軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127.親愛なる貴方へ

思い出せ。

ローウェンと出会った日から今日までの全てを、思い出せ。

彼の会話と表情を。

仕草や癖を。

想いと願いを。

その全てを再現することができたならば、『詠唱』は成功する。

あの魔法の『代償』だって払える。

ローウェンは僕の中で生き続ける。

はずなのに――

「――『拒んだのはあなたが先だ』『だから私は剣と生きていく』――!」

しかし、魔法は成功しない。

アルティのとき(・・・・・・・) とは違う(・・・・) 。

これは僕の(・・・・・) 『 詠唱(・・) 』 じゃない(・・・・) 。

ゆえに、 真(しん) には迫れなかった。

全く魔法構築の目処が立たない。

魔法《 亡霊の一閃(フォン・ア・レイス) 》が、認識外からの一閃だということはわかっている。

しかし、代替する魔法は《フォーム》と《コネクション》だけでいいのだろうか。次元魔法は必須だ。代替と組み合わせのパターンは何十通りも考えた。だが、どうやってもこの世の『理』、魔法構築の前提から抜けだせる気がしない。

そもそも、この魔法は魔力を使って再現できるかどうかも怪しい。

「くっ――!」

結果、僕は魔法構築に失敗し、無駄に魔力を失ってしまう。

そして、『詠唱』を完成させることのできなかった僕に、ローウェンは襲い掛かる。

魔法を唱えながらの突進だ。

「――《クォーツ、――ララクス》!」

水晶の剣は難なくかわした。

しかし、かわしたと同時に、八本の剣の内の半分が破裂する。

水晶が弾け、散弾のように僕へ襲い掛かる。

《ディメンション》のおかげで、破裂前に魔法の効果は予測できていた。僕は『魔力氷結化』で剣の横幅を拡げる。剣を盾にして、散弾を逸らす。

氷の盾は一瞬で砕け散った。

ただ、全てを逸らすことはできなかったが、被害を最小限に抑えることはできた。僕は負傷箇所を確認しつつ、ステータスも『表示』させる。

【ステータス】

HP262/293 MP189/751-100

まだ余裕はある。

魔力が残っている限り、そうそうダメージを食らいはしないだろう。そう言い切れるほど、いまのローウェンには決定打が欠けている。

だが、その代わりに得たローウェンの強みは絶大だ。

その強みは、ゆっくりと回る毒のように、緩やかな敗北を僕にもたらすだろう。

早く『詠唱』を完成させないといけない。

ローウェンの 剣(つるぎ) の後継者となり、リーパーを守れると証明しなければならない。

しかし、焦れば焦るほど、答えは遠のいていく。

その間もずっとローウェンは捨て身の攻撃を繰り返し、乱雑な剣を振り回し、次々と魔法を唱えていく。

「――ォーツ、グリント》《アースウェイブ》《クォ――、ーデン》――」

多種多様の地魔法を、ローウェンは放つ。

水晶が光を取り込み、内部で乱反射する。その光は魔力によって纏められ、一箇所から放出される。僕は氷の粒の膜を生成して、その魔法の光線を減衰させ、跳び避けた。

着地した足元が、大地震が起きたかのように揺れる。

結界内の地面が、地属性の魔力によって動いていた。雪の下にある水晶の砂が、意思を持っているかのように蠢く。

そこにローウェンが飛び込む。

斬り合っては消耗するだけだと思い、僕は距離を取ろうとする。しかし、柔らかい地面に足を取られてしまった。仕方なく、足の裏に魔力を集中させる。砂流の動きを《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》で固めてから、大きく跳躍する。

逃げる僕に、ローウェンは水晶の剣を投げつける。

僕は身をよじって、その剣を避ける。どうしても避けきれないものは剣で弾いた。

戦いは、逃げる僕をローウェンが追いかける様相に変わっていった。

しかし、いつまでも逃げ切れるわけでもない。ローウェンの技量は失われたが、速さは健在だ。

ローウェンは最大速を保ったまま、剣を振るい、次々と大魔法を放つ。

津波のように砂を操る魔法。

石の弾丸を撃つ魔法。

砂の渦で相手の動きを束縛する魔法。

水晶の 動く怪物(モンスター) を産む魔法。

上空から水晶の剣を雨のごとく降らせる魔法――

結界内に《 冬の異世界(ウィントリ・ディメンション) 》を展開していなければ、とうの昔に僕は倒れているだろう。

僕は発生前に魔法の効果を知り、その狙いを『感応』で読み、最も危険の薄いところへ逃げ込み続ける。《ディメンション》で力の流れを把握し、最低限の魔法で相殺してやりすごしていく。

