軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

150.プロローグ

『注視』して得た情報が、ハイリの言葉に嘘がないことを教えてくれる。

――名前 シア・レガシィ HP23/23 MP17/17 クラス 探索者

レベル3

筋力0.45 体力0.88 技量0.23 速さ0.34 賢さ1.02 魔力0.92 素質0.46――

――先天スキル なし

後天スキル なし――

名前はシア、姓はパリンクロンと同じレガシィだ。

目下の怨敵の親族が現れただけで身体が強張っていく。

目の前の少女に邪気がないのは一目でわかった。しかし、『レガシィ』という姓を持っているだけで、彼女を信じられなくなってしまう。その天真爛漫な態度が、僕を騙し陥れようとする罠としか思えなくなる。

僕は種族や血族といった枠組みで差別するような人間ではないと信じていた。しかし、現実は厳しい。この向日葵のような少女が傍にいるだけで落ち着かない。

「パリンクロンの親族ってだけで、こんなにも動揺するなんて……!」

戦争相手を一族郎党根絶やしにする為政者の気持ちが少しだけわかった。

そして、同時に自分がパリンクロン・レガシィという存在をどれだけ恐れているかも理解する。

硬直する僕を見て、ハイリは穏やかな声で落ち着かせようとする。

「心配せずとも彼女には何もありません。見ての通り、何の才能もありませんから」

ぽんぽんとシア・レガシィの頭を叩くハイリ。

確かにハイリの言うとおり、『表示』には何の才能も見当たらない。逆に探すのが難しそうなほど、スキルの欄は真っ白だ。

しかし―― だからこそ(・・・・・) 、 怖くもある(・・・・・・) 。

くすぐったそうに目を細めるシア・レガシィに、ハイリは慈しみの目を向ける。

「私はシアを最深部へと連れて行く協力をしています。彼女は気の合う友達の上、多大な恩もありますので」

簡潔にシア・レガシィの説明を終え、ハイリは少女の手を引いて『コネクション』へ向かう。

「では行きましょう、シア。みんな、私を待っているのでしょう?」

「え、ええ、もう? 待って、ハイリ。この人たちは一体誰なんですか?」

しかし、シア・レガシィは足を止めて、ハイリを引き止める。

未だにきょろきょろとあたりを見回している。状況を何一つ理解していなさそうだ。

「シアは知らなくていいことです。どうせ、知っても余計なことしかしないんですから」

「そんなひどい!」

少女は嘆き、僕は驚く。

パーティー『リーダー』と紹介しておきながら、そのリーダーの扱いがぞんざいすぎる。

その扱いに不満を覚えた少女は、ハイリの手から逃れ、胸を張ってこちらへ向き合う。

「えーっと、よく知らない皆様方。初めまして、私はシア・レガシィです。これでも探索者をやってます!」

元気一杯の爽やかな挨拶だ。

まだ僕の警戒心は解けていない。しかし、これを無視するのは人としての礼儀に関わる。代表して僕が自己紹介を返す。

「……僕たちも探索者だよ。名前は相川渦波。よろしくね、シア・レガシィさん」

「よろしくお願いしますー! 同業者さんなんですねー。なら、遠慮せずシアって呼んでください! 敬語もいりませんよ、お兄さん! 私もカナミのお兄さんって、好きに呼んじゃいますから!」

