言われる」

パリンクロンは意に介した様子もなく、僕の説得を受け流していく。

同時に、総当たり戦の準備も進めていく。

砂の地面に剣の鞘で線を引いて、簡易的なフィールドを作った。

フィールドを作り終えたパリンクロンは僕に向き直る。そして、今日一番の真剣な表情で、僕に懇願する。

「カナミ、お願いだ。ギルドマスターをやってくれ。このくらいじゃ、まだまだだ。まだ『試練』ですらない」

その真剣な物言いに驚き、僕は言葉を失う。

何らかの形で恩返ししたいと思っていた以上、純粋に願われてしまうと僕は断れなくなる。

僕は先ほどの冷静なギルドメンバーたちと同じように溜息をつき、渋々と頷く。

「はあ……。わかった。総当たり戦をやるよ。けど、終わったあと、ギルドメンバーさんたちが納得していなかったら、この話は取り下げてくれ」

「そうだな。そこが落とし所だろうな。けど、手は抜かないでくれよ?」

「失礼になるし、手抜きはしないよ……。一応……」

僕が諦めたのを見て、パリンクロンは訓練場の端から練習用と思われる剣を持ってくる。

そして、それを僕に投げ渡す。

剣を受け取りつつ、僕は呟く。

「――魔法《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》」

得意魔法を展開し、意を決して簡易フィールド内に足を進める。

しかし、青筋を浮かべて待っているメンバーたちを見て、まだ憂鬱な気持ちは止まらない。

「事務の仕事がよかったな……。書類整理とか……」

叶わないであろう夢を零しながら、僕は晴れやかな空を見上げ、剣を鞘から抜いた。

◆◆◆◆◆

初戦は、血の気の多そうな少女剣士が相手となった。

メンバーの中でも年若い子が、リーダー格の人たちに「出るまでもないです!」と言ってフィールド内に入ってきたのだ。

僕は『注視』をして、細剣を携えた少女のステータスを確認する。

【ステータス】

名前:セリ・アライメント HP210/219 MP0/0 クラス:剣士

レベル:12

筋力4.71 体力4.02 技量4.82 速さ4.72 賢さ1.71 魔力0.00 素質1.12

先天スキル:

後天スキル:剣術1.21

相変わらず、『注視』は反則的な能力だ。

この世界の人や物しか(・・・・・・・・・・) ステータスを見られないとはいえ、それでも十分に反則だ。

僕は少女の強さを把握し、ゆったりと剣を構える。

おそらく、全ての魔法を解除しても問題ない相手だ。身体能力が高いレベルで纏まってはいるが、特筆すべき点はない。

「それじゃあ一戦目、始めっ!!」

パリンクロンの開始の合図と同時に、少女は突進してくる。

とりあえずだが僕は約束通りに、手を抜かずに応える。

少女の手を傷つけないように、彼女の振りかぶった剣の柄の底を、僕の剣の切っ先でコツンと当てて弾く。同時に、少女の足を払い、宙に浮いた少女の剣を左手で奪う。両手に剣を持ち、すぐさま倒れた彼女の眼前に突きつける。

これで詰みだ。

速さと技術に差がありすぎる。

武器を奪うのは簡単だった。

「え、ぇ? 何が起きて――え?」

「僕の勝ちでいいですよね?」

僕は何が起きたのかわからない少女を置いて、勝利宣言を行う。

「ああ、どう見てもカナミの勝ちだな。はい、次ー」

パリンクロンは僕の宣言を認め、軽い調子で次を促す。

しかし、パリンクロンに促される周囲のメンバーたちの表情は重く、険しい。

僕の実力の一端を見て、只事ではないとわかったのだろう。

これからの試合展開を予想し、僕は憂鬱になりながら、少女の手を取って立たせてあげる。

「大丈夫?」

「え、あ、うん。大丈夫……です」

少女は呆然としたまま、手を引かれるままに立ち上がった。

ようやく、負けたことを理解したのだろう。

僕の顔をじっと見つめて、言葉を漏らす。

「こ、これがパリンクロンの選んだ『英雄』……?」

なんだか、異様に熱のこもった言葉だった。

背筋が寒くなった気がしたので《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》で、少女の目線をかわして、そそくさと彼女から離れる。

