軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

418.西暦3032年

陽滝によって全てが『静止』されていた『元の世界』。

その時間は現在、西暦2019年――ではなく、2019年に1014年を足して、3032年が正確なところだ。

『静止』の範囲外にあった天体を調べれば、すぐに知ることのできる情報である。

しかし、多くの人々が、いまを西暦2019年のつもりで生きている。

こちらの『元の世界』には、『異世界』のような優しい《 冬の異世界(ウィントリ・ディメンション) 》という夢はなかった。

ありとあらゆる記録と記憶が完全に『静止』されて、ただ空白の1014年が過ぎ去ってしまったのだから、その反応は当然のことだろう。

なので、人々の認識としては――

〝――2017年中頃、世界中で「異常気象」「天変地異の前触れ」と、前年と比べて気温が大きく下がったことに対する騒ぎが起こった。2018年には小規模な氷河期である『小氷期』が到来したと有識者たちが発表したが、2019年に入ると『小氷期』はあっさりと終わってしまった。誰もが「ああ、別に大したことなかったな」という感想を抱き、元の生活に戻っていく――〟

という流れを経て、二ヶ月の時間が過ぎた。

雪解けによる水害があったので、決して楽な二ヶ月ではなかったことだろう。

だが、水害を免れた地域も多く、人によっては既に気温変化の記憶なんて頭にない人もいる。

実害がなかったものを気に留め続けるのは難しいものだ。

なによりも、一番の原因は、あれが『本当の小氷期』でなく『魔法による静止』だったこと。

実際の小氷期よりも被害が少なくなるように、術者である陽滝が調整していた。

――いつか自分が負けて、この氷付けを解除するときが来る。

そう無意識ながらも陽滝は期待していたから、この『元の世界』は天変地異や大恐慌といった悪夢を見ることはなかった。

なので問題があるとすれば、それは1014年の経過を確認できる役職の人々だけだ。

混乱を避けるための情報統制を、国の決定機関や連盟は行なっているが、情報は少しずつ拡散されている。とはいえ、一般人まで事実が広まっても、論理的な説明に必要とされるのは『魔法』という反則だ。真実まで辿りつくには、長い時間が必要だろう。

もしかしたら、これも例の『失敗魔法』の影響かもしれないとも、薄らと僕は思っている。

この『元の世界』で発生した始まりの『魔法』やスキルたちは、どれも未知数でありながら規格外なものだった。

細かな検証は、これから『過去視』を利用して、精査していくことになるだろう。

ただ、陽滝によって『魔の毒』を吸い尽くされた『元の世界』では、大規模の上位魔法を使うのは少し骨が折れる。

物理法則・魔法法則・世界の理などは大きく変わらないが、明らかに『元の世界』は色々と―― 薄くなっていた(・・・・・・・) 。

「――ふう。到着」

まだ『元の世界』での課題は残っていることを再確認しつつ、僕は魔法《リプレイス・コネクション》で移動した先の格安賃貸部屋に足をつける。

足元には、ささくれのある畳が六畳半。

壁には、紙で穴を塞いだ襖。

木板の天井には切れかけの電灯が、ちかちかと点滅している。

大してお金はかかっていない。

ワープ先に確保しているだけなので、表札も偽名だ。

「じゃあ、セルドラ。はい、 携帯電話(スマートフォン) 。一応、連絡用の魔石もあるけど、そっちは極力使わないようにね」

「わかってる。こっちでの魔法は使用禁止。身体能力も、一般人並に抑えよう」

別行動を取るときのために用意していた道具を渡していき、こちらでの約束事の確認をしていく。

万全を期して、安易な《コネクション》は部屋に設置していない。

帰還するには僕の《リプレイス・コネクション》しかないので、機械的な連絡手段は必須だ。もし迷子になったら、そのときは二度と帰れなくなってしまうが……セルドラならば、大丈夫だろう。

