作品タイトル不明
第5話 エウフェミアさん、私に対する態度がいい加減になってきてますよね……
少し前まで闘神都市と呼ばれていた街。
そこから一週間ほどの旅を経て、リズリーたちは森の中にやってきていた。
「思ったより遠かったんですけど! こんなことで追いつけるんですか!?」
リズリーは高遠夜霧を敬愛していて、会うために旅をしていた。
一度は会うことができたのだが、夜霧たちはすぐにリズリーたちを置いてどこかに行ってしまったのだ。
「港からエント帝国までは、天候などの事情にもよりますが一週間ほどかかると聞いています。ですので、うまくいけばその差はほとんどなくなるはずです」
エント帝国行の船は頻繁に出航していなかった。夜霧たちが計画的に船での移動を選んだのなら、港に行っても追いつくことはできない。
そこでエウフェミアが、レインが各地に用意していた転移装置を使うことを提案してきたのだ。
「うう……うまくいかなかったらとんでもなく時間をロスしたことに……」
夜霧たちがエント帝国に着いて数日の間に追いつけるのなら問題はない。
だが、あまりに時間をおけば夜霧たちはまた別の地に旅立ってしまうはずだ。
そうなれば、追いつくのはさらに困難になることだろう。
それだけは避けたいとリズリーは思っていた。
「ようやく到着しました」
リズリーの手を引いて歩いていたエウフェミアが立ち止まった。
「そう言われても」
木々がなくなり、広場になっていた。
そこに何かがあることはわかるのだが、微かな星明かりしかないためはっきりとはわからなかった。
「こんな辺鄙な所にあるにしては大きい家だね」
「キャロルさんは見えてるんですか?」
「うん。ニンジャのクラス特性で夜目が利くんだよ」
キャロル・S・レーンが答えた。
ここまでの道中、リズリーはエウフェミアにしがみつくようにしてやってきていた。夜の森の中などろくに見えてはいなかったからなのだが、キャロルは何不自由なく歩いていたのだ。
「サムライに関係あるとも思えませんけど、なぜかサムライも夜目が利くんですよね」
二宮諒子も見えていたようだ。
「私も見えています。吸血鬼だからでしょうか」
半魔で、吸血鬼で、オリジンブラッドでもあるエウフェミアまでそんなことを言いだした。
「見えてないの私だけ! といいますか、私っていったい何ができるんですか!?」
リズリーはレインから作られた分体らしい。
らしいというのは、リズリーは何も覚えていないからだ。
目覚めるとレインという女の映像が現れて、お前は私だなどと言いだした。
なんでも、高遠夜霧の即死能力の対象外となるようにリズリーを設定したらしい。
なので、リズリーにはレインとしての記憶も能力も受け継がれてはいなかった。
「リズリー様はそれでいいのです。面倒なことは全て私が対応いたしますので」
エウフェミアは、リズリーが旅立とうとしていたところに突然やってきた半魔の女だ。
レインに吸血され眷属となっていたが、レインが死んだことで眷属の間でオリジンブラッドの継承者を決める戦いが勃発。
エウフェミアはそれに否応も無く巻き込まれ、そして勝利してしまったのだ。
よって、レインの吸血鬼としての能力は全てエウフェミアに受け継がれたことになる。
オリジンブラッドとなりはしたが、レインを敬愛する気持ちは残っており、エウフェミアはレインの分体であるリズリーに対しても同様の感情を持っていた。
「で、ここがレインが使ってた屋敷なんですか?」
「そうですね。様々な地に用意してあります」
レインの屋敷には、屋敷間をつなぐ転移装置がある。
それを使用して夜霧たちのもとへ向かうために、リズリーたちはここへとやってきたのだ。
ちなみに、リズリーが目覚めた屋敷は最も秘匿性の高い隠れ家だったので、転移装置は置かれていなかった。
リズリーはエウフェミアと手を繋いだまま屋敷へと向かう。
だが、少し歩いたところで、エウフェミアは立ち止まった。
「どうしたの?」
「屋敷には使用人がいるはずですので、真っ暗なのはおかしいかと思いまして」
「見つからないように灯りを使ってないとか?」
「いえ。屋敷の周囲は結界に覆われています。結界内の事象は外部から観測することはできないので、照明程度の心配は必要ないのですが」
「夜だから寝てるんじゃないですか?」
「いえ。そもそも彼らは寝ることを許されてはいません。彼らの役割は屋敷を維持し、レイン様がいつこられてももてなせるようにすることですから」
