軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0846 絶望の戦い 終局

「馬鹿な……」

呆然(ぼうぜん) と呟くのはキンメ。

涼はもちろん、『清涼なる五峰』の四人も見たことのないキンメの表情。

「竜王ですら、ほどけなかったのに……」

動けるようになった涼を見て、小さく首を振るキンメ。

魔人にとって最大の天敵と言っていいドラゴン。

その親玉である竜王すら破ることができなかったのに……。

それなのに、人である涼が破ったのは、キンメにとってかなり衝撃的だったようだ。

「知は力なり」

翻って、涼はドヤ顔で言い切る。

重力と質量の関係を知っていたからこその解決策。

「アインシュタイン先生のいないこの世界では、重力の研究は進んでいなさそうです」

涼が尊敬する物理学者アインシュタイン。

エネルギーと質量の関係を表す、E=mc²の公式はもちろん、今回の重力と質量の関係性に関してもアインシュタインだ。

「あの人こそ、物理学史における 特異点(とくいてん) だと思うのです」

知れば知るほど、異常で、連綿と続かずに出てきた重力に関するアインシュタインの研究。

他の三つの力、電磁気力、強い力、弱い力を統合する式はできそうなのに、重力だけは全く入れ込めそうにない……その絶望的なまでのラスボス感。

そこで涼は小さく首を振る。

まだ戦闘中であることを思い出して。

「正直に言うと、驚いたわ」

キンメが真剣な表情で告げる。

「魔法では……いいえ、魔法の理解において、リョウさんは私より上なのかもしれない」

「いやあ、それほどでも」

キンメの言葉、称賛と受け取って照れる涼。

「核融合爆発が起きたら、この辺り一帯が吹き飛びますから、それは起きないように考えました」

「何を言っているのか分からないけど、凄いというのは認める」

キンメは頷く。

そして、涼が想定していなかった言葉を言った。

「<エンチャント>」

「え……」

涼が驚いた直後だった。

胸が、真一文字に斬り裂かれたのは。

剣閃が見えなかったとか、体の動きが見えなかったとか、そんなレベルではない。

「セーラの『風装』より……速い」

あまりの静から動への変化についていけない涼。

しかも……。

「ローブが切り裂かれた……」

少し前に両肩に食らった石の槍も、ローブを貫いていた。

「キンメさんの攻撃では、師匠からいただいたローブですら穴を開けられ、切り裂かれる」

涼がぼやく。

とはいえ、涼のローブは自動修復機能がある。

勝手に修復される様子を見て、ほっと安心する涼。

お気に入りのローブがボロボロになる姿は見たくない。

もちろん涼の体の傷は、自動修復されないが。

「風属性魔法を使って速度を上げ、エンチャントを付与し、剣で戦う。リョウさんはそんな相手との戦闘経験、ある?」

キンメはそう言うと、涼の目の前から消えて背後に回り、背中に一撃。

すぐに元の位置に戻った。

「……瞬間移動まで」

すぐに背中の傷を、水属性魔法で修復する……斬られた血管を水の膜と氷の膜で繋いだのだ。

少なくとも出血は止まる。

「もしかしたら、魔法より厄介かも……」

涼はため息をつきながら顔をしかめた。

剣での戦闘が進む。

時を追うごとに涼の傷が増えていく。

ローブは傷ついても自分で修復が行われる。

逆にそのため、傷が増えていく涼との対称性が目立つ。

もちろん傷が増えているのは、決定打を避けているからだ。

くらってしまえば、戦闘が継続不能となる。

「それだけは避けます」

涼自身、多少の傷は仕方がないと思っている。

キンメの速さに、対応しきれない。

ほとんど感覚で決定打をずらす……それくらいしかできていないから。

あまり効果がないと分かっているが、<アイスアーマー>は着けている。

もちろん、キンメの攻撃が当たれば貫かれて、涼の体にまで攻撃は達するのだが……。

それでも、100のダメージが99になるのであれば着けておくにこしたことはない。

その減らしたダメージ1が、涼の死を遠ざけてくれるかもしれないではないか。

1が重なれば大きな数字になるかもしれないし。

「 塵(ちり) も積もれば山となる。あるいは、一円を笑う者は一円に泣く。小さなことでも一歩からなのです」

