軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

511.終幕の観客席にて

こうして、終わった。

それは100層の戦いだけの話じゃない。『元の世界』から始まって、繋がり、『異世界』を千年以上振り回してきた物語が一つ、やっと終わったのだ。

だから、ようやく僕は眠りにつけた。

母なる海の中、胎児が丸まるかのように、いつまでも眠り続けていく。

――最中、また僕は『夢』を見る。

七色の眩い光の前で、観客席に座っている『夢』だった。

椅子はしっかりとして分厚く、いい座り心地だ。前方以外は薄暗く、視線の上から 大きな幕(カーテン) が降りていく。

少しずつ光が遮断されていき、目に優しい闇が満ちていく――その直前、幕引きの奥にて、役者たちの並んだ演劇舞台が見えた気がした。さらに、自分の座った観客席も『異世界』で拵えた木製の物と確認できた。

となると、『元の世界』の映画館とは違うだろう。

どうやら、『異世界』の古びた劇場で、ずっと僕は観賞していたようだ。

理解したとき、スッと。

ずっと右手を握られていた暖かい感触が、消えた。

それはつまり、終幕に合わせて、『 彼女(ラスティアラ) 』が離れたということだった。

「…………」

ラスティアラが先に、席を立った。

その事実を僕は、安心して受け入れられる。

構わない。

これから先の全てを信じているから、もう後追い自殺するかのような醜態は見せない。なにより、彼女が『夢』から抜け出すのは、誰よりも僕が望んでいたことだ。

ただ、どうしても。

一人残された僕は、少し寂しくて……。

遠い過去の記憶が、脳裏によぎった。

そのとき、周囲の状況が一変する。

劇場が蜃気楼のように掻き消えて、別の姿に変わったのだ。

――『異世界』の古びた劇場の次は、『元の世界』の現代的な部屋だった。

子供の頃、僕が育った相川家の自室だ。

思い返せば、この暗い部屋には、死にかける度に何度も思い出しては 通(かよ) ったものだ。通い慣れた 部屋(ところ) に一安心して――しかし、慣れ親しんだ姿と少し違うことに気づく。

