軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

409.本当の兄妹

〝――これが、渦波の求めた『元の世界』の真実。

つまり、後の『属性』で分けるならば、本来彼は『月』だった。

それ以外の属性は、後天的なもの。フーズヤーズの騎士ラグネ・カイクヲラと同じく、「誰かの『理想』になる」という本質の発露でしかない。

『星』を 衛(まも) るように回るけれど 星ではなく(・・・・・) 、その白光は『太陽』の反射であり 本物ではない(・・・・・・) 。

それが渦波とラグネだった。

似た者同士の二人だが、その本質を渦波だけは捻じ曲げられる。

妹の陽滝が、兄の記憶抹消と再構築を繰り返し、別の才能を人工的に作ろうとしたからだ。そして、不幸にも『月』という属性は、その作業に最も適していた。

何度も渦波は、記憶を消された。

新しく生まれ直す度に洗脳をされた。

あらゆる『代償』を払わされて、力を得ては――それが陽滝の納得の行かない才能であったならば、即リセットだ。

もう陽滝は何も考えていない。

彼女の中にあるのは【『永遠』に二人】という結末だけ。

その結末に至る装置と化していた。

そして、その非人道な実験の果てに、ようやく『理想の雛形』が生まれる。

それが『次元』の属性を得た相川渦波だ。

実験の末に陽滝は、この属性こそが全てを司る最強の力であり、自分と『対等』になれる性質だと発見した。

ようやく、陽滝は『理想の兄』を得た。

もちろん、その才能だけでなく、人格や記憶も完璧だった。

例えば、その『理想の兄』は妹に向かって――

「――陽滝、これからは僕がおまえを守る。……絶対に守ってみせる」

そう、誓わされた。

あの『病院の日』に、物語が繋がっていく。

それは異世界に迷い込んだ少年渦波が、最初に思い出した記憶。

ラグネ・カイクヲラが渦波の死体で追憶していく中、記憶の連なりに明らかな異常を見つけた記憶。

――『家族』を永遠に失った兄妹が、これからは二人だけで生きていくと誓い合った『病院の日』だ。

それは何度もリセットされた記憶の帳尻を合わせるための 演劇(ドラマ) 。

その日、とある病院の一室で、兄妹は向かい合っていた。

病弱な妹はベッドで上体を起こして、心配する兄に確認していく。

「これからは兄さんが私を……?」

「ああ、守る。ずっと一緒だ」

執筆されている時点で、全ては茶番だ。

陽滝の脚本による人形劇。

それが、あの『病院の日』の真実だった。

「大丈夫だよ、陽滝。これからは一緒だ。僕たちはずっと――」

「……ふふっ。ああ、やっと私を見てくれた。……私の兄さん」

「――『約束』する。ずっと一緒だ」

こうして、いままでの不和を上書きするように、相川兄妹の新しい暮らしが始まった。

相川家の資金面の恩恵をなくして、普通の生活に――いや、貧乏な二人暮らしに兄妹は陥った。『苦しく質素ながらも、幸せな家族の物語』を陽滝が本能的に求めて、執筆した結果だろう。

そして、兄が病の妹の為にアルバイトをする裏で、しっかりと陽滝は動いている。

――陽滝は自らの目的のために、『世界』を犠牲にしていく。

もう彼女は後に退けない。

まず『魔の毒』の吸引と『質量を持たない神経』の生成を、あえて加速させた。

その異常な速度の『魔の毒』の吸引は、少しずつだが『世界』を変革させていく。

目に見えた形として現れたのは、天体の異常。それと、地球の気象変化。

生物を凍らせる氷河期――とまではいかないが、小氷期に似た現象が各地で起こった。そして、一般人でも見える大きな『切れ目』が地平線に発生して、僅かだが『魔の毒』に適応できる人間も出てくる。