なので、僕は隣で落ち着かない様子のクウネルに集中しようと思う。

『異邦人』セルドラは信頼して、一人で送り出す。

「セルドラ、この時間とこの世界を楽しんで」

「ああ……。もちろん、楽しむ。俺もおまえと同じ、幸せな続きを過ごしてみせる。でないと、せっかくおまえに……、……続きを『執筆』して貰っている甲斐がない」

セルドラは頷き返し、途中で何かを言いかけて止めて、目を細めて喜んだ。

そして、別れ際に、ライバル的なポジションにいる女の子を激励する。

「クウネル・シュルス、おまえも全力でデートを楽しめ。何も緊張することはない。こっちの世界も、あの絶望の冬を乗り越えて、全てが終わったんだ。……その終わったあとの世界に、俺たちは遊びに来てるだけ。夢の続きだということだけは、忘れるな」

そう助言して、彼は一人で歩いていく。

立て付けの悪い扉を開けて、余生の散歩を楽しむ老人のように、賃貸部屋から去っていった。

その姿が消えるまで見送って、とうとう僕とクウネルは二人きりとなる。

いま、クウネルの望む報酬の状態となった。

ただ、彼女に余裕はないようで、いまだに視線を忙しなく動かし続けていた。

そして、喉からせり上がってくる言葉を、感動のままに吐き出す。

「こ、ここが『異世界』……? なんかあっさりと話が進んで、移動しちゃったので実感ありませんが……。この奇妙な感じの家は、確かに……、確かに『異世界』!」

「と言っても、ここは田舎のほうで、そこまでそっちと違いはないけどね。都会にまで行かないと、驚きの『石の街』は見れないよ」

セルドラに続いて、僕たちも話しながら部屋から出た。

まず陽滝と二人暮らしをしていた頃の風景が、目に飛び込んでくる。

なだらかな山が遠くに並び、その下には赤・青・黒の瓦屋根が敷き詰められている。点々と古めかしい電柱が立ち、基本的には灰色のコンクリートの道。ただ、偶にある田んぼの隣に、緑色の畦道が伸びているときもある。

世界間のギャップによる混乱を抑えるために、少し田舎っぽいところを僕はワープ先に選んだ――というのは建前で、余り都会にいい思い出がないというのが本音だ。

あのビルばっかりで忙しない街は、まだ僕の気持ちが落ち着かない。

本当に辛い過去ばかりが詰まっていて、あの重い空に押し潰されそうになる。

比べて、ここの空は軽く、綺麗だ。

風が心地いいし、空気が美味しい。

陽滝と暮らしていた記憶も、どれも穏やかだ。

軽く頁を捲っても、そこにある思い出は――

〝平日のお昼。

とある兄妹が電車に乗っていた。

ガタンゴトンと、揺りかごのように規則正しく、軋む音が鳴り響く。

少ない車両で走るローカル線だ。

年季が入っている。けれども、ちゃんと清潔さを保たれた座席に、ぺたりと兄妹二人は腰を下ろしていた。

兄も妹も、視線は隣でなく、正面の窓に向いていた。

だが、確かに兄の右手と妹の左手は、座席の上で重ね合わされている。

車内にいる客は、他に二桁もいない。

空いた車両の中、聞こえてくるのは揺れる音だけ……。いや、耳を澄ませれば、五歳ほどの男児を連れた母親が、小さく「ほらっ、向こう。海よ」と囁いているのが聞こえてきた。それを耳にした男児は、顔を明るくして、ぱたぱたと向かいの窓まで移動して、座席に膝で乗り上げてから、窓にへばりつく。電車の中では静かにという躾が行き届いているようで、子供にしては小さめの声で、「ママ、うみー」と笑った。