だが、それらを繰り返せども、消耗は止められない。

体力と魔力は削れていく。

対して、ローウェンの体力と魔力が衰えている様子は見受けられない。

常に全力。魔力が身体から無限に湧き出ているかのように見える。

ボスキャラが息切れしないのはお約束とはいえ、余りに異常だった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

僕は荒々しい息を吐きながら、ローウェンの猛攻をしのぐ。

できれば、もっと距離を取って戦いたい。船を出て、海に逃げ、多くの地形を利用して戦いたい。

しかし、距離を取りすぎれば、ローウェンの注意が僕から外れてしまう。そうなれば、理性のないローウェンは、他の人間たちを狙うだろう。それでは駄目だ。

大粒の汗が流れ、吐く息から血の匂いがしてくる。

『表示』には表れない体力の限界も近づいてきているのがわかる。

【ステータス】

HP260/293 MP79/751-100

MPが0になれば、命を削って魔法を使用しなければならない。

そこまで追い詰められれば、きっと観客席のラスティアラが黙っていないだろう。彼女が未だに我慢強く見守ってくれるのは、スキルで僕の状態を把握しているからだ。

このままだと、僕は『試練』を超えられない。

何も超えられず、ローウェンはモンスターとして連合国の人々に処理されてしまう。

現実的に、その結末が近づいてきてるのがわかった。

少しずつ、諦念の感情が僕の心を蝕んでいく。

ここで僕が無理をして、誰かが傷つくほうがローウェンは悲しむ。そのくらいはわかる。

早々に全員でローウェンと戦ったほうが安全なのは間違いない。最高の結末は得られないが、次善の結末は得られる。

僕がローウェンを超えるという『試練』は、彼の一方的な期待だ。

絶対に超えられるとは限らない。

もし僕が『試練』を超えられなくとも、ローウェンは「ははっ。ちょっと、無茶言い過ぎたか」と言って、笑って済ませてくれるだろう。それもわかる。

落ち着いて、合理的に考えれば、ここは無理をせずに諦めるのが妥当だ。

そう。

それが妥当な判断――

「このぉおおおおおっ――! ふざけるなああ!!」

襲い掛かる八本の剣。

それを悪態をつきながら、弾く。

疲れが溜まり、両腕が鉛のように重くなってきた。

集中力が低下し、ローウェンの八本腕を捌き切れなくなってきた。

妥当?