その異常事態に人類は、ただ手をこまねいていたわけではない。

ただ、これもまたわかり切っているし、知っていることだが、この氷河期を人類は止められなかった。

何度か、人類は陽滝の頭部破壊に成功した。

だが、もう『相川陽滝』の身体は、すでに人間ではなかった。

決して死なず、壊れず、止められず、非物質的な『糸』で人々を操り続け、常に冷気を星単位で発するという『化け物』となっていた。

もし人類に『魔の毒』を研究する猶予が何年かあれば、何かしらの打開案は見つかっただろう。だが、その時間は用意されておらず、人類は余すことなく『静止』されて、氷像と化した。

その氷像の脳には『質量を持たない神経』を植えつけられる。

このとき、『切れ目』の向こう側にいる『世界』も、人類と連動して消えた。

――完全なる『最後の敵』の勝利だった。

もちろん、そこで終わりではない陽滝は、すぐに次のステップに移る。

まず『切れ目』の中に《コネクション》を置いて、七十億以上もの『質量を持たない神経』を束ねて、通した。この《コネクション》は直接、陽滝の魂に繋がっている。

続いて、『異なる世界』へ――つまり、『異世界』への移動。

陽滝が『異世界』に求める役割は三つあった。

一つ、兄の心身を成長させる舞台であること。

二つ、兄の『魔の毒』の供給源となること。

三つ、兄の『呪い』を全て除去できること。

実験とリセットの際に、渦波は多くの『呪い』を付け外しされたのだが――全ての始まりである【最も愛する者が死ぬ】だけは解消することができなかった。一度『魔法』で、最も理想的な『大切な人』である水瀬湖凪と出会ったせいで、この『元の世界』に彼女以上の存在がいなかったからだ。

あらゆる意味で、『異世界』への移動は必須だった。

陽滝は『切れ目』の中にて、『質量を持たない神経』を駆使して、無数に存在する『異なる世界』を一個ずつ検分していく。

できれば、種族的な差異は最小限で、重力や空気などといった問題は『魔の毒』で解決できて、次元を繋げるための相手がいると理想的だ。

その入念な精査の結果、見初められた『世界』は――

――『剣と魔法の世界』。

その王道ロールプレイングゲームのような『異世界』に、なぜか陽滝は惹かれた。

もちろん、建前としては「ここならば、兄さんに合っている」と判断したからだ。『魔の毒』の増加によって、危機に直面した『異なる世界』は救世主を求めていた。その状況に陽滝が執筆者として加われば、間違いなく渦波は「あの平等なゲームのように、世界を救う『主人公』の如く、成長できる」と確信できた。

陽滝は妙な縁も感じて、その『異世界』を次の犠牲先に選んだ。

すぐさま安全確認も含めて、陽滝は先んじて一人で移動する。次元を繋げるための相手が居たため、その移動に陽滝側の『代償』はなく、とてもスムーズだった。

――こうして、舞台は『異世界』に移る。

その始まりは、フーズヤーズ国の城の地下室。

ゲームにありがちな魔法陣の上に、輝く『魔の毒』の粒子と共に陽滝は召喚された。蝋燭の灯りの中、世界の危機に立ち向かう『使徒』たちと出会い、台本を喋っていく。

「――ここは……? 一体……」

『世界』を一つ滅ぼしてきた元子役の少女が、新たな舞台で演技を始めた。

「歓迎するわ! 私はシス、世界を救う正義の使徒よ!」

「戸惑うのも無理はない。驚かせてすまない、『異邦人』よ」

「ここは、おまえにとって『異世界』だ。落ち着いて、俺たちの話を聞いてくれ」

「い、『異世界』? どういうことですか? 詳しく、聞かせてください――」

何もかもが陽滝の書いた台本どおりに進んだ。

だから、この『異世界』も、『元の世界』のように食らい尽くされるのは、すぐ――

のはずだった(・・・・・・) 。

その数日後。

次の渦波の召喚の時点で、小さな 齟齬(ずれ) は始まっていた。

『異世界』に呼び出された渦波が逃げ出してしまい、フーズヤーズの敷地内を歩き周り、陽滝より先に『少女』と出会ったのだ。

その 齟齬(ずれ) に陽滝は気づいていた。

――けれど、放置した。

何もかもが自分の思い通りに行くとは最初から思っていないし、どのような手順を踏んでも、最終的には【『永遠』に二人】という結末に辿りつくとわかっていたからだ。逆に言えば、結末さえ変わらなければ、あらゆるものに寛容だった。

