軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39.インターバル2

「おかえりなさい、ご主人様」

「ただいま。あと、ご主人様はやめろ」

病院から真っ直ぐ家に帰ると、マリアが出迎えてくれた。一応、呼び方を注意するものの、もう諦めかけているのでおざなりだ。

「マリア、もう大丈夫なのか?」

「ええ、もう大丈夫です。レベルが上がって、ちょっと調子に乗っていました。身の程を弁えず、高望みしすぎた結果ですね」

マリアは落ち着いた様子で、頭を下げる。

僕が見る限りでは、ラスティアラに言われたことは、もう気にしていないように見える。

「いや、僕の判断ミスだよ。自分の計画を過信して、引き際を見誤った」

「ふふ。ご主人様ならそう言うと思いました。ありがとうございます」

マリアは小さく笑って、僕にお礼を言う。

「なんで礼を言ってるんだ? 僕のミスで――僕のせいで、マリアは危険な目に遭ったんだぞ?」

「でも、そのミスは、私を想って起きたミスですよね?」

マリアは笑顔のまま、言葉を続けた。

違う。

そんないいものじゃない。

僕は自分の保身のために、マリアに無理をさせた。無意識に、いつかの光景を避けただけだ。

「それは自意識過剰だ。いまの僕に他人を思いやれるほどの余裕はないよ」

「いいえ、違います。ご主人様は私を悲しませたくなかったから、引き際を決められなかったんですよね? 私の夢を壊すことに、躊躇してしまったんですよね?」

まるで僕が良い人みたいに、マリアは語る。

けれど、それは不当な評価だ。

確かにそういった面もあるが、根本の原因は僕の決断力と精神力のなさにある。

「違うって言ってるだろ……」

「ふふっ」

否定し続ける僕に、マリアは微笑みかける。

そして、いくらか微笑んだあと、急にマリアは顔を暗くさせ、言葉を続ける。

「――けど、もう迷宮でお役に立てないことは確かです。ご主人様に迷惑しかかけられないとわかった今、私はどうすれば……」

思いつめたように言葉を零す。

その落差に僕は驚く。先ほどまでのマリアが嘘のように、その表情は暗い。

やはり、気にしていないわけがなかったのだ。迷宮から帰ってからたったの数時間で、気持ちの整理なんてつくはずがない。

「落ち着いて、マリア……。別に何もできなくなったわけじゃない。ゆっくりと、ここで、できることを探していけばいいんだ」

「……ここに、いていいんですか?」

僕が「ここで」と言うと、マリアは不思議そうに聞き返してきた。

僕は呆れて、さらに聞き返す。

「……ここから出て行くつもりだったのか?」

「もちろん、絶対に恩は返します。けど、これ以上、この家で厄介になっていい理由がもう……」

「待て、待て待て……! 以前の強気はどこにいったんだ? 気を落としすぎだ、馬鹿かお前は」

つい先日までは、あんなにも自信に満ち溢れていたのに、今となっては見る影もない。その様子の違いに、僕は焦りながら強めに否定することしかできない。

「あんな強気……。『作りもの』ですよ……」

マリアは自嘲しながら答えた。

何がマリアをここまで弱気にさせているのか、僕にはわからない。

けど、こんなに悲しそうなマリアは見たくないことだけは確かだ。その様子は、初めて出会ったときのマリアを思い出させる。マリアには毅然としていてもらわないと、僕が困るのだ。

以前みたいに、強気な様子でなら出て行ってもらっても構わない。けど、こんな顔で出て行かれたら、僕は後悔と心配で吐きそうになってしまう。

「やることならある。ここで料理を作ってくれたらいい。この家を、マリアに任せる」

だから、僕はマリアに何でもいいから存在意義を与えようとする。咄嗟に思いつけたのは料理だ。彼女のスキルなら、家事を任せていれば間違いない。

「でも、前は料理はいいって……」

「あれはマリアを迷宮に連れ出すための方便だよ。あのときは、どうしても迷宮に来て欲しかったから、意地悪を言ったんだ」

嘘ではない。

あのときは、料理をしてもらうよりも、迷宮の手助けをしてほしいと本当に思っていた。

「そうだったんですか……」

「だから、今度はこっちから頼むよ。この家で、毎日料理を作って欲しい」

いまとなっては、こちらから頼みたい。

僕が真顔で懇願すると、マリアは困ったような顔で答える。

「ま、毎日って……。はあ、相変わらず馬鹿なこと言ってますね、ご主人様。凄く恥ずかしい台詞ですよ、それ。その気もないくせに……」

「ああ。言ってから、すごく恥ずかしくなった……」

マリアはいつものように、呆れた顔で僕を見る。

マリアの調子が戻ってくれるのなら、どんな顔で見られても僕は構わない。

「それじゃあ、ありがたくお仕事もらいますね。ありがとうございます、ご主人様」

「ああ、お願いするよ」

僕たちは苦笑し合って、新しい契約を交わす。

そこにさっきまでのような暗い影はない。ただ、僕の眼力ではマリアの演技を見破ることはできないので、まだ安心はできない。

「それじゃあ、せっかくだから、今日は一緒に料理しよう」

「一緒にですか?」

安心できないので、料理をすることで様子を見ることにする。

「ああ、マリアの腕前を見せてもらうよ。僕も自信はあるけど、たぶん、マリアほどじゃないからね」

「そんな、私がご主人様に敵うはずがありません」

「いや、マリアには料理の才能があるよ。前に才能が見えるって言っただろう? 僕にはマリアの料理の才能が見えてる」

「料理の才能、ですか?」

「ああ、これは間違いない。自信を持っていい」

「料理の才能……」

マリアの表情が、心なしか嬉しそうになる。

これで自分の存在意義を確固としてくれれば助かる。

僕はマリアに料理を好きになってもらえるように、懇切丁寧に自分の料理の知識を教え始める。僕もマリアからこの世界の料理を教えてもらい、料理の話は予想以上に盛り上がった。