涼は自分自身に言い聞かせるように呟く。

目の前で涼に剣を浴びせるキンメの耳に届いているかは分からない。

近接戦に移行後、表情が変わっていないからだ。

だが、涼は気付いていた。

そんなキンメの頬に、ほんのわずかに赤みが差してきていることに。

何の赤みなのか、涼は知っている。

(戦闘狂、とまで言いませんけど、戦闘によって 高揚(こうよう) してきているからです。優しそうに見えて、いえ実際に優しいのですが、そんなキンメさんも魔人。その魔人としての心の奥底にあるのかもしれません、そういうのが)

涼はそう思う。

そう思うのだが、さすがに声を出して本人に直接確認したりはしない。

(怒られる可能性が無いとは言えませんから)

君子(くんし) 危(あや) うきに近寄らずなのだ。

「少しだけ熱くなってきた」

だから、キンメが突然そう言った時、涼は少しびっくりした。

「戦うのとか、そんなに好きじゃないんだけど……リョウさんとの戦いは、少し楽しいわね」

「え……」

絶句する涼。

これは良くない 兆候(ちょうこう) 。

以前、そんな感じなことを言った悪魔は、未だに涼を見ると戦おうとしてくる。

キンメまでそんなことになっては……。

「ぼ、僕も戦うのは好きではありませんから」

「そう? でも、口の端が上がってるわよ?」

「え……」

「傷ついて、防戦一方なのにそんな表情になるなんて、普通じゃないでしょう?」

「き、気のせい……いえ、キンメさんの見間違いです」

「分かったわ、そういうことにしておいてあげる」

キンメは一瞬微笑むと、さらに速度を上げた。

「ぐはっ」

さらなる連撃を受けきれず、大きなダメージを負う涼。

「タガが外れそう」

「……」

「できるだけ、リョウさんを殺さないようにはするけど……殺してしまったらごめんなさい」

「できるだけじゃなくて、絶対殺さないでください」

「今、降参すれば絶対殺さないわよ?」

「それはできません」

涼は抵抗する。

涼には目的がある。

今回の問題全体を解決するアイデアがある。

そのためには、キンメに勝たなければならない。

勝ってみせなければならない。

この、圧倒的に強いキンメに。

未だ、村雨をかすらせることすらできていないキンメに。

(剣では勝てません)

涼は認める。

力や技術はともかく、速さが違い過ぎる。

もちろん、キンメの力や技術が、涼より圧倒的に劣っているわけでもない。

そもそもキンメは魔人。

人より圧倒的に 膂力(りょりょく) は上。

さらに、「戦うのは好きじゃない」と言っておきながら、剣の技術も低くない。

「戦うのが好きじゃないのに、どうして剣を使う技術に長けているのですか?」

「昔……そう、すご~く昔は、魔法を使うのが苦手だったの。だから剣で自分を守る必要があった。それで磨かれただけよ」

「なんと」

「今でも戦うと、あの頃の悲しい記憶が蘇る……と思ったんだけど」

「……思ったんだけど?」

「リョウさんとの戦闘は、少し楽しい」

「……それは、良くない兆候です」

思い切り顔をしかめる涼。

そう、何度も言うが、良くない兆候。

この先も、涼と会うたびに戦いを求められたりしたらたまらない。

涼にできることは限られている。

その中で、今最も有効なこと……それは考えること。

やはり、それしかない。

まず、正確な現状認識から入る。

(キンメさんは魔人。魔人だから、力はセーラより上。速さはセーラの『風装』より上。技術は……セーラよりは低い)

涼が知る、最も剣の強い相手セーラと比較する。

厄介なのは、やはり速さだ。

技術はセーラより低いと言っているが……そもそもセーラが超絶技巧を誇る剣士。

それより下だから楽勝……などということはない。

だが、それでも……。

つけ入るなら、『技術』の部分しかない。

しかしキンメも、それを理解しているのだろう。

速さを活かして、涼の後ろに回り込んでからの攻撃が多い。

後ろからの攻撃は厄介だ。

何より、カウンターを合わせにくい。

そこにしか、涼の突破口はないというのに……。

さらに、涼の鉄壁の防御も破られやすい。

人は、後ろからの攻撃に対処しにくい体の構造だから。

キンメもそれを理解している。

(なら、それを活かせないか?)