少女は首を傾け、人懐っこい笑顔を見せる。

「そ、そう? なら、そうするよ、シア」

「しっかし、アイカワ・カナミって変な名前ですねー。アイカワなんて、すごい珍しい名前……。ん? ア、アイカワ……? って、え、アイカワ・カナミ? 本当に?」

「うん、そうだけど……」

何度も僕の名前を復唱していく内に、シアの表情は固まっていった。

そして、油の差していないロボットのように身体を反転させようとする。

「――よ、よーし、ハイリさん。帰りましょう。すぐ帰りましょう。同業者さんということはライバルさんです。長居は無用ですよ!」

シアは固まった表情のまま、僕たちに素早く手を振って別れを告げた。そのまま、ハイリの手を取って『コネクション』へと向かおうとする。

もしかしたら、僕の連合国での悪名をどこかで聞いたことがあるのかもしれない。

「ん……? わかりました」

それはハイリにも意外だったようだ。

シアに促され、『コネクション』の扉を開く。

「そ、それじゃー、さよーならー……。みなさーん……」

大きく手を振って、そそくさとシアは扉の向こう側へと去っていった。

続いてハイリも扉をくぐろうとする。

しかし、その直前でぴたりと足を止める。

「ああ、最後に一つ」

ハイリは振り返り、僕を見て――そして、ちらりとディアも見る。ほんの僅かな時間だったが、僕の動体視力は彼女の眼球の動きを見逃さなかった。

ここでハイリがラスティアラを気にかけるのならわかる。しかし、彼女は最後にディアを見た。その意図が掴めない。

「少年、先ほど君は成長したと言いましたね」

視線の動きを隠すように、ハイリは僕へと力強く聞く。

僕が頷くと、ハイリは十分に言葉を選んだあと、ゆっくりと語り出す。

「――しかし、私はそう思いません。いまの姿を見て、成長したとは感じませんでした。『記憶の中の君』と『いまの君』ならば、私は前者のほうが魅力的に感じます」

そして、僕そのものを否定した。

「な――!」

その言葉は僕の心をひどく掻き乱した。

あれだけの苦難に遭って、あれだけの試練を乗り越えたというのに、目の前の少女はその成果を真っ向から否定してきた。

レベルは上がり、たくさんのスキルを得た。臆病さを克服して、自分を偽ることもやめた。

間違いなく、以前よりも僕は強くなった。そのおかげで、いまの僕には余裕ができている。

この余裕は試練を乗り越えた報酬だと僕は思っている。

しかし、ハイリの目から見れば、パーティーで笑いながら海水浴に興じているのは、怠けているように見えたのかもしれない。前進ではなく、後退しているように感じたのかもしれない。

それは余りにショックなことだった。

乱された心を分析し、僕が思いのほか、ハインさんという騎士を尊敬していたことに気づく。

ハイリという少女に褒められたいわけではない。ただ、ハインさんの記憶を持った存在に、その努力の成果を認めて貰いたかった。

自然と顔が歪んでいく。

それを見たハイリは、慌てて首を振った。

「い、いえ、私個人の話ですので、そう真剣に捉えないでください。ええ、ただの好みの話です。レベルを上げるだけが成長じゃない。それを伝えたかっただけです。すみません」

ハイリは必死に取り繕うものの、僕の心は落ち着いてくれない。

場の空気が悪くなったのをハイリは感じたのだろう。すぐに深々と頭を下げ、別れの挨拶を切り出す。

「……では、これで失礼します。ただ、私たちは本土のヴァルトを根城にしているので、パリンクロンを追いかけるお嬢様一行とは、また縁があるかもしれません。そのときはよろしくお願いしますね」

そして、ハイリは扉の向こう側へと去り、エメラルドグリーンの『コネクション』は光の粒子となって消えた。

白い少女ハイリのいた名残が消えうせたところで、ラスティアラは声を出す。

「……どう思う?」

いつも気楽なラスティアラには珍しく、真剣な表情だ。

「それは彼女がハインさんかどうかってこと?」

「いや、それはもう決まってるでしょ。あの子とハインじゃ、まるで別人だからね。見た目も雰囲気も。そりゃ、記憶に釣られているせいか言葉遣いが似てるみたいだけどね。そもそも、聖人ティアラの『再誕』の魔法をパリンクロンに真似できるはずないし」

ラスティアラは言い切る。

しかし、その断定に疑問を覚える。

「いや、でも……」

ラスティアラが言うほど、似ていないとは思えなかった。

確かに別人かもしれないが、ハインさんの名残がある……。

「あれは、ハインの記憶があるせいで苦労してる『魔石人間』の女の子。別人だよ、間違いなく」

「でも、ハイリはハインさんの記憶をほぼ持ってるって言ってた。それだけの記憶があれば、それはその人がそこにいるって証明にならないか?」

「いや、記憶だけじゃあ『再誕』とは言えないでしょ……?」

僕なりの理論を提示したつもりだったが、それはラスティアラにとって論外だったようだ。

ラスティアラは『 魔石人間(ジュエルクルス) 』の『最高傑作』であり、魔法の 専門家(プロフェッショナル) でもある。その彼女の見識からすると、僕が気にしていることは些細な問題のようだ。