そのまま、二人で台所に立ち、夕食の準備も始める。

料理の間、マリアの表情は明るかった。

僕は自分の選択が間違いではなかったことに一安心し、マリアと楽しく料理を進めていく。一時だけれども確かに迷宮のことを忘れ、料理と言う作業に没頭していった。

◆◆◆◆◆

「ただいまー。いやあ、いい匂いがするなー」

マリアと二人で料理をして、夕食の準備が終わりそうになった頃、見計らったかのようにラスティアラが戻ってきた。

僕は残りの作業をマリアに任せ、ラスティアラに詰め寄る。少しだけマリアが表情を変えた気がしたが、いまは仕方がない。

「おい、ラスティアラ。おまえには言いたいことがたくさんある」

「い、いや、待って待って! 先に私の話を聞いて欲しいんだよ!」

僕が怒気を孕んだ声をかけると、すぐにラスティアラは言い訳をし始める。

そのまま、焦った様子で言葉を連ねていく。

「私も考えなしに、キリストの仕事を休ませたわけじゃないよ。色々と考えた結果だよ。どうせ、お店の人に気を使って仕事の量を減らせないでいるんだろうなぁ……って思ったから、私が代わりにやってあげたんだよ。ほら、キリストって変なところで優柔不断だから」

「ああ。確かに、あそこでの効率はそんなにいいものじゃない。だけどな、僕はあの酒場で情報収集したいことが、まだあったんだよ。それに酒場側にも都合がある。急に人が減ったら、お店が回らなくなるだろ」

「そこもちゃんと考えてるよ。23層までの情報は私が持ってるし、お店が回らなくなったらマリアちゃんを派遣すればいいじゃん」

情報に関しては自分が保持していることを強調して、すり抜けるつもりのようだ。しかし、お店の都合は別問題だ。

「情報収集に関しては百歩譲ってもいい。けど、仕事の代わりを、そう簡単に他人がやっていいわけがあるか。それに、マリアがやってくれるとも決まっていないだろ」

「えぇー。キリストがやってたのって、皿洗いと皿下げばっかじゃん。誰でもできるよ。仕込みの手伝いだって、料理スキル持ちのマリアちゃんのほうが上手くできるだろうし。なにより、可愛い女の子の方が、お店にはいいんじゃないかな? マリアちゃんがやってくれるかどうかは……ねっ、マリアちゃんやってくれるよね?」

ラスティアラは料理をしているマリアに呼びかける。

「それがご主人様のためになるなら、絶対にします」

無駄に気合のこもった声で、マリアは答えた。

それを聞いたラスティアラは「ほら見ろ」といった顔を、僕に向ける

「くっ……!」

ラスティアラの見事な逃げ口上に、追撃ができなくなり唸る。

重箱の隅を突いて食い下がってもいいが、そこまでする理由はない。ラスティアラの言うとおりの部分も、確かにあるのだ。

静かになった僕を見て、ラスティアラは言葉を続ける。

「これなら、もし情報収集が必要になっても、マリアちゃんに頼めばいいよね。ほら、綺麗な役割分担のできあがり。流石のキリストでも、ここで反対するほど過保護じゃないよねえ?」

できれば僕は、マリアに酒場で働いて欲しくない。

それは客層にならずものが多いという理由からだが、マリアのレベルが解決してしまっている。僕たちにはついて来れないが、マリアの実力は熟練の探索者と遜色ないのだ。ここで反対してしまえば、過保護の烙印を押されてしまうのは避けられないだろう。

仕方がないので、僕は論点をずらすことにする。

ここでラスティアラに勝ち誇られるのだけは我慢ならない。

「けど、まだ話は終わらないぞ。独断で好き勝手したことには変わらないし、マリアのことも事後承諾でしかない。おまえの身勝手さが、許されたわけじゃない」

「よ、よーし。今日の夕食は何かなー?」

「別に、僕は食べながらでもいいぞ。説教しながらだと、メシも美味い」

「いや、私はメシが不味くなるよ……」

ラスティアラは旗色が悪くなったのを感じて、さらに話題を変えようとした。

だが、それは許さず、テーブルに逃げたラスティアラを追いかけて、僕もテーブルにつく。

それを見たマリアが、出来上がった料理を並べていく。

――こうして、二度目の夕食が始まる。

その間、ずっと僕はラスティアラの身勝手さについて延々と説教を続けた。途中、口の達者なマリアも協力してくれたので、ラスティアラに押し返されることもなかった。

結局、ラスティアラは僕とマリアの説教を食らい続け、最後には項垂れて小さく謝った。その謝罪を最後に、一日が終わっていく。

僕たち三人は眠る前の別れ際、誰もが微笑していた。

迷宮での悶着で生まれた暗い空気は、もう完全に消えていた。

少なくとも僕だけは、そう思った。