作品タイトル不明
第40話 この映像をお前が見ているということは
少女は横になったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
いつからこうしているのかは、よくわからない。気が付けばこの状態だった。
寝ぼけているのだろう。
そう思いしばらくそうしていたが、いつまで経っても記憶がはっきりとはしてこない。仕方がないので、少女は身体を起こした。
すると、自分が棺桶の中にいることに気付いた。内張にサテン生地の使われた豪華な代物だ。棺桶は、自分の体に比べればやけに大きかった。
「まるで吸血鬼みたい」
少女は自分の声に驚いた。思った以上に高く幼い声だ。
体を触ろうとして、手に何かを握りしめていることに気づいた。持っていたのは丸い石だが、やはりなぜこんな物を持っているのかはわからない。
ぺたぺたと顔や体を触る。大人の身体をしているとはとても言えない。服はフリルの付いたピンクのワンピースだ。
なるほど、自分は子供のようだ。そんなことを考えていると部屋の中がゆっくりと明るくなっていった。
可愛らしい家具や、ぬいぐるみであふれる少女趣味な部屋だ。その中にあって棺桶の存在だけが異質だった。
十分に明るくなったところで、唐突に赤いドレスを着た女が現れた。
『この映像をお前が見ているということは、私の目論見はうまくいったということだ。私は死に、お前は生き残った』
人が現れたことで、少女は安堵した。さすがにこのままでは困ると思っていたところだったのだ。
『まずはお前の正体から説明しよう。お前は、私だ』
少女は首をかしげた。意味がよくわからない。
すると、その疑問に答えるかのように女が説明を続けた。
『私の名はレイン。この世界で賢者と呼ばれる存在だ』
この世界や賢者が何を意味するのかを少女は知っていた。わからないのは自分のことだけだ。
『そして、お前は私から作りだされた複製だ。もっとも別個体となることを最優先したがために、私の人格に関わる記憶は一切継承していない』
複製とのことだが記憶だけではなく、姿までずいぶんと違うようだった。
『その姿も別個体とするための方策だ。お前には悪いが趣味に走らせてもらった。私が、かつてそうありたいと願った姿だ。なにせ私は凜々しいと言われたことはあっても、可愛いなどと言われたことはないからな。子供のころから、目付きが悪いだの、人を何人か殺してそうだの、散々な言われようだった』
そう言われると自分がどんな顔をしているのか気になったが、確認するのは後回しだ。
映像は二度と再生されないかもしれない。しっかりと聞いておく必要がある。
『なぜこのような回りくどい方法を取ったかといえば、高遠夜霧の攻撃を避けるためだ』
高遠夜霧。
その名を聞いた途端に少女の鼓動が早まった。彼のことを、その力を知っている。
そして、レインがなぜこんなことをしたのかを概ね理解した。
『次にお前がいるこの場所について教えよう。ここは地上にある私の隠れ家だ。この部屋もこの棺桶も私のものだったが、これからはお前のものだ。十分な財産もあるから、好きに生きていけばいい。私とお前は完全に別の存在で、私はお前に何も強制することはできない』
そう言われても少女は途方にくれるしかなかった。
自分は作られた存在で、過去の記憶がない。そんな状態で好きに生きろと言われてもどうしていいやらさっぱりわからないのだ。
『さて、ここまでの話を理解してもらった上で、お前に頼みがある』
それが命令ではないのは、レインの意思を代替する存在とならないようにするためだろう。
夜霧の力が及ぶことを恐れているのだ。
レインがその頼みを口にする。
「なにそれ、ずるい」
そう思った。
目覚めたばかりの少女には生きがいも目標もなく、善し悪しを判断する基準もない。そこに頼み事をされれば、それをするしかないではないか。