「そ、そういうものかな……?」

僕の世界の価値観では、『記憶』はとても大切なものだ。人によっては、記憶こそが生きている証だと思う人もいるはずだ。よくあるSF小説では、記憶や人格を丸々移し替えることができれば不老不死になれる、なんて考え方もある。

しかし、この世界ではそんな発想がないようだ。

「普通はそうですよ、カナミさん。人が人として成り立つのに大切なものは『血』と『魂』です」

傍で聞いていたマリアも、ラスティアラと同じ考えのようだ。

前時代的なことに『魂』という言葉を引き合いに出す。

いや、きっとこちらの世界ではこれこそが近時代的なのだろう。魔法なんてものがあるのだから、魂なんてものも当然のようにあって、こちらの自我の証明には『魂』が不可欠なのかもしれない。

「そそ。だから、うちの聖人ティアラさんは『血』と『魂』の移動に、あんなに細心の注意を払っていたわけ。……けど、あのハイリって子は『血』も『魂』も別物すぎるよ」

異世界独特の感性についていくことができず、反論ができない。

最後のあがきに、ディアの意見を聞くことにする。彼女もラスティアラに負けない魔法の 専門家(プロフェッショナル) だ。

「……ディアも同じなのか?」

遠くに立っていたディアは声をかけられ、はっと顔を上げる。

「――えっ? えっと……、よく聞いてなかった。ごめん、ちょっと眠くて……」

目をこすりながら、ディアは苦笑いを見せた。

「眠い? 確かに、ちょっと顔色が悪いな。休んだほうがよさそうだ」

慣れない海水浴で、疲れたのかもしれない。

『表示』のHPに変わりはないが、体力を大幅に消耗しているようだ。

「ああ、ちょっと眠る。……ごめん、カナミ」

「別に謝ることはないよ。泳ぎは、僕が無理やりやらせたようなものだから」

「そうだな……、『俺』が謝ることはないよな……」

ディアは小さく笑って、船内へと入っていく。

その傷だらけの身体が小さく見えた。

ただでさえ小柄なディアの背中が、さらに小さく見える。その背中には白い羽が生えていた。可愛らしい小さな羽だ。注意深く観察しなければ、それが羽だと気づけないほど小さい。

僕が身の上の話をしたとき、ディアからも『使徒』の話は軽く聞いている。その羽を持って生まれたせいで、レヴァン教の『使徒』の再来として扱われていたらしい。

本人は魔力が少し高いだけで他の人間と変わらないと言っていた。僕はディアの希望通りに、彼女を同じ人間として扱うと決めている。背中の羽は、ちょっと変わったアクセサリーだと思っている。

しかし、ディアが船内へと消える間際、その飾りだと思っていた羽が少し震えていたように見えた。

ディアが休憩へ入ったのを機に、他のみんなもそれぞれ自由に行動し始める。

本当はハイリについてもっと話したかったが、ラスティアラやマリアの中では答えは出きっているようだ。ハイン・ヘルヴィルシャインは消えたと確信しているのが表情でわかる。

二人は何の心残りもなく海へと入って、泳ぎの練習を再開していた。

僕は甲板に残され、ハイリのことについて一人で考える。

ハイリは自分を失敗作品だと言い、ハインさんではないと主張した。

しかし、彼女から言われた最後の言葉は、まるでハインさんに言われたかのような錯覚がした。

それが僕の頭を悩ませる。

僕から余裕を少しずつ奪っていく。

「……いや、もういい」

首を振って思考を振り払う。

最近、ステータスの上昇と『並列思考』のせいか、無意識の内に余計なことを考えているような気がする。感覚が研ぎ澄まされすぎるのも困りものだ。

抜き身の刃が自分を傷つけているのと似ている。

考えても仕方がないことを邪推し続けても仕方がない。

それよりも僕が考えないといけないのは迷宮のことだ。

迷宮探索のライバルであるハイリが現れた以上、より一層と効率のいい探索をしなければならない。今日のハイリの体調を見る限り、迷宮探索を再開できるのは随分と先だろう。しかし、油断のしすぎで本当に迷宮最深部を先んじられては笑いごとでなくなる。

