軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9

私が騎士団と関わることになったのは、偶然だった。視察の予定もなく、騎士団の内情に口を出す立場でもない。

その日、私はただ王宮への道を歩いていた。

「……あれは?」

鎧姿の騎士が一人、壁にもたれて立っていた。剣に体重を預けているが、足元がわずかにふらついている。普通は、そんなことは無い。

「任務中か」

「はい」

返事はあった。だが、呼吸が浅い。鎧を外させると、傷があった。打撲と擦過傷。命に関わるほどではない。それでも、明らかに疲労が蓄積している。

腕の震え、焦点の合わない視線。

休養すれば治る。だが、休養しなければ、いずれ壊れると、私には見えた。

……それを、私は一度、見ている。

かつて同じように「まだ動ける」と言い続けた人間が、ある日、突然、立ち上がれなくなったという事実を。

だから私は問う。

「なぜ休まない」

「交代要員が……いませんでした」

騎士はそう言って、小さく肩をすくめた。

「少し無理をすれば、持ちますから」

“少し”という言葉が、あまりにも軽い。

「上からの命令か」

「いえ」

即答だった。

「自分の判断です」

私は、そこで気づいた。これは、強制ではない。仕組みだ。無理をする者ほど評価される。そして、倒れた者は自己管理を責められる。だから、この騎士は、無理を当然だと思っている。倒れなければ、良いと。

他の騎士を呼び、養護室に運ばせた後、その場に立ち尽くした。背後で、代わりに来た騎士が言った。

「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

謝る理由など、どこにもない。それが、騎士団と向き合うことになった、始まりだった。

私が騎士団の内情を知ったのは、それから間もなくだった。

騎士団は、表向きは整っている。怪我人はすぐに医務室へ運ばれ、治療も手厚い。死亡率は低く、装備の更新も定期的だ。

数字だけを見れば、優良組織に見える。

問題は、それ以外だった。確認すると、勤務時間の概念がない。休息は「余裕があれば」。自主訓練は「実質強制」。

「騎士は、民を守る盾だ」

「盾が自分を守ろうとするな」

それが、暗黙の了解だった。

夜通しの巡回を終え、そのまま自主訓練に出る。自主訓練の後、別件の警備に回される。

集中力が落ちれば、気合で立て直す。眠気は、濃い茶で誤魔化す。疲労は自己管理扱い。倒れれば、医務室。しかし、治れば、即復帰。

それが、騎士団のやり方だった。

私は、報告書を読み終えて、静かに息を吐いた。

「……これは、根性論だな」

団長は首を傾げた。

「問題はありません。規律は守られていますし、任務も滞りなく」

「死人が出ていないから、か」

私は、静かに言った。

「はい」

だからこそ、厄介なのだ。私は、紙を一枚、机の上に置いた。

「改正案を出す」

室内の空気が、一瞬、揺れた。

「内容は、二点」

指を一本立てる。

「一つ。勤務時間の上限を設ける。連続任務は最大十二時間。以降は必ず待機に回す」

二本目。

「二つ。訓練時間の管理徹底をする。自主訓練は強制ではない」

騎士団長の表情が、強張った。

「それでは、実戦経験が――」

「落ちるか?」

私は、即座に遮った。

「疲弊した状態で振るう剣と、整えられた状態で振るう剣。どちらが、生き残る?」

沈黙。

「これは、甘やかしではない」

私は、淡々と続ける。

「騎士団は消耗品じゃない。継続運用する戦力だ。人を削って強さを保つ組織は、いずれ崩れる」

団長は、しばらく黙り込んだ後、低く言った。

「……反発が出ます」

「承知している」

「特に古参は」

「だろうな」

私は、少しだけ口角を上げた。

「だが、集中力の低下による事故が減り、判断ミスが減れば、反論は数字で黙る」

感情ではなく、結果。根性ではなく、仕組み。

「騎士が国を守るなら、国は、騎士が壊れない制度を用意するべきだ」

その言葉に、騎士団長は反論しなかった。

その日を境に、騎士団は少しずつ変わり始めることになる。

私は案を出しただけだ。

選び、動かし、変えたのは彼らだった。

そして私は、いつも通り席を立つ。

――定時だ。

今日も、平和に終わった。