僕は総当たり戦を早く終わらせようと意気込み、フィールドで次の相手を待つ。

次の相手も女性だった。

この世界ではレベルや魔力の存在があるので、荒事の実力に男女の差が余りない。しかし、剣を向けづらいのは確かなので、男性のほうが良かったのというのが僕の本音だ。

【ステータス】

名前:テイリ・リンカー HP212/222 MP201/205 クラス:魔法使い

レベル19

筋力4.41 体力5.15 技量3.32 速さ3.21 賢さ7.21 魔力11.09 素質1.33

先天スキル:風魔法1.67

後天スキル:魔法戦闘1.12

ステータスからも装いからも、生粋の魔法使いであることがわかる。

魔法職でありながら、身体能力は先ほどの剣士と比べても遜色ない。

このテイリさんは、メンバーの中でも上位の存在であることは間違いない。僕と少女の戦いを見て、手を抜けない相手だと思われたようだ。現にテイリさんは挑戦しようとする他の人たちを一言で納得させ、フィールドに立っている。

ただ、このステータスでは僕に触れることすら難しいだろう。

単純に相性が悪い。

もし僕の能力を知っていれば、いい勝負になるかもしれなかったが、まず初見では不可能だろう。

「はい、始めー」

パリンクロンの掛け声と同時に、僕はテイリさんに近づく。

対してテイリさんは、近づかれる前に勝負を決めようと魔法を構築しようとする。しかし、それは《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》で構築をずらされてしまう。結果、彼女の発動させた魔法は、減衰しきった風が少しだけ流れる程度でしかなくなった。

「なっ!? 魔法が――!」

驚くテイリさんの首に、僕は剣を添える。

「えっと……、まだやりますか?」

「……降参よ」

テイリさんは酷く真剣な表情のまま、敗北を認めた。

そして、フィールドから出て行きながら、巨漢の剣士と話す。

「どういうことだ、おい。魔法が使えなかったのか?」

「強力な干渉能力を持ってるわ……。あの一瞬だけじゃ、それしかわからない」

情報交換の末、巨漢の剣士がフィールド内に入ってくる。

彼も他のメンバーたちを一言で黙らせて、フィールド内に入った。そのことから、かなりの発言権を持った人だと見て取れる。

【ステータス】

名前:ヴォルザーク・アルド HP340/351 MP0/0 クラス:剣士

レベル:20

筋力10.40 体力5.85 技量8.26 速さ10.31 賢さ7.09 魔力0.00 素質1.12

先天スキル:反骨1.21

後天スキル:剣術1.56

名前はヴォルザーク。

見たところ、挑戦者たちの中で最もレベルの高い人だ。

周囲の目から察するに、最も信頼されている古参の剣士といった立ち位置だろう。そう思わせるに十分な貫禄を、彼は持っている。

ヴォルザークは一際大きい長剣を背負うように構えて、僕に話しかける。

「悪いが本気で行くぜ。別に、おまえ個人をどうこう思っているわけじゃない。むしろ、おまえのためにも、ここは勝たせてもらう。いきなり、ギルドマスターなんて角が立つに決まってるからな」