兄妹の視線が同時に、その親子に向いた。

それに男児の母親が気づき、謝るかのように軽く頭を下げた。

すぐに兄妹は微笑を浮かべて、僅かに首を振った。

そして、視線を戻そうとして――兄の黒い瞳と妹の黒い瞳が、交わる。

目を合わせた兄妹は向かい合い、もう一度だけ微笑した。

何か意味のある笑みではない。

けれど、自然と零れた笑みだった。

兄と妹の微笑が、満ちる。

電車の音と子供の音だけが、膨らむ。

錆びた鉄と土の混ざった匂いが、香る。

穏やかさが満ち満ちていく中、兄妹は手を重ね合わせて、窓の外に広がる空を見る。

ゆっくりと移り行く景色を眺め続ける。

それは一時だけの夢幻。

幻だとしても、確かに。

このときの二人は確かに笑い合っていて、満ちていた――〟

――暖かい記憶。

陽滝の辛さに気づけない馬鹿な僕だったが、都会の頃の記憶よりはマシだろう。

あのときに電車から見えた空と、ここは同じ空だ。

綿のような白い雲がいくつも漂い、快晴とは言えない。けれど、穏やかで、どこにいても土の匂いが鼻の奥まで届く。

この空を、クウネルと一緒に長時間眺めて、やっと実感が沸く。

――それは帰還した実感。

ずっとずっと僕は『ここ』に――『元の世界』でなく、この穏やかな時間に帰りたがっていた。

この時間に、病の妹が待っていると信じていたから、兄として駆けつけてあげて、一緒に居てやることが、使命と思っていた。

そう。

場所じゃない。

帰りたかったのは、時間。

青い空。土の匂い。穏やかな風。

この時間に帰りたくて、ずっと僕は彷徨い続けてきて――

「けど、もう……、終わった……。辿りついた……」

胸の中に居る妹陽滝の暖かさを、僕は確かめる。

そこには新たに増えた『家族』たちもいる。

ノスフィーとラスティアラ……あと、ついでにティアラとラグネも。

そして、ずっと求めていた『本物』の自分が、ここに立っている。

もう僕は『いないもの』ではない。

みんなの『家族』として、確かに『相川渦波』は生きている。

色々な苦労が報われていく気がした。

「ああ、僕は帰ったんだ。あの異世界から、やっと……」

一ヶ月前にセルドラと来たときは、色々とどたばたしていたので、それを実感できなかった。

こうして、一息つきながら、ぼうっと空を見る時間なんてなかった。

しかし、クウネルの付き合いとして、何の目的もなく訪れて、いま本当の意味で故郷の空気を感じられる。

だから、ちゃんと〝相川渦波は『元の世界』に帰った〟という頁が、スキル『読書』で読める。

その続きの頁だって、いまの僕なら自分で書ける。

それは〝もう両親にも陽滝にもティアラにも誘導されることなく、『 主人公(ぼく) 』は僕自身の人生を歩む〟という続き。

ただ、心の中で書く前に、空を見上げていたクウネルが呟いていく。

「う、うへー……。空が青いー……」

「うん、青い空だね。異世界と同じようで、違う空だ」

同調しつつも、一言「違う」と付け加えた。

色は同じでも、『魔の毒』の密度が明確に違う。

向こうと比べると、こっちは薄い。

視界の端を通り過ぎようとする生き物も別物だ。

「あれ? なんか飛んでる? なんでしょ、あれ」

「……雀かな? ああ、雀だ。雀で間違いない。あはは」

知っている名前の生物が、知っている動きで飛んでいる。

さらに、その鳥の飛び去る先の景色も見知っているから、とても落ち着く。

「遠くに……、あっ、コンビニがあるね。コンビニかー、すっごい久しぶりだ。あとで、何か買い食いしよう」

Uターン帰省した人みたいな気の抜けた感想を僕は抱く。

対して、観光客であるはずのクウネルは、酷く真剣に呟き続ける。

「こ、これは……、空気中の成分も大して変わらない? 魔法は発動しづらいけど、発動が不可能というわけじゃない。明らかに魔力の影響は少ない。足元の何気ない雑草から、植物の安全性が見て取れる。昆虫のほうも……これは、『 蟻(アント) 』? けど、サイズが小さい。毒気が少ないから、動物がモンスター化してない? いや、こちらの世界の生き物の魂の『素質』という受け皿が違うから――」

「魔法使おうとしたら、『 魔法相殺(カウンターマジック) 』するからね。あと、こっちの 蟻(アント) は、そのくらいの大きさが基本だね。モンスターと言えるようなのは、こっちにいないよ」