灯りだ。

かつての記憶と違って、その部屋は非常に明るかった。

珍しく、しっかりと電灯が点いていて、隅から隅まで明かりで照らされている。

その明るい部屋に、ぽつんと一人、僕は立っていた。

目の前には、点滅する大きな 画面(ディスプレイ) 。記憶を整理するように、先ほどの神懸かりな 最後の戦い(ラストバトル) が映っている。

ただ、もうエンディングは迎えているようで、コントローラーを握らなくてもイベントが自動で進む。

――本当に、不思議な気分だ。

興味のままに 画面(ディスプレイ) を見つめていると、ライナーたちが大勝利しているところを確認できた。敗北して泣くノイを、みんなであやしている様子も見える。

その数分後、ノワールが代表して、何かの儀式を始めていく。

みんなの力を借りながら、複雑な『術式』を展開して、自身の胸から魔石を取り出す。さらには、自分の手に持った魔石の中から一つ選び取って、代わりに入れていた。

ラスティアラが先に席を立った理由を、画面の情報で理解していく。

そして、すぐに背後から声がかかる。

「――カナミ」

呼ばれて、すぐに振り返った。

部屋の隅に、 いつの間にか(・・・・・・) 。

この明るい現代マンションの部屋に似合わない装いの金髪の少年が立っていた。

ライナー・ヘルヴィルシャインだった。

僕の十八番の「いつの間にか」で、彼が部屋に侵入してきていた。

つまり、それは彼が『次元の理を盗むもの』に匹敵する次元魔法を使って、『次元の狭間』まで侵入したという証明でもある。

大魔法使いとなったライナーは、もう僕を『キリスト』と呼ばない。

他のみんなが僕に『英雄』を見なくなったように、ただ一人の『カナミ』として呼んでくれる。

だから、僕もただの『人』として、軽く受け答えていく。

「……ライナー。よく、この部屋まで来れたね」

「部屋? こっちには相変わらず、浅瀬に浮かぶ『石畳の道』にしか見えないんだが……。ああ、そういうことか。ちょっと待ってくれ、ちゃんとあんたに合わせる」

僕の返答にライナーは驚き、すぐに目を閉じて、身体から白虹の魔力を迸らせた。

ここが『次元の狭間』だというのは、もう気づいているだろう。その上で、視界の 焦点(ピント) を合わせるように、自らの魂を調整してから、ゆっくりと目を開けていく。

そして、僕の明るい部屋をよく見回しながら、その感想を口にする。

「へえ……。これが、あんたの『異世界』での部屋なのか」

一連の所作から、ライナーはもう 先にいる(・・・・) と伝わった。

その一つ上の次元のライナーが、一つ下の観客席まで降りてきて、なぜか神妙な面持ちを見せる。

「カナミ……。約束通り、『キリスト』という名は、これから僕が使っていく。だから、『安心』して欲しい。あんたまでノイのようにはならないでくれ……。頼む」

心配していた。

僕が眠っている間に、何か新しい悩みでも増えたのだろうか。すぐに僕は、ここまで頑張ってくれた彼に向かって、首を振る。

「ならないよ、もう絶対に。だって、僕には仲間たちがたくさんいた。なりたくてもなれないって、痛感もした。……というか、何かあったら、すぐみんなが飛んでくるんだから、絶対無理だよ」

「ああ……、そういうことだな。何度でも、僕たちは飛んでいくさ。絶対にな」

僕が「絶対に」と約束すると、すぐさまライナーも「絶対に」と返答した。

だから、もう大丈夫。と確認したところで、僕たちは一息ついて、口元を緩め合った。

そして、この明るい部屋を、二人一緒にゆっくりと歩き出す。

暗かったときは気づかなかったが、僕の部屋は思い出よりも広かった。

中央には、子供用には大きいと感じる立派な机がある。さらに、部屋の端には高価そうな勉強机も。多種多様な分野の参考書や教科書が並んだ棚があって、たくさんのスポーツ用品が壁に立てかけられている。

子供一人には広過ぎる部屋も含めて、両親からの溺愛を感じ取れた。

ただ、それらを覆い隠すように、たくさんの 家庭用ゲーム機(ゲームハードウェア) も部屋には放置されている。いくつかゲームのケースが無造作に転がっていたので、拾い集めながら裏側を眺めて……なんとなく、中央の机に重ねて置いて、そのまま椅子に座った。釣られて、ライナーも机の対面に座る。

……奇妙な状況だ。

接待側として、お茶でも出したほうがいいだろうか。そう悩んだところで、そこまでしなくていいとライナーは苦笑いを浮かべてから、ゆっくりと部屋を見回しつつ話す。

「もうラスティアラはいないんだな。全部予定通りでよかった」

先ほどまで、僕と一緒にラスティアラがいたのは知っているようだ。

そして、彼女を連れ出したのがライナーたちだと僕は知れた。

「うん、さっきいなくなったよ。……ラスティアラは、先に地上へ戻ったんだね」

「先に戻って貰った。あっちのほうが『術式』が難しくて、優先順位も高かったから……。ラスティアラの魂とノワールの身体の融合を先に済ませて、『再誕』の儀式は成功した。もちろん、抜けたあいつのほうも、魔法《ノワール》になって元気だ」

そう言って、ライナーは自分の腕に目をやる。

白虹の魔力光を纏い、その身体の輪郭が少し揺れていた。実体を持ちながらも、魔法生命体でもある特別な身体だ。

その彼と同じ領域まで、ノワールちゃんも辿り着けたようだ。かなりのセンスが必要とされるはずだが、周囲が上手く協力してくれたのだろう。

「よかった……。みんな、本当に頑張ってくれたんだね」

「あぁ、みんな頑張って……、上手くいった。想像の何倍も上手くいったと思う。ただ、その分、かなり大変だったんだ。もう本当に、大変で……、はあ」

もう『読書』で読んでいたことだが、ライナーの口からしっかりと最高の報告が僕まで送られた。

ただ、その彼の顔が少し浮かない。「大変」という言葉を繰り返している。

「ふふっ」

その弱気が嬉しくて、小さな笑い声を零してしまう。

いまライナーは大魔法使いとなり、『世界の主』に就任している。

けれど、その浮かない顔のおかげで、きちんと年相応に見えるのだ。

僕と違って、役割に応じて超然とした『 表皮(かわ) 』は被っていない。

どれだけ強くなっても、まだまだ彼はたくさんの助けが必要な少年なのだと、心から思える。

だから、愚痴を聞いて欲しそうな弟に向かって、僕は兄のように話を聞ける。

とても気安く、いつも通り、普通に――

「やっぱり、あのあとすごく大変だったんだね。前任者の僕としては、その細かい部分が、ちょっと聞きたいかも?」

「細かい部分か……。あんたが眠った後も、たくさんの人が駆けつけてくれたよ。ただ、その中に『最深部』にしがみ付いていた使徒レガシィのやつがいて……。あいつの力もあって、ノイには完勝できた。そこまではよかったんだ。問題は、ノイが泣きながら降参した後だ。ここからが、本当に大変で……――」

