作品タイトル不明
510.――ハッピーエンド――
ライナーは嬉しそうだった。
やっとノイが『 理を盗むもの(みんな) 』の真似をして、その宣言のあとに繋いでくれたのだ。
それはつまり、新たな心強い仲間を見つけたのと同じこと。
歓迎するように、答えていく。
「まず代表として、この僕が挑戦しよう! 次の『世界の主』となる為っ、新たな『星の理を盗むもの』として――いやっ、この『星の理を継ぐもの』キリストライナー・ユーラシアヘルヴィルシャインとして、『試練』を受ける!!」
宣言に呼応して、宣言し返すライナー。
その身体が、白虹の光で満ち溢れていく。
100層に集まったみんなの魔法を全て受けて、彼の魔力光に変化が生まれていた。
その中には、僕が今日放棄した 儀式(もの) も含まれている。
地上の『終譚祭』から、『半魔法』の儀式まで。全てが、先ほどの血による『術式』受け渡しによって、問題なくライナーの身体まで繋がってくれていた。
結果、ついにライナーの身体が『半魔法』に――いや、その先の領域まで、至ろうとしている。
本来、それは魔法《カナミ》となるはずだった『術式』。それが昇華したのだから、その身体は魔法《キリストライナー》だろうか。
ただ、『術式』は同じながらも、姿は別物だった。
その効果は「独りで世界を救う」ではなく「みんなで世界を救う」と なる(・・) 。
おかげで、僕以上に安定している。
おどろおどろしい紫色だった僕と違って、見ているだけ安心できる陽光のような輝きで、ぼうっと眺めていると、つい――
あぁ、いい……。
やはり、光はいいものだ……。
そう褒めたくなる。ベタで安直かもしれないが、光こそが最も『主人公』らしい。
次元や月では向いていなかったという理由を、いま 直(じか) に見せられて、魂が理解していく。
そして、理解したからこそ、自信をもって僕は頼める。
この『最後の頁』を心から楽しんで、読める。
さあ、言ってやれ……!
決め台詞を聞かせてくれ、ライナー……!
「――だから、ノイッ! 『安心』していい! 怖がらなくてもいい! 僕があんたを救う! 絶対に(・・・) !!」
力強く、言い切ったライナー。
すると掲げた『魂の腕』に集まっていた白虹の魔力が、ノイと同じように世界樹が天まで伸びるように、高く舞い昇った。
空を裂き、天をも貫く白虹の大剣が生まれる。
その自らを真似た 形状(かたち) とライナーの 啖呵(ことば) に、ノイは動揺していた。
だが、先ほどの階層の宣言によって、もう必勝は確信している。自身の長く苦しい経験と力を支えに、全力で否定し続ける。
「す、救えるものかっ!! 君なんかが、ボクをっ!? 君みたいな弱っちい 雑魚(やつ) が、この『ボクの世界』を救うのか!? 救えていいわけがないだろう!?」
そして、その自らの全てを詰め込んだ『魔獣の腕』を勢いよく、振り下ろす。
もちろん、ライナーも呼吸を合わせるように『魂の腕』を勢いよく、振り下ろし返す。
黒紫と白虹。世界最大の魔剣が二つ、ゆっくりと大樹が倒れるように傾いていった。
それはまるで神話に出てくる闇と光の終末の戦いのようだった。
有名な聖書の始まりのようでもあり、天地開闢の光景のようでもあり――
――打ち合わされた瞬間。
100層を通り抜ける魔法の衝撃と光。
白虹色が放電するように迸っては、激しく明滅した。その規模と明るさは、 新世界誕生(ビッグバン) とでも呼ぶべき規格外の火花だった。
ただ、恐怖や危険は全く感じない。目に優しく、いつまでも眺めたくなる暖かささえあった。例えるならば、いま観ている 世界(かのじょ) の新たな門出を祝う「花束作り」のような魔法衝突だった。
だから、ここまで100層に満ちたありとあらゆる 魔法(もの) たちが吹き荒れていっても、ただただ心地良い。涼風のように優しく、みんなの身体を『魂の光』と『魂の風』が撫でていくだけ――