傷だらけの巨漢という見た目に反し、発言は柔和で心優しかった。

よくステータスを見れば、賢さは先ほどの魔法使いと同じくらいだ。理知的な人物であることが窺える。

僕は軽く礼をして、それに応える。

「優しい方なんですね。ありがとうございます」

印象は最悪と言ってもいい新人に対し、ここまでの思いやりを持ってくれるヴォルザークさんに僕は感謝する。本来ならば僕は、全員で袋叩きにされても文句は言えない。

「はぁ……。あのクソサブマスターの無茶振りがなければ大歓迎なんだがな」

ヴォルザークさんはパリンクロンの悪口を言いながら、こちらに距離を詰める。

それに合わせ、パリンクロンは嬉しそうに「始めっ」と宣言した。

ヴォルザークさんは駆け出す。

体躯に見合わないスピードだ。

まるで巨体の四足動物に襲われている感覚に陥る。

そのヴォルザークさんの大剣が横に振り抜かれる。

これを僕の剣で受ければ、こちらだけ武器を破損するだろう。そう判断し、距離を取って、鼻先でかわす。

「ちっ、これを避けるか!」

ヴォルザークさんは僕の剣を砕こうと、暴風のように剣を振り回す。

およそ、手加減というものを感じない。常人ならば、直撃すれば即死の暴剣だ。しかし、殺気は微塵も感じられない。

ヴォルザークさんは僕ならば受けきれると判断して、攻撃している。

僕を常人でないと認めている証だ。

そのとき、ここが潮時だと僕は感じた。

始める前は、経験豊富な本業たちが相手ならば、掠り傷の一つは負うと思っていた。しかし、このままだと本当に無傷で全員に勝ってしまいそうだった。

この人を相手で傷を負って終わるのが、試験結果としては丁度いい。

トップクラスの魔法使いであろうテイリさんを完封し、最高レベルであろうヴォルザークさんに実力を認めてもらった――ギルドに入るための実力証明は十分なはずだ。

パリンクロンへの最低限の義理立てはした。

恩を返すのは別の機会でもいい。

そう自分の中で答えを出し、そのための魔法を僕は選んでいく。

「少し魔法を足しますね。――魔法《フォーム》」

掠り傷を負う演出のために、泡の次元魔法を使う。

「ちっ」

それを見たヴォルザークさんは舌打ちをする。

しかし、怯むことなく、構わず攻勢を保ってくる。

「搦め手ごと、叩き潰す!」

魔法の泡を付着させながら、さらにヴォルザークさんは速さを増して、剣を振るっていく。しかし、付着した泡が、剣の軌道の情報を、より正確に僕へ伝えてくれる。

剣をかわしながら、僕は正確にヴォルザークさんの癖を掴み、次に来る剣の軌道を読む。

時間を圧縮させるつもりで、意識を集中させる。鉄の剣が空気を裂きながら、一ミリずつ近づいてくるのを脳で処理していく。それに合わせて、こちらも身体を一ミリずつ動かしていく。

