軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

152.36層、37層

35層から36層への階段は、もはや渦と比喩すべき状態だった。

重力に逆らえず、35層の水が下へと飲み込まれている。

僕たちは渦に飛び込み、滝のような階段を降りていく。叩きつけられるかのように、べちゃりと地面に落ちる。

36層に待ち受けていたのは、回廊一杯の水でなく、浅瀬だった。

連続で水中でなかったのは助かった。とはいえ、34層と比べても水位はかなり高い。辺りを見回すと、様相も変わってきている。

横壁から湧き水が流れていたり、水草がちらほらと生えているのが見える。

「水中よりはマシだけど、これはこれで動きにくいな」

水を掻き分けながら、僕たちは回廊を進み始める。

特にディアとリーパーは苦しそうだ。単純に身長が足りないため、ほぼ泳いでいる状態となっている。

その中、一人だけ平気そうなのがスノウだ。

「え、動きにくいかな……?」

地上を歩くのと変わらない様子で、のしのしとスノウは歩いていた。

「なあ、スノウ。もし余裕があるならディアとリーパーのどちらかを担いでやってくれないか?」

彼女の腕力ならば容易いことだろう。

できれば体力の消費が偏ってしまうのは避けたい。

「え、か、かつぐ……?」

しかし、スノウは困り顔を見せる。

やはり、彼女の性格上、そう易々と頷いてくれそうにない。

僕がどう彼女を説得しようかと悩んでいると、先にリーパーが交渉に入る。

「お願い、お姉ちゃん。私は泳げるけど、ディアお姉ちゃんはもっと辛いから」

「む、むむむ……!」

「お姉ちゃんが面倒くさがりなのはわかってるよ。だから、ちょっと耳貸して――」

そう言って、リーパーはスノウに耳打ちをしようとする。慌てて僕は『ディメンション』に穴を作って、彼女たちの内緒話を聞けないようにする。気づく限りの範囲だが、他人のプライバシーは守る方針を取っているので、この耳打ちを聞くわけにはいかない。

それと、この 姿勢(スタンス) をスノウに見せつけたいというのもある。僕とリーパーが他人を思いやる 姿勢(スタンス) をとり続けていれば、いつか彼女も自分を省みて盗聴行為を止めてくれるかもしれない。

そんな儚い希望を持っている。

二人はこそこそと耳打ちしあう。

そして、その結果、スノウは顔を明るくして、元気よく頷いた。

「――うん、わかった。任せて、リーパー!」

「ふう、よかった……」

「じゃあ、二人を両肩に乗せるね。バランス悪いから、上の二人で何とかバランスとって」

「うん、お願いー」

スノウは米俵を担ぐかのように軽く二人を肩に乗せて歩き始める。とはいえ、彼女の肩幅はさほど広くないので、両手を広げて座る場所を無理やり作っている形となっている。

傍目から見ると凄い光景だった。

スノウは高身長だが細身だ。その細い身体で女の子二人を乗せている光景は、元の世界では物理的にありえない。

さらにその歩く速度も異常だ。

進みにくい水の中を、散歩のように進む。人ではなく、スカスカの発泡スチロールを担いでいるのではないかと疑ってしまうほど、その足取りは軽い。

竜人(ドラゴニュート) のスペックの高さをまざまざと見せ付けられる。

何にしろ、これでうちのちびっ子二人の疲労を軽減できる。

ディアがスノウにお礼を言っている横で、僕はリーパーへ感謝の意思を目で伝える。僕と以心伝心状態となっているリーパーはそれを誤解なく受け取り、少しだけ照れてはにかんだ。

