軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.インターバル

21層から逃げ帰った僕たちは、それぞれ休息をとり始める。

マリアは自室で横になるとそのまま引きこもり、ラスティアラは用があると言って早々に外出した。

この時間を使って、マリアと今後について話し合ってもよかったが、「一人にして欲しい」とやんわり断られてしまった。僕も一人で考えたいことがあったので、無理をしてまで話はしようとは思わなかった。

先の迷宮探索を終えて、思うところは本当に多い。

僕とマリアの未熟さもだが、スキルや魔法の考察もしなければならない。

新魔法《 次元雪(ディ・スノウ) 》は問題ない。魔法《コネクション》も成功だ。20層に配置した扉にはカモフラージュ用の黒い布をかけてあるから、すぐに壊れることもないだろう。よっぽどのことがない限り、20層を隅まで探す高レベルの探索者なんていないはずだ。

それよりも、問題なのはスキル『???』だ。

スキル『???』を使わない状態で数日経ち、あの力の異常さが際立ってきた。

スキル『???』で失われるものは『表示』通りのものだけだと楽観しないほうがいいかもしれない。スキル『???』を使い、迷いを捨て、全てを合理的に考えられるというのは、自分の価値観を改変していることに他ならない。自分の 与(あずか) り知らぬところで、自分というものを変えられるというのが、ここまでぞっとするものだとは思わなかった。

キリのいい混乱10.00を回避するため、スキル『???』をできるだけ使わないようにしていたが、さらに使わない理由が増えた。とはいえ、ティーダ戦ほどの激戦や、奴隷に関わりさえしなければ、スキル『???』を使うことはないだろう。焦りさえしなければ、僕ほどの力があって、窮地に陥ることはそうそうないはずだ。

僕は魔法とスキルの今後の方針を固め終わり、時間を確認する。

日が暮れるにはまだ少し早いが、酒場へ仕事に向かうことにする。早めに情報収集すれば時間も無駄にならない。

僕はマリアに出かけることを伝え、服を新しいものに着替えて酒場に向かう。

道中は何もなかったが、酒場に入ろうとして――丁度店から出てきたラスティアラと鉢合わせになる。ラスティアラは口を開けて、驚く。

「あ」

「え、ラスティアラ? ここで何を?」

「あっ! 用事思い出した。じゃあねー」

ラスティアラは足早に去っていく。

どうやら、ここで僕と出会うのは、ばつが悪かったようだ。

追いかけようと思ったが、踏みとどまる。ラスティアラが酒場で何をしていたかはわからないが、ここで追いかけると仕事に間に合わなくなる可能性がある。僕は仕方がなく、酒場の裏側から入っていく。

「キリスト君? あれれ。なんで来てるの?」

裏手にはリィンさんが控えていた。そして、入ってきた僕を不思議そうに見る。

「僕が来たらまずいんですか?」

「えっと、キリスト君は今日から休みだって聞いたから……」

「は? 誰からですか?」

「店長だよ」

「……ちょっと聞いてきますね」

「そうしたほうがいいよ」

今日から休み?

僕に長期の休みを取る予定なんてない。

ただ、思い当たるとすれば、さっきのラスティアラだ。

僕はリィンさんの横を抜けて、厨房にいる店長のところに向かう。

厨房には料理の仕込みをしている店長がいた。

「店長。さっき、リィンさんから僕は休みだって聞いたんですけど……」

「おわっ、キリストじゃねえか。驚かせるな」

後ろから声をかけたため、店長は驚きながら答えた。鍋に向かって集中していて、気づかなかったみたいだ。

「すみません」

「いや、気にするな。それで、休みだっけか。あれはフーズヤーズのお嬢ちゃんから、言われたことなんだが、違ったか?」

「フーズヤーズのお嬢ちゃんって、ラスティアラのことですか?」

「ラスティアラ? そんな名前なのか?」

「いや、名前ぐらい聞いてないんですか?」

「名前は明かせないって言われたな……」

「そんなやつの言うことを信じないでくださいよ」

行動にラスティアラらしさがある。先ほど、すれ違ったことから、店長と話をした相手は彼女で間違いないだろう。

「いや、おまえが誑かした例のフーズヤーズのお嬢様って名乗ったから、深くは聞けなかったわけだ」

「あの 女(アマ) ……」

「それで、お店の迷惑になるのは心苦しいということで、身辺の整理がつくまでキリストを休ませて欲しいと嘆願してきたんだ。こっちとしても、あのレイディアントみたいなやつに度々来られても困るからな。二つ返事で承諾したぞ。礼儀正しくて、事情にも詳しかったから、間違いないと思ったんだが……」

