軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 なんで君たちはそう無邪気なんだろう

魔獣の森。

獣王が支配するとされるその森を、一人の少女が歩いていた。

髪が短く少年のような格好をした少女だ。しかしそれが男装のつもりならまるで意味はないだろう。女らしい体付きをまるで隠せてはいないからだ。

少女は、木漏れ日の中をのんきな様子で歩いていた。腰につけたナイフ以外に武装はしておらず、他に荷物も持ってはいない。

この森を知る者なら正気を疑う光景だった。森そのものはさほど険しいわけではない。木もまばらで十分に明るいし、地面は平坦だ。

だが、ここには魔獣がいる。森に一歩踏み込めばそこは人外の領域。人などたちまち食い殺される。

だというのに、少女はそんなことを気にしている様子がまるでなかった。

「なんであいつらはこんなところにひっこむんだろう?」

『都市部にいながら面倒には関わりたくないなどと言う輩よりは、森の奥でスローライフを送りたいと言う輩の方がまだ理解できるがな』

面倒くさい。そう言わんばかりの少女に声が応えた。

あたりには誰もいない。その声は少女の腰のあたり、ナイフから聞こえていた。

「この間の奴のこと? 面倒はごめんだ、とか言いながら街に屋敷を構えて貴族にまで成り上がってたよね。たしかに意味がわからないけど、ボクとしてはそっちの方が楽でいいよ」

『だが、ここは隠れ家としては最適だろうな。なにせここには滅多なことでは人がやってこない』

「で、そんな森の中で人がどうやって暮らしてるのかな」

『単純なことだろう。魔獣は己より強いとわかりきっている者を襲おうとはせぬ』

森には魔獣の気配が満ちている。

だが、それらは遠巻きに少女を見ているだけだった。

少女がしばらく歩いていると開けた場所に出た。

まず目に入ったのは水田だ。見渡す限り黄金の稲穂が揺れていた。

「地図にはこんな馬鹿でかい空き地は書いてなかったよね」

『切り拓いたのだろう。それでも魔獣との間で不可侵の協定が成立しているのなら、ここの住人は並々ならぬ実力の持ち主ということになるな』

「そんなの関係ないってわかってて言ってるんだろ。でもいいよね、これ。やっぱり日本人には米だよね」

ここには水田だけではなく、畑や牧場まであった。これを作った者は、本気で自給自足をするつもりらしい。

当然、この巨大な農園を一人で管理できるわけもなく、あたりには農作業に従事している者たちの姿があった。

「なんで全員、女の子なんだろうね。しかもエルフばっかり」

ここにいるのは見目麗しい少女ばかりだった。大半はエルフのようだが、中には獣耳が頭部にある者や、背に蝙蝠に似た翼を生やした者などもいる。

『趣味なのだろう』

「どいつもこいつも、エルフをお嫁さんにしてさ。なんなんだろ、こんな人間もどきのどこがいいんだろうね」

『俺はお前の方が美しいと思う』

「ありがと。ま、それはともかく。ねえ、君。この一帯の管理者はいるかな」

少女は手近なところにいたエルフに話しかけた。

「え? その、どうやってここまで来たんですか?」

エルフの少女は急に話しかけられてひどく驚いていた。まさかここまでやってくる者がいるとは思っていなかったのだろう。

「歩いて。でも、何人かはここにやってきた人もいたと思うけど?」

さすがに魔獣が支配する森の中に道など整備されてはおらず、乗り物を利用することはできなかった。

「いえ、私は知りませんけど。……ご主人様にご用なんですか?」

「うん。ご用なんだ。呼んでくれてもいいし、場所を教えてくれるだけでもいいけど」

「では、私がご案内します」

作業の手を止めたエルフの少女が先導してくれることになった。

向かう先は遠目でもわかるほど大きな屋敷だ。これなら案内の必要はないかもしれない。

「ねえ。ボクが言うのもなんだけどさ、突然やってきた怪しい奴をご主人様のところに連れていっていいの?」

「はい、特に問題はないと思いますよ。ご主人様に何かできる人なんていませんから」

エルフが余裕の笑みを浮かべた。主人に全幅の信頼を抱いているのだろう。

しばらく歩くと、何事もなく屋敷の前に到着する。すると、呼びかける前に扉が開き、屋敷の中から一人の青年があらわれた。よそ者が来たことにはとっくに気付いていたようだ。