「これで安心だ。先へ進もう」

僕を先頭にして36層を進む。この層の探索は少し疲労が増すだけで、いつもと余り変わらなかった。

敵のレベルは上がっているが、僕たちのレベルも上がっている。

そう困ることもなく、階段を見つけるが――

「ま、またか……」

37層へ続く階段は、またもや水に沈んでいた。

「どうする、お兄ちゃん……。まだみんな余裕はあるけど……」

リーパーが判断を乞う。

スノウのおかげで、全員もう 一泳(ひとおよ) ぎできそうではある。

僕は階段の前で全員のステータスを確認して、熟考する。

「……いや、今日はここで帰ろう。35層と36層の道を把握できただけで十分だ」

この先の水中層が、上の層と同じ造りだと楽観はできない。

今度は最短の道順を辿り、もっと疲労のない状態で37層へ挑戦するのがベストだろう。

空気の入った皮袋の数を増やす必要性があるということもわかった。そして、昨日の反省から、余裕を大きく持って行動したいのもある。

総合的な判断で退却を選択する。

ディアは少し不満そうだったが、担がれている立場上強く反対はできなかった。

思ったよりも早く帰れるとわかり喜ぶスノウの隣に『コネクション』を作る。

こうして、僕たちは探索を終えて船へと戻った。

戻った――が、そこで待ち受けていたのは火の海だった。

「え、え、ちょ、っと……」

灰色の煙を昇らせ、船が薪代わりとなって燃え盛っている。帆が焼け破れ、マストはいまにも倒れそうだ。このまま、燃え続ければ沈む。そう確信させるに十分な火の勢いだった。

「な、何してんの……?」

僕がかろうじて冷静さを保てていたのは、燃えていたのが『リヴィングレジェンド号』ではなく、見知らぬ船だったからだ。

それでも、トラウマの一つである光景の再現に、どくどくと心臓が不安げに震えている。

「ふふふふふふっ!」

「あはははははっ!」

僕の声が聞こえていない二人、マリアとラスティアラが甲板で高笑いしていた。

燃えながら沈みいく船を楽しそうに見送る姿は狂気的だ。

勇気を出し、声を大きくして僕は二人に叫ぶ。

「ちょっと! そこの二人、何してんの!?」

「あ、カナミさん、おかえりなさい」

「おかえりー、カナミー」

こともなげに笑顔で僕を迎える二人。

しかし、逆にその笑顔が怖い。

「穏便にって言ったよね!? なんで、知らない船がすぐそこで燃えてるの!?」

「ふふふっ、この私がお留守番のときにやってくるとは運のないやつらよ!」

ラスティアラが芝居がかった口調で、自分の成果を自慢し出す。

瞬時にこいつは話にならないと判断して、隅っこで僕と同じく顔を暗くしているメイド服の獣人女性に怒鳴る。

「セラさん! なんで止めなかったんです!?」

「いや、放火は止めた……。しかし相手も相手だったのでな……。お嬢様に強く言えず、その、な……?」

やっぱり、ラスティアラとセットだとこの人は駄目だ!

僕は頭を抱えて、崩れいく見知らぬ船へ視線を向ける。

最悪だ。問題事にもほどがある。連合国では止むを得ず犯罪者となっていた僕だが、別の地では清廉潔白な冒険者でありたかった。その計画が燃える船と共に崩れていく。

その様子を見て、マリアが慌てて弁明を始める。

「い、いえ、カナミさん。一応、事情があるんです! 事情が!」

「事情って、どんな……?」

「あの船は最初、商船を装ってこちらへ交渉しにきたのですが……、船員の代表が子供の私と見るや否や態度を変えて、襲い掛かってきたんです」

「ほ、本当に?」

「本当です!」

マリアは声を荒げる。僕からの信用が低いことに少なからずショックを受けているようだ。

そこへラスティアラが割って入る。

「いわゆる、海賊ってやつだね。戦地に近づいてきたから、自然と 海賊船(そういうやから) が増えてるみたい。一応、マリアちゃんはカナミの約束を守ってたよ。朝に襲ってきた相手は、炎で脅してお帰りになってもらったんだから。でも、昼になると別の海賊船がこっちへ寄ってきたわけ。たぶん、追い返した船が、私たちの船の位置を仲間に漏らしたんじゃないかな。その上、襲撃に失敗しても『穏便に帰れる』んだから、そりゃ何度も襲うに決まってるよね。しかも、船員は女の子が三人だけ。誰が聞いても、美味しい獲物だよねー」