「ま、頼み事はともかくとして、夜霧さんには会いに行くけどね」
彼女には、高遠夜霧への思慕の情があった。
それは夜霧の力が及ぶのを回避するために用意された策の一つでしかない。
けれど、自分について何も知らない彼女にとって、その感情はとても大切なものだった。
あるいはそれもレインによる計算なのかもしれない。
だが、構いはしなかった。
高遠夜霧への想い。
それだけが、彼女の中で輝いていた。
*****
肩口から入った刃が、するりと脇腹へ抜ける。
人の形をした化け物は、あっけなく斜めに断ち切られた。
血と臓物をまき散らしながら、化け物が崩れ落ち、息絶える。
すぐさまソウルの拡散が始まり、化け物を斬り倒した長髪の少女、 二宮(にのみや) 諒(りょう) 子(こ) がそのほとんどを吸収した。
他のパーティメンバーはそのおこぼれに与る形になるが、その量は微々たるものでしかない。
「諒子、さいきょー。今、一番経験値稼いでんじゃないのー」
そう言うのは郡山アスハ。ビューティーコーディネーターの少女だ。
ここは原生林のまっただ中。戦っているのは、レベルを上げながら王都をめざす、夜霧のクラスメイトたちだった。
彼女たちは四人でパーティを組み、レベル上げを行っていた。
彼女たちの作戦は単純だ。
パーティメンバーで一番強い諒子に、チャームアップのスキルを付与する。すると盛りの付いた魔物どもが次々に現れるので、それを彼女が片っ端から切り伏せるのだ。
こうすることで、諒子以外の者たちは比較的安全にレベルを上げることができた。
もっとも経験値、ソウルの吸収量は倒した相手との距離に比例する。最前線で戦う諒子のレベルは突出しつつあった。
「今日はこれで終わりにしましょう。そろそろチャームアップも切れるころでしょう」
諒子が刀を軽く振る。それだけで血と脂は綺麗に飛び散った。ただの刀ではないのだろう。涼子が圧倒的な強さを誇っているのは、その技量はもちろんだが武器の性能による部分も大きかった。
「そうねー。このまま続けると夜になっちゃうし。みんなもそれでいい?」
アスハが残りの二人に確認する。ろくに戦っていない者が反対などできるわけもなく、パーティはキャンプに戻ることになった。
原生林のひらけた場所には数多くのテントが設置されている。
ここにほとんどのクラスメイトがそろっていた。
キャンプに戻ったところでパーティは解散し、諒子は自分のテントに入った。
「ハロー! リョウコ!」
先客がいた。だが、ここは高レベルの者に与えられている一人用のテントだ。勝手に入るのはルール違反だった。
「勝手に入らないでもらえますか」
いたのは金髪碧眼の、どう見ても日本人ではない少女だった。
キャロル・S・レーン。その名前と姿からわかるとおりに外国人だ。
高校入学にあわせて日本にやってきて、二年連続で諒子と同じクラスに在籍している。
手にはスマートフォンを持っていて、あれこれと触っている。
それはしばらく前に失くしたはずの、諒子のスマートフォンだった。
「その、すみません。拾ってくれたのに失礼なことを」
諒子はすぐに冷静になった。勝手にテントに入っていたのはどうかと思うが、スマートフォンを持ってきてくれたのは親切心からだろう。なのに今の態度は礼を失するものだった。
「マアマア、キニシナイデクダサイ」
「片言やめてくれませんか? ちょっといらっとするんですが」
「そう? じゃあやめとくけど」
キャロルはごく自然に日本語を話すことができた。片言は彼女の持ちネタだ。
「これ、どこに落ちてたんですか?」
「ああ、拾ったっていうか、こっそり持っていっただけなんだけどね! はい、どうぞ」
笑顔とともにスマートフォンを渡され、諒子は唖然となった。盗人猛々しいとはこのことだろう。
「で、返しにきたのは電池が切れそうだったから」
スマートフォンを確認する。電池残量は五%以下になっていた。
「どういうつもり?」