話を聞く限り、僕が『読書』で読んだ「みんなで助けたノイをあやす」というハッピーエンドまでは順調に進んでいる。

ただ、その先が問題だったと、ライナーは文句を付け始める。

「ノイのやつ、ちゃんと『未練』が消えて、そのまま逝けそうだったんだ……。なのに、レガシィのやつが急に「 主(あるじ) 、もっと『幸せ』になるべきじゃないか?」とか煽り出して、それで……。あいつ、僕に……、はあ……」

ぶつぶつと愚痴りながら、呆れているような溜め息をついた。

そのライナーには悪いが、僕は笑みを深めてしまう。

どうやら、ノイは『未練』が消えたあと、さらなる『幸せ』を求めたようだ。

その原因は、『人』が必死に生きる姿を見るのが大好きな使徒レガシィ――

「で、シッダルク卿とティーダとクウネル姫さんの三人が、「乙女の味方だ」とか言ってノイ側に付いて……。そのときには、もう上の探索者たちが100層まで押し寄せて来てたから……、なまじシッダルク卿と姫さんは探索者人気があって……、はあ……。本当にもう……、はあぁぁ……」

全く要領を得ない説明だったが、愚痴と溜め息から「大変」の大体の流れは掴めてきた。

レガシィのせいで、せっかくノイと和解して、仲間になったけれど、もう一波乱起きてしまったらしい。

しかも、その内容は、ちょっとした「裏切り」に近い。

その代名詞であるティーダが協力して、白虹の魔力を扱えるエルが同感して、ずっと見守っているはずのクウネルまで参加したとなれば……。

確かに、これは中々に大変そうだ。

溜め息が漏れるのも無理もない。

「釣られて、どいつもこいつも馬鹿なことをし始めやがって……。そのまま、滅茶苦茶になって……、なぜか 僕だけ(・・・) 本当に面倒臭いことになった。まあ、大体はそんな感じだ」

ライナーは愚痴り切ったあと、説明も面倒くさがって打ち切った――が、僕と同じ微笑を浮かべてもいた。

色々と疲れたのは間違いないだろう。しかし、その一波乱は決して悪いものではなかったのだ。

思えば、子供の姿をした使徒レガシィは、いつも僕の後ろをこっそりと続いて歩くような子だった。

きっと僕と同じことを、彼も真似っこしたのだ。

みんなと協力して、もっともっといいハッピーエンドに昇華してくれた。

そう思える表情をライナーがしていたから、深くは聞かずに、まずは褒めていく。

「それは大変だったね……。でも、なんとかできたんだから、本当にすごいよ。流石、僕の騎士だ」

「……ああ、僕はあんたの自慢の騎士だからな。それに、このくらいはなんとかできないと、これからやっていけない」

ライナーは素直に称賛を受け止めて、満足そうに頷き、胸を張った。

僕も同じく、最後に自らの騎士を労えることに満足できて、頷きながら話を続けようとする。

「うん、自慢で……やっぱり、ライナーのおかげだよ。君がいたおかげで、あの戦いは勝てたようなもので――」

「いや、主。それは違う」

ただ、そこは。

そこだけはと、ゆっくりライナーは首を振る。

「戦いながら、ちゃんと後ろも見ていたから知っている。あんたら二人の『魔法』が、僕の流れを後押ししてくれていたのを。……だから、僕からも言わせてくれ。僕の主たちこそ、本当はすごいんだって、最後に褒め返させてくれ」

あの100層で僕がライナーたちを見ていたように、見返していたのだと知らされる。

そして、続くのは僕にとって、最上級の称賛。

「―― 相川渦波(あんた) の 本当の(・・・) 『 魔法(・・) 』は、確かに『みんなを幸せにする魔法』だったんだ」

その一言。

自分の『魔法』を――同時に、自分の人生を称賛されて、僕は息を呑む。

報われた気がした。

色々な想いが混ぜ返り合っていき、泣きそうにもなった。

しかし、もう涙は見せない。嬉しさは頷いて伝えてから、この気安い会話を続けていく。

「……うん。……それなら、よかった。正直、『 魔法(あれ) 』ってオーバーキル気味で、余計だったかもって少し思ってたから」

「余計なわけあるか、 馬鹿主(ばかあるじ) 。もし『 魔法(あれ) 』がなかったら、違う結末を迎えていたと僕は思ってる。あんたとラスティアラ、どちらが欠けていても、僕たちは世界を救えなかったはずだ」