「…………っ!」

『異世界』では、『魔の毒』の影響度と人類に対する敵対度で、動物かモンスターかどうかが決定される。

あの基準だと、こちらの『元の世界』は全て、動物となるだろう。

唯一いたモンスターと言えば、それは陽滝と僕くらいだ。

ただ、その事実がクウネルにとっては、本当に衝撃的だったようだ。

僕にとっては慣れ親しんだものばかりでも、クウネルにとっては目につく一つ一つが斬新であると、その様子からわかる。

「な、なるほど。だから、根本から違う。生き物の死骸も自然的で、魔法の要素がない……から、土の成分が変わる? 味からして、鉱物は混ざってるけど、魔石のような濃い味はしない。こっちは暗雲が発生する条件がない代わりに、採取できるものが少なくて――」

「はあ……。こうして、土手にでも座って、夕焼けが出てくるのを、じっと待つのもいい……。すごく休日って感じで……、眠気もくる……」

丁度、冬の川が見えるあたりまで歩いたので、急にしゃがんだクウネルに合わせて、僕も道の端に腰を下ろした。

クウネルが土をテイスティングし始めた隣で、ぼうっと故郷の空を見続ける。

と言っても、もう僕の中だと異世界生活のほうが長くなってしまったので、故郷の空という表現はおかしいのかもしれない。

しかし、いま確かに、僕は郷愁の安らぎを感じていた。

なので、よしとしたい。

〝――今日から、ここが僕の故郷の空だ〟

故郷の空が、多くの戦いを乗り越えた僕の身体を癒してくれる。

故郷の風が吹き抜けていっては、土の匂いが鼻腔をくすぐって――

「――って、違ぁあぁあああああああう!!」

その途中、クウネルは飛び上がるように立ち上がって、獣のように咆哮した。

それを近くで聞く僕は、彼女の感情の変化に 和(なご) む。

「正気に戻るのが早い……。僕が異世界に迷い込んだときは、もっと『混乱』してたのに」

いまのクウネルの気持ちが、よくわかる。

僕も異世界に迷い込んだときは、街の隅々まで確認しては、違いを見つけて驚いたものだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。と、というよりも……、セルドラ様はいずこへ?」

「さっきスキップするような勢いで、図書館に行ったよ。一人で」

「それは朗報……! 案外、空気読めてますね……! ただ、あても異世界の図書館とか、めっちゃ気になってきた!」

「図書館は迷い込みの定番だよね。あとで僕らも、セルドラのいる図書館に行こうか? とりあえず……、――魔法《ニュー・リーディング》」

「ひゃ、ひゃぁ!? 気軽に精神干渉系の魔法を使わないでください! あて、まだなんも悪いことしてないでぇ!」

「いや、これは精神干渉じゃないよ。物理的に脳みそに干渉する系。脳神経を通して、海馬とかに電気信号を――」

「より怖そうやん!! か、勘弁してくだせぇ……! 一応言っておきますけど、それ絶対に禁忌指定されるやつぅ……」

「知ってる。でも、便利なんだよ、これ」

「た、確かに便利そうです……、おかげで、あそこの看板読めるように……、なった? なったけど……、その事実が怖い!!」

クウネルは大忙しで、ころころと表情を変えていっては、身体を震わせる。

喋っているだけで息は乱れて、冷や汗が止まらない様子だった。

さらに、またぶつぶつと小さい声で「本当に、あての世界とは違う……。ここだと、あてが異物で、会長が正常?」と呟き始める。

思えば、クウネルは千年前に自分の安全圏を作り出して、何百年もぬくぬくと生きてきたお嬢様だ。

陽滝との戦いでも後方支援だったので、自分のテリトリーから出たのは本当に久しぶりなのだろう。

ゆえに彼女の呟きは加速していき、その思考は「え、これ。もしかして、捕まったら、実験体? また実験体になるのだけは嫌やぁ……」まで辿りつき、怯えながら周囲を見回したあと、少し懐かしい三下ムーブで僕の保護を求めていく。

