作品タイトル不明
第1話 どうせこの世界が滅びちゃうなら、好き勝手やることにしました!
暗い海の底へとゆっくり沈んでいく。
マルナにとっての死とはそのようなものだった。
水面の向こうに、今まで生きていた世界が見えている。だが、もうその世界に干渉することはできない。
それが見えているのもいつまでのことか。やがては何も見えなくなり、闇に包まれるだろう。
「あー、もう! 悔しい! 悔しいったらない!」
油断していた。何もできはしないと高をくくっていた。言い訳はいろいろとあるが、してやられたとしか言いようがない。
どうにかしてやり返してやりたいと思うが、復活できるまでこの怒りと悔しさを維持できるのかはわからなかった。
神々にとって死とは全ての終わりではない。
だが、かなりの期間何もできなくなってしまうのだ。
降(こう) 龍(りゅう) とミランダ。
彼らは神に等しい存在だろう。マルナが復活した際にも生きている可能性はあるので、復讐する機会はあるかもしれないが、そのころにはどうでもよくなっているかもしれなかった。
「つーか、あいつらはどうでもいいっちゃいい! 腹が立つのはあいつらじゃない!」
手を下したのはミランダで、そのきっかけを作ったのは降龍だ。
だが、付けいられる隙を生んだそもそもの原因は、高遠夜霧だった。
復讐するなら、相手は高遠夜霧であるべきだ。
だが、高遠夜霧に復讐できる可能性はまったくない。
特殊な力を持っているのかもしれないが、あれは人間だ。マルナが復活したとしても、とっくの昔に寿命を迎えているはずだった。
「けどまぁ……どうしようもないんだけどね……」
完全に舐めきっていた。
それが故に、あっさりと足を掬われた。
次の機会があるのなら、最初から全力で、万全の態勢で葬り去る。
たかが人間と油断することなく全てを調べ尽くして、対応策を練ってから事にあたるだろう。
だが、今さら足掻いたところでどうにもなりはしなかった。
マルナは死んだのだ。
そう受け入れるしかなかった。
「となると暇なんだけど、どうしたものかな……」
あたりを見回しても闇しかない。
なので必然的に、元いた世界を見上げるしかなくなる。
今ならまだ、それなりの解像度で世界を観察することができた。
『もしもーし! マルナ様ー』
『リルナ様ー!』
『かか様ー!』
『神ねえさまー!』
『主上ー!』
『マル姉ー!』
『リルっちー!』
呼びかける声が聞こえてきて、マルナは声の発生源に焦点を合わせた。
水面に、美しく愛らしく幼い少女たちの姿が映し出された。
「あの子たち……。いい加減、呼び方は統一しろって言ってたのに……」
それは、マルナとリルナが己の力を分けて作り出した天使たちだった。
神の手足となり、その意志を人間たちに伝える神の代行者だ。
だが、いくら神に次ぐ力を持っているとはいえ、今のマルナを認識できているわけではない。
死は決定的に世界を分かつ現象であり、あの世とこの世のどちらからも干渉はできないのだ。
『マルナリルナ様がどうなってるのかはわかりませんけど、聞いておられると勝手に思って、一方的にこちらの情報を伝えておきますねー』
『たぶん、この世界もうだめですー』
『マルナリルナ様が施した封印が解けて、女神の欠片が復活しましたー』
『あれ? 女神って言うと、神ねえさまも女神なんじゃ? 神ねえさまの欠片ってどういうこと? 小指とか?』
『どういう発想なの! こわっ!』
『あぁ。あれは、その名を呼ぶことも憚られるので、とりあえず女神と呼ばれてるんですよー』
マルナとリルナが死ぬことで、彼女らの存在を基点として施していた封印が解けるのは当然のことなので、今さら驚きはなかった。
マルナリルナは強力な敵対存在を殺さずに封印して、その力を継続的に吸収していたのだ。
封印の目的が生かさず殺さず力を搾取することだったので、マルナたちが死んで吸収が途絶えれば、それらの存在は力を取り戻す。封印から解き放たれるのだ。
『ここにあるかなー。とりあえず探しとくかー。ってやってた 侵略者(アグレッサー) のみなさんも、当然気付いて本腰入れてくると思います!』
『欠片を回収にきたほうはいいとして、欠片を滅ぼしにきたほうは、ここにあるとわかればもうこの世界なんて知ったことではないでしょうし、世界をまるごと滅ぼそうとしても不思議ではないですね』
『なので! どうせこの世界が滅びちゃうなら、好き勝手やることにしました!』