僕は甲板の椅子に座って、迷宮攻略について思索する。

『並列思考』に余計なことを考えさせないためにも、それは重要な事だった。

そう。

考えても仕方がない。

余計なことは、いま、必要ない――

そして、また泳ぎの練習をして、日が沈み始める。

――こうして一日が終わっていく。

今日は苦難の多い一日だったと思う。

ちょっとした油断からラスティアラとの距離が縮まり、そして一気に遠ざかった。スキル『???』を使用してしまったのは渾身のミスだ。

さらに畳みかけるかのようにハイリの登場だ。彼女の存在は僕の心を掻き乱す。その生まれ、性格、思想、その全てが僕を責めているとしか思えない。

僕は自室に戻り、疲れた身体をベッドへと投げる。

溜まっていた疲れが、どっと押し寄せてくる。同時に逃れられない眠気が、脳内を埋め尽くしていく。

どれだけ前向きに捉えようとしても、やはり、この船旅は僕の精神に負担をかけている。それを痛感する眠気だった。

そして、少しずつ視界が黒に染まっていく。

意識が遠ざかっていく。

僕はそれに抗うことなく、眠りを受け入れた。

明日からは、また迷宮探索を頑張らないといけない。

少しでも休んで、気力を回復させないといけない。

だから僕は、安らげる夢の中へと、望むがままに落ちていった。

休みたかった。

だから、落ちて、落ちて、落ちて。

深い心の底まで落ちていった――

◆◆◆◆◆

黒い泥の中に浮いている感覚。

どこまで見渡しても、澱んだ真っ黒な世界。

何もない。

黒い世界に漂っていた。

すると、どこからともなく、くぐもった声が響いてくる。

――ああ、 とうとう足りてしまっ(・・・・・・・・・・) た(・) 。

それは後悔の声だった。

その声は血を吐くかのように震え、掠れていた。

――二人の定めた『境界』を超えてしまった――つまり、人間の『限界域』に踏み込んだということ――ああ、このままでは、またアレが始まってしまう――過去の物語と重なってしまう――またあの悲劇を繰り返してしまう――駄目――なんてひどい結末――いや、違う――二度とさせはしない――それだけは許さない――絶対に――絶対に絶対に絶対に――絶対に――

――…………。

…………。

その声はすぐに闇の中へと吸い込まれて消えた。

今の言葉がどういう意味のものなのか、誰の声なのか、僕には理解できなかった。

言葉を反芻して、意味を考えようとして――その無意味さを悟る。

いま僕は闇の中にいる。

場所もわからない闇。

僕は、ここが夢の中だということをわかっていた。

夢の中の言葉なら寝言も同然だ。深い意味のない、適当な言葉の組み合わせである可能性が高い。

夢だと気づいた僕は、全身の力を抜いて、泥まみれの世界に身を任せる。

本気になっても意味はない。身体を休める事のほうが重要だ。

しかし、夢は僕を静かに放っておいてはくれない。

声が消えた次は、闇の中にとある光景が映りこむ。

『リヴィングレジェンド号』のラスティアラの部屋だ。

そのベッドに白い少女ハイリが眠っている。隣にはラスティアラと僕がいて、話をしている。真剣な顔でハイリの症状を確認している。

その光景には見覚えがあった。おそらく、これは今日僕が体験したことだろう。

ふと元の世界の知識を思い出す。確か、夢と言うのは記憶の整理を行っているというのを誰かから聞いた気がする。

ならば、これは僕の記憶の整理なのかもしれない。

それを確信したとき、別の光景が闇の中に重なる。

眠るハイリの隣に、ハインさんと出会ったときの記憶が。船の中で話すラスティアラの隣に、ラスティアラと出会ったときの記憶が。話を聞く僕の隣に、初めてこの異世界に訪れたときの記憶が。

時代と場所を超えて、様々な記憶が羅列されていく。

それはまさしく記憶の整理と呼ぶべき光景だった。

僕は心穏やかにそれを見送る。これをすることで、少しでも頭が軽くなるのなら嬉しいことだ。むしろ、もっと整理してくれと思った。

その果て、重なった記憶が混ざり始める。

そして、現実味のない夢らしい滑稽なムービーが流れ出す。

元の世界の記憶と異世界の記憶が混ざることで、信じられない光景が大量に生産されていく。ようやく普通の夢らしくなってきたことに少し安心する。

例えば、ハインさんと僕が元の世界で先輩後輩になっていたり――ラスティアラと僕が幼馴染で、毎朝一緒に登校していたり――学校のクラスメートにディアやマリアが混ざっている。

