軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第44話 極秘の温泉お泊まりデートと、心臓に悪い混浴の誘い

襖が教えてくれた脱衣所に入ると、そこには湯上がりに着るための柔らかな綿の衣服、浴衣が二着綺麗に畳まれて置かれていた。

一つはジークハルト様の瞳と同じ、深い群青色。

もう一つは、淡い薄紫色に可憐な白い花があしらわれた可愛らしいものだ。

『あら〜、奥様とってもお似合いになりそう! 私の肌触りは最高よ!』

『俺の渋い色合いで、旦那様の色気をさらに引き出してやるぜ!』

浴衣たちも、着てもらう気満々である。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

私は一人、脱衣所で薄紫色の浴衣に着替えた。

帯をきゅっと締め、先ほど彼が買ってくれたアメジストの髪飾りを挿す。

鏡台さんが『とっても綺麗よ! 旦那様、きっと見惚れちゃうわ!』と太鼓判を押してくれたので、少しだけ自信を持って部屋に戻った。

「お待たせいたしました、ジークハルト様」

部屋に戻ると、そこにはすでに群青色の浴衣を纏い、帯をキリッと締めたジークハルト様の姿があった。

普段の重厚な軍服やカッチリとした執務服とは違う、少しはだけた胸元とリラックスした佇まい。

鍛え上げられた広い肩幅が浴衣越しでもよく分かり、思わずドキリとしてしまう。

「……似合っているだろうか」

「はい……! とっても素敵です。なんだか、いつもより大人の色気があるというか……」

正直に感想を伝えると、ジークハルト様は目を見開いた後、今度は私の姿をジッと見つめて固まってしまった。

淡い薄紫の浴衣に、アメジストの髪飾り。自分でも少し浮かれている自覚はある。

「あの、変じゃありませんか……?」

「……いや。……すごく、綺麗だ。……その、よく似合っている」

絞り出すように呟かれた声は、微かに震えていた。

『おいおいご主人様! 「ゆ、浴衣姿のコーデリア……破壊力が高すぎる! うなじが……いや、直視してはいけない、だが目を逸らすのも不自然か!? ええい、俺の理性よ持ち堪えろ!」って、脳内で大パニック起こしてるぜ! 鼻血出さないように気をつけろよー!』

リュックの中のグラムが、大音量で実況中継を始める。

その実況を裏付けるように、ジークハルト様は「くっ……」と頭を抱え、ついにはその場にしゃがみ込んでしまった。

どうやら彼自身の脳内パニック(と理性の限界)が原因らしい。

「ジ、ジークハルト様!? 大丈夫ですか!?」

「……気にするな。少し、胸の動悸が激しいだけだ」

「それ、全然大丈夫じゃないですよね!?」

そんなドタバタを繰り広げていると、広縁の奥、ガラス戸の向こうから、ちゃぷん、と心地よい水音が聞こえてきた。

『おーい! いちゃつくのもいいけど、お湯が冷めちゃう前に早くおいでよー!』

声に誘われて戸を開けると、そこには雪景色に囲まれた美しい岩造りの露天風呂があった。

湯船からは白い湯気が立ち上り、仄かな明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。

『極上の湯加減でお待ちしておりました! さあ、ご夫婦水入らずでどうぞ! もちろん、一緒に入られますよね!?』

岩風呂が、とんでもない爆弾発言を投下した。

「い、いっ、一緒……!?」

私は顔から火が出そうなほど熱くなるのを感じた。

確かにここは客室専用の露天風呂。誰の目もない完全なプライベート空間だ。

温泉街の公衆浴場なら男女別だが、ここは……いわゆる『混浴』というやつではないだろうか。

隣を見ると、立ち直ったはずのジークハルト様が、再び石像のように硬直していた。

私の「一緒」という叫び声と、目の前に広がる一つの湯船を見て、彼も状況を察してしまったらしい

『あひゃひゃひゃ! ご主人様の思考がショートしたぞ! 「こ、こんよく……!? いや、しかしコーデリアが恥ずかしがるだろうし、俺から誘うなど破廉恥極まりない……だがしかし、せっかくの夫婦水入らず……ごくり」って、煩悩と理性が 最終戦争(ラグナロク) を引き起こしてるぜ!』

私が真っ赤になって固まっていると、ジークハルト様は深く息を吐き、視線を逸らした。

「……な、なんだ。無理はしなくていい。俺は後でゆっくり入るから、お前が先に――」

彼が踵を返そうとする。

『おい! 強がってるけど、「本当は一緒に入りたい! でも嫌われたくない!」って必死に我慢してるんだぞ奥様!』

グラムの念話を聞いて、私はなぜか、すうっと心が落ち着いていくのを感じた。

この人は、どんな時でも私の気持ちを優先して、一人で勝手に葛藤してくれている。

王都で気味が悪いと虐げられ、誰にも心を開けなかった私を、丸ごと受け入れて愛してくれた人だ。

……なら、私からも、少しは勇気を出さないと。

「あの……ジークハルト様」

「……ん?」

「もし、よろしければ……」

私はギュッと浴衣の袖を握り締め、彼の真っ直ぐな瞳を見上げて言った。

「その……一緒に入り、ませんか……?」

しんと、静まり返る露天風呂。

数秒の沈黙の後、ジークハルト様の口から「ふごっ」という謎の音が漏れた。

『うおおおお! ご主人様の理性が木端微塵に砕け散ったァァァ!! 「天使からの誘い! 断る理由など万に一つもない!!」だってさ! やったなご主人様!』

ジークハルト様は、耳どころか首まで真っ赤に染めながら、何度もカクカクと頷いた。

「あ……ああ。……お前が、いいなら」

「はいっ」

グラムの歓声と、岩風呂の『ヒュー! 熱いねぇ!』という冷やかしの声を聞きながら、私たちは顔を見合わせて、不器用に笑い合った。

夜空には満天の星が輝き、雪景色の中で入る二人の温泉は、きっと、のぼせてしまうほど甘くて温かい時間になるのだろう。