本心は違う。

妥協したくない。

ローウェンの期待に応えたい。

『第三十の試練』を乗り越え、ローウェンの『未練』を完全に消し去ってやりたい。

あと少しなんだ。

確信はある。

あの『 魔法(・・) 』ならば、ローウェンの身体を斬れる。

しかし、あと少しのところで、『詠唱』を再現することができない。

歯噛みする僕に、ローウェンは容赦なく襲い掛かり続ける。

僕は《ディメンション》を強め、その剣の乱舞をしのぐ。

しかし、『武器落とし』、『デスマッチ』、『第三十の試練』の三連戦により、快復しつつあった体調が崩れていく。

そして、長い戦いの末、とうとう 終わり(タイムリミット) を迎える。

【ステータス】

HP260/293 MP2/751-100

「くっ、うぅ……!」

魔力が尽きる。

体力も限界だ。

もつれる足のせいで、僕は体勢を崩してしまう。

そこにローウェンの水晶剣が襲い掛かる。

僕は次元魔法を上手く保てず、その水晶剣の軌道を読みきれない。『感応』も無傷で避けきるのは難しいと訴えてきている。

傷を負ってしまう。

『第三十の試練』は終わりになる。

悔しくて堪らない。

その瞬間だった――

「――『 私(アタシ) は 世界(あなた) を置いていく』――」

――闇が、横切る。

闇の塊から黒い刃が伸び、水晶の剣を弾いた。

大鎌を振るいながら彼女が唱えたのは、間違いなくローウェンの『詠唱』だ。

そして、その『詠唱』は僕よりも真に迫っていた。

闇を纏うことで、リーパーは周囲の『認識』から逃れている。

炭化した左腕と赤く腫れた右腕を動かし、大鎌を振り回し、ローウェンの攻撃を防いでいく。

リーパーは背中越しに、僕に話しかける。

「諦めるなんて許さないんだから……!!」

叫びながら、大鎌を力強く払う。

ローウェンは吹き飛ばされ、距離が空いた。

そして、リーパーは闇の衣を脱ぎ、振り向いた。

頬と鼻が赤く染まり、涙まみれだった。

「リ、リーパー……」

涙まみれだが、その目から並々ならぬ覚悟を感じ取った。

自分の死を受け入れる覚悟を超えて、大切な誰かの死を受け入れる覚悟まで至っているのがわかった。

リーパーは鼻をすすりながら、叫ぶ。

「――ローウェンのことなら、アタシがよく知ってる。だから、あの『詠唱』はアタシがする! お兄ちゃんは剣を振って! 最後まで、ローウェンと剣で戦って!!」

同時に、首筋に熱が灯る。

逆流する(・・・・) 。

リーパーにつけられた首筋の紋様が発光する。『繋がり』を通して、様々なものが流れ込んでくる。

僕から魔力を奪うのではなく、リーパーから僕に魔力が流れ込んでいた。

【ステータス】

HP260/293 MP582/751-100

身体が魔力で満ち溢れていく。

僕の冷たい魔力とは違う。

リーパーの熱い魔力が、僕の身体の中に注ぎ込まれていく。

その魔力には、リーパーの感情と記憶が混ざっていた。

「アタシだって、ローウェンの『親友』だから……! だからっ、お兄ちゃんと一緒に、ローウェンの願いを叶える! それがっ、アタシのっ、本当の本当の願いだっ!!」

叫びと共に、リーパーの人生そのものが流れ込んでくる。

それはリーパーがローウェンと過ごした日々。その記憶。

リーパーが今日まで抱いてきた感情。そして、新たな決意。

全てが僕の中に入り込んでいく。

僕はリーパーの心を理解していく。

その心は、いまにも悲哀で引き裂かれそうだった。

共感するだけで涙が滲んでくるほどだった。

それでも、リーパーはローウェンの言葉を聞き届け、涙を流しながら武器を取った。

リーパーも、ローウェンやスノウと同じように、長い苦しみを経て、自分の力で立ち上がったのだ。

僕は自分の勘違いに気づき、リーパーに謝る。

「……ごめん、リーパー。また間違えるところだった。いつも、リーパーには気づかされてばかりだ」

心のどこかでリーパーの協力を諦めていた。

自分一人でローウェンに勝とうと驕っていた。

――それは違う。

リーパーを守るのに、リーパーの協力を得てはいけないなんて道理はない。

むしろ、協力し合わなければ、リーパーを守れない。

「そうだよな……。別に僕だけでローウェンを理解する必要はないんだ。決勝戦には三人いるんだ。なら、僕とリーパー、二人で――!」

萎れかけていた戦意が、リーパーの感情に煽られ、再燃していく。

負けじとリーパーの隣に立ち、剣を握り直す。

「ローウェン!! お兄ちゃんに守られるだけじゃない! アタシだって戦える!!」