「え? それ、ひどくないですか?」
レインがどんな人物だったのかをリズリーは知らない。
だが、いつ主人がやってくるかもわからないような屋敷で、寝ることも許さずに待機させておくような無神経な性格であることはわかってきた。
「どうせ眷属でしょうから、気にする必要はないかと思いますが。レイン様のための屋敷ですから、全てがレイン様のために存在するのは当然のことかと」
「気にするよ! なんなの、レインって!」
「私もレイン様がどのような方かはいまいちわかっていませんね。ご一緒させていただいたのはわずかな間だけでしたし」
「うーん。眷属だったら夜目が利くから照明はつけてないとかは?」
「夜目は利きますが、闇が好きということは特にないですね。夜になれば灯りはつけるはずです」
エウフェミアの言葉が少し曖昧なのは、彼女が吸血鬼になったのはここ最近のことだからだ。
レインの知識を受け継いではいるが、実感はともなっていないらしい。
「んー。確かに中に気配はないねー。中で動いているものも、生きているものもいない。まあ、吸血鬼はアンデッドに分類されそうだし、死者扱いってことだとさすがにわかんないんだけど」
キャロルはニンジャのスキルで一定範囲の生命と動体を探知できるとのことだった。
なので、生きて動いているものはいないが、死んでいて動けるものが潜んでいる可能性はあるらしい。
「やはりおかしいですね。リズリー様はレイン様に準じる存在です。ここまで近づけば気付いて、出迎えにやってくるはずですが」
リズリーはエウフェミアと出会った時のことを思い出した。
目覚めて旅立つ準備をしていたところにやってきて、いきなり跪いたのだ。
オリジンブラッドとなってもリズリーをないがしろにはできないようなので、ただの眷属程度がリズリーを無視することはできないと言われれば納得できた。
「とにかく慎重にいきましょうか」
諒子がまとめた。
屋敷の状況が不可解なのだから、警戒する必要はあるだろう。
エウフェミアが再び歩きはじめ、リズリーもついていった。
両開きの扉の前で立ち止まる。
ややあって、エウフェミアは扉を押し開いた。
吸血鬼には超感覚があるというし、オリジンブラッドともなればその力はただの吸血鬼を凌駕するものだろう。少なくとも、エウフェミアは扉周辺に問題はないと判断したのだ。
中は暗く、リズリーにはほとんど何も見えなかった。
「夜目が利くとはいえ、さすがにこれは見づらいですね」
そう言うと、エウフェミアは掌から生み出した光の球を頭上に浮かべた。
「え? そんなことできるんですか?」
「吸血鬼でなくともこの程度はできるかと」
「だったら、最初からそうして――ぎゃぁあああ!」
光球が照らし出すエントランスは赤く染まっていた。
そして、その原因となったであろう物もそこに散らばっている。
人体の一部だ。
手足が、頭が、いくつにも分かれた胴体が、ぶちまけられた内臓が、廊下に転がっているのだ。
「な、ななな、どうなってるんですか、これ!」
「うーん。フレッシュって感じじゃないね。こうなってからそれなりに経ってる?」
慌てるリズリーに対して、キャロルは冷静だった。
「一人ではないですね。複数の人体があるようです」
諒子もそれほど驚いている様子はなかった。
「なるほど。ここでも後継者争いが巻き起こったようですね」
「どういうこと?」
「レイン様が死んだことで、眷属たちは直接的な支配から解き放たれることになりました。そして、次のオリジンブラッドをめぐっての争いが起こったのです」
レインから直接口づけを受けた者の中の一人がオリジンブラッドとなる。
ただし、それは生き残った最後の一人がなるのであり、次のオリジンブラッドが出現する際にレインの直属の部下は全滅するのだ。
「あ、そういえば、私が目覚めた屋敷にも誰もいなかったですけど、そういうことなの?」
「はい。あの屋敷の場合はその場で戦いが起こったという雰囲気ではありませんでしたが」
「じゃあ、ちょっとやな感じですけど、特に危険はない?」
「そのはずです。生き残ったのは私だけですので」
「転移装置ってやつ、無事なんでしょうか?」
「どうでしょう。使用できるのはレイン様だけですので、わざわざそちらに行ったり、そこで戦ったりはしなかったと思いたいですが……」