ただ、その鍔迫り合いは互角で、すぐに動かなくなってしまう。
同時に倒れた二種の魔剣が、人の字を書くように交差した状態で止まっている。
すぐに僕の中から、鍔迫り合いというイメージはなくなった。
もう競ってなどいない。どちらかと言えば、大樹が仲良くもたれ掛かり合っている。互いの『助けてと伸ばした腕』と『救いたいと伸ばす腕』を交わしているだけにしか見えなかった。
だから、僕は息を漏らす。
「あぁ……。もう……」
終わりのようだ。
僕は間違いなく、『最後の頁』を読んでいる。
この魂が感じている本に、もう厚みが全くない。
あと残っているのは、あとがきと裏表紙くらいだろう。
名残惜しいが、これで相川渦波の冒険譚は完結となる。
長かった。
流離譚と思えば英雄譚となり、こんな神話染みた後日譚まで紡いでしまった。
だからこそ、この『最後の頁』は大事に読みたい。
次の新たな『主人公』も、限界まで応援したい。
『主人公』は絶対に諦めない。
『主人公』は絶対に負けない。
『主人公』は絶対に世界を救う。
しかし、それは『主人公』が贔屓されて、才能溢れて、強いからじゃない。
――『 主人公(・・・) 』 が独りじゃない(・・・・・・・) から(・・) 。
だから、絶対に挫けず負けず諦めず、誰かを救える存在になる。
と確信したとき、ぎゅうっと。
ずっと握っていた左手が、過去最高に強く握り締め返された。
その「それは私の『主人公』もだよ」という力強い反応に、もう視線を逸らし続けるのは限界だった。
ここまで、色々な人たちが『想起』されて、僕を助けてくれた。
全員が出揃って行ったと言っていい。
いまならば、もう『彼女』を見ても大丈夫だ。
「分かってる。僕も、独りじゃなかったんだ。 ラスティアラ(・・・・・・) ……」
名前を呼びながら、隣を向く。
『狭窄』に見せられるのではなく、確かな自分の意思で見た。
――その視線の先には、ずっといてくれた『彼女』。
膝を突いている僕の隣。
100層の浅瀬の上に、いつもの白い服を纏ったラスティアラが、可愛らしく体育座りしていた。
『彼女』の姿を瞳の中に納めたとき、視線が固まって動かせなくなる。
それほどまでに、ラスティアラの横顔は綺麗だった。
白金の長髪が滑らかに流れ垂れて、浅瀬に少し浸かって輝いている。ここまで白虹の魔力光を褒めに褒め抜いたが、彼女はそれを単独で軽く上回っていた。
本当に神秘的だ。白金の睫毛は細く長く、その双眸は幻想的な黄金一色。傾国どころか、傾界の美しさだろう。僕の全身に高熱が駆け巡って、産毛が逆立ち、その奥の血管全てが痺れていく。
『狭窄』が解けたことで、前ほどの感動はないはずだった。
だが、そんなはずがなかった。
『狭窄』があろうとなかろうと変わらない。好きだ。たとえ互いの顔が焼かれ溶けようとも、その身がどれだけ汚れようとも、その好きは永遠だ。世界や種さえも含めた全ての壁を超えて、僕はラスティアラを愛している。魂まで愛し抜いている。そう信じられる。こんな僕たちなのに、信じ合えている。その奇跡こそが、『たった一人の運命の人』――
と頭の中で、無限の愛の言葉を囁き始めると、ラスティアラが横顔を動かした。
少し照れた顔をこちらに向けて、懐かしい声色を聞かせてくれる。
「……うん。誰も独りじゃなかったんだよ。もちろん、私の『 主人公(カナミ) 』もねっ」
「ああ、僕も『みんな一緒』だった……。それも、最初からずっと……。これからも、ずっと……」
あの死した日の前夜には信じられなかった 言葉(もの) を、やっと僕は同意していく。
浮かしかけていた身体を動かして、ラスティアラと同じ視線にする為に腰を下ろした。