「へ、へっへっへ……。会長、肩をお揉みしましょうか?」

「いや、そんなことしなくても、君は絶対に僕が守るよ。……それにしても、僕が迷い込んだときの光景を早送りで見ているみたいで、ちょっと面白い」

「やっぱり! あての反応を面白がってたぁあ!!」

あの賢いクウネルでも『混乱』しているのを見て、やはり異世界の移動は負担が大きいとわかる。

かつての僕も同じだった(とはいえ、僕のときはスキル『???』という反則があったが……)。

図書館で文字を読めるとわかったときは、自分の脳の異常を疑って、心底恐怖したものだ。

あれは怖い。

普通に怖い。

ただ、ここから先の反応は、僕とクウネルで大きく異なるだろう。

僕のときと違って、クウネルには記憶がある。

力がある。

同行者がいる。

なにより、ここでの目的が軽い。

「それよりも、クウネル。せっかく僕の世界に来たんだから、どこか行こう。観光するなら早いほうがいい」

「か、観光……。そうでした……。私は会長と、観光プラス買い物に来ただけ……」

僕と違って、届かない目的に手を伸ばす必要はない。

ありもしない場所を探すことも、彼女にはない。

「うん。やっと、落ち着いてきたね。それで、どこ行こうか?」

「ど、どこって……。えーっと……、会長にお任せします。まずは会長の行きたいところに、行ってみませんか? へっへっへ」

ここへ来るまでに、クウネルは色々とプランを考えていたはずだ。

しかし、自分の予想外に大きな動揺を受け止めて、選択を僕に丸投げした。

「僕の行きたいところか……」

せっかくなので、その言葉に甘えてみようと思う。

いまの僕の正直な気持ちとして、どこに行きたいか。

里帰りをした僕が、偽りなく、一番最初に向かいたいのは――

そう考えこんで、まず思い浮かんだのは、懐かしい人の顔だった。

それは、『湖凪ちゃん』。

その場合、どこに行けばいいかと考えると――墓だろう。

湖凪ちゃんのお墓の前で、僕は手を合わせたい。

たとえ、欺瞞でも偽善でも侮辱でも、それが僕には必要だと思った。

――もう一度、湖凪ちゃんと会うことは、『弔い』になると信じているからだ。

そのあとは、『両親』。

二人は湖凪ちゃんと違って、逮捕からの別離で、命だけは助かっている。

おそらく、いまは実刑を受けているところだと思うが、面会できるだろうか。

いや、僕の『失敗魔法』や『呪い』の影響さえなければ、すでに仮釈放されている可能性は高い。

そうだ。

僕と陽滝さえいなければ、二人とも本当に優秀で、とても強い人なのだから。

「よし、まず墓地に行こう。それから、刑務所。たぶん、探すのはそう難しくは――」

「くゎぁああいちょぉおおおおう!? そおおおいうううところおおーーーー!!」

とても冷静に、観光スポットを自分の都合だけで決定したが、それはクウネルの二度目の咆哮によって食い止められてしまった。

「僕が行きたい場所は、この二つなんだけど……」

「だからって、墓地と刑務所ってぇ!! 女の子と二人なのに、墓地と刑務所ってえーー!!」

「どっちも、この世界の文化・風土を知るには持って来いだと思うよ」

「知れる風土が暗いぃ!!」

決して、冗談ではない。

別の世界の『生と死』『罪と罰』が知れる場所。

その価値観に触れるメリットは大きい。間違いなく、こちらの世界のほうが、命は重く扱われて、罪悪に対して厳しい。ここの価値観を間違えると大変なことになってしまうのだから、これは善意100パーセントで提案した観光場所――という言い訳を、いま僕は考え付いたのだが、それを口にする前に先手を取られてしまう。

「会長――!! あても少しは、久しぶりのデートって感じで来てるんですぅ! お任せしますってのは「お任せする」って意味じゃなくて、「どうかデートっぽく、私を楽しませてね」って意味! これだから、女に刺され慣れてる野郎は! 刺されてもいいかって態度に、すぐなる!!」

