軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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王都からの急使が到着したのは、午後を過ぎた頃だった。

宿場ごとに馬を替えて来たのだろう。馬は泡を吹き、 使者の外套には、乾き切っていない泥がこびりついていた。

「国王陛下より、親書にございます」

使者は膝をつき、封蝋付きの書簡を差し出す。

私は、それを受け取った。王家の紋章。急ぎで送られたものだと分かる。

封を切る。中を読み進め、私は小さく息を吐いた。

「……なるほど」

マルクが視線を向ける。

「何か」

「皇国から、姉に婚姻希望が届いたらしい」

「……皇国」

わずかに、空気が変わる。遠国の大国。

私は続きを読んだ。

書簡には丁寧な言葉が並んでいた。

婚姻は友好の証であり、 未来への橋であり、 両国の繁栄のため。しかし、本題はその後だ。

『今後の医薬供給と技術協力についても、併せて協議したい』

「……来たか」

思わず呟く。

マルクは静かに聞いていた。

「殿下」

「分かっている」

私は書簡を机へ置いた。

婚姻そのものは、飾りだ。本命は阿片、精製技術、供給網、医学大学。

つまり、この領地の“中核”だった。

前世の感覚で言えば分かりやすい。

大企業が、 利益の出る中小企業を見つけた。

そしてまずは“提携”を持ちかけてきた。

その次に来るのは、 買収か、 吸収か、 技術流出だ。

「……面倒な案件だな」

頭痛を堪えるように、こめかみを押さえる。

国王は、おそらく悪意で言っているわけではない。

むしろ王国の利益を考えれば、当然の発想だ。大国と血縁を結び、 見返りに安定供給を得る。

悪くない。普通の貴族なら飛びつく。しかし私は、“現場”を知っている。

技術を渡した後、 都合よく切られる下請け企業。ノウハウだけ抜かれ、 価格競争で潰される工房。契約を曖昧にした結果、 責任だけ押し付けられる人間。

「技術だけ持っていかれる形は、最悪だ」

私は、はっきりと言った。

マルクが頷く。

「阿片精製は、紙に書けば終わる話じゃない」

温度、抽出、乾燥、保存。ほんの少し違えば、 薬にも、 毒にもなる。

再現性を維持するには、教育と、設備と、管理体制が必要だ。

つまり、“組織”そのものが技術だった。

「……だからこそ、向こうは欲しがる」

私は椅子にもたれた。

ここで技術供与を認めれば、短期的には王国に利益が出る。けれども長期的には、この領地の価値そのものが消える。替えの効かない立場から、替えの効く下請けへ落ちる。

私は、皇国について調べさせた。

遠い国だ。国を二つ挟む。交易は細く、交流も少ない。名前は知っていても、実態を知る者は多くない。

商人の動きは速かった。

「南方への進出が活発になっています」

商人が持ち込んだ報告書を、机の上に広げる。隊商路の確保。南部諸侯との婚姻。つまり。

「……南の乾燥地帯に、直轄地を増やしている、か」

指で地図をなぞる。南、ケシが育つ土地だ。

私はしばらく黙った。

「だとしたら」

小さく呟く。もし皇国が、南でケシを確保できるなら。欲しいのは畑ではない。

「……では、どうなさいますか」

マルクが低く問う。

私は少し考え、ゆっくりと言う。

「工程を分ける」

「はい?」

「全部を知る者を、消す」

乾燥、抽出、精製、調合、保存、職人ごとに工程を分離する。一人では完成形を知らないように。

「……なるほど。盗まれても、“完成しない”形にするのですね」

マルクの目が細まる。

「そうだ。あとは、最後の工程をこちらでしか出来ないようにする」

北方でしか採れない薬草。こちらの水質。特殊な灰。何でもいい。

完全再現できぬように、“最後の鍵”だけは、領外へ出さない。

私は窓の外を見た。

遠く、医学大学の塔が見える。あれは、積み重ねたものだ。誰かに、簡単に持っていかせる気はない。

「……皇国は、こちらを飲み込むつもりで来る」

静かに言う。

「ならば、こちらも“売る側”として交渉するだけだ」

従属ではない、技術供与でもない、契約だ。

こちらが“必要不可欠”であり続ける形を作る。でなければ。

「……潰されますか」

マルクが問う。

私は、少しだけ笑った。

「その時は、世界中に売る」

「……?」

「技術をばら撒く」

競合国に、敵国に、 全部に、皇国だけが独占できぬように。市場そのものを壊す。

独占利益が消えれば、こちらを潰す意味も薄れる。

マルクは、しばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐く。

「殿下は時折、本当に商人のようなことをおっしゃいますね」

「違う」

私は書簡を閉じた。

「切り捨てられる側は、“その後”まで考える癖があるだけだ」

マルクは黙る。

私は、わずかに目を伏せた。

大きな組織は、時に驚くほど冷淡だ。不要になれば切る。利益にならねば捨てる。

それは国でも、貴族でも、商会でも変わらない。

だからこそ、生き残る側は考える。

切られた後、どう立つかを。奪われそうになった時、何を道連れにするかを。相手に、「潰すには損が大きい」と思わせる方法を。

「……生き延びる者の考え方、ですか」

マルクが静かに言う。

「そんなところだ」

私は、再び書簡へ視線を向けた。

華やかな婚姻話。

しかしその裏では、国家同士が、静かに牙を研いでいた。