この『みんな一緒』を受け入れられるまで、本当に色々あったと思う。
けれど、後悔は一つもない。
その色々あった全てが、いまから僕の『魔法』になる。
「その人生が僕の『詠唱』だった。あとは、その続きに合わせていくだけでいいんだけど……。できれば、ラスティアラの『魔法』も……」
「もちろん、私も一緒に繋げるよ。最後は、みんなの『詠唱』と一緒がいいからね。合唱のように楽しく、行こうっ!」
嬉しい即答だった。
ただ、この『答え』を、僕は最初から知っていた。
100層で呼吸を合わせるのは、仲間たちだけじゃない。
当たり前だが、僕とラスティアラも絶対に必須だ。
「ああ、頼む……。これはラスティアラと一緒じゃないと駄目だ……。『みんな一緒』だからこその『魔法』だったんだ……!」
だから、この100層の最高の流れと旋律に合わせていく。
僕たちの本当の『魔法』も、みんなに続いていく。
「――『私は 世界(あなた) が愛おしい』――」
「――『僕も 世界(あなた) が愛おしい』――」
座っているラスティアラが、身体を横に傾けた。
僕の肩に頭を乗せながら、口ずさむ。
「――『物語は終わらない』『ここで私は優しい夢を見続ける』――」
そして、彼女は『 終譚祭(おまつり) 』を楽しむように、このフィナーレを彩る特大打ち上げ花火を眺めて、さらに続ける。
「『けれど、いつかは――」
ああ、僕もだ。
続きは、一緒に見よう。
「――いつかは、目覚める』」
明滅する白虹色の発光の下で、祝うように仲間たちが戦っている。
綺麗な花火も含めて、その全てを網膜と脳に焼き付けながら、歌い続ける。
「――『これは 世界(みんな) と存在している物語』『湖面の掬われた星は、空へと繋がって行く』――」
三節目まで繋いだ。
ここまで十分に『詠唱』を積み重ねたおかげで、詩に迷うことはなかった。
するりと言葉は零れ出る。だから、ラスティアラも僕も綺麗に繋げて、重ね合わせられる。彼女の『魔法』を信じる『魔法』を、信じ返すように僕の『魔法』も――
「―― 魔法(・・) 《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》」
「―― 魔法(・・) 《 物語の世界の僕(ウィズ・ラストクライスト) 》」
ラスティアラを鏡映すかのような命名で、『月の理を盗むもの』カナミの本当の『魔法』は―― なった(・・・) 。
術者だから分かることがあった。本来ならば、これはラグネの反転の『魔法』と同名。独りだけでは制御し切れない『魔法』だった。
しかし、その誰かと信じ合うことが大切な制御条件だった『魔法』が、いま、本当の意味で成立していく。その対象は――
「ありがとう。ラスティアラ、キリスト。……いや、もうカナミか」
対象の一人目は、みんなの白虹の大剣を掲げて、微笑を浮かべる騎士ライナー。
遙か遠くにいるはずの彼の返答の 振動(こえ) が、はっきりと聞こえた。
さらに、そのお礼に合わせて、その『魂の腕』で持つ白虹の大剣の光が増して、色濃くなっていく。
僕とラスティアラの本当の『魔法』が、剣に加わったから――だけではないだろう。
主二人に背中を押されて、騎士ライナー自身が新たな力に到達しようとしていた。
「ノイッ、よくここまで独りで頑張った! だが、これで終わりだ! この剣に、おまえは勝てない! この……、―― 魔法(・・) 《 全ての魂の一線(セイヴ・ザ・ラストライン) 》にはっ――!!」
名前というものは、とても大切だ。
それをライナーはよく学び、よく識った。
詠まれ、呼ばれ、認識することが、大事な『代償』となる。
もちろん、宣言のタイミングも大事だ。だから、僕たちの本当の『魔法』が加わるまで、 命名(それ) は待ったのだろう。その上で教え通りに、大仰にルビを付けて、全力で叫んでくれて……。