脈絡のない展開で、次から次へとありえない状況が脳裏に映っていく。

その夢らしい無節操な状況を、僕は気分転換のつもりで楽しんだ。

そして、愉快なムービーがひとしきり流れ、最後にまた『リヴィングレジェンド号』のラスティアラの部屋へと戻ってくる。

丁度ラスティアラの『 魔石人間(ジュエルクルス) 』の話が終わるところだった。

今度は、異世界のほうに元の世界の人間が混ざるのかなと、僕は少しだけ期待していた。

記憶と記憶は『関連性』という名の紐で結ばれている。

自然と似た状況の記憶が引き寄せられる。

記憶に記憶が重なる。

余命半年の女の子ハイリの横に、同じく絶望的な症状の少女が見えた。

夢だというのに、ずきりと心臓が痛んだ。

ハイリとよく似た境遇の少女。

同じく、病的なまでに白い手足。儚げな顔つきと、不健康な体つき。けれど、ハイリと違い、その長い髪は闇よりも深い黒だった。

見違えるはずがない――妹の相川陽滝だ。

そして、二つの記憶が重なったまま、再生されていく。

船の甲板で、ハイリと僕が口論を始めている。その少し隣で、陽滝と僕が口論している。

その光景は、ひどく僕の心を掻き乱した。

問題はハイリとの会話ではない。妹の記憶が、僕の心を弱らせる。

僕はハイリに言った。

――「君の寿命の短さは知ってるよ。けど、だからこそ君は生きながらえる努力をもっとすべきだと思うけど……」「……悪いけど、僕には自分の悲劇に酔っているようにしか見えない。楽な終わり方を見つけたから、何も考えずにそこにとびついているんじゃないのか?」「なら、もう少し経験を積んでから、大事なことは決めたほうがいい。一ヶ月もない人生なんて、余りに短すぎる。ギリギリまで必死に生きて、ギリギリまで悩んで――それでも僕に殺されたいと思ったなら、そのときは僕が相手してあげるから……。だから、もう少しだけ真剣に生きてくれないかな……?」――

確かに、そう言った。

そして、それととても似たことを、隣で妹にも言っているのだ。

妹にもハイリにも、大して変わらないことを繰り返している。

その光景を見て、確かにハイリの言う通り、まるで成長していないと思った。

ステレオに鳴り響く、僕の言葉。

それがとても……、気持ち悪い……。

そして、記憶の再生は偏っていく。

意識を妹のほうへと傾けすぎたからだろう。

ハイリの記憶が遠ざかり、妹との記憶が闇の世界を埋め尽くしていく。

それは元の世界での記憶。

妹との思い出。

つまり、相川渦波の人生だ――

その記憶は触れるだけで辛く、けれど触れるほど愛おしくもあった。

思い出は妹が病気に苦しんでいるところから始まる。

僕のせいで(・・・・・) 、妹は弱っていた。

妹がその病気にかかった責任は、僕にある。

それは科学的に証明できない関連性だったが、僕は自分のせいだと信じていた。いや、信じざるを得ないほど、僕は妹にひどいことをした。

だから、贖罪するために生きると僕は誓った。

その後、両親と離れるはめになり、僕と妹は二人で生活を再開する。

家事は全て僕がやった。慣れないバイトもやった。考えられる全てを試し、妹が幸せに生きていける環境を作ろうと頑張った。

しかし、どれだけ僕が必死になっても、所詮は子供一人の頑張りだ。当然のように綻びが生まれる。

次第に妹の体調は悪くなっていた。

その理由が、僕にはわからなかった。

紹介と仲介で病院を転々としている内に、僕も弱っていった。

忙しく苦しい日々だった。

だというのに、どこか満足感を得ている自分が嫌だった。妹のために苦しんでいるという事実が、どこか自分の心を楽にしてくれていたような気がする。

だから、僕は僕のためにも、諦めることは決してなかった。

助けを求めた大人たちに首を振り続けられても、妹を助ける方法を探し続けた。

『相川陽滝』を助けられると首を縦に振ってくれる誰かを探して――

探して、探して、探して――

探して、探して、探して、探して、探して――

その果てに、辿りついたのは――。

とある光景が視界に広がる。

そこは城の大広間。

遠すぎる天井に蝋燭のシャンデリアが無数に吊るされ、側面には吹き抜けの巨大な窓が無数に並ぶ。西洋の歴史的建造物に似ているが、歴史的と呼ぶには綺麗過ぎる大広間だった。至るところに描かれている意匠の凝った紋様には傷一つなく、どの家具も新品にしか見えない。