「ああ、なるほど……」

つまり、あの猫かぶりで、うちの店長を丸め込んだということだ。

なんだかんだで、うちの店長は美人に甘い。それは昨日のレイディアントさんだったり、従業員のリィンさんだったり……店長と親しいものならば、皆知っていることだ。

美人のラスティアラに絆されて、深く聞かなかったに違いない。

状況はわかった。

けど次は、なぜラスティアラはこのような行動を取ったかを考えないといけない。

おそらくだが、これからの迷宮探索時間の延長だ。僕が仕事を理由に探索を切り上げようとしたとき、不満そうにしていたから間違いない。

そして、もう一つ。情報収集先潰しも兼ねているのかもしれない。あいつは、ネタバレを嫌う傾向にある。僕が23層までの情報収集を行うことで、楽しみが減ることを嫌った可能性がある。

本当に厄介なやつだ。

だが、真に厄介なのは、その二つの理由を無意識で計算し、自分自身は善意で行動していると思い込んでいるかもしれないってことだ。

あいつと接する時間が増えたことで、あいつの考え方も少しはわかってきた。

きっとラスティアラは「酒場での時間よりも、迷宮の時間が多い方が効率的――」「情報収集した状態での探索に慣れてしまうと、23層以降が危険――」なんてことを思っているに違いない。

僕は深い溜め息をつきながら、言葉を続ける。

「確かにそいつは例のフーズヤーズのお嬢様で間違いないです。言っている事も間違いではないので、もうそれでいいです……」

「お、いいんだな。あのお嬢ちゃんの言うとおり、休みにしとくぜ」

「はい……」

初日のレベルアップも、『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』をあてがったのも、パーティー参加も、マリアへの忠告も、全てあいつなりの善意から始まっている。