そして、皮一枚のところでヴォルザークさんの剣を、頬に掠めさせる。

皮が薄く裂かれ、血が細く垂れた。

「あっ……。掠りました……」

僕は掠ったことを確認し、距離を取って、頬の傷をアピールする。

パリンクロンは「傷一つでも負わせれば」と発言した。その発言を利用して、この総当たり戦の終わりを訴える。

それを見たヴォルザークさんは悔しそうに歯噛みし、大きく息を吐いて、冷静に答えていく。

「……いや、いまのはノーカウントでいい。完全に俺の負けだ」

ヴォルザークさんは短い言葉で負けを認めた。

そして、背を向けて、フィールドから出ていく。

わざと僕が傷を負ったことに気づいたのかもしれない。完璧な接戦を演出していたつもりだったが、経験豊富な剣士の前では通じなかったようだ。

プライドを傷つけないつもりが、逆に深く傷つけたかもしれない。しかし、こちらもこれからの生活のために、全員を一方的に倒すわけにはいかなかったのだ。許して欲しい。

「はい、カナミの勝ちー」

パリンクロンが楽しそうに僕の勝ちを宣言する。

それに対し、僕は言葉を返そうとして――

「パリンクロン、傷一つでも負えば終わりだって言ったよな。これで――」

「あの野郎! パリンクロンが豪語するだけのことはあるな!!」

メンバーの一人に言葉を遮られた。

それに合わせて、多くのメンバーたちから次々と声があがっていく。

「面白そうだ。次、俺が行ってみるぜ」

「いや、私がっ!」

「リーダーたちが揃って敗北か。面白い」

三戦を終えて、なぜか訓練場内は盛り上がってきていた。

元々、好戦的な人間が多かったのかもしれない。

しかし、それ以上に、彼らの僕を見る目が、どこか おかしい(・・・・) 。

メンバーたちのテンションが上がっているのを指差し、パリンクロンは笑う。

「荒事を生業とするのがギルドだ。傷一つ負ったくらいで終わりなわけないだろ? あれは、ただの挑発だ」

パリンクロンの話に、多くのメンバーたちが同調する。

「そうだ! 終わっちゃ困る! まだ俺が挑戦していない!」

「そのくらいの傷で何を言ってるの? 戦える限り、戦うに決まってるじゃない」

「なあ、次は俺がやってもいいか? 頼むよ」

血気盛んなメンバーたちを見て、僕は顔を引き攣らせる。

そこにヴォルザークさんの一声が通る。

「待て、おまえら! グレン妹っ、まずおまえが行け!」

グレン妹という呼称が呼ばれ、全員の視線が遠くで休んでいた獣人の少女――スノウに向けられる。

一瞬だけ訓練場は静かになり、その間にスノウは小さく首を振りながら答えていく。

「……嫌です。勝てるわけありませんから」

それを聞いたヴォルザークさんは、真剣な表情で聞き返す。

「まじで言ってんのか?」

「……ええ、まじです」

「そうか……」

それを最後にヴォルザークさんは適当なところに座り込んだ。

そして、メンバーたちに挑戦を促す。

「もう好きにしろ、おまえら。俺はここで見てるからよ」

ヴォルザークさんは諦めて観戦し始めた。

止めてくれると期待していたが、どうやらその気はなさそうだ。

他に口を挟もうとする人は、一人もいない。

パリンクロンは笑顔のまま、総当たり戦の続行を促す。

メンバーたちは挑戦の順番を決めて、意気揚々とフィールド内に入ってくる。

僕は為されるがままに、次々とメンバーたちを倒していくしかなかった。

◆◆◆◆◆

――結局僕は、わざと負けることはできなかった。

ヴォルザークさんが鋭い目でこちらを見ているし、パリンクロンだって明らかな手加減があると口を挟んでくる。

僕にできたのは穏便に済むように、手加減に手加減を重ねるくらいだった。

「――これで終わりだ! それじゃあ、ギルド『エピックシーカー』のマスターはカナミに決まりってことで!」

そして、ほぼ全員に無傷で勝ってしまい、パリンクロンは遠慮なくギルドマスター就任を宣言してしまった。

「パリンクロン、もう一回やらせてくれ! 次は触れそうな気がする!」

「駄目駄目。もう暗いし、時間は有限なんだから」

幾人かのメンバーが口を挟んだが、パリンクロンは強制的に総当たり戦を終了させた。

その後、適当な事務連絡を終えて、解散することになる。メンバーたちは訓練場から出て行く前に、僕に一言かけていく。

「いやあ、強いな、カナミ。明日、もう一回、プライベートで挑戦させてくれ」

「えっ? ……ええ、いいですよ」

親しげに声をかけてくるメンバーの男に、僕は戸惑いながらも答えた。

「堅苦しいぜ、カナミ。さん付けも敬語も、俺にはいらねえからな」

「ありがとう……。わかったよ」

僕がマスターになることに対しての不満は、さほど彼から感じられない。

荒事を生業にしている者にとっては、実力さえあれば上に立たれることへの抵抗がないのだろうか。

続いて、メンバーの魔法使いの一人が微笑みかけてくる。

「あとで魔法について教えてね、カナミ君」

「は、はい」

壮年の剣士が僕の肩を叩く。

「マスターとしての手腕はこれから次第かな。ま、周囲が補佐すると思うから、あんま心配すんな」

「はあ、精進します」

険しい顔の男が低い声を出す。

「おい、俺はまだ認めてないからな……」

「あ、いえ。それが当然の反応だと思います」

「あと五回は挑戦してやるから、首を洗って持ってろ。へへっ」

やっと正常な思考をした人が不満を言ってくれたと思ったら、最後には笑って去っていった。まるで、好敵手を見つけた子供のようだった。

その後も、色々と憎まれ口は叩かれたものの、明らかな悪意を持って接してくる人は一人もいなかった。少なくとも、いきなり現れて強引に組織のトップになる人物への態度ではない。

僕はメンバーたちの異常さを感じながらも、作り笑いをもって答え続けた。

そして、多くの挨拶を済ませ、訓練場にパリンクロンと獣人の少女だけが残る。

少女は暗い空を見上げて、ぼうっとしていた。

僕は残ったパリンクロンに説明を求める。

「……なあ。おかしくないか?」

「よかったな、カナミ。大出世だぜ?」

パリンクロンは僕のギルド参入を祝福するが、まだ僕だけがそれに納得がいかない。

「恐ろしい身内人事を見たよ。しかも、結構歓迎されてるから、二重に信じられない」

「こんな無茶が通るのは、うちくらいだろうな。他のギルドなら、絶対にありえない」

「パリンクロンのギルドだから普通じゃないとは思っていたけど、一体どうして?」

いまでも僕は信じられない。

総当たり戦で力を示したとはいえ、それでもメンバーたちが納得している理由がわからない。

僕の世界なら絶対に起きない現象だ。

これが異世界間の文化の差なのだろうか。

細かいことに拘らず、実力がモノを言う文化だったしても、この歓迎は異常だ。

「『エピックシーカー』はその名の通り、『英雄』を探すことを目的としたギルドだ」

「……その時点で、普通じゃないな」

「国直属のギルドは、何かしら国に貢献する方針を最初に決めるんだ。例えば、『ラウラヴィア国の治安を守る』、『ラウラヴィア国のために財宝を手に入れる』、『ラウラヴィア国の人材を育成する』といったような方針だ。そして、うちは『ラウラヴィア国のために英雄を見つける』ギルドだ」

