軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27

第三王子は、わずかに頷いた。

「物資の往来は、表向きの理由に過ぎません。人の往来。情報の往来。立場の往来。それらすべてを含みます」

その視線が、使節長へ向く。

「そして、その“立場”を最も強く固定する手段が――婚姻。しかし」

一瞬、室内が張り詰める。

「王族の婚姻は、取引には用いません」

きっぱりと言い切った。

「貴国が求めているのは血縁ではなく、裏切られない保証のはずだ」

そのとき、使節長が低く言った。

「血縁こそが、最も確実な保証だ」

室内の空気が張り詰める。

「姻戚となれば、裏切りは自国の血を裏切ることになる。これ以上の担保はない」

正論だった。侯爵でさえ、反論を思いつかない。

だが第三王子は、静かに首を横に振った。

「いいえ」

穏やかな声だった。

「血縁は、感情に依る保証です」

使節長の眉が動く。

「感情は、時に国益よりも軽くなる」

誰も口を挟めない。

「歴史を見れば、姻戚同士で刃を向けた国はいくらでもある」

淡々と続ける。

「ですが、軍事同盟、交易、技術交流、文化交流――国の根幹に関わる約が絡み合えば、裏切りは感情ではなく、国そのものを損なう行為になります」

視線をまっすぐ向ける。

「人の情ではなく、国の仕組みで縛る。それこそが、真に裏切りの起きにくい形です」

沈黙。

「婚姻よりも、はるかに強い保証になります」

使節長の表情が、初めて動く。

「軍事同盟と文化交流条約を結びましょう。文書で、形で、残る保証です。加えて、農産物および農業技術の相互交流も条文に盛り込む。人と文化と産業が行き交う関係こそ、裏切りの起きにくい真の同盟となります」

理は、あまりにも明快だった。

だからこそ、反論の余地がない。欲しいものを、見抜かれている。しかも、奪う形ではなく、差し出されている。

使節長の声音が変わる。

「……ほう」

その後の協議は、もはや押し付けではなかった。

条件のすり合わせだった。

数日に及ぶ協議の末、隣国はすべての条件を飲んだ。結果は、想像を超える大成功だった。

だが、公式発表は違った。

「第一王子殿下のご英断により、第三王子が任を果たした」

功績は、すべて第一王子へと帰された。

第三王子は何も言わなかった。

淡々と報告書を提出し、静かに一礼して、その場を去る。弁明も、主張も、誇示もない。

その背を見送ったとき、侯爵の胸に、重いものが落ちた。

――なぜだ。望んだ結果のはずだった。第一王子の評価は上がり、第三王子の手柄は表に出ない。

計算通り。思惑通り。それなのに、胸の奥がざわつく。

昔、宮廷で笑った、無能な王子。何もできない男。王家の駒にもならぬ、価値の薄い存在だと。そう、信じて疑わなかった。

だが――あの協議の場で、誰よりも余裕を持っていたのは誰だった。

あの大国の使節を、交渉の席に引き戻したのは誰だった。

押し付けられるはずだった条件を、対等な条約へと変えたのは誰だった。

第一王子ではない。自分でもない。第三王子だ。

侯爵は、知らず拳を握りしめていた。

失敗させるために整えた舞台だった。恥をかかせ、評判を地に落とすはずの席だった。

それなのに。あの男は――

その舞台で、王の資質ではなく、為政の技術を見せつけてしまったのだ。

廊下を歩きながら、第三王子は小さく息を吐いた。

久方ぶりの、大きな交渉だった。緊張はない。高揚もない。ただ、思考を使い続けたあとの、鈍い疲労だけが残っている。

三日前。この役目を命じられてから、定時という概念は頭から消えていた。

文官を集め、資料を洗い、過去の条約を読み返し、隣国の産業、軍備、交易路、過去の外交姿勢を洗い出す。

気づけば時刻は深夜に近づいている――そんな日が、二日続いた。

不本意ではあったが、仕方がない。大局を考えれば、必要な労力だった。及第点、だろう。

そう、静かに自己評価する。

条文の詰めは、文官たちに相当な負担をかけたはずだ。自分と同じように、ここ数日まともに休めていない者もいるだろう。

帰ったら、まず労いの言葉をかけよう。

差し入れも必要かもしれない。甘味の方が喜ばれるだろうか。

焼き菓子なら、手も汚れずに済む。

ふと、そんなことを考える。

視線を上げると、夕陽が廊下の窓から差し込んでいた。

もうこんな時間か。

だが、これで終わった。

明日からは、また定時で帰れる。

小さく頷く。

それでいい。

それが一番いい。

無理は、長く続けるものではない。

必要な時にだけ、すればいい。

自室の扉が見えてくる。

今日も、無事に一日が終わった。

ただ、それだけのことだった。