天使たちはマルナリルナからは独立した存在なので、このまま生きていくことは可能だろう。
だが、その存在はあくまでマルナリルナを補助するためのものであり、マルナリルナが死んだとあっては、存在意義がなくなってしまう。
つまり、自暴自棄になって無茶なことをしでかしはじめても、不思議ではないのだ。
『とりあえず、高遠夜霧って奴は、こっちでどうにかしちゃいますね!』
『もうこいつ許せないじゃないですか! このままじゃ神の沽券に関わるじゃないですか!』
『ですが、マルナリルナ様が負けた? とかだと私たちじゃあどうにもならない可能性があるので』
『とりあえず、マルナリルナ様の名のもとに高遠夜霧を殺せって通達を信者の人々に出しました! 枕元に立って神々しい感じで神託を下しちゃいましたよ!』
『みんな張り切っちゃうんじゃないですかね!』
『マルナ様も刺客を送り込むとかやってましたけど、今度は質より量って感じです!』
『嫌がらせにはなるかと思います! 信者さんいっぱい死んじゃうかもしれませんけどね!』
『けど、マルナリルナ様がいないのに信者だけいても意味ないですし、いいですよね!』
『あと、この世界の奴らだけだと駄目かもしれないので、別の世界にも暗殺依頼を出してみました』
『暗殺の相場とかよくわかんないですけど』
『マルナリルナ様が貯め込んでた 共通信用通貨(クレジット) がありますから、どうにでもなります。死んじゃったからいらないですよね!』
「ちょっ! 何やってくれてんの!?」
資産運用は天使たちに任せていた。
なので彼女らがその気になればやりたい放題にできるのだが、死後にこのようなことになるとは思ってもみなかった。
いつになるかはわからないが、復活した際に残していた資産は使えると思っていたのだ。
『まあ、何やっても駄目。という可能性もあるんですが、その場合はこの世界を大爆発させようかと思ってます。さすがに、世界が潰れたら一緒に死んじゃうと思うのですよ』
『どうせ滅びるならいいよね!』
「よくない! 滅びるってそーいう意味じゃないから!」
それでは、マルナが復活した際に基盤となる世界がなくなってしまう。
マルナは、復活したらどうにかして世界を取り返そうと思っていたのだ。
『世界の管理権は、降龍って人に盗られちゃってるので、私たちは世界の核を目指してみます。直接刺激を与えたら暴走したりするんじゃないでしょうか』
『あと、主上から神の座を奪った奴については、私たちではどうしようもないのでマルナ様のお母上にどうにかしてもらいます!』
「やめてぇ! ママは関係ないからぁ!」
マルナリルナを創造した、母と呼べる神がいる。
不始末の尻拭いを親にさせるなど、恥辱でしかない。神といえどもそのあたりの感性は人とさして変わりはなかった。
『ママ上が降龍をやっつけたら、世界の管理権が戻ってくるので、それで世界を爆散させるのがてっとり早いかも!』
『マルナ様、こういうの好きですよね!』
「それは人の世界だったらするかもしれないけど! 自分の世界まで壊さないよ!」
天使たちはマルナリルナの分身のようなもので、思考パターンも似たものになっている。
マルナたちの考えそうなことをよくわかっているのだ。
『あと、何か報告事項ありましたっけ?』
『他にも封印解けちゃってるのあるようですけど、全部把握してられないので』
『まあ、今さら何が蘇ろうとどうでもいいですよね』
『ではー!』
一方的に言って、天使たちの姿が消えた。報告を終えてどこかへ飛んでいったのだろう。
マルナが元の世界を見ることができるといっても、もう自由自在とはいかない。
天使たちからの呼びかけがなければ、天使たちのいる座標に視界を合わせることはできないのだ。
「まぁ……暇は暇だし、のんびり見上げてればいいんだけどさ」
天使たちが何かをする気なら、どこを見ていても何かしらの影響が出て、それとわかるだろう。
とりあえずは、そうやっているしかない。
「……そういえば、リルナはどこに……」
そう時をおかずに死んだので、近くにいても不思議ではなかった。
リルナは先に死んだので、いるとすればマルナよりも深層にいるはずだ。
マルナは闇の底へと目を向けた。
そこにあるのはただの闇だが、何かがあればわかるはずだった。
この場での光も闇も主観的なものでしかなく、暗いから見えないというものではないからだ。
だが、ここにいるのはマルナだけだった。
どれほど目を凝らそうと、マルナは何者の姿も見いだすことはできなかったのだ。