だから、代わりを見つけ出す手間が省ける 齟齬(ずれ) は好都合だと、何も考えずに陽滝はティアラ・フーズヤーズを歓迎した。

――これが、物語の最大の分岐点。

すぐに陽滝は、ティアラ・フーズヤーズが『呪い』を果たすように、その『質量を持たない神経』を駆使して脚本を書いた。その筋書きは兄好みで……ついでに、ティアラ好みにもアレンジした。

ただ、その愛し合う二人が別れるはずの『冒険』で、ティアラは生き残ってしまう。

その上で、なぜか陽滝は感謝されてしまう。

「――私は陽滝姉のことが大好き。だから、陽滝姉のことが一杯知りたい。一杯おしゃべりしたい。一杯思い出を作りたい。ずっと隣にいて、できれば、いつか――『対等』になりたい」

その『対等』という言葉を、どうしてティアラが口にできたのか。

陽滝が考えることはなかった。

――こうして、ティアラの望むままに、あの『決闘』は始まった。

それも結末は変わらないという理由で、陽滝は受け入れた。

その『決闘』は思いがけず長引いて、千年後まで、ずれていく。

ただ、それでも問題は全くなかった。

ティアラが『質量を持たない神経』を真似て、『赤い糸』で対抗し始めても、何もかもが陽滝の書いた筋道に近かった。ほんの僅かなアレンジ分しか、脚本は変わらない。

そして、陽滝は千年かけて、計画通りに渦波を『次元の理を盗むもの』として完成させて、多くの『理を盗むもの』の力も受け継がせ、『永遠』に生きられる存在まで誘導し終えた。

順調に兄は成長した。

『魔の毒』の量が『対等』になるのも、あと少し。

これから『永遠』の旅が待っていたとしても、兄は耐えられる。

唯一、予定外のことがあったとすれば、それは【最も愛する者が死ぬ】という『呪い』が、ティアラ・フーズヤーズから別の『 魔石人間(ジュエルクルス) 』に、ずれたことくらい――

その 齟齬(ずれ) にも、陽滝は何も考えなかった。ただ、結末を教えてくれるスキルに従うだけだった。

対照的にティアラは、ずっと考えていた。『決闘』に勝つために自らのスキル『読書』を使いこなし、考えて考えて考え続けて――

その積み重ねは、『異世界』での最後の戦いに収束していく。

渦波は一度殺され、『光の理を盗むもの』ノスフィーの『不死』を受け継いだあと、陽滝は目覚め、万を持して『異世界』は『元の世界』のように凍りついていく。

渦波は『魔の毒』を世界一つ分吸収する寸前だった。

『異世界』も氷河期に入る寸前だった。

本当にあと少しというところで――ここまで積み重なった 齟齬(ずれ) が、陽滝を襲った。

「――こんな無茶苦茶! 世界よりも先に、私たち三人が壊れます! このまま、三人で心中するつもりですか!?」

このとき、陽滝の中では、ずっと止まっていたものが動き出していた。

それは「相川陽滝を救いたい」という願いが込められた《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》の力。とても暖かくて、優しくて、神聖な『魔法』が、いまさら彼女に『相川兄妹の物語』を読み直させて、自分の力で―― 考えさせる(・・・・・) 。