意図がわからなかった。異世界でスマートフォンなど何の役にも立たず、盗んだところで仕方がないはずだ。
「この、監視ツールっての見たくて試行錯誤してたんだけどさ。どうしても無理だし、このまま電池が切れると何もできなくなっちゃうから返しにきたんだ。ねえ、動いてるところちょっと見せてもらえない?」
監視ツール。それはこのスマートフォンにインストールされた特殊なアプリで、その存在を知る者は限られているはずだった。
「……あなた、何者なの?」
「忍者。あなたと同じね」
ドキリとした。諒子がこの世界で与えられたクラスはサムライだ。彼女が元の世界で忍者だったことを知る者はごく少数のはずだった。
「ワタシ、アメリカンニンジャ、デスネ」
キャロルはまた片言になっていたが、咎める余裕が諒子にはなかった。
冗談だとは思わなかった。
海外勢力による高遠夜霧の監視。
それは十分にありえることだろう。夜霧のような存在を知れば目を離せなくなるのは当たり前だ。
「ま、何者でもいいですけど。私にはもう関係ありませんし」
しばらく考え、諒子はそう言った。
「ちょっと焦りましたけど、よく考えたら今さら元の世界でのことなんてどうでもいいですよね」
それが諒子の本音だった。
もう日本に戻れないなら、監視任務に意味などない。今は自分とクラスメイトが生き残るために行動するのが最優先だ。
「うん、諒子の考えはわかった。だったら監視ツール動かしてくれてもいいよね? 機密とか守る必要ないでしょ?」
「あなたも高遠くんを監視してたのなら、似たような物を持ってないんですか?」
「高遠くん専用衛星なんかも用意して、常に監視はしてたんだけどさ。それ、こっちに来ちゃうと意味ないし。けど、日本はもともと高遠くんに関わりがあるし、オカルト関係の技術だと日本に一日の長ってやつ? あるよね」
諒子はスマートフォンを操作した。そんなに見たいなら好きにすればいいと思ったのだ。
監視ツールを起動しパスコードを入力する。
すると、夜霧の状態が表示された。
GPSがないので位置まではわからないが、大まかな方角や距離は表示されている。それによれば夜霧は王都の方角にいた。つまり諒子たちより先に進んでいるのだ。
「やっぱり、生きてるよねー」
「でも、高遠くんは封印状態で……そんな……第一門が開いてる……」
寒気がした。諒子はその脅威を直接見たわけではないが、その力が巻き起こした惨劇を嫌になるほど聞かされている。
「別に不思議なことはないんじゃないの? 自分で封印してるんだから、そりゃ自分で外せるでしょーよ。うん、ありがと」
それでもう用はすんだということか、キャロルはテントを出ようとした。
「キャロル。あなたはどうするつもりなんですか?」
諒子はキャロルの背中に呼びかけた。
「今のところは別に。このまま行けばそのうち会えるんじゃない?」
「怖く……ないんですか?」
日本でも細心の注意を払っていたが、その時点では死はどこか遠い世界の話だった。だが封印が解けた今、その危険は差し迫ったものになっている。
「怖い? ああ、そっちとは考え方が違うのかな。もしかして高遠くんのことを化け物だとか思ってる?」
「違うのですか?」
考えただけで人を殺す。それは常軌を逸した化け物だろう。封印状態だろうと何も安心できず、日本にいたころの諒子は針のむしろに座らされているような心地だった。
「そうだなぁ。ごく単純に考えたらいいと思うよ。全ての生き物の死を支配する存在。それって何?」
「まさか……」
あまりに単純で、だが突拍子もない答えを諒子は想像した。
「現実に存在するそれを知った私たちは揺さぶられ、結果、今までの信仰を捨てるしかなくなった。ま、そういうこと」
そう言ってキャロルは出ていった。
その新たな信仰は、異世界に来ても変わることがないのだろう。
状況に流されるままの諒子には、その揺るぎなさが少しだけ羨ましく思えた。