その大広間にいたのは三人の男女。

僕はその男女を、空から見下ろすかのように視認できていた。

三人の中の一人が頷く。

それは、やっと助けを求めた大人が首を縦に振った瞬間だった。

濃い金色の髪をなびかせた、中性的な顔立ちの大人は言う。

「―― 私なら助けられるわ(・・・・・・・・・) 。いや、その方法を私は知っていると言うのが正しいのかしら?」

乞食のように白い布切れを纏った大人の女性が、真っ黒でぶかぶかな外套を纏った仮面の人間に答えていた。

……だ、誰だ?

いや、それ以前にここはどこなのだろう?

医者を探しにきて、なぜこんな古びた城のような場所に辿りつくんだ?

夢にしても、おかしすぎる……。

とうとう夢の中で、僕は記憶の捏造を始めたのだろうか。それならば、この奇怪な状況にも納得がいく。

まるで中世欧州のお城の広間。

仮面を被った男が、幻想的な美しさの女性に妹の治療を頼んでいる。

まさしく、夢としか言えない光景だ。

けれど、目が離せない。

このちぐはぐな記憶を否定しきれない。

この光景の全て。城、女性、仮面。そのどれもが、どこかで見たことあるような気がする。

女性は話を続ける。

「しかし、その方法は余りに難しいわ。まず、この世界の『毒』を完全に理解することが最低限必要よ」

試すかのように女性は語り、仮面の人間は答える。

「『毒』――? ああ、この世界の『 魔力(・・) 』なら僕たちが誰よりも上手く操れる! なあ、『 ティアラ(・・・・) 』!」

男の声で力強く答え、そして、引き連れていた少女を『ティアラ』と呼んだ。

レヴァン教の『聖人』の名で呼ばれた少女は、両手を腰において胸を張る。

「その通り! この国を救ったのは誰だと思ってるの! 私と師匠以上に上手く『魔力』を操れるやつなんていないんだから!」

『ティアラ』と呼ばれた少女は、ラスティアラとよく似ていた。

そして、気づく。

似ているのは少女だけじゃない。

美しい大人の女性は、まるで成長したディアだ。そして、仮面の男の口調と身振りは、まるで僕自身だった。

ディアに似た女性が喋る。

「ああ、そういえば、あなたたちはこれを『魔力』と名づけたのだっけ。うふふ、『魔力』……、そして『魔力変換』ね。いいセンスだわ。私も次からそう言いましょうか」

僕に似た男が喋る。

「あんたの言う計画を成功させる自信が僕にはある。だから、僕の妹を救ってくれ!」

その顔は仮面で見えない。しかし、妹のために必死なその姿は、僕であることを確信させる。

「いい返事。けれど、そんなに軽く答えちゃってもいいのかしら……。これは契約。しかも、ただの契約じゃないわ。『使徒』との契約なのよ?」

「契約でも何でもしてやる……。『陽滝』のためなら、僕はもう迷わない! 二度と間違えない!」

女性は自分を『使徒』と言った。そして、男は『陽滝』の名前を出した。

つまり、ここにいるのはレヴァン教の『聖人』『使徒』、そして『相川渦波』ということになるのだろうか。

その無節操な登場人物に、僕は現実感の消失を感じた。

確実にこれは記憶の整理なんてものではない。

おそらく、聞いた話がごちゃまぜになって再生されているのだ。そして、身近な仲間が偉人として配役されて夢に出てきている。そう考えるのが最も自然だろう。夢ならば、よくある話だ。

意気揚々と夢の中の登場人物たちは話を続ける。

「――よろしい。ならば、ここに『使徒シス』と『始祖カナミ』の契約を認めるわ! 今日から私たちは盟友よ。ただの言葉だけではなく、『魂』と『魂』が運命の糸によって結びついた。どれだけ離れようとも、私たちは『呪い』によってめぐり合うことでしょう。そして、このときより君たちには栄光が約束される。『使徒』と契約するとは『聖人』となること。救国どころではなく、救世の英雄――いえ、英雄を越えし存在として名を残すことになるっ。そして、『聖人』を得たことにより、私は他二人の使徒よりも一歩先へ進むことができるっ。ああ、素晴らしい! 今日は素晴らしき歴史的瞬間だわ!!」