「え、『英雄』を見つける?」

「その馬鹿みたいな名目のせいで、うちは奇特なやつばっかりが集まった。さらに言うなら、面接は基本、俺という理由もある」

「おまえが選んでるのか。そりゃ、変なのが集まるな……」

「メンバーたちは口で何を言おうが、『英雄』を待ち望んでいる夢見がちな異常者ばかりだ。ラウラヴィアの実力主義も相まって、圧倒的な強さを誇るカナミを悪く言うようなやつはいないだろう。――つまり、このギルドは、この日のために在ったってわけだ。俺の目をもって集めたメンバーたちだからな。そこそこ上手くいってくれないと、俺が困る」

パリンクロンはギルド『エピックシーカー』の異常性を説明した。

どこか自慢げで楽しそうに見える。

子供が自分のおもちゃを自慢するような様子だ。それは先ほどもギルドメンバーたちから感じたものに近い。いうなれば、このギルドは全体的に子供っぽいのだ。

そして、その子供っぽい大人の代表であるパリンクロンは、僕に願う。

「ここで『英雄』になってくれ、カナミ。このギルドを利用して、名前を売ろうぜ?」

パリンクロンの行動は、そこに全てが集約される。

「それがおまえの望みなのか……?」

「望みというか……どちらかと言えば、 これは趣味(・・・・・) かな。俺は『英雄』に会ってみたいんだ。それをカナミに期待している。異世界という出自もだが、カナミという人間に『本当の英雄らしさ』があると信じてる……」

飄々としたパリンクロンが真剣な表情を見せる。

その願いの重さに耐え切れず、僕は首を振る。

「期待しすぎだ、パリンクロン。そもそも、何をすれば『英雄』なのかも僕にはわからない」

僕にとって『英雄』なんてものはお伽噺の中の存在でしかない。

現代社会での『英雄』なんて、スポーツ選手くらいのものだ。パリンクロンの望む英雄像は、想像もつかない。

「いや、そこらへんの準備は終えてるぜ。どっかのお偉い国のお偉い人が、楽しい計画を立ててくれているんだ。真似しようと思ってる。――『喜んでギルドマスターとなったカナミは、その類稀なる力をもって前人未到の迷宮を開拓し、『正道』を延長させ、グレンから最強の探索者の称号を受け継ぐ。そして後日、『舞闘大会』で優勝。大陸全土にその名を轟かせ、各地で英雄として人助けをしながらラウラヴィア本国へ凱旋。満を持して大陸北部の戦争に参加し、最前線の総大将に生きる伝説である英雄様が降臨する』」

途方もない馬鹿げた計画を、パリンクロンは芝居がかった口調で話していく。

「な、なんだそれ? 僕はしないぞ。特に戦争だ。戦争とか絶対に関わりたくない!」

「ふふっ。いまのは、ほとんど冗談さ。本気なのは迷宮攻略ぐらいかな。あそこなら、人間の悪意はないし、カナミのペースで力をつけられる。妹のマリアちゃんのためにも、力はあって損じゃないだろ?」

「……まあ、迷宮攻略ぐらいは、しようと思ってる」

この異世界には迷宮というものが存在している。

ゲームによく出てくる――深くに進めば進むほど敵が強くなるダンジョンってやつだ。浅いところほど敵が弱いという非常に都合の良い構造になっているため、力をつけるのに適している。

「余力があれば、ラウラヴィア国やギルドのためにも『正道』の延長をして欲しい。それが無理なら、三十層の 守護者(ガーディアン) の撃破だな。何かしらの名誉か実績を『エピックシーカー』に残してくれたら文句なしだ」

「……余力があったらね。僕とマリアを保護してくれるラウラヴィア国のために、何かしらの貢献はしたいと思ってるよ」

「あとは『舞闘大会』で優勝してくれても貢献になるな。もう何年もラウラヴィアは他四国に遅れをとり続けている。……各地で英雄的活動とか、北部の戦争で総大将とかは冗談さ」