死体にばかり気をとられていたが、エントランスもかなり損傷を受けていた。ここで激しい戦いが繰り広げられたのだろう。
顔をしかめていると、リズリーの身体がふわりと浮き上がり、エウフェミアに抱きかかえられた。
死骸や血の痕をふませないための配慮だろう。
エントランスをまっすぐ進んでいくと、二階へと続く大階段があった。
だが、エウフェミアは大階段は上らずに、その側面へと回った。
エウフェミアが階段に触れると、小さな音を立てて壁面がスライドした。そこに隠し扉があったのだ。
中には、下へ向かう階段があった。それが転移装置のある地下へと続く隠し階段のようだ。
「オー! ニンジャ屋敷!」
キャロルが興奮していた。
「見たところ、侵入者はいないようですね」
大階段も破壊されてはいたが、隠し部屋の中にまで影響はないようだ。
階段を下りていくと、小さな部屋に出た。
「実にわかりやすい魔法陣だね」
キャロルが見ているのは、地下室の床だった。
そこには、白線で大きな円が描かれていて、内側には文字と幾何学的な図形が配置されていた。
それがキャロルの言う魔法陣なのだろう。
「はい。その中にいる者を転移する装置です。……特に異常はないようですね」
部屋を見回してエウフェミアが言う。
その地下室で目に付くのは魔法陣ぐらいのもので、装置らしきものは見当たらなかった。なのでリズリーにはわからないような、魔法的な装置なのだろう。
エウフェミアは魔法陣の中に足を踏み入れ、リズリーを下ろした。
すると、魔法陣がぼんやりと輝きはじめ、エウフェミアの目前に映像が映し出された。
エウフェミアがその映像に手を伸ばすと、映像が変化していく。どうやらそれで転移に関する操作を行っているらしい。
「エント帝国……は問題ないですね。転移可能です」
「できないこともあるの?」
「転移先が物理的に壊されているなどですと無理ですが、転移先の様子に変化はないようです。どうしますか?」
「転移して。はやく夜霧さんの所に行きたいし」
エウフェミアが確認してきたので、リズリーは答えた。
早く行きたいというのも本当だが、こんな血なまぐさい所でのんびりしていたくないという気持ちも多分にある。
「わかりました。ではみなさん、こちらへ」
エウフェミアに促され、キャロルと諒子も魔法陣の中に入った。
エウフェミアが映像の表面をなぞるようにすると、魔法陣の縁から光が立ち上る。
光の円筒に入ったような状態だ。
しばらくして光がおさまった。
これで転移が終わったのかと、リズリーはきょろきょろとあたりを見回した。
「何も変わってない気がするんですが?」
「どの屋敷も似たような部屋のようです。転移は成功しているはずなのですが」
エウフェミアが魔法陣を出たので、リズリーも後に続いた。
「もうちょっと派手なのを期待してたんだけど。時計がぐるぐるしてる空間を通るとか!」
「一瞬で終わってくれてよかったですよ。そんな演出を加えられたら無意味に緊張しますし」
キャロルと諒子も魔法陣を出る。
「うーんと、周囲に気配はないね。あ、もちろん動かないアンデッドがいたらわかんないけど」
キャロルが先頭になって階段に向かい、リズリーたちは少し後をついていく。
階段を上りきった所に扉があり、キャロルが扉を開けて皆で外に出た。
「うわ!? 何これ」
すぐ目の前にあるものを見て、リズリーは驚いた。
そんなものがあるとは想像もしていなかったのだ。
「ドラゴンかな?」
キャロルは驚くよりも興味津々という態度だ。
そこにあったのは、巨大な生物の頭部だった。
黒い鱗に覆われ、巨大な顎を持つ爬虫類らしき生物の首から先が転がっていたのだ。
「身体はあちらにありますね。無駄なく一太刀で切り離したという感じでしょうか」
翼を備えた巨躯が倒れていた。
「ここは古代に栄えた都市ですね。オリジンブラッドが発生した場所でもあるようですが、今は関係ないですから先を急ぎましょう」
リズリーはあたりを見回した。
巨大な洞窟内のようで、エウフェミアの頭上に浮く光球も全てを照らし出せてはいない。
あたりには石造りの建物が林立しているので、確かに街なのだろう。
「え? ドラゴンはほっといていいんですか!?」
「死んでいるんですからどうしようもないでしょう」
「エウフェミアさん、私に対する態度がいい加減になってきてますよね……」
洞窟内の闇に沈む古代都市とドラゴン。
リズリーたちと関係ないと言ってしまえばそれまでだが、いったい何があったのか気になってしまう。