余計なお節介とはいえ、そうだとわかってしまえば、その善意を頭から撥ね退けるのは躊躇われてしまった。

ただ、自分勝手さについては、あとでしっかりと責めるつもりだ。ラスティアラも、自分に強引さがあるとわかっているからこそ、先ほどは逃げたのだろう。

「それじゃあ、ちょっと暇をもらいますね……」

「おう、しっかりと清算してこいよ。色男」

不本意すぎる称号だ……。

そういえば、迷宮で騎士にも言われたような気がする……。

他は許せても、この不名誉な称号の恨みはいつか返そう。

そう僕は心に誓う。

そして、意味深な店長とリィンさんの目に耐えながら、僕は仕事をすることなく、酒場から出ていったのだった。

◆◆◆◆◆

酒場を出てから、それとなくラスティアラを探したものの、負い目があるせいか彼女が姿を現すことはなかった。

マリアも部屋から出てこない。

仕方がないので、僕は最後のパーティーメンバーであるディアのところに、顔を出すことにした。

病院の受付を通り過ぎ、ディアが入院している病棟まで歩く。

廊下を歩き進むにつれ、辺りの様子が変わっていることに気づく。

なんか、廊下が穴だらけになっている……。

風通しのよくなった廊下をおっかなびっくり進み、僕はディアの病室に入る。

ディアの病室は、廊下よりも酷い惨状だった。

至るところに空いた穴が板で塞がれ、床や壁が焦げついて変色している。家具や器具も破損しているものが多く、以前に来たときの安心感・清潔感は一切残っていない。

そんな様変わりした病室で、ディアは変わりなくベッドの上で寛いでいた。

「ディア……?」

「あっ、キリストか」

僕とディアは挨拶を交わす。

この惨状をディアは気にしていないようだ。

「なあ、ディア。これ、一体何があったんだ?」

「あ、ああ、この部屋か……。ごめん。これのせいで、ちょっと修理費がかかるみたいなんだ。俺の取り分から、受付の人に払っておいてくれないか?」

「いや、それはいいよ。ディアのお金なんだから、当然だ。それより、何が起きたのか教えてくれないか?」

「うーん。……敵襲?」

ディアは半疑問系で、聞き返してきた。

僕に聞かれてもわからない。

「敵が来た? 病院に?」

「ああ、アルティって子だ。ほら、ティーダと戦ったとき、後ろに居たやつ。あいつと戦った」

「あ、あいつが?」

確かにそれならば、納得がいく。

迷宮の外で活動できるのは 守護者(ガーディアン) だけだし、あいつの扱う魔法は炎属性だ。この床と壁の焦げつきの理由がつく。

だが、アルティが戦闘をしかけるようなイメージは沸かない。むしろ――

「アルティから仕掛けてきたのか?」

「え、えっと……、あいつは全く手を出してない。全部、俺の魔法の被害だ」

「やっぱりか……」

それは戦ったとは言わない。

どうやら、ちょっかいをだしに来たアルティに、ディアが過剰反応してしまった結果のようだ。

そういえば、10層で魔法《コネクション》を置こうとしたとき、「本体が忙しい」と言っていた。もしかしたら、ディアに魔法を撃たれていた最中だったのかもしれない。

「悪い。和解はしたんだが、そのときにはもうこの有様だった」

「いや、仕方がないよ。僕もアルティのことを説明していなかったのが悪い」

アルティの興味は僕だけにあると楽観していた。だが、よくよく考えれば、ティーダを倒したのは僕だけじゃない。ディアも、その一員だ。

ならば、ティーダの願いを叶えたディアに交渉を持ちかけてもおかしくはない。

僕は自分の考えの至らなさを悔やみながら、アルティがここで何をしていったのかをディアに聞く。

「それで、アルティは何の用でここに?」

「うーん。適当にお喋りして、魔法を教えてもらったくらいだな。いいやつだった」

「魔法を?」

「俺の火炎魔法が見てられないとか言って、色々と。部屋の焦げは、ほとんどが火炎魔法の練習のせいだ」

「確かに、あいつは火炎魔法のプロだけど……」

しかし、この様子からすると『恋の成就』については何も聞いていないようだ。

ディアの人柄を知って、恋の相談ができるような相手ではないと判断したのかもしれない。

「それで、魔法は変わったの?」

「ああ、段違いだ。《フレイムアロー》の火力を調整できるようになった。神聖魔法の勘も戻ってきたし、もう今までの俺じゃないぜ」

「おぉー」

火力の調整。

MPが無尽蔵にあるディアなら、常に全力で撃ってていいのだが、できるに越したことはない。

「ただ、調子に乗って練習しすぎて医者に怒られたよ。魔力欠乏症でそんなことしていると死ぬぞって脅された」

「前も言ったけど、無理だけはしないようにね。入院が伸びるだけだから」

「う……、それは俺も避けたい。できるだけ静かにしておくよ」

ディアは入院期間のことを言われると大人しくなる。

長引くことは本意でないようだ。

その後は近況を伝え合って、時間を潰していく。

途中、僕は仲間についての話を切り出す。

「――ああ、そうだ。仲間が増えたから、退院したときにでも紹介するよ」

「仲間?」

「ああ、迷宮探索を手伝ってくれる人が増えたんだ。早めに伝えておこうと思ってね」

「おお、それはいいな!」

ディアは嬉しそうに、仲間が増えたことを喜ぶ。前に会ったときは、妙にソロの挑戦を推していたので、反対されるかと思ったが杞憂だったようだ。

見たところ、以前パーティーを集められなかったせいか、大人数のパーティーに軽い憧れを持っているようだ。だが、その待望の仲間が、性格に問題のあるあの二人なので、過度の期待を持たせないようにハードルを下げておくことにする。

「ただ、ちょっと変なやつらだから、あまり期待しないで」

「キリストが選んだ仲間なんだろう? なら、俺にとっても素晴らしい仲間に決まってる」

相変わらず、ディアは僕を信頼しまくっている。

捻くれているマリアや狂っているラスティアラとは大違いだ。そのディアの純朴な目が、いまは大変心地よい。

「……性格に難があるやつらだから、ディアと上手くやれるか不安だな」

「上手くやれるよう、頑張るさ。そいつらのためにも、もっと魔法に磨きをかけなきゃな」

「流石、ディア……。でも無理はしないように」

眩しすぎる……。

なんていい子なんだ。ディアと出会えたことを神に感謝したいぐらいだ。

「――ただ、もしキリストの夢を邪魔するようなやつだったら、少しは口を出すがな」

僕が神に感謝していると、ディアの小さな呟きが耳に入った。

「え?」

「ああ、迷宮探索の邪魔をするようだったら、話は別ってことだよ」

「あ、ああ。そりゃそうだ」

聞き間違えでないならば、「僕の夢」と言った。ディアが思いやりのあるやつだということは知っているが、少しだけ、その表現に違和感を覚える。

「キリスト。仲間が増えたのなら、迷宮探索も進んだんだろう? 話をしてくれよ」

「ああ、もちろんだ」

だが、すぐにディアが話をせびってきたので、その違和感を突き止める時間はなくなる。

迷宮の情報の共有は優先順位の高い用件だ。ディアほど才能ある魔法使いならば、復帰すればすぐに協力してもらいたい。

僕は20層までのモンスターについて、ゆっくりと丁寧に話し始める。

話すことは山ほどある。どういったボスモンスターと戦ったか、各階層の特徴、僕が苦戦した状況、様々な情報を噛み砕いて説明する。

迷宮について話すことがなくなる頃には、外もすっかり暗くなっていた。

最後に、次はお見舞いの品を持ってくると約束して、ディアの病室から退室する。

帰り際に、ディアの部屋の損害賠償金を払い、自宅に戻っていった。