リーパーの身体から、魔法《 次元の夜(ディ・ナイト) 》の闇が溢れる。

僕の冬の世界。

ローウェンの水晶の世界。

そこにリーパーの闇の世界が侵食していく。

言葉を交わさずとも、僕はリーパーの狙いがわかった。

そして、リーパーも僕がわかってくれると信じている。

『 影慕う死神(グリム・リム・リーパー) 』の『繋がり』が、僕たちを歴戦の 相棒(パートナー) へ変えていた。

正面から僕が飛び込み、リーパーは闇に紛れ、消える。

ローウェンと僕が切り結ぶ瞬間、背後からリーパーの大鎌が襲い掛かる。

逆方向からの奇襲にローウェンは対応できない。ガキンッと重い音が鳴り、ローウェンはよろける。そこに僕の剣閃が奔る。

惜しみない魔力をこめた《 氷結剣(アイス・フランベルジュ) 》を叩きつける。

猛攻を受けるローウェンは吼えながら、新たな敵に攻撃を繰り出す。

しかし、僕とリーパーの以心伝心の連携の前には無意味だった。

リーパーは常に死角へ潜み、ローウェンの隙を突き続ける。そのリーパーの強みを最大限に活かすため、僕は真っ向から打ち合う。

僕が危うくなればリーパーがフォローし、リーパーが危うくなれば僕がフォローする。

『地の理を盗むもの』は、ローウェンの親友たちに圧倒されるしかなかった。

「ローウェン! これがアタシ! グリム・リム・リーパー! こんなにも強くなったよっ、我侭だってもう言わないっ! だから、もうアタシの心配はしなくていい!!」

この数日でリーパーは本当に強くなった。

僕から技術を盗んだことで、戦闘能力だけならばラスティアラにも匹敵する。もちろん、身体だけの話じゃない。心も強くなった。

昨日までは受け入れられなかった辛い現実を、リーパーは受け入れることができるようになった。

『繋がり』で得た薄っぺらい成長とは違う。リーパーがリーパー自身で悩んだことで、本当の意味で成長したのだ。

ローウェンは僕とリーパーの攻撃を全身に受ける。

しかし、それだけではローウェンを倒せない。『地の理を盗むもの』の 身体(クリスタル) は砕けない。

リーパーの背後からの渾身の一撃で、ローウェンは大きく吹き飛ばされる。

その間に、リーパーは僕に確認を取る。

「お兄ちゃん……!」

僕は頷き返す。

言葉を交わさずとも、わかっている。

そして、いまならばできる。

一人では無理でも、僕たち二人ならば――!!

「ああ、あれしかない……! けど、僕だけのローウェンじゃ足りない! リーパーのローウェンも教えてくれ!!」

「うんっ! ――っ!!」

リーパーは頷く。

けれど、言葉にはしない。

する必要がない。

僕たちには言葉よりも確かなものがある。

『繋がり』を通し、リーパーの知っているローウェンが僕に伝えられる。

リーパーの記憶。

過去の風景が、脳裏を駆け抜けていく。

敵からも味方からも恐れられた剣士ローウェン。彼は戦争の中、たった一人で戦っていた。たった一人でも一軍に値してしまったのが、彼の不幸の始まりだった。

そして、リーパーが造られる。剣士ローウェンを束縛するためだけに、『死神』の『呪い』を敵が用意した。その束縛は成功する。

誰も予期せぬ形で、成功してしまう。

リーパーはローウェンに遊ぼうと呼びかけ、ローウェンは初めて出会った子ども相手に困惑した。

それがローウェンとリーパーの出会い。

無垢なる二人の始まり――

「これが……、ローウェン・アレイス……」

リーパーの知っているローウェンは、とても不幸だった。

その生まれが、その才能が、その剣が、ローウェンを孤独にした。

ローウェンは必死に生きた。家訓に準じ、ただ剣を鍛え続けた。そうすれば、家族として認められると信じて、幸せになれると信じて、ただただ剣を振り続けた。

しかし、その努力の果てに用意されていた道は、とても悲惨なものだった。

血で血を洗う戦争の中へ放り込まれ、化け物として扱われる日々。

道具のように使い潰され、死後も戦うことを強制された。

まさしく、世界に拒まれたと言うべき人生。誰とも関わりあえず、誰にも認められず、誰とも理解しあうこともできず、剣だけに生きて――死ぬ。

『詠唱』の真なる意味、その一端を僕は掴む。

「お兄ちゃんの知ってるローウェンは楽しそうだね……。そっか……。ローウェンは自分の剣を、誰かに残したかったんだ……」

同時に、僕の知っているローウェンも、リーパーに伝わる。

僕と子どもたちに剣を教え、とても満足そうだったローウェン。鍛え続けた剣を自慢できることが嬉しそうだった。無意味な人生でなかったと証明し、やっと報われていったのだ。