生まれながら人と違っていた自分。

初めて交わした兄との『約束』。

一度だけ、二人で優しい『魔法』を探した。

けれど、待っていたのは『呪い』。

もう誰も信じられないし、何も信じたくない。

でも、本当は信じたい。信じられるものなら、信じさせて欲しい。

そんな人生と、いま、陽滝は強制的に向き合わされていく。

ああ、 いま(・・) だ。

いま、お揃いのスキル『読書』で、最後の戦いをしていた三人が『陽滝兄妹の物語』を読み終わった。

だから、これで回想は終わりだ。

ここから先は、いま、陽滝という少女はどうなっているのか。

『過去視』の旅を終えて、陽滝が辿りついたのは――

◆◆◆◆◆

陽滝が辿りついたのは『行間』であり、『次元の狭間』だった。

ここは物語と物語の合間であり、現在と過去の合間。

どの時間にも属さず、あらゆる物理法則・魔法法則から逃れた場所では、魂以外は存在できない。

死者ばかりが辿りつく場所なので、いつもならば虚無のみ。

意識だけが 海月(くらげ) のように漂い、どれだけ泳ごうともどこにも辿りつけない深海のような場所なのだが――いまだけは少し違った。

真っ暗な部屋だった。

そして、音が聞こえる。

自然の音とは程遠い機械音の集合だ。

その音は軽やかで、激しくて、心を奮わせて、彩ってくれる。

続いて、カラフルな光が明滅する。いつの間にか、液晶画面が一つだけ置かれていて、その前で陽滝は体育座りをしていて、瞬きを惜しんで、 それ(・・) を見つめていた。

『相川兄妹の物語』を読み終えたばかりの彼女が考える 感想(イメージ) が、『行間』では 蜃気楼(まぼろし) のように映し出されていた。

彼女の隣には、かつてと同じく、渦波が座っていた。

その兄は 蜃気楼(まぼろし) ではなく、本物。つまり、『相川兄妹の物語』を読み終えた兄も、妹と全く同じ 感想(イメージ) だったということ。

かつてと同じように、 それ(・・) を二人で並んで、見つめる。

『異世界』で活躍する『主人公』の姿を。

『ヒロイン』と共に『冒険』していく日々を。

最後の戦いで、『最後の敵』が破れる光景を。

エンディングだった。

もう誰もコントローラーは握っていない。

だから、二人でゲームを遊ぶのは、終わり。

奇妙な虚無感に包まれながらも、それを陽滝は認めていく。それと全く同じことを、兄の渦波も認めていた。

そして、まず兄が口を開く。

座ったまま、視線は動かさずに、隣りで、ぽつぽつと――

「湖凪ちゃんは……、僕たちが原因で死んだ……。父さん母さんがいなくなったのは、おまえが守ったからか……」

『相川兄妹の物語』を読み直したことで、ようやく渦波は真実に辿りついた。

ただ、その真実は、いままで戦ってきた意味が全て失われるには十分過ぎた。

さらに、まだ絶望的な『最後の真実』が残っている。

「それに、僕は『約束』していた……。 おまえにだけは(・・・・・・・) 、 絶対に負けない(・・・・・・・) って……、最初に」

「はい……。私たちは『約束』をしてました」

核心に迫る話だったが、二人の声は穏やかだった。

互いに、その『答え』には最初から、考えるまでもなく、気づいていたからだろう。

最後の『答え合わせ』が、いま、なされていく。

「陽滝、僕は『約束』を守れない。いや、最初から守る気なんかなかった……」

「そう、みたいですね……。そうだって、私も最初から、わかってました。考えないようにしていただけで……」

「そして、僕はおまえが嫌いだった。いつも僕の前を歩き続けるおまえが、ずっと嫌いだった……」

「それも……わかってます」

「ずっとずっと嫌いだった。僕の欲しいものを全て、最初から持っていたおまえが……。いつも僕を手の平に置いて、見下し続けるおまえが……」