クウネルは僕とデートのつもりだったらしい。

それはわかっていた。だが、まあクウネルだし、と――

「こらぁ! 会長、やっぱりこらあ! その顔、「まあ、クウネルだし」って顔ぉ!」

高度な読心術を発揮して、クウネルは忙しなく怒っていく。

流石、外交・交渉に特化した人生を送ってきた少女だ。

陽滝やティアラのように会話を先読みして、続けていくことができるようだ。

「もちろん、その気が会長に全くないのは知っています! だとしても、せっかくの『異世界』! 千年前に、食文化とか会長は自慢してたでしょ!? その責任を取って、ちゃんと美味しそうなものを食べれるところに連れてってください!! そのあとは、宝石店!! こっちは金銀が希少で、逆に作物にはそこまで困ってないって話を確かめます! ついでに指輪とか買ってもらう!! いいですね!?」

クウネルは僕の手を引きながら、勢いよく立ち上がった。

さらに「時間が惜しい」と口にしながら、どしどしとコンクリートの道を歩き始める。

どうやら、やっと彼女らしさが戻ってきたようだ。

「よかった。いつもの図太いクウネルが戻ってきたね」

「なにその、あえて自分は悪者になったつもりで、ああクウネルは世話が焼けるなぁやれやれ……って顔は! ええっ、戻りましたとも! いつものあてに、戻らされましたとも! ……今日は、いわば新大陸発見からの新文明の到達! 先ほど、土を味見したところ、ピリリとした『魔の毒』風味はなかったので、おそらく鉱物の話は本当! あてたちの世界の下級魔石ですらレアメタル扱い! 地元の採掘権利を買い直しておけば、もし交易が始まったとき、世界差で儲け放題! あての好きな先行者利益が一杯――!!」

前に進みながら、少しずつクウネルの口元がつり上がっていくのを見て取る。

これでこそ、『クウネル・クロニクル・シュルス・レギア・イングリッド』だ。

ちゃんと報酬を楽しんでくれそうで、一安心する。

「ええ! 楽しいですよ! なんだかんだで楽しくなってきます! 当たり前です! だって、待望の異世界なんだから、楽しいに決まってます!」

「ああ、異世界は楽しいんだ。……それは、僕も知ってる。誰よりも知ってる」

異世界にあるのは『混乱』だけじゃない。

ありとあらゆる楽しみも待っている。

だからこそ、いまセルドラも、なんとか退屈しないでいられている。

そして、そこに付け加えるとすれば、その異世界から帰ってくることも、すごく楽しいってことだ。

僕は異世界での『冒険』を終えて、この『元の世界』にはないものをたくさん手に入れた。

それは『持ち物』にあるモノでなく、無形のモノも含む。

剣術といった各スキルに魔法。

異次元的な知識や価値観。

それらを持ち込んで、自由に使える僕は、いわば 超能力者(エスパー) だ。

活用すれば、クウネルの言うところの世界差で得られる利益は計り知れない。

……よし。

気が向いたら、動画投稿でもしよう。

超常現象のびっくり系ムービーじゃなくて、あえてのゲーム実況。

昔は格闘ゲームといった対戦系が苦手だったけれど、いまならば無双できるかもしれない。魔法縛りをしても、まだ『感応』がある。

「だから……、はいっ、まずあそこ!」

数百メートルほど歩いて、クウネルは大きな建物を見つけて叫んだ。

そして、目についた看板を読み、そこを記念すべき一つ目の異世界交流の場所としていく。

文字は「Restaurant」。チェーン店のファミリーレストランだった。

せっかくならば、もっと高級な和食料理店のほうがいいと思ったが、すぐに思い直す。

和食は日本の色を知るのにいいかもしれないが、この世界の色を知るにはチェーン店のほうが適切かもしれない。

そう悪くないと思い、僕は彼女よりも前を歩く。

「一息つけて、食事も出来るね……。よし、入ろう入ろう」

「はあ、やっとエスコートする気になってくれた……。相変わらず、会長はここまでが長い……」

墓と刑務所は、一人のときがいいだろう。

まずは客人であるクウネルを満足させるべく、その手を引いて、入店していく。