しかし、詳細な調査をしている場合ではなかった。
とにかくここを出てエント帝国の帝都に向かわなければならない。
どちらに向かえばいいのかと再度あたりを見回していると、すさまじい衝撃と共に身体が浮き上がった。
「え、なに!? 地震!?」
「わかりませんが、注意してください」
すさまじい揺れは一過性のものではなく、石造りの建物をも崩壊させていく。天井すらも崩落し、岩塊が降り注ぎはじめた。
「みなさん、私のそばに」
リズリーはエウフェミアのそばに寄った。キャロルと諒子もやってくる。
岩は、エウフェミアには届かずに、あらぬ方向へと弾かれていった。念動で弾いているのだろう。
リズリーは安心した。地震が始まった時にはどうなることかと思ったが、この程度の状況ならエウフェミアで対応できそうだ。
「この世界の地震って初めてだけど、長すぎない?」
キャロルが疑問を呈する。
リズリーも地震の経験はないが、ここまで続くものとは思っていなかった。
「あれが原因じゃないですか?」
諒子が古代都市の中央部を指さす。
そこは、山のようになっていた。地面が盛り上がり続け、建物が転げ落ちているのだ。
そして、山が砕け散った。
その衝撃で建物群が一気に弾け飛び、古代都市が一瞬で更地と化した。
エウフェミアが防御していなければ、リズリーなど瓦礫に押し潰されて死んでいたことだろう。
「いきなりなんなわけ!」
キャロルが見ているのは、巨大な穴だ。
そこから獅子の巨大な頭部が顔を出した。
それは伸び上がり天井に叩き付けられた。それには不自然なまでに長い首がついているのだ。
出てきたのは獅子だけではなく、同様に山羊や蛇といった頭部が天井にぶつかっていった。
巨大な鉤爪が出てきて穴に手をかける。どうやら、それの本体が出てこようとしているらしい。
「あれは主上の一部だよ」
突然背後から声が聞こえてきて、リズリーは振り向いた。
どこから現れたのか、黒いスーツを着た細身の男が立っていた。
「何がどうなってこうなってしまっているのか、俺にもよくわからないんだが、とりあえずは見つけられたのだからこれでよしとするべきなんだろう」
「えーと……あなたって敵なのかな?」
キャロルが慎重に問いかけた。
「ふむ。こんな場所で出会えば警戒するのも当然か。だが、こうやって出会えたのも縁だな。自己紹介しておこうか。俺の名はザクロ。君たちの言語体系からふさわしい言葉を選択すると、神だ。君たちに危害を加えるつもりはない」
「あれも、襲ってこない?」
キャロルは先ほどから天井を攻撃している化物を指さした。
「ああ。君たちのことなど眼中にもないだろう。離れていれば問題ないはずだ」
「主上って言われてもよくわからないけど、神のあなたが仕えているものってこと?」
「そういうことだ。一口に神といっても様々な格があってね」
「うーん。こう言っちゃなんだけど、主上? ってあまり知性があるような感じじゃないよね?」
ザクロが主上と呼んだ化物は、無闇に天井を攻撃していた。頭部を執拗に叩き付けていて、天井を壊したいという意思は感じられるが、その行動は激情的で動物的なのだ。
「キャロルさん何言っちゃってるんですか!」
リズリーは慌てて口を挟んだ。
本当に神なのかはわからないが、エウフェミアの顔に冷や汗が流れている。ザクロはエウフェミアにとっても驚異的な存在なのだろう。そんな相手の機嫌を損ねてしまえば、どんな目に遭うかわからない。ここは下手なことを言うべきではないはずだった。
「一部と言ったように、今の主上は完全な状態ではないのだ」
「なるほどねぇ。じゃあ私たちには関係ないことなんだよね。じゃあ行ってもいい?」
だが、ザクロが返事をする前にリズリーは唐突に後ろへと吹き飛ばされ、わけがわからないうちにキャロルに抱きかかえられていた。
「キャロルさん、諒子さん! リズリー様を連れて逃げてください!」
リズリーが吹き飛んだのはエウフェミアに放り出されたかららしく、キャロルもエウフェミアの意図を汲んでいたらしい。
キャロルが走りだし、リズリーは強制的にエウフェミアから引き離されていく。
「え!? 何がどうなってるの!? 危害を加えないって……」
一触即発といった状況ではなかったはずなのに、いつの間にか逃げ出すことになっている。
リズリーがその場所で最後に見たのは、エウフェミアがザクロに突っ込んでいく姿だった。