「嫌いも、当然です。私は逃げる兄さんを捕まえて、何度も頭を弄繰り回しました。私の都合のいい玩具として、何度も何度も何度も――」

本音をぶつけ合う。

そして、ついには――

「ただ、 私も兄さんが(・・・・・・) 嫌いです(・・・・) 。弱くて嘘つきな兄さんが、大っ嫌い」

陽滝は薄く笑って、目じりに涙を浮かべて、そう『告白』した。

「ああ、大嫌いだったんだ。僕たちは、僕たちのことが、本当に大嫌いだった」

渦波も薄く笑って、顔を俯けて、その『告白』に頷いた。

もう作り笑いじゃない。

生まれながらの演技者だった二人が、やっと演技から解放された瞬間だった。

――『考えれば当然のこと』を、やっと二人は言えた。

本当は二人とも、ずっと作り笑いは辛かった。

『世界で一番仲のいい兄妹』の演技には、疲れていた。

ずっと兄は妹を疎み、妹は兄を恨んでいた。

――それが『最後の真実』。

決して変えようのない真実だった。けれど――

「 でも(・・) 、『 好き(・・) 』 でした(・・・) 。本当に『嫌い』だったけど……、私は兄さんと一緒にいたいと願った。どうか一緒に、地獄まで落ちて欲しかった。そう思うくらいに、『大好き』になっていた。それだけは、本当なんです……! それが、私に残された数少ない私の意思です……!」

「ああ、わかってる……。やっとわかったんだ、僕も。ここまで来て、やっと……」

嫌いだけど、好き。

そんな矛盾した想いがあることを、すでに渦波は『月の理を盗むもの』ラグネから教わっている。

その人生は全て演技で、偽物だったかもしれない。

その演劇は最後まで茶番で、脚本はご都合主義だったかもしれない。

けど、その時間が在ったことは、確か。

兄が大好きな妹も、妹が大好きな兄も、確かに存在していた。

それを大事にしたいと思う意思だけは――

「この意志だけは、絶対に私は曲げません。曲げるわけには、いかない……! 私は【『永遠』に二人】という結末のために、色々なものを犠牲にしてしまった。兄さんだけじゃありません。母さんも、湖凪姉も。『元の世界』を生きる人々も、何も関係のない『異世界』を生きる人々も! 全てを犠牲にしてきた私は、誰にも負けられない……!!」

陽滝は強い心で、その初志をぶれさせることはなかった。

ただ、その心を支える理由は、余りに聞き覚えがあった。

「私は負けません! もし負けることがあれば、今日まで犠牲にしてきたものが全て無駄になる! 蹴落としてきた意味が、全てなくなる! それは計算がおかしいんです……! 【相川陽滝には誰も勝てない】の計算が、おかしくなってしまう!!」

それは幼き頃の渦波と全く同じ文句と怒りだった。

その類似に、渦波が気づかないはずがない。

渦波は理解する。

どんなに『生まれ持った違い』という名の深い溝があっても、自分たちは似た者同士の兄妹だった。いや、正確には、どんなに強大な力を持って、無敗の人生を歩んだとしても――妹も思い悩み、迷って、間違いもする女の子。

心に罅の入った『理を盗むもの』の一人だった。

「ええ、もうこれは『元の世界』だけの話じゃないんです! 私は罪のない『理を盗むもの』たちを唆して、兄さんの踏み台にした!! 『呪い』をもって、ラスティアラさんを殺して犠牲にした! だから!!」

ずっと渦波は陽滝を嫌いながらも、同時に病的なまでに盲信していた。

その力は絶対であり、比類する者など皆無。だからこそ、心配は無用。

たとえ、どんなことがあっても、陽滝なら大丈夫だと……そう思考停止していたのは、渦波も同じだった。

「だから、私は進む!! 残念ですが、考えても考えなくても、私の『答え』は同じです! 私は【『永遠』に二人】という結末のために、本気で! 手段を選ばず! これからも、ずっと勝利し続ける!!」