「……確かに、あれはラスティアラあってこその『魔法』だった。本当にたくさんのことを、ずっと前からラスティアラは準備してくれていたんだ」

褒め合っていく。

僕はライナーとラスティアラを、ライナーは僕とラスティアラを。もちろん、ラスティアラも同じ気持ちだろう。

ただ、それが身内の褒め合いだと気づいたライナーは、柄じゃないと思ったのだろう。恥ずかしそうに咳払いをしてから、すぐに本題へ入っていく。

「ああ、色々と主たちのおかげだったってわけだ……。だから、そろそろ、ここに来た目的を果たさないとな。主の騎士として、しっかりと」

そう言って、椅子に座ったまま、その右手を前に伸ばす。

すぐに意図を理解して、僕も右手を伸ばし返した。

自室の机の上とスケールは小さいが、先ほどの最後のライナーとノイの『魂の腕』と『魔獣の腕』と同じく、「救って欲しい」と「救いたい」の交差だ。

同時に、僕が彼に『術式』の継承で、手を握ったときとも同じ。傷も流血もないが、この『次元の狭間』という場のおかげで、それはスムーズだった。ついさっき僕が託した 全て(もの) が昇華されて、こちらに使用される。

「――魔法《ディスタンスミュート・ 役合わせ(ダブルキャスト) 》」

ライナーは魔法をアレンジしていた。

ただ、僕も次元魔法と始祖カナミ式魔法命名には詳しいので、その効果を「《ディスタンスミュート》による魂の抜き出しと移動を同時に行う」と、すぐに理解できた。

――つまりは、身体の交換だ。

正直、もう僕の『主人公』『キリスト』は、完全に受け継がれている。

名前は繋がって、成長した 世界(かのじょ) の 視線(・・) の意味も変わり、例の『呪い』も『祝福』としてライナーのものとなった。

しかし、万全を期したいのだろう。

それと単純に、サッカーの試合後のユニフォーム交換のような気持ちも、僕たちにはあった。

だから、握手をしてから、数秒ほど。

魔法《ディスタンスミュート・ 役合わせ(ダブルキャスト) 》が終えられる。

100層よりも『次元の狭間』で身体を交換するほうが安全で効率的だったようで、想像以上に早かった。違和感も少ない。互いの身体に白虹の淡い光が灯っているが、それだけだ。

「ふう……、よしっ。これで、終わりだ。その状態で、この部屋を出れば、あんたは目覚める。ただ、召喚は『 想起収束(ドロップ) 』を利用するから、おそらく目覚める場所は一層のどこかだ。気をつけてくれ。……正直、新しい身体は大変だと思う。だが、 召喚条件は前と同じ(・・・・・・・・・) だから、大丈夫のはずだ」

途中まで色々と物言いたくなる説明だったが、「前と同じ」という一言を聞いたときには全ての不安は消えた。

「気をつけるよ。……でも、前と一緒なら、きっと大丈夫だね」

「ああ、一緒だから大丈夫なんだ。……あと、その召喚で、この部屋はあんたという主人を失うんだが……。記念に、ここは僕たちで貰ってもいいか?」

「この部屋を……? それは、別に構わないよ。もう僕はここに来れないし……、二度と来ないほうがいいとも思ってる」

「ああ、来ないほうがいい。だから、これからは僕たちが貰って、使っていく。……実は丁度、これから進む『道』に、このくらいの空間が必要で探してたんだ」

これから召喚され直す僕は、前のようなふざけた『素質』はないだろう。意識がある状態で、この『次元の狭間』までは二度と来られない。

思い出の中の部屋を譲るというのは余り実感が湧かない。けれど、とにかくライナーが有効活用してくれるらしい。形見分けのような話だったので、僕は快く相川渦波の人生の詰まった部屋を託した。