嬉しかった。僕に憧れてくれながら、しっかりとライナーのセンスが出ている。間違いなく、いま騎士ライナーは 始祖カナミ(ぼく) 式の魔法を極めたと言っていい。
その免許皆伝のライナーが、ずっと僕に使っていたキリストという呼び名を、あえてカナミに変えていた。
それは『異世界』での僕の物語が終わったのを、正式に知らせる宣言でもあった。
その新たな時代の幕開けそのものを『代償』として、 世界(かのじょ) の視線がさらに強まっていく。
いまライナーはルールに則って、キリストを受け継いで、いままでの僕の力を上乗せしたのだ。もちろん、 世界(かのじょ) 自身の判断で、彼に力が貸されてもいる。
――本当に、たくさんの 力(もの) が、その白虹の剣には乗っている。
ここまでの流れ全て。
繋がった仲間たちの絆全て。
魔法の合成と完成。魔法の命名と宣言。
物語の『主人公』の交代。重なるほどに強まっていく白虹の光――
――あらゆる縁が魔法の線となり、束なり切った。
勝利を確信したライナーは、最後の咆哮をあげる。
「さあっ! 『ノイの世界』の暗雲を、いまっ、全て斬り裂こう!! 暗雲だけを消して、 世界(かのじょ) を救えぇええっ!! ――魔法《 全ての魂の一線(セイヴ・ザ・ラストライン) 》ッッ!!」
その叫びと共に、負けかけていたライナーが鍔迫り合いを押し返していく。
拮抗していた力関係が、いま完全に崩れた。
黒紫の暗雲を白虹の光が圧倒して、掻き消していく。
『魔獣の腕』が圧され退き、徐々に『魂の腕』が前に進む。
その戦いの流れの急激な転換に、ノイは焦り、叫び返す。
「なっ……! い、いまさら、カナミ君の魔法が一つ乗ったくらいで……!? 今日、彼は儀式を失敗したんだぞ!? カナミ君の『魔法』は、 ほんの少しの(・・・・・・) 『 未来改編(・・・・) 』 を(・) ―― 失敗する魔法(・・・・・・) のまま! 上手くいっても、ささやかな希望を一時的に引き寄せる程度! 別物になったのか!? あ、ありえないっ――!!」
ノイの言うとおり、僕の本当の『魔法』の力は、ほんの少し。
効果は「ささやかな希望を引き寄せる」程度。
その「ありえない」は、非常に正しい評価だろう。
――しかし、別物には決してなっていない。
ただ、僕の本当の『魔法』の効果範囲が、 自分(ぼく) だけでなくなっただけ。
人生の視界を広げて、ずっと『みんな一緒』だったと認めたことで、効果範囲まで「みんな」に広がった。
その上で僕は、ラスティアラの『魔法』のおかげで、心から自分を信じられるようになった。ずっと僕は、弱い自分の本当の『魔法』が大嫌いで、『なかったこと』にしようとしていた。どうにか、「全ての魂を」「永遠に救い続ける」に変えようと逃げ続けた。
しかし、いま自分の『魔法』を信じて、正しく使えるようになったから――
――だから、いまの僕の本当の『魔法』の効果は、「 僕が信じるみんなを(・・・・・・・・・) 」「ほんの少し、ささやかな希望に近づける」となる。
ああ、いつかは なる(・・) んだ。
この『魔法』は、「信じられない自分」から「信じるみんな」までかかるように、 なった(・・・) んだ。
だから、ささやかでも十分。
ほんの少しでも、みんなの分を合わせれば――
――大きな 奇跡(ちから) になる。
そんな稚拙過ぎて信じられなかった言葉を、いまの僕は本気で信じている。
あの日、僕が願った『この先に、希望が欲しい』は間違いじゃなかった。
否定する必要もなかった。
『なかったこと』にすることもなかった。
失敗魔法でもなかった。
ただ、その 奇跡(ちから) を疑うことなく、信じ抜くことさえ出来れば……。
それはどこまでも、繋がってくれた……。
いつまでも続いて、広がって、束になって、その果てに……!