僕とリーパーは、ローウェンを理解していく。

『詠唱』を――、彼の人生そのものの真に迫る。

そこは僕だけでは辿りつけない境地。

けれど、リーパーが補ってくれる。

おそらく、リーパー一人でも、僕一人でも至れなかっただろう。

けれど、二人なら、至れる。

『詠唱』の 欠片(ピース) が足り、いま、言葉が紡がれる――

「――『 私(アタシ) は 世界(あなた) を置いていく』――」

「――『 私(ぼく) は 世界(あなた) を置いていく』――」

僕とリーパー。

二人で『代償』を支払っていく。しかし――

それでも、まだ足りない。

二人でも、ローウェンの『詠唱』を代替することはできない。それほどまでに、ローウェンの人生の密度は濃い。

ゆえに、完全な再現はされない。

未完成にもほどがある『詠唱』となってしまう。

けれど、それでいいと僕たちは思った。

僕とリーパーも、その『詠唱』を――ローウェンの人生そのものを変えたいと思ったからだ。

いま、僕とリーパーの心は一つになり――

心のままに、新たな『詠唱』を叫ぶ。

「――『 世界(あなた) が拒んだ 剣(つるぎ) は』! 『 私(アタシ) たちが受け継ぐ』!!」

「――『 世界(あなた) が拒んだ 剣(つるぎ) は』! 『 私(ぼく) たちが受け継ぐ』!!」

どんな人生をローウェンが歩もうと、彼には親友たちがいる。

そう世界へ訴えるかのように、僕たちはローウェンの人生そのものである『詠唱』を捻じ曲げた。

そして、ただ親友を想い、届こうとする一念で、剣を振るう。

それが僕たちの 剣(つるぎ) の最後。

僕たちにとって究極の一閃だ。

それはもはや、魔法《 亡霊の一閃(フォン・ア・レイス) 》ではない。

僕とリーパーの想いで構築されたそれは、ローウェンの魔法に似て非なる一閃となる。

――魔法の名が、変わる。

「――魔法《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》!!」

「――魔法《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》!!」

昇華する。

リーパーが次元魔法で『道』を開き、その『道』へ僕は剣を振るう。

魔法が成立する。

世の『理』を外れ、距離も時間も置き去りにして、剣が奔る。

その剣は『地の理を盗むもの』の持つ『理』を超える。

シャンデリアが落ち弾けたかのような音が鳴り、そして――

【『地の理を盗むもの』の 身体(クリスタル) は絶対に砕けない】

――その 守護者(ガーディアン) の『 理(ことわり) 』、 そのものを砕く(・・・・・・・) 。

認識することも叶わない不可避の一閃がローウェンに襲い掛かり、その八本腕を粉々に砕いた。

さらに、胴体を守っていた厚い 水晶(クリスタル) の鎧をも砕き、肩口から斜めに斬り裂く。

『地の理を盗むもの』たらしめる水晶が砕けていく。

顔に張り付いていた仮面にも似た水晶が剥げ、ローウェンの素顔が露になる。

そのとき、ローウェンは笑っていた。

不可避の一閃を身に受け、嬉しそうに笑っていた。

僕たちの魔法によって水晶を剥がされ、ローウェンは少しだけ正気を取り戻していた。

そして、その僅かな正気で、彼は両腕の剣――『改悪されたアレイス家の宝剣』と『 魔法鉄の剣(ミスリルソード) 』を守る。

砕かれたのは水晶の六本腕だけだった。

ローウェンは身体を裂かれ、大量の血を流しながらも踏みとどまる。そして、『改悪されたアレイス家の宝剣』を腰の鞘に戻し、『 魔法鉄の剣(ミスリルソード) 』を構えた。

複数の剣ではなく、一振りの剣だけで戦う。

ローウェンの本来の『剣術』だ。

ローウェンは自分を取り戻し、僕たちに負けじと『詠唱』し始める。

そこに一切の手加減はない。

だからこそ、いま、ローウェンは楽しくて堪らない。

「ァ、ァア――、わ、『私は 世界(あなた) を置いていく』――!」

ローウェンも世界を歪ませる。

僕たちの『詠唱』に、『詠唱』で応える。

「――『拒んだのは 世界(あなた) が先だ』、『だから私は 剣(つるぎ) と生きていく』――!」

彼の人生を代償とする不可避の一閃が構築されていく。

それを迎え撃つべく、僕たちも二度目の《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》を構える。

「――魔法《 亡霊の一閃(フォン・ア・レイス) 》!!」

ローウェンの全てが、僕たちに放たれた。

「――魔法《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》!」

「――魔法《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》!」

それを僕たちは迎え撃つ。

認識することさえできない世の『理』を外れた空間で、剣と剣が交差する。

そこは誰も到達することができなかった神速の世界。

剣士の頂点。

たった独り――ローウェン・アレイスだけの世界――だった場所。

そこへ僕たちも踏み込んだ。

『 魔法鉄の剣(ミスリル・ソード) 』の赤に、『クレセントペクトラズリの直剣』の青が追い縋る。二種の燐光が舞う。

「ローウェン!!」

「カナミィ!!」

《 亡霊の一閃(フォン・ア・レイス) 》と《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》は拮抗していた。