涼は考える。

攻撃の方向は限定できる。

攻撃の際は足が止まる。

攻撃は剣で行われる……今のところ。

原理原則は変わらない。

攻撃のタイミングこそ、最も大きな隙ができる。

そこに合わせる反撃が、カウンターアタック。

相手の攻撃に合わせるカウンターアタックは、原理的には、攻撃場所と攻撃タイミングが分かれば合わせることができる。

やるなら早い方が良い。

涼の体も、かなり傷ついているので。

正面での剣戟。

涼が横薙ぎ……かわしざま、キンメが消える。

(ここ!)

「<アイスバーン>」

涼の後方に回ったキンメが、足の踏ん張りを失敗する。

「<ウォータージェットスラスタ>」

その場で、涼が180度スピンターン。

キンメがとられた足の踏ん張りを回復した時には、もう目の前。

カキンッ。

弾き飛ぶキンメの剣。

喉元(のどもと) に突きつけられる村雨。

「キンメさん、僕の勝ちです」

「……認める、リョウさんの勝ち」

それまでの荒々しい戦いに比べれば、むしろあっさりと終わった。

だが、涼にとっての本番はここから!

大股(おおまた) でバーダエール首長国軍の方に近付いていく。

近付いていきながら……。

「今この時をもって、我がロンド公爵領は、ナイトレイ王国を離脱します!」

涼が宣言した。

そのまま間髪を容れずに……。

「<スコール><氷棺>」

バーダエール首長国軍にいる、バットゥーゾン首長を氷漬けにする。

あまりの展開に、動けないバーダエール首長国の高官に向かって言う。

「皇太子ゾルン殿にお伝えください。あなたが即位するまで、バットゥーゾン首長は、 丁重(ていちょう) にお預かりすると」

「……」

誰も何も言わない。

言えないのだ。

状況の変化についていけないから。

涼の傍らに、一体の氷のゴーレムが生成された。

中折れ帽をかぶり、氷の板を手に持っている。

「こちら、突撃探検家三号君を預けます。この氷の板に文字を書いていただければ、僕の元にそれが届きます」

涼が、三号君の持つ氷の板を指さす。

竜王ブランとの戦闘後、氷の板に改良を加えたのだ。

「言うまでもないでしょうが、彼を傷つけるようなことがあれば、バットゥーゾンさんだけでなく、バーダエール首長国全てを氷漬けにしますから、そのつもりで」

「……」

反応がないために、涼は強めに言う。

「よろしいですね?」

今度は、何人かが何度も頷いている。

まだ反応できていない者たちもいるようだが。

「全ての準備が終わったら、三号君からご連絡ください。その時に、前首長をどうするか話し合いましょう。国内で 隠棲(いんせい) してもらうか、別の国で隠棲してもらうかなどを」

涼ははっきりと言い切った。

つまり、バットゥーゾンを預かっておく間に、バーダエール首長国における権力の全てを皇太子ゾルンが掌握しろと言っているのだ。

ある種の、クーデターのそそのかし。

武田信玄が、父信虎に行った一国の乗っ取り……今回、涼がそれを手伝うと。

そのために、涼はキンメと戦った。

この権利を手に入れるため、バットゥーゾンの身柄を預かる力を誇示するため。

力を示せば無理が通る。

それが外交の本質であり、全ての交渉の本質。

個人の間だろうが、組織の間だろうが、国の間だろうが。

本質は変わらない。

力のない者の言うことなど、誰も聞きはしないのだ。

そして……。

「『清涼なる五峰』の方々も、こちらでお預かりします」

どうせ、この状況でバーダエール首長国に戻っても、大変なことになるだけだから。

涼の責任で捕虜にしておけば、彼らの家族に害が加えられることもないだろう。

それどころか……。

「これも言うまでもないですが、彼らの家族に害が加えられたりすれば、バーダエール首長国全土を氷漬けにします。よろしいですね?」

涼が言うと、ほとんどの高官たちが頷いた。

先ほどよりも、我に返った者が増えたらしい。

涼からバーダエール首長国への通達は、以上であった。