「あのさ、何回こられても変わらないんだけど? 賢者だっけ? そんなめんどくさいもんやるわけないだろ」

青年は日本人だった。中肉中背で、平凡な容姿の男だ。取り立てて華美な服装はしていないが、腰には長剣を差している。

彼は、はぐれ賢者だ。賢者並みの力を持ちながら、賢者に与せず気ままに暮らす者たちのことをアオイたちはそう呼んでいる。

「安心してよ、ボクで最後だから。一応話は聞いてもらっても?」

「いいぜ。何を言われても俺の気持ちは変わんないけどな。話が終わったらさっさと帰れよ?」

青年は、飽き飽きだと言わんばかりの態度だった。

「まずは確認なんだけど、サイトウリクトくんで間違いないよね」

「その通りだよ。で、あんたはハヤノセアオイか。へぇ、とうとう賢者様直々のお出ましってことかよ」

リクトはアオイの驚く顔でも見たかったのだろう。だが、アオイは自己紹介の手間が省けたとしか思わなかった。この程度のことができるのは最初からわかっていたからだ。

「勧誘にきたわけだけど、勧誘文句は前回までと同じだから省かせてもらうよ。三回目の今回だけ違う点について話そう。今回断った場合は、君を始末することになる」

「……ぶっ、あははははははっ!」

リクトがたまらないとばかりに吹き出した。そのまま笑いが止まらず、咳き込み続けている。

「始末だってさ。笑えるよな、レイラ。こんなに面白かったのは久しぶりだ」

ひとしきり笑った後。リクトはアオイの隣にいるエルフの少女に同意を求めた。

「いえ、笑えませんよ……あなた! 何を言ってるんですか! 早く謝ってください! リクトさんを怒らせたらとんでもないことになるんですよ!?」

「ま、これは念のための確認ってやつなんだけど、勧誘は断るってことでいいのかな? その瞬間、君はボクの敵ってことになるんだけど」

アオイはレイラには応えず、リクトに確認した。もう答えているようなものだが、まだ勧誘の結果は定かではないからだ。

「お断りだ」

「そうかい」

アオイは微笑んだ。最初から殺す気だったし、今さら賢者になると言われても困ると思っていたところだった。

「あー、ちょっと待ってくれよ。あんたじゃ俺には勝てないだろ。実力差はわかってるんだよな? 俺は世界最強の力を神にもらってここにきてるんだけど」

「スペックのことを言ってるなら、確かにボクの方が弱いね」

アオイは森の魔獣に恐れられる程度の力は持っている。だが、賢者の中では非力な方だった。

「これまでのケースを考えるとさ、何を言っても結局襲われて、適当にあしらうことになるんだけど、やめとかね? わかりきった勝負なんてめんどくさいだけだろ。それとも何? 俺のハーレムに入りたいってこと? ここにいる奴らの大半は俺を襲ってきた奴なんだけど」

「めんどくさいってのは同感だけど、これも仕事だからね」

「もしかして人質を取るつもりならやめとけよ? 俺を本気で怒らせるだけだからな」

リクトがちらりとレイラを見た。

「ああ、その心配はしなくてもいいよ。ターゲットは君だけだ。極力無関係の者を巻き込むつもりはない。そういうわけだから、レイラくんは少し離れていてくれるかな」

レイラがリクトの様子を窺う。リクトが黙って頷き、レイラは距離をおいた。

アオイはあたりを見回した。周辺にいるリクトの手下たちは、手を止めてこちらを見てはいるが心配している様子はまるでない。こんなことは日常茶飯事なのだろう。

「そこまでの戦いになるとも思えないけどな。その自信ってあんたの魔眼のせい? 言っとくけど、石化も魅了も効かないからな」

「ああ、ボクの眼は運命の中で 揺蕩(たゆた) っているから、君の能力じゃ詳しいことはわからないんじゃないかな。これは英雄殺しの眼だ。物騒な名前だけど、基本的には観るだけの能力だよ」