認識すらできない神速の剣が、刹那の間に何度もぶつかり合う。

水晶の花畑の上、『地の理を盗むもの』の用意した30層。

そこで僕とローウェンは、いつかのように剣を振るう。

『武器落とし』の戦いで、剣ではローウェンに勝てないと思い知らされている。

けれど、僕は剣だけで戦う。

ローウェンと出会ったおかげで、僕は強くなった。ずっとずっと強くなった。

それを伝えたい。だから、剣で戦うのだ。

気の遠くなるような数の剣閃の邂逅。

その後ろでリーパーは叫んでいた。いまや、観客の声はひどく遠く感じる。けれど、リーパーの声だけは、はっきりと聞こえた。

「――勝って、お兄ちゃん! もうアタシの心配はいらないって、ローウェンに伝えて!!」

声援を受け、力が漲る。

剣の戦いに介入できないリーパーは、『繋がり』を通して全てを僕に託していた。魔力だけの話じゃない。リーパーの決意と感情が、僕の力となっていく。いま戦っているのは僕だけじゃない。リーパーも戦っている。

だからこそ、負けられない。

リーパーのためにも、ローウェンのためにも、自分のためにも。

「――負けられないんだぁあァアァアアァアア!!」

僕とリーパーの想いが、ローウェンに追いつく。

そして――

《 親愛なる一閃(ディ・ア・レイス) 》が《 亡霊の一閃(フォン・ア・レイス) 》を超える。

『理』を超えた一閃が、ローウェンの『 魔法鉄の剣(ミスリルソード) 』を腕ごと砕く。

剣は役目を終え、最後の赤い輝きを煌かせる。

バラバラになった鉱石の欠片たちが、水晶の花畑に落ちていく。

その光景をローウェンは嬉しそうに見届けた。

剣と右腕を砕かれたローウェンは微笑する。

自らの完敗を、心から歓んでいた。

そして、微笑んだ顔をゆっくりと空へ向ける。

ローウェンは安堵の表情に変え、息を吐くように呟いた。

「 ああ(・・) ……、 安心した(・・・・) ……」

それは決着を示す言葉だった。

僕が『第三十の試練』を越えたという証明。

つまり、ローウェンの最後の『未練』が消えたということ。

『地の理を盗むもの』は『未練』を失い、かつてのアルティと同じように、充足した表情で『詠唱』する。

「『死者は夢を失い』、『屍となって世界を彷徨った』……。だが、それも終わる。『人は与えられた使命に生きるのではない、心に光を求めて生きる』のだから……。この『魂に差し込んだ一筋の光』が消えぬ限り、私は報われる……」

ローウェンの力は極限まで薄まり、流す血が淡い光へと変わっていく。

同時に、彼の展開した30層も崩壊していく。

水晶の花々と柱も、光の粒子となって空に溶けていく。

幻想的な光景だった。

まるで、霊を送る儀式のように厳かで美しかった。

ローウェンは光の中、笑って告げる。

「さよならだ、カナミ」

「さよなら、ローウェン……」

語るべきことは、もう剣で語りつくした。

僕とローウェンは一言だけで、僕との別れを済ませる。

そして、ローウェンは観客席へ身体を向ける。

観客席の一角、子どもたちに笑顔で手を振る。子どもたちはみんな、涙ぐんでいた。子供心ながらローウェンの人生の終わりを感じ取っているのだろう。口々に「かっこよかった」「強かった」と叫び、彼を讃える。