悩まないはずがない。

考えても考えなくても同じのはずがない。

必死に考えてしまった結果、いま陽滝は苦しそうに叫んでいる。

生き抜こうとしている、全力で。

「兄さんは『私の兄さん』です! 最初からずっと、そしてこれからも! ずっとずっとずっと『永遠』に! でないと、私はっ! 私は――!!」

決して兄を逃がさないと、陽滝は戦意をもって、立ち上がった。

途端に、『行間』に広がっていた部屋の 蜃気楼(イメージ) が、湖面に投石したかのように霧散した。確かに共有できていた思い出を、霧のように掻き消して、本当の場所を 露(あらわ) にした。

魂以外は何もない場所。

そこに漂う魂二つの本当の姿も、いま 露(あらわ) となっていく。

陽滝は長い旅を終えて、最後の戦いを経て、あらゆる本当の『魔法』に身を晒されながらも、いまだ無傷だった。

対して、渦波は満身創痍。

魔力を使い切り、膝を突いて、いまにも倒れる寸前だ。

『過去視』を始める直前の姿が模られた渦波は、その左手は一冊の本を持っていた。そして、その右手は、もう――

「ごめん、陽滝。それでも、僕は――」

陽滝と違い、渦波は立ち上がらなかった。

いや、単純に限界を迎えて、立ち上がれなかった。

直前の最後の戦いで立ち続けられたのは、ずっと右手が陽滝の身体を掴んでいたからだ。

ただ、いま彼の右手にあるのは『白虹色に輝く魔石』。

もう渦波は、 選び終えている(・・・・・・・) 。

「それでも、僕はおまえと一緒には行けない。――僕は『ラスティアラ・フーズヤーズ』と一緒に、この先を行くよ」

もう力が入らないから、顔を上げることすらできなかった。その視線を落として、渦波は『たった一人の運命の人』だけを見つめて、想い続けるしかなかった。

その手にある本の最後の頁を――

【愛してる】

【その一文を抱いて、私は死ぬ】

【ここで永遠に、ラスティアラ・フーズヤーズは『夢』を見続ける】

読んで、その続きを、渦波も想い続ける。

立ち上がろうともしない兄を見て、その意味を考えて、陽滝は唇を噛んだ。

いま、心中に去来するのは、初めての敗北感――だったが、初めてだからこそ、まだ陽滝は気づいていない。

「そんなこと……、わかってます!! けれど、これから私に負ければ、ラスティアラさんを兄さんは忘れることでしょう……! なかったことにするのは簡単だって、今日までの兄さんが証明しています。それとも、いま『約束』を果たすつもりですか? 兄さんは、私に勝てるのですか?」

「僕は、おまえに勝てない……。結局、『異世界』に来ても、僕は弱いままだった。でも、そのおかげで……」

渦波は項垂れていく。

もはや意識を保つのも限界で、声も途切れ途切れ。

ただ、それは諦めの言葉ではない。

「おかげで、辿りついた。やっと、僕はここまで――」

最後に渦波は、フーズヤーズ城の『頂上』を思い出す。

『 自分(ラグネ) 』と『 娘(ノスフィー) 』に感謝する。

二人の『理を盗むもの』のおかげで、いま、こんなに酷い場所でも明るくて、道を間違えることはなかった。

「ああ、あのラグネと……、僕も同じだ。どこにも辿りつけないって、最初からわかってた。だから、ノスフィーの眩しい姿に、希望を感じた。この長い旅の間、ずっと僕たちは捜し続けていたんだ。本当になりたかった自分を……、本当の『理想』の「誰か」を、求めて……、彷徨い続けて……」