「冗談じゃないと困る。僕は僕の周囲の世界を守れたら、それだけでいいんだ。国と国の争いに関わるなんて、死んでもごめんだ」

それを聞いたパリンクロンは小さく笑う。

「くっ、くくっ――。そうかい、わかったよ。とはいえ、いま話したことは、ただの計画だ。現状はギルドマスターの仕事を覚えることに専念してくれ。迷宮も『正道』の延長は考えず、自分の力をつけることだけを考えてくれ」

「そうだな。不本意な人事だけど……やるからには、ちゃんとギルドマスターとしての仕事をこなせるようにならないと。メンバーたちに迷惑がかかる」

「ああ。早く引き継がないと、間に合わないからな……」

パリンクロンは少しだけ真面目な表情になった。

「間に合わない? ――ああ、そういえば、パリンクロンは本国の将として、『本土』に呼ばれてるんだっけ?」

その真面目な表情から、パリンクロンが心配していることを察する。じきにパリンクロンは連合国を離れることになっている。そのときまでに引継ぎを終わらせたいのだろう。

「まあな。色々と好き勝手やってたら、強制召還だ。もう少し、連合国でやりたいことがあったんだが、仕方がない」

パリンクロンは強制召還と否定的な表現を使うが、本来は本国に任官されるのは名誉なことだ。その栄転を、パリンクロンは心の底から嫌がっている。

「そうか。パリンクロンはいなくなるのか……」

「俺がいなくなったあとは、古参のサブマスターであるスノウに助けてもらえ」

「古参のサブマスター……?」

そして、パリンクロンは隅っこで空を眺めていた少女を呼び寄せる。

「彼女は六年も前から、このギルドでサブマスターをやっている。『エピックシーカー』については、俺よりも詳しいだろうな。ほら、スノウ。自己紹介しろ――」

促されるまま、獣人の少女は僕の傍に寄り、手を差し出す。

とても綺麗な手をしていた。

女の子らしい、白くて柔らかそうな手だ。

『エピックシーカー』は空席のギルドマスターに、三人のサブマスターから構成されている。いまサブマスターをしているのはパリンクロンとレイルさん。どちらも、力と知恵を兼ねそろえた大人の実力者だ。

つまり、この獣人の少女は、その二人と肩を並べるほどの実力者ということになる。

僕は差し出された手を、ゆっくりと握る。

「……スノウ・ウォーカーです。……よろしく、ギルドマスターカナミ」

「えっと、よろしく。スノウ……ちゃん?」

僕は呼び方に戸惑った。

見た目通りならば、ちゃん付けでも問題ない年齢だろう。しかし、六年前もサブマスターをやっていたと聞き、見た目通りの年齢かどうか自信がなかった。

「……たぶん、同い年くらいです。面倒だから、ご自由に呼んでくれてもいいです」

「ありがとう。それじゃあ、スノウで。僕のことも自由に呼んでくれていいよ、敬語もいらない」

「では、カナミで。敬語もやめる」

どうやら見た目通りの年齢らしい。

となるとスノウは、十才前後のときにギルドのサブマスターをやっていたことになる。

「カナミ、スノウ。二人で協力して『エピックシーカー』を運営してくれ。俺とレイルがいなくても大丈夫なようにな」

「僕たち二人で、ギルドを回せってことか? こんな若い二人だけで、本当に大丈夫なのか?」

僕は大人二人がいなくなった状況を思い描き、顔を歪ませる。

「大丈夫さ。スノウの能力は全員が認めているし、なにより家柄が良いから誰も文句は言えない。カナミも、今日一日で大体のやつらは認めた。うん、何も問題ないな」

パリンクロンは気楽そうに答える。

その様子を見て、僕とスノウはじっと睨む。

楽しそうで申し訳ないが、無茶振りされるこっちは不安で一杯だ。

「ははっ、そう睨むなよ。あとは任せたぜ、スノウ。約束どおり、カナミの補助をしてやってくれるだけでいい。俺はおまえら二人が協力するのを、随分前から楽しみにしていたんだ」

睨まれていることに気づいたパリンクロンは、逃げるように距離を取る。

そして、スノウに話しかける。

「――それさえ守れば、あとは好きにやっていい。 おまえが好きに(・・・・・・・) やりたいだけな(・・・・・・・) 」

そう言い残し、パリンクロンは訓練場から去っていった。

そして、暗く静かな夜に、僕とスノウだけが残った。