軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

健啖の悪魔

これ全部食べるのか?

とツッコミを入れる間もなく、舌舐めずりをしてアンドラスは食事を摂り始めた。

まずはカツサンドに手を伸ばし、一囓りする。

「……これは美味ですね、九重様!」目を輝かせてアンドラスはこちらを見て、しかし手と口は止めずに「ほんのり甘味のあるソースがうっすらパンに染みて、ジューシーなカツと相まって素晴らしいです。次はオムライスを食べてみましょう」

あっという間に2個セットのカツサンドを食べると、次は卵たっぷりのオムライスをアンドラスは頬張る。

しばらく目を閉じて味わっていたが、カッと目を開くと、

「こちらも素晴らしい……ふわふわの卵とケチャップライスの酸味甘味の組み合わせ、脱帽です。こんな価値あるものを自分が食べていいのかと不安になるほどです」

言葉とは裏腹に、不安を微塵も感じさせないスピードでスプーンを口に運んでいくアンドラス。

食べっぷりに見惚れているといつの間にかオムライスは消えていた。

「いい食べっぷりだ。しかも結構詳しいなここの食べ物に」

「あの時、橘様にチクゼンニというものをいただいた時からずっと、食べ物について調べていましたから。知識だけはついています」

アンドラス、大真面目な顔で語ってるけど結構変わったやつかもしれない。

「ですが実際に食すと感動もひとしおでございますさて次は――」

それからアンドラスはさらに焼売弁当、シーザーサラダ、さらに果物も食べ、これでデザートで終わりかと思ったらミックスピザで再びメインに帰り、ホットドッグを食べ、また食べ続ける。

呆気にとられて見ていると、テーブルの上に並べた食べ物は全て綺麗になくなっていた。

「至福の時間を過ごさせていただきました……」

スマートなアンドラスのどこにこれだけ食べ物が入ったのか、謎すぎる。

悪魔の胃袋はブラックホールにでもなってるのか。

「ありがとうございます、九重様。九重様が魔石をとるのに誘ってくれたおかげで、こんなにも美味なものを心ゆくまで食せました」

アンドラスは満足げに遠くを見つめながら、「召喚されてよかった。はぁぁ――」と呟いている。

「俺も魔石が手に入ってよかった。MPもたっぷりだからな」

「ええ。これだけ食べてもまだMPありますしね。夜食が楽しみです」

アンドラスは未開封の箱と、いまだに飲食物のリストが映っている通販端末を、目を細めて見つめている。

アンドラス、数時間後にまた食う気なのか。

悪魔は恐ろしいという言葉の意味って、食欲が恐ろしいってことだったんだな。

だがそれにしても……。

俺も部屋に戻って飯食いたくなってきた。

気持ちの良すぎる食べっぷりに露骨に触発されてしまった。

俺も何か食べずにはいられない。

「じゃあ、また。アンドラス」

「ええ。また機会があればいつでもお供させてください」

俺はいそいそと管理人室を出て、自分の部屋へと戻っていった。

家に帰ると、すぐさま食べられるものがないか冷蔵庫を漁る。

冷凍庫も漁っていくと、冷凍の唐揚げと炒飯が目についた。

これだ、今の俺の体は唐揚げの肉と油、そして米を欲している。

マンション通販ではその場で食べるものだけでなく、冷蔵や冷凍して後で食べられるものも売っている。ある程度まとめ買いしてストックしているのだが、それが活きた。

すぐ取りに行けるとはいえ、毎回通販で買うのは結構面倒なんだよな。

リストにあらゆる食べ物があるから目移りして選ぶのに時間がかかるんだ。

だから、ある程度まとめて買っておく方が話が早い。

「じゃあレンジで……お、ちょうどいいな、こいつを使える」

ついこの前家電量販店で買ってきた魔電子レンジ。

一部が青い結晶になったこれを使えば――。

ピー、ピー。

唐揚げを入れて五秒で温め完了した。

さらに炒飯も同じく五秒で完了。

一刻も早く何か食べたい気分だったから一瞬で終わるのが有り難い。魔石と融合した電子レンジ、便利だな。

「じゃ、いただきます………………サク」

な、なんだこの唐揚げは!?

冷凍だっていうのに衣がまるで揚げたてのようにからっとさくっとしている。それでいて中の肉はパサパサになっているわけでもなくジューシーなまま。

冷凍の唐揚げって、大抵味はいいけど食感は揚げたてと同じとはさすがにいかないのだけれど、これはまるで揚げたての唐揚げだ。冷凍のクオリティじゃない。

炒飯も……うまい、フライパンで今作ったかのような味わいになっている。

魔電子レンジ、調理が一瞬な上に食品のポテンシャルをここまで引き出すのか。

これは大当たり中の大当たり、魔の家電の中でもTier1だな。

強化された冷凍食品の美味しさのあまり、俺は一気に平らげてしまった。

量はともかく、速さはアンドラスに負けてなかったかもしれない、ふふ。

「……あー、眠くなってきたかも」

ドカ食いしすぎたか、急激に眠気に襲われている。

少し早いけどまあいいか。やらなきゃいけないことがあるわけでもないし。

今日はMPもたっぷり稼いで働いたんだからな。

満腹になった勢いで寝るという、この世で一番気持ちいい入眠で、俺は幸福感とともに目を閉じた。

ギ……ュン。

ギィ…………ィン。

ギィッィィィィッッイインンンンン!!!

「な……んだ?」

何かの音が聞こえて、目が覚めた。

目を擦りながら首を振っていると、まだ何かのギュイギュイ音が聞こえてくる。

俺の部屋……じゃないよな。

外からか?

窓を開けて寝ていたが、外から音は聞こえて来ていた。

網戸に近付いて待っていると。

「……また聞こえた、これってまさかギターの音?」

寝ぼけた頭が覚醒すると、なんの音かがはっきりわかった。

ギターの音色だ。誰かがギターを弾いている。

結構響いてくるな、音が。

てか夜中にゴリゴリに楽器を弾くなと。

いったいどこのどいつが弾いてるんだ。

うるさいなあと思いつつも数分で音はやみ、夜闇は静寂に包まれた。

ようやく終わったか。

それにしてもギターなんてどこで拾ってきたんだ? それともMPを使って通販した?まさかな――世界が崩壊してるのに楽器に貴重なMP使うわけないか。

なんにせよ静かになったからよし、寝直そう。

もう一度おやすみ……。

その後は朝までぐっすりと眠った。

気持ちの良い寝覚めに、俺はギターのことは忘れてゴミを出しに行った。

ゴミ捨て場がマンションにはもちろんついていて、そこにゴミを出しておくと、ゴミが消えてくれる。

いつどうやって消滅しているのかはわからない。

ゴミ収集車なんてないはずだが……マンションの特殊な力で、どこか別の次元に収集されているのかもしれないな。

まあマンションが不思議なのは今さらなので、便利なものは利用するだけだ。

いつものようにゴミを出して、部屋に戻る――。

「……ッス」

――途中に、生気のない、目に隈のできた土屋とすれ違った。

「なんだか眠そうだな」

土屋は半分寝ぼけているかのように、うつらうつらしているようにも見える曖昧な頷きで返事をした。

「楽器弾いてる音がうるさくて眠れてないんッス……なんとかしてもらえないッスか!? 九重さん!」

両手を握り合わせて俺を拝んでくる土屋。

これはまさか――騒音トラブルってやつ?