「へえ、英雄ね。俺みたいなのと戦うのに使うわけ?」

「君は英雄じゃないから、気にしなくていいよ」

そう言うとリクトはあからさまに気分を害した様子を見せた。飄々とした風を装ってはいるが、そう器が大きいわけでもないのだろう。

「あのさ、そこらで農作業をやってる子たちが何だかわかる? この森を支配者してる獣王とか、龍神の化身とか、魔王とかなんだぜ?」

だから英雄だと言いたいのかもしれないが、こんな森の奥にひきこもっているような者を、アオイは英雄だなどと認めはしない。

「言い合ってても仕方がないから、さっさと始めようか」

「ま、死なない程度にこらしめてやるよ」

途端に、アオイの周囲の地面から何かが飛び出した。

肌色をした紐状のものだ。何本ものそれは表皮をぬらぬらと輝かせ、分泌液をしたたり落としている。

「初手が触手ってなんだよそれ。発想が気持ち悪いよね」

それでアオイを 搦(から) め捕り自由を奪うつもりなのだろう。

「 努力だけが報われる(ジャスト) 残酷な世界(ワールド) 」

アオイは力を発動した。

「なに!?」

リクトが驚きに目を見開いていた。

アオイが触手など無視して悠然とリクトに向かって歩きはじめたからだ。

触手は動かなくなっていた。

同じように生えてきた別の触手が螺旋状に絡み、その動きを押しとどめているのだ。

リクトは固まっていた。これまでその力に対抗できたものなどいなかったのだろう。どうすればいいのか、迷いが生じているようだった。

「ボクとしてはさっさと片付けたいんだけど、見せしめが必要だって言われてるからね」

「なめんな!」

リクトは咄嗟に掌を突き出した。

そこから極太の光線が放たれる。それは触れた者全てを 灰燼(かいじん) と化すだけの熱量を有していた。

なりふり構ってはいられないということか、だがそれでは背後にいる手下たちも無事ではすまないだろう。

アオイも同じように掌をリクトに向ける。

同様の光線を放出し、アオイはあっさりとリクトの技を相殺した。

「これだと人質をとってるのは君ってことにならないか?」

アオイは呆れた様子で言い、リクトは呆然となっていた。

「なんで君たちはそう無邪気なんだろう。自分がもらえた力なんだ。他の人ももらってるかもしれないとは思わないの?」

アオイはこのやりとりに飽き飽きとしていた。どいつもこいつも似たような奴らばかりなのだ。

最初は恐る恐るその力を試すようにしているが、すぐに増長し、 傲慢(ごうまん) になり、それを自らの力だと当たり前のように考えはじめる。

そして、なんの努力もせずに得たその力でもって、人の努力をあざ笑いはじめるのだ。

「おまえもあいつから力をもらったのかよ! ふざけんな! 俺が世界最強なんじゃないのかよ!」

「君が誰から力をもらったかは知らないよ。ただ、君みたいなしょーもない人間にできることなら、ボクにだってできるんじゃないかと思っただけさ」

「黙れよ! 食らえ! 葬炎!」

リクトは何かをしようとした。だが何も起こらない。

「なんで出ない!? 黒百足! 百式! 闇の経典! ……どうなってんだよ!?」

次第にリクトの声は震えはじめていた。

「だからさ、ひょいっともらった力なんだ。ひょいっと無くなることがあるかもしれないって思ったことはないの?」

「なんなんだよ! 俺の方が強いはずだろうが!」

リクトは怯えを誤魔化すように叫んだ。

「いや、なんというのか。君は運命値が低いからさ。似たような力で対抗するのも、力を奪うのも、簡単なんだけど」

「う、奪われた……だと?」

リクトの顔色が明らかに変わった。これまで自由奔放に使い続けていた無敵の力が失われていると、自覚したのだろう。

「でも、そう絶望することはないよ。これは一方的なものでもないんだ。実は努力して強くなってました、なんて伏線が用意してあるのなら、負けるのはボクの方さ」

アオイはリクトに近づきながら、唯一の武装であるナイフを抜き放った。

「は、ははっ! そうだよ、俺にはこれがある!」

アオイのナイフを見て、リクトは思い出したように腰の剣を抜いた。

リクトはいくぶんか落ち着きを取り戻したようだ。剣はただならぬ気配を発しているので、余程の業物なのだろう。

「うん、その剣自体の運命値は高いから、ボクの力で消えてなくなったりはしないね」

次の瞬間、リクトの首は裂かれていた。

背後に回ったアオイが、後ろから抱き抱えるように、首筋に当てたナイフを横に滑らせたのだ。

「けど、使い手が弱ければさほど意味はないよね」

『わざわざ俺を使う必要があったのか?』

リクトが倒れ、血まみれのナイフがさも嫌そうな声をあげた。

「さてと。手下たちは……案外人望はなかったみたいだね」

いつのまにか周りにいた者たちは姿を消していた。

「見せしめ的には彼の無惨な死に様を広めてくれればいいんだけど」

賢者に逆らうことはできない。そう知らしめるのがアオイの任務の一つだった。

『さて、仕事が終わったばかりのところを悪いが、次の依頼だ。高遠夜霧と壇ノ浦知千佳という日本人がターゲットで、珍しいことにこの二人は賢者候補だ』

ナイフには魔法による通信が行える能力があった。遠距離通信には膨大な魔力が必要なので滅多に行われないが、それほどの緊急事態ということなのかもしれない。

「ん? どういうことだろう。賢者候補なんてボクに依頼するまでもないような」

『さあな。まずはハナブサに向かえ。そこに詳細な資料が届くようになっている』

「まったく。息をつく暇もないなあ」

アオイがぼやいていると、屋敷の中からどたどたと足音が聞こえてきた。

「屋敷の中にも手下がいたのかな?」

何がくるのかと待ち構えていると、小太りの少年が屋敷から飛び出してきた。

アオイが呆気に取られて見ていると、少年は飛び出してきた勢いのままに土下座しながらアオイの足元に滑りこんでくる。

「拙者は花川大門と申す者なのですが! いけすかないチートハーレム野郎のリクトに拾われてどうにかこの森で生き延びておったのですが、あなた様がリクトを殺してしまいましたので、拙者もうどうしようもないのでござる! なんとかしてもらえんでござろうか! このままでは死ぬしかないのでござるよ!」

「何だろ、これ?」

『珍妙な生き物だな』

さすがにアオイも戸惑うばかりだった。