ラスティアラは皮肉を交えて説明する。

マリアを庇い、僕の判断が間違っていたと言っている。

「カナミの言いつけを守るマリアちゃんが困ってたから、私が独断で許可したの。「これから来るやつら、船を燃やそうよ」って! 見せしめになるからね! その案に、フラストレーションの溜まっていたマリアちゃんは大賛成。そして現在に至る――!」

「そこで即決で船を燃やすおまえらの度胸は怖いが……、事情があるのはわかったよ……」

『並列思考』を使わなくとも、原因はわかる。

僕が甘かったからだ。

その温い指示をマリアは限界まで守ろうとしてくれていた。それを見かねてラスティアラが庇った。セラさんも、僕の指示よりラスティアラの指示のほうが正しいと判断した。

道徳的には僕が正しかったかもしれないが、みんなの安全を考えるならば僕は間違っていた。

言い訳のしようのない判断ミスだろう。

「怒鳴ってごめん、マリア、ラスティアラ。悪いのは僕だった」

まるで自分は絶対に間違っていないと確信した物言いをしてしまっていた。

レベルが上がり『並列思考』を持っている自分は、誰よりも賢いとでも思っていたのだろうか。

いや、間違いなく思っていた。だから、あんなにも怒鳴り散らしたのだ。

自分の愚かさを痛感し、自然と顔が下へと向いてしまう。

迷宮でのガルフラッドジェリー戦、ハイリとの会話、そしてこの驕り――失敗が止まらない。どれだけ強くなっても、以前と変わらぬ自分が嫌になってくる。

「ラスティアラさん! 言いすぎですっ、もう少しやんわり言わないと! カナミさんは何でもかんでも自分のせいにしちゃうんですよ!」

「でも事実は事実だし……。いまのも結構やんわりと言ったよ?」

「いいえ、私は聞き逃していません。カナミさんの言葉尻をとらえて「『穏便に帰れる』んだから――」って嫌味を言っていました。あれでは打たれ弱いカナミさんの心が傷つきます」

「いや、あのくらい言わないと自分の間違いに気づけないよ。特にカナミは――」

余りに情けないせいか、マリアに気を使われている。

というか、そんな風に思われていたことのほうがショックだ……。

マリアは僕の性格の自虐的なところを心配しているようだ。

やはり、マリアとの戦いの一件で、全て僕が悪かったと主張したのがまずかったようだ。彼女は僕に責任を負わせまいと必死だ。

これ以上マリアに心配かけないように、少し強がって答える。

「ありがとう、マリア。もういいよ。僕にミスがあったのは事実だから、ちゃんとそこは反省しようと思う。もちろん、必要以上に思いつめはしないから安心して」

ラスティアラとマリアの間に入って、言い合いを止める。

そして、バランスをとって、二人にも反省するよう咎める。

「……けど、船を焼いたことに関しては、そっちも反省して。帰ってきて、大炎上してたら誰だって取り乱すよ」

「あ、はい。やっぱり、焼くのはやりすぎでしたね……。航海を継続できないようにする方法は、他にも一杯ありました……」

マリアはしおらしくなった。

だが、ラスティアラはいつも通りだ。

空気が少し和んだのを確認して、さらに場を明るくしようと楽しげな声を出す。

「よーし、一件落着だねっ。私もちょっとは反省してるよ! ……それで、迷宮のほうはどうだった?」

「……ああ、37層まで行ったけど、また水中だったから余裕を持って帰ってきたんだ」

「なるほどね。じゃあ、明日には39層へ行けそうかな……」

「たぶん行けると思うよ」

あと少しで当初の目標は達成される。

航海も進み、かなり本土へ近づいてきた。早ければ明日か明後日にでも到着することだろう。

その経過報告をラスティアラは神妙な顔で聞いていた。

「 順調だね(・・・・) 。なら、明日は私も迷宮探索パーティーに入るからね。フィニッシュは私が決める!」

どこまでもラスティアラは前向きだった。

その真似をしようと努力してきた僕だが、やはり本家には敵わないようだ。ちょっとしたことで後ろ向きになってしまう。

僕はため息と共に、ラスティアラと同じように考えを方向転換させる。

順調だ。

順調に、前へ進んでいる――。