「ライナァアアー!! どこまでも行けるんだ! いま僕の騎士には、僕の本当の『魔法』が付いてる! 『祝福』だ! 僕を信じて、どうか行ってくれ! どこまでもどこまでも、行けえっ! 僕の騎士ライナー! 行けええぇええええぇええええっっ――!!」
その前のめりの僕の大激励に、ラスティアラも「行け行けぇー!」と空いている手を上げて、楽しそうに続いてくれる。
僕の《 物語の世界の僕(ウィズ・ラストクライスト) 》を受けたみんなも「ライナー!」と名前を呼んで、その激励を繋げてくれる。
そして、その大声援全てを受けた彼は――
「ああっ、みんなっ! 僕の主が信じたものならば、 騎士(ぼく) も必ず! 信じるに、決まってるだろっ――!!」
剣の魔法《 全ての魂の一線(セイヴ・ザ・ラストライン) 》には、明らかにみんなの《 物語の世界の僕(ウィズ・ラストクライスト) 》のささやかな恩恵が積み重なっていた。
細い『 魂の風(ライン) 』を引くように、たくさんのささやかな希望がライナーに集まっている。
自分(ぼく) と繋がっているラスティアラから、ディア、マリア、スノウ、リーパーたちを通じて――さらに、その仲間たちから『理を盗むものたち』まで届き――次々と繋がっていく『 魂の風(ライン) 』の大渦の中心で、一つに束ねられていく白虹の剣――
僕の本当の『魔法』の積み重ねによって、黒紫の暗雲は押し返されるしかなかった。
その重さにノイは呻きながら、目尻に涙を浮かべて、必死に『魔獣の腕』を前に押し返そうとする。
「…………っ!」
と同時に、その根元で自らの『人』としての本当の右腕も、前に伸ばす。
それは『魔獣の腕』を少しでも押す為に出したのか。自らの黒紫の暗雲を強める為にかざしたのか。それとも、 彼女も(・・・) ――
「……ああ。もう……、 大丈夫(・・・) だ」
「うん……。これで 大丈夫(・・・) だね」
その光景を前にして、僕とラスティアラの声は重なった。
自分一人だけの気休めでなく、二人一緒の「大丈夫」は本当に『安心』できた。
だから、人生最大に気は緩む。
瞼が落ち始めて、意識が遠ざかっていく。
元々、僕の身体は限界を超えていた。
そこに最後の本当の『魔法』の発動だ。
さらに、心のほうも同じく限界。
この白虹色に輝きを浴びていると、『安心』して心が緩み続ける。きっとノイにも、その求め続けた『安心』を与えてくれるとも思える。
たとえ、ここで僕が気を失って、魔力が尽きて――たとえ死したとしても、僕の本当の『魔法』は、まるで月のように。
――光ある限り、ずっと反射し続ける。
ラスティアラの『魔法』と同じで、一度発動した以上は『みんな一緒』という条件を満たす限り、ずっと効果時間が伸び続けるのだろう。
だから、発動し終えた 術者(ぼく) は、もう気を張る必要がない。
力を使い果たした僕は、ゆっくりと身体を前に倒していく。
立つどころか、座って身体を起こしていることすら、もうできなかった。
まだ色々と問題は残っている。この眠気には、全力で抗うべきだ。
だが、これだけみんなが揃っていて、解決できないはずがないとも思ってしまう。
さらには、なぜか、いま閉じていく瞼の裏に――
――負けて大泣きするノイを、みんなが囲んであやしている未来まで見えてしまった。
魔法で視たのではない。
それは本当に曖昧で、不確かで、魔力さえ使わない『勘』のようなもの。
けれど本当に鮮明で、確実で、魔法よりも信じられる本当の『未来視』だった。
――だから、とても『安心』できて、笑ってしまって、眠りの誘いに抗えない。
もちろん、僕は最後まで見ていたい。せっかくの大好きなラスボス戦だ。
結果が分かっているからこそ、しっかりと見届けたい。全力で感動したい。
でも、もう目では追いかけられない。
浅瀬を伝う 振動(こえ) しか、感じ取れない。
「――ま、まだだぁっ!! 『星の理を継ぐもの』キリストライナー! まだだぁああああ! ボクに勝つというのなら、もっとだ! 足りない分を、もっと見せろ! このボクに完膚無きまで勝って、話はそれからだぁっ!!」