「なんだかちょっと恥ずかしいけど……、好きに使っていいからね。ここにあるゲームはお気に入りばっかりだから、本当にオススメ。休憩時にでも遊んでみて」

「そうさせて貰う。僕はみんなと休み休みやっていく方針だから、本当にここは丁度いいんだ……」

そう言って、ライナーは少しだけ視線を逸らした。

そのみんなとは、先ほど名前を挙げたノワールちゃんあたりだろうか。

とても楽しげな光景を思い浮かべてしまい、僕は笑みを深めた。

――これから、彼は僕と同じ部屋を使う。

しかし、僕と違って、根は詰めないだろうし、独りでもないし、明かりだってちゃんと点いている。

だから、安心して僕は、この部屋を出られる。

ふと視線を後ろの扉に向けて……しかし、名残惜しんで、前に視線を戻して聞いてしまう。

「……それで、ライナーはこの後どうするの?」

「んー、そうだな。あんたを見送ったら、まずハイン兄様たちに色々と報告するつもりだ。一応、ノワールのやつにも。それからは――」

ライナーは迷いなく、まず家族の名を出した。

それと、これから腐れ縁になりそうな友人の名も。

その上で、完璧主義な僕とは全く違う『計画』を説明してくれる。

「それからの細かいことは、みんなと一緒に考えるつもりだ。難しそうなことは頭のいい人に任せるのに限るし、僕の一番の役割は魔力の分配だからな。……あとは、思い残しのある魂と取引するのも悪くないって話が出てたか? 魔力を給金にして、遠くの『異世界』の魂と契約を結ぶって話も言ってた気がする。……まずは色々と試していく段階だな」

聞いていると、新興企業の社長みたいだと思って、少しおかしかった。

『繋ぐ力』と言えばロマンチックだが、実際は地道な作業が多いのかもしれない。

ただ、僕の性格だと、その会社経営を必死に「自分一人で、完璧にやり抜く」と努力するだろう。だが、ライナーは肩の力を抜いて、楽しそうに「みんなで手分けして、とりあえずは上手くこなしていこう」という顔をしていた。

最後に、また向き不向きを再確認したところで、もう本当に僕は何の心配もなくなる。

この『次元の狭間』は、魔石を失って正常化した僕には危険が付き纏う。

決して、長居していい場所ではないのだが……。

僕は少しでも、この時間を引き延ばしたかった。

「もう色んな人から助言を貰ってるみたいだね。なら、僕から言うことはないかな。あとは、なんというか……、本当になんとかなるもんだね……って、いますごく思ってる」

「……それはこっちも同じ気持ちだ。ただ、僕からすると、特に面倒臭かったのは主二人だったからな。あんたらをどうにかできたのが、一番の驚きと達成感で……。あー……、ははっ、本当に面倒臭かった……、はははっ」

最後の最後で、騎士ライナーは面と向かって、いままでずっと僕とラスティアラのことを「面倒臭かった」と告白した。もちろん、それだけじゃない。

「けど、それ以上に楽しかった。あんたらが主君で、僕は本当に楽しかったんだ。これからも僕は、そんな楽しい道を選び続けて、行くよ――」

「分かってる。楽しかったなら、主として嬉しい。だって、 楽しい(それ) が一番だ。これからはお互い、お互いにとっての楽しい道を行こう――」

そう誓い合い、「ああ」と笑い合って――そして、自室に沈黙が満ちる。

ここまで、何度も席を立つタイミングはあった。

なんとか会話を伸ばしてきたが、どうやらここまでのようだ。

僕が長居できないと分かっているライナーは、先に席を立つ。続いて、僕も。

二人で鏡合わせのように歩いて、机の隣で向かい合った。

「じゃあね、 僕の騎士(ライナー) 」

「お別れだ、 僕の主(カナミ) 」

そして、最後の言葉を投げ合った。

そのあと、別れの握手でもしようかと思って……けれど、ついさっきしたばかりだったと、僕たちは同時に気づいた。

だから、笑い合って、一緒に右手をあげて――

パァンッと。

力強いハイタッチを、主従で交わした。

それを最後に、僕は背中を見せる。

部屋の扉だけを見て、もう振り向かない。

どれだけ名残惜しくても、僕たちは先へと進まないといけない。

過去の自分の部屋から出る為に、未来に繋がる出口に向かって、歩く。

その新しい道を進んで、扉に手をかけた。

ドアノブを回し開きつつ、この『次元の狭間』での意識を手放していく。

ただ、それは暗い闇の底に落ちるように、眠りへ落ちていくわけではない。この扉にある先の明るい光の奥へと、目覚めていくだけ――

目覚めながら、この先に待っている未来へと、僕は想いを馳せる。

――それはラスティアラと一緒に、ずっと幸せに暮らし続ける日々――

もちろん、それはもう物語の続きを空想するような曖昧なものではない。

心のどこかで叶わないと思っている『夢』の続きでもなければ、湖面の月のような幻でもない。

もう絶対に誤魔化さないし、逃げもしない。

目覚めたあとに、必ず僕は果たす。

現実の目標として、再度想いを馳せよう。

――ラスティアラと一緒に、ずっと幸せに暮らし続ける、 絶対に(・・・) ――

そう誓って、僕は『過去』の部屋から出た。

本当の相川渦波の人生を生きるべく、夢幻から抜け出して。

最後の『召喚』が行われていく。