それをローウェンは笑顔で受け止め、次に会場全体へ向けて礼をする。

この『舞闘大会』に参加できたこと。決勝戦で戦わせて貰ったこと。そして、それを最後まで見てくれたことに、最大の感謝を送っていた。

その真摯な姿を見て、観客たちは呆然とする。

ローウェン・アレイスは、確かにモンスターだった。

しかし、終わってみれば、彼が自分たちにもたらしたのは最高の試合だけだった。

人間は誰一人傷ついておらず、観客の一角では子どもたちがローウェン・アレイスを讃えている。

彼は命を賭して、『舞闘大会』の決勝を盛り上げてくれた。

その事実だけが残った。

それに気づいた観客たちは、少しずつ拍手を鳴らす。

子どもたちの声に合わせて、少しずつ剣士ローウェンを讃える声が増えていく。彼への印象が、畏怖から憧憬へ少しずつ変わっていく。

少しずつ、本当に少しずつ、ローウェンへの祝福は増していく。

そして、数秒後には大歓声に変わっていた。

史上最高の決勝戦が終わり、その立役者であるローウェン・アレイスをみんなが褒め称える。

歓声が斜陽のように降り注ぐ。

「 弟子(こども) たちの声には負けるが……、万雷の喝采も悪くないものだな……」

ローウェンは手を挙げて、それを全身で浴びた。

そして、最後にローウェンはリーパーのほうへ歩いていく。

「リーパー……」

「ローウェン……」

二人は最後の会話を始める。

「初めて殺し合った日を覚えてるか、リーパー。長かったな……。私たちの遊びは、これで終わりだ。私は消え、おまえが残る。これでおまえの勝ちだ」

「……あ、あれは遊びじゃないっ。お兄ちゃんが教えてくれた! お互いが楽しくないと、遊びじゃないって――!」

「 いいや(・・・) 、 私も楽しかったよ(・・・・・・・・) 、 リーパー(・・・・) 。おまえと会えて本当に良かった。おまえは私の一番の『親友』だ。ずっと、私たちは遊んでいたんだ。そう、ずっと……。それはとても穏やかで、安らかで、楽しい毎日だった……。こんな死人と遊んでくれてありがとうな、リーパー……」

「う、うぅ……、ローウェン……」

リーパーは溢れる涙を止められない。

あらゆる感情が織り交ざり、返す言葉を見つけられない。

「だから、今度こそ頼む。笑って見送ってくれ、リーパー」

泣くリーパーを前に、ローウェンは苦笑いしながら左手を伸ばす。

伸ばし――、実体のないはずのリーパーの頭を、 撫でた(・・・) 。

リーパーはびくんと震え、ローウェンの手を見上げる。

何が起きたのかわからなかったようだ。

けれど、撫でられ続けることで、リーパーは理解する。 相手(ローウェン) に認識されているのに、実体を失っていないということに。

おそらく、生まれて初めての経験だろう。

優しい手のひらが、リーパーに触れる。

僕は図書館で得た情報と、リーパーの言葉を思い出す。そして、スキル『感応』と『並列思考』が一つの答えを出す。

いま『ローウェンを殺す』という『呪い』が果たされ、『そこにいない』という『呪い』からリーパーは解放されたのだ。

「……ひ、ひひっ」

リーパーはローウェンに撫でられ、涙まみれのままで笑った。

無理に笑ったわけじゃない。

ローウェンの温もりを感じられて嬉しい。だから笑う。心の底からの笑みだ。

そして、リーパーは笑って友を見送る。

「じゃあね、 親友(ローウェン) っ」

ローウェンも笑い返す。

「 いい(・・) ……。 いいさよならだ(・・・・・・・) 、 親友(リーパー) ……」

身体の全てが光と化していきながら、ローウェンの声はかすれていく。

これでローウェン・アレイスを、この世に縛るものは一つもなくなった。

ローウェンは、もう一度空を見上げる。

眩しそうに青い空を見つめ、誰に言うでもなく呟く。

「ああ、これで……、やっ、と、報わ……、れ、た……――」

途切れ途切れの言葉は、光の粒子と共に、空へ吸い込まれていく。

しかし、確かにローウェンは言った。「報われた」と。

そして、その言葉を最後に、ローウェンは光となって、完全に消える。

【称号『地を彷徨うもの』を獲得しました】

地魔法に+0.50の補正がつきます

『表示』と同時に、金属音が鳴る。

ローウェンが消えた場所に、一振りの剣が刺さっていた。

水晶の意匠が凝らされた、神々しいまでに美しい剣。

以前、僕がローウェンに預けた『アレイス家の宝剣』だ。それが姿を変えて、剣の鍔に赤い魔石をはめて、荘厳と立っていた。

僕は『注視』する。

【アレイス家の宝剣ローウェン】

守護者(ガーディアン) ローウェンの魔石をあしらった剣

剣の名は『ローウェン』。

――アレイス家に生まれた一振りの宝剣『ローウェン』と名づけられていた。

ローウェンは消えた。

けれど、彼が残したものは多い。

『舞闘大会』決勝で、その力の跡を残した。

その神々しい剣の煌きを、観客全員は死ぬまで忘れることはないだろう。

そして、少しだけ大人になった少女が一人とアレイス家最高の剣が一振り。

なにより僕自身こそ、一振りの 剣(つるぎ) として大地を彷徨い続けた彼の生きた証となった。