『使徒』は光を背負う。いや、それは正確でない。

背中の光の羽を広げ、後光のように男を照らしていた。その光は異常だった。光の密度が高すぎて、まるで白い壁だ。その光が魔力を伴ったもの――魔法に近いものだということが一目でわかる。

だが、その異常な光を前に、男は一歩も引き下がらない。

「そんなことはどうでもいい! それよりも、絶対に陽滝を救うと誓え!」

「ええ、あなたの妹の病気は、神の使徒の全力を持って治療させてもらうわ。ええ、適切な治療を、ね……。『絶対にあなたの妹を救う』と誓うわ……」

男と女の視線が絡み合い、徐々に距離が縮まっていく。

しかし、その後ろ。

『ティアラ』は『使徒』に怯えて、仮面の男の服のすそを強く握っていた。

その光へ飲みこまれないように。いや、仮面の男を誰にも渡さないようにと、強く強く引きとめていた。

それに仮面の男は最後まで気づけない。

少女の目が捉えた『使徒シス』の悪意に気づくことなく、その光へと飲まれていく。

男は使徒の光り輝く手を取った。

手が握られ、契約は結ばれる。

結ばれ、そして、そのあと三人は。

その三人は――

そこでぶつりと――視界が黒に染まる。

夢が終わり、元の何もない世界へと戻ったのだ。

暗い闇の中、僕は呆然と漂う。口を開けて、漂うしかなかった。

余りに奇怪で非現実的な夢に、呆れて何も言えない。

こんな場面、こんな記憶、僕にはない。

つまり、継ぎ接ぎで作られた都合のいい記憶ということだ。

夢で間違いない。

なぜなら、僕は覚えている。

結局、探して、探して、探して――探した果て、僕は何も見つけられなかったのだ。

だから、僕と妹は二人で、死ぬまで精一杯生きようと誓い合った。

二人で幸せを見つけようと、元の世界で僕たちは決めた。

そして、異世界に僕は一人で呼ばれ、妹は元の世界に置き去りとなった。

だから、いまの記憶は偽物。

夢。

夢でしかありえない。

そうでないと困る。

千年前の聖人ティアラが相川渦波の弟子?

始祖として使徒と契約した?

三人で陽滝の病気を治そうとしていた?

ありえない。

ただ、もし……。

もしもの話だ。もし、それが本当ならば……。

千年前の相川渦波と相川陽滝はどうなった?

そして、いまここに一人でいる僕は『誰』になる?

千年後にもいる僕は、何者だ?

普通なら、もう寿命で死んでいるはずだ。

僕の大切な妹。相川陽滝は、千年も前に死んだとでも言うのか。

それとも、 それとも(・・・・) ――!

――違う。

いまのは夢だ。

夢を元に推測するなんて、あまりに馬鹿げている。

それに、 どちらにしても(・・・・・・・) 、僕のやることは変わらない。

どちらの僕も(・・・・・・) ――いや、どんな僕であろうと、相川渦波は相川陽滝を助ける。助ける事に全力を尽くす。

それさえわかっていれば、それでいい。

その願いだけは絶対に間違えない。弄ばれていない運命であり、嘘のない真実だ。

妹を助けると心の中で繰り返す。

その迷いない答えが、僕を落ち着かせてくれる。

まるで故郷に帰ったかのような安心感が、強い眠気を引き寄せる。

意識が曖昧になり、黒い世界へ溶けていく。

深い眠りの中で、より深い眠りへと誘われる。

最後に自分のやるべき事だけ、再確認する。

僕は迷宮を進む。

迷宮の最深部へ辿りついて、陽滝と会う。

いまの僕ならばできる。

仲間に恵まれ、レベルも上がった。スキルは増え、ステータスも跳ね上がった。

『このまま』なら、僕は陽滝に会える。

それは約束されている。

約束されている、はずだ。

約束されていないと困る。

困るから、僕は。

僕は――……

僕は連合国を抜け出し、自分の願いを取り戻した。

ただ『弄ばれていない運命』『嘘のない真実』、その二つに耐え切れるか、それは別の話だ。

――僕は夢の中、独り呻いた。