作品タイトル不明
3話
「伊織」
「嫌です」
「まだ何も言ってないんですけど」
昼。LIVENTO会議室。
俺は資料を開きながら、向かいの七瀬真琴を見る。
「箱企画ですよね」
「そうです」
「嫌です」
「今回は演者参加じゃないです」
その一言で、手が止まった。
「……どういう事です?」
真琴が資料をこちらへ滑らせる。
大型箱企画。
タイトルは、
『LIVENTO大運動会』
所属Vtuber総参加型の大型3D配信。
参加人数二十人超え。
視聴者数もかなり出るだろう。
そして。
「人手不足で、3D側のサポート欲しいそうです」
「それ俺に投げます?」
「技術班から指名入りました」
「最悪だ……」
3D配信。
つまり、全身トラッキング。
モーションキャプチャースタジオを使う大型企画だ。
普段の配信なら自宅でも出来る。
だが、全身3Dモデルを動かすとなると話は別。
専用機材、トラッキング。
キャプチャールーム。
どうしても会社設備が必要になる。
そして当然、事故も起きやすい。
「いやスタッフ多いでしょ」
「足りてません」
「でしょうね」
二十人規模の3D企画とか、地獄でしかない。
絶対何か起きる。
断言出来る。
「ちなみに」
真琴が資料をめくる。
「参加メンバー、ほぼ全員クロが来るの知らないです」
「なんで?」
「サプライズです」
「俺にサプライズ要素あります?」
「ありますよ」
あるらしい。
三日後。LIVENTO本社。
3Dスタジオフロア。
普段より遥かに騒がしい。
「ケーブルこっち回して!」
「カメラ三番調整入ります!」
「トラッカー足りない!」
現場という感じだった。
俺はスタッフ用パーカーを羽織りながら、機材ケースを床へ置く。
「伊織、こっち」
「はい」
呼んできたのは技術主任、高槻恒一。
三十一歳、機材オタク。
俺と話が合う数少ない人種である。
「キャプチャー四番、足首ズレる」
「またです?」
「同期ズレ」
「配線?」
「多分」
言いながら、キャプチャールームへ入る。
モニター確認、センサー確認。
「あー……USB死んでますねこれ」
「やっぱ?」
「変えます」
しゃがみ込んで配線を触る。
その時。
「……え?」
後ろから声。
振り向くと白雪ミオが固まっていた。
全身トラッキング用スーツ姿。
完全に呆然としている。
「クロさん……?」
「おはようございます」
「なんで居るんですか!?」
「スタッフです」
「違いますよね!?」
最近毎回これである。
すると、更に別方向から声。
「……え、クロ?」
灰堂蓮だった。
本名、黒崎蓮司。
今日は3Dモデル用のキャプチャースーツを着ている。
「何してんの?」
「仕事です」
「いや演者だろお前」
「今日は裏です」
「意味分かんねぇ……」
その反応が正常だと思う。
登録者百万人のVtuberが、普通に床這って配線直してるのだから。
我ながら何してるんだろうな。
「クローーー!!」
遠くから騒がしい声。
星宮アリスだった。
本名、早乙女有栖。
テンションの塊みたいなVtuber。
「なんでスタッフ側いるの!?」
「人手不足らしいです」
「いや意味分かんないって!」
周囲のVtuber達もざわついていた。
「え、本当にクロさん?」
「配線してる……」
「スタッフパス付けてる……」
なんか珍獣みたいな扱いされてるな。
すると。
「おー、クロ君来てたか」
イベントディレクターの緒方玲が近付いてくる。
「悪い、三番ルーム見て」
「了解です」
「普通に指示されてる……」
誰かが呟いた。
まあ、そうなるか。
三番ルーム、中には天音ルナが居た。
3D衣装状態。
「お、クロ」
「どうしました?」
「トラッキング飛ぶ」
「どこです?」
モニター確認。
足。
「あー、これ反射ですね」
「また?」
「照明強いです」
「最悪」
ルナがため息を吐く。
その隣で、担当マネージャーの神崎結衣が頭を抱えていた。
「今日トラブル多すぎない?」
「3D大型企画ですし」
「慣れてるの怖いんだけど」
「何回かやってるんで」
設定を調整、同期修正。
「はい、戻りました」
「助かるー……」
ルナがその場でへたり込む。
「クロ、スタッフ適性高すぎない?」
「嬉しくないですね」
「なんで演者やってんの?」
「それは……」
一瞬考えて。
「配信好きなんで」
ルナが少しだけ目を丸くした。
でもすぐ笑う。
「……あー、なんか分かる」
その時、スタジオ全体にアナウンスが響いた。
『本番十分前です!』
一気に空気が変わる。
緊張、慌ただしさ、スタッフが走る。
Vtuber達も最終確認へ入る。
俺はモニター席へ座った。
キャプチャー確認。
通信確認、音声確認。
隣に真琴が立つ。
「伊織」
「はい」
「なんだかんだ楽しそうですね」
「……まあ」
否定出来なかった。
こういう空気は嫌いじゃない。
配信が始まる前の緊張感。
全員で一つ作ってる感覚。
そして。
『LIVENTO大運動会、スタートー!!』
歓声、音楽、動き出す3Dモデル達。
その光景を見ながら俺はスタッフ席で、小さく息を吐いた。