「――ああっ! おまえが望むなら、もっと!! もっともっと見せてやる! 見てろっ、『次元の理を盗むもの』ノイ!!」
しかも、 振動(それ) は揺りかごのように穏やかで、暖かい。
すっかり仲良しな二人の会話に、『安心』は増し続けていくばかり。
なんとか瞼を持ち上げても、チカチカと視界が白黒に点滅する……。
意識が遠ざかり、途切れていく……。
さらに『安心』できる理由の数々が、次々と頭を巡っていく――
僕は100層の戦いを最後まで参加しなくてもいい。
もう僕は『主人公』ではないからだ。
なにより、これまで頑張った分、みんなが助けてくれるから――
僕が苦手だったことでも、得意で向いている誰かが楽しくこなしてくれるから――
託して、任せることで、もっといい未来に辿り着けるから――
僕は自分に相応しい役目だけは立派に果たして、繋いだから……――
だから、その 役割は(・・・) ……、次の世代へと……――
「ぁ……、 あぁ(・・) ……――、ははっ……――」
最後の最後で。
懐かしい記憶が一つ、よぎる。
それは湖凪さんという全ての始まりよりも、もっと前の幼い頃。
最初の最初に、確か僕は――
――父さんと二人、仲良く歩きながら繋いだ道が一つあった。
『未練』を果たした上に、あの願いまで叶う。
その『一番』の理由に、いま気づいてしまったから――
もう僕は、気持ちよく眠るしかなかった。
「ライナー……、みんな……――、本当に……。あり……、が……、とう……――」
目を閉じて、最後の涙を流し切る。
こうして、僕は『世界の主』でなくなった。
『神』でもなくなった。
『主人公』でもなくなった。
全ての役割を降ろされて、もう――
―― 役者でもない(・・・・・・) 。
間違いなく、僕は『一番』の役者に到達していた。その上で、みんなに助けられながら、舞台から降りることができて、ただの『人』に戻れる。その結末を、いま、迎えられた。
きっと父さんは褒めてくれる。
妹だって、あの笑顔だ。母も喜んでくれるはずだ。
やっと僕は、ここにいたんだと自分を信じられる。
――それが、相川渦波の人生の 幕引き(フィナーレ) 。
あぁ……、よかった……。
本当に……、やっと……。
ゆっくり眠って、目覚めて……、新しい朝を迎えてもいい……。
もう迎えていいんだって、分かったから……。
だから、みんな、先にごめん……。
いまは……、少しだけ……――
「……ねむ――、る……――、ね……――」
目を閉じた僕は、そう途切れ途切れの言葉で、みんなに別れを告げた。
100層の戦いで、最初の脱落者が出る。
それは、 相川渦波(ぼく) 。
意識を失うまま、眠り倒れ込んでいく――けれど、恐怖や痛みは一切ない。
ベッドの上に仰向けで寝転がるのような安心感だけがあった。それも当然だ。
――ラスティアラ……。
倒れる瞬間に、身体を支えられた気がした。
さらに、そのままゆっくりと僕の頭が、彼女の膝の上に乗った気も。
その膝枕のおかげで、もう僕は目を開けられないけれど、瞼の裏に彼女の顔がよく見えた。もちろん、ずっと右手は繋がっていて、重ね合っている。
僕たちは失う意識の中でも、ずっと。
――カナミ……。
名前を呼び合い続けて、その『最後の頁』を、いま捲り合い、終える。
同時に、パタンと。
本を閉じた。
それはラスティアラの自伝であり、僕も書き繋いだ物語の本。
二人の(・・・) 『 手記(・・) 』。
読了の吐息を漏らしながら、その裏表紙を撫でた。
肌触りの良さを二人で楽しみつつ、深い深い眠りの底へと落ちていく。
僕が眠っている間に、みんなとノイの戦いは決着が着くだろう。
これでは本に戦いが記されないけれど、構わない。
ライナーたちは勝つ。
全ての『試練』を、みんなで乗り越えて、世界を救う。
『 本当の大団円(ハッピーエンド) 』だ。
と得意の『読書』で、もう既に読んでいるから――
僕とラスティアラは、二人で先に――
――ラスティアラ……、また……。
――うん……。おやすみ……、カナミ……。
二人の本に、手を重ね合って、眠りについた。
それが僕の『終譚祭』のエンディング。
ついに辿り着いた異世界迷宮の『最深部』。
その奇跡を、手に入れて。
二人の長い冒険譚は終わった。