「に、兄さん、何を……?」

もう完全に渦波は、陽滝と話していなかった。

その兄の独白に、陽滝は混乱する。

「やっと、見つけた。ここまで、連れて……くることが、できた……」

ただ、その呼びかけの意味を、少しずつだが陽滝は悟っていく。

兄を逃がさないと伸ばした手を止めて、スキルに『答え』を与えられるのではなく、自分自身の力で、意味を考えていく。

「僕は『約束』を守れない。けど、『約束』は果たされる。いまから、『彼女たち』が果たす――」

ずっと渦波は自分の中の『ラス ティアラ(・・・・) 』に――つまり、『彼女』に呼びかけ続けていた。

「ラスティアラも僕も……、あの『告白』の日は嬉しかった。本当に、もう死んでもいいってくらい嬉しかった……。それは、すごく懐かしくて、嬉しくて……。やっぱり、『作りもの』だから、ストーリーは綺麗なんだって思い出せた……。だから、僕もラスティアラと同じ気持ちだ……」

「…………っ!!」

ずっと『彼女』に 合わせて(・・・・) きたから、その積み重ねが陽滝に気づかせる。

「ありがとう。だから、 大丈夫(・・・) ……。絶対に、僕は魔法《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》を終わらせない……。おまえの想いは、ラスティアラの中で……、だか――、あと、は……――」

そこで言葉は途切れ、渦波は倒れた。

ただ、意識を失っても、宣言した魔法は止まらない。

――渦波は「『魔法』を信じる」という『代償』で、その神聖な魔法を維持し続けていた。

この『行間』というあらゆる理の外にあるはずの空間で、魔法《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》が満ちる。

白虹の光が陽滝も含めて、全てを包み込んでいた。

「――っ!!」

陽滝は自分で考えて、辿りついた『答え』によって、振り返った。

――…………。

――どうやら、もう終わりのようだ。

渦波が呼びかけて、陽滝が気づいた。

だから、これを最後の独白にして、最後の頁を始めようと思う。

正直なところ、この最後の頁は、賭けだった。

場合によっては、三つ巴の戦いとなっていただろう。

誰も魔法を信じてくれない可能性も十二分にあった。

けれど、どうにか辿りついた。

それは『理を盗むもの』たちのおかげであり、 あの子(・・・) のおかげ。

ラスティアラの「大丈夫」という言葉。

渦波の「大丈夫」という言葉。

あのときの あの子(・・・) が、まだ『世界』を生きている。

身勝手だけれど、心の底からそう思えるから、その「大丈夫」って言葉を聞く度に悲しくて、泣きそうで吐きそうで悔しくて嬉しくて――

――振り返った陽滝は、見る。

『次元の狭間』に浮かび、ぼこぼこと沸騰する血液の塊と対面した。

それは、とうの昔に肉体を捨てた『魔法』。

自らの意思で、力と引き換えに、自分を分割し続けてきた愚かな魂。

まともな魂の形を保てていない。

近くの兄妹と比べると、余りに不安定な『化け物』だ。

しかし、少しずつ血液の塊は変形して、人型を模していく。それは神話に出てくる邪神が、人に化けるかのようにおぞましく、冒涜的だった。

すぐに見覚えのある小さな子供が完成した。

しかし、魂に問題があるのか、どこか子供は歪だった。口と思われる部分が開いても、その空洞から響くのは人ならざる声で――

『陽滝姉……、来たよ……。『約束』を守りに……、ひひひっ――』

それを間近で見る陽滝は、目を見開き、慄く。

嗤い声を耳にして、身体を震わせる。

『逃げて、逃げて、逃げ続けて……。本気で、何もかも利用して……。好きな人も、自分さえも……、犠牲にして……――』

それは陽滝自身が、彼女に教えた戦い方。

忘れられていなかった――

――忘れていなかった。

あの日、「私たちは三人兄妹だ」って励ましてくれたのを、陽滝姉は覚えてる?

『――これで、『対等』だね』

こうして、『相川兄妹の物語』の最後の頁に、 私は現れた(・・・・・) 〟