軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0833 解呪

翌日正午。

ヴォン教会では、<解呪>が行われようとしていた。

教皇の正装に身を包んだグラハム、枢機卿の正装に身を包んだステファニアを中心に、異端審問官たちの中でも光属性魔法の力に秀でた者たち八人、合計十人が、聖壇に寝かされたラムン・フェスを中心に円形に立っている。

少し離れた場所から、チゴーイ副宰相ら諸国連邦の高官らが見守る。

グラハムが唱え始めた、

「おお 偉大なる女神よ 汝に伏して願わん 我らと異なる理に囚われし我らの友を 汝と異なる理に囚われし汝の子を 今一度 この世の理に戻さんことを 我らと異なる傷を負いし我らの友を 汝と異なる傷を負いし汝の子を その軛から解き放たんことを 我ら伏して願わん < 解呪(ディスペルカース) >」

教皇グラハムの詠唱が終わると、囲んだ十人から光が出て集まる。

柔らかく温かいその光は、ゆっくりとラムン・フェスを包んだ。

だが、突然弾けた。

「解呪が失敗……」

「元首様……」

悲痛な声は、諸国連邦の高官たちからであった。

「力になれなかった」

「いえ、聖下、感謝しております」

グラハムに頭を下げるチゴーイ副宰相。

「ご存じかと思うが、ニュー様は六カ月眠り続けた後、目を覚まされた。ラムン・フェス殿も希望を捨てないように」

「ありがとうございます。ですが……」

「ええ、情勢がひっ迫してきていますね」

チゴーイが言わんとしていることは、グラハムも理解している。

副元首や宰相らからラムン・フェスを守り抜いたとしても、西部諸国連邦そのものが東部諸国の切り崩しにあって、連邦離脱を宣言する国家が出てきた。

昨日から今日にかけてだけで、何国も、それもあからさまに連邦離脱を宣言する国家が出てきていたというのが問題なのだ。

しかも……。

グラハムは、この<解呪>が行われる一時間前に、東部諸国から西部諸国連邦に対して宣戦布告がされたという報告を受けていた。

当然、チゴーイもその報告は受けているだろう。

「宣戦が布告されたとか」

「聖下もお聞き及びでしたか」

グラハムの言葉にチゴーイは頷く。

「ついに東部諸国が武力を行使することになりましたが……実際に行使する前に、連邦は崩壊してしまいそうです」

さすがのチゴーイも弱気だ。

だが……。

「それでも、最後まで抵抗されるのでしょう?」

「もちろんです」

グラハムの確認には、顔を上げて答える。

「おそらく最後の砦は、このヴォンになるでしょう」

「なるほど。それもあって、このヴォンで<解呪>を……ラムン・フェス殿を連れてこられたのですね」

「はい。教皇聖下にはご足労をいただき……」

「いえ。我らも、大陸西岸を南下する予定でしたので、ヴォンの街への寄港はちょうどよかったのです」

グラハムは微笑みながら答える。

それは完全な事実であるから。

もちろん、大陸南部へロズニャーク大公ゾルターンの討伐に行く途中、などという説明はしていない。

チゴーイら諸国連邦側も、何のための遠征かなど問わなかった。

それは国同士の 阿吽(あうん) の呼吸。

相手が答えられない問い、答えたくない問いは、問うてはいけない。

それが国家同士の付き合いというものだ。

ラムン・フェスの右腕として、西部諸国連邦をまとめてきた副宰相チゴーイも、教皇グラハムもその辺りは理解していた。

そうして、二人は別れるはずだった……。

慌ててヴォン教会を預かるミキタ司教が走ってくるまでは。

「聖下、大変です。西部諸国連邦副元首ジャージャ殿と、宰相ゼンモシ殿が街に到着されたとのことです」

「なんですと……」

グラハムより先に反応したのはチゴーイ副宰相。

副元首ジャージャと宰相ゼンモシは、それこそチゴーイを追い払い、現在の諸国連邦の 舵取(かじと) りを行っている二人だ。

そんな二人が、連邦全体の地理で見た場合、最西端とも言うべき、このヴォンの街に現れる理由が思い当たらないからだ。

いや、それは正確ではない。

チゴーイは、聖壇に寝かされたラムン・フェスを見る。

その視線に、グラハムも気付く。

「ラムン・フェス殿がここにいることに、二人が気付いた?」

「そんなはずはないと思うのですが……ですが、それ以外で二人共が、このタイミングでヴォンの街に現れる理由が思いつきません」

「確かに」

チゴーイの言葉にグラハムも頷く。

頷いた後、少し考えて切り出す。

「どうでしょう。ラムン・フェス殿のお体、このヴォン教会でお預かりいたしましょうか?」

「おぉ……実は、そうしていただければありがたいと思っていたところです」

グラハムの言葉に、目を見開いて感謝するチゴーイ。

やってきた二人は、チゴーイよりも上位者だ。

不審に思えばあらゆるものを調べることができる……それをチゴーイは止めることができない。

ラムン・フェスをどこかに隠したとしても、その気になれば探し出してしまうだろう。

だが、教会なら?

しかも大陸南部への遠征の途上にある教皇グラハムが 逗留(とうりゅう) する教会なら?

疑いがある、程度で中に入るのは難しいのではないか。

さすがのあの二人であっても、東部から侵攻され、その上、西方教会まで敵に回すのがどれほど愚かかは理解できるはず……。

「聖下、ラムン・フェスをどうかよろしくお願いいたします」

チゴーイは深々と頭を下げるのだった。

スキーズブラズニル号でも、パウリーナ船長による報告が行われていた。

「陛下、到着したのは西部諸国連邦副元首ジャージャ殿と、宰相ゼンモシ殿で、護衛の数は三千人ほどだそうです」

「副元首と宰相?」

「それって、グラハムさんが言ってましたよね。ラムン・フェスさんを亡き者にしようとしている人たちかもって」

パウリーナの報告に、アベルが首を傾げ、涼が確認する。

「そうだな。やはりラムン・フェスが目的か?」

「そう考えるのが妥当ですよね。どこからか情報が洩れて……」

「護衛三千人という人数を考えるとな。副宰相のチゴーイらが抵抗しても、力で押さえつけられる人数ではあるな」

アベルは頷く。

「どうします?」

「どうしようもない」

涼の確認にアベルは肩をすくめて答える。

二人を含めたナイトレイ王国は、完全に部外者だ。

誰からも何も頼まれていないのに、勝手に動くのも変だ。

「こちらに火の粉が降りかかるようであれば全力で振り払うが……」

「そうですね……基本は内政不干渉ですもんね」

涼も頷く。

もし目の前で、民が 虐(しいた) げられている光景などに出会えば、内政不干渉など関係なしに民を助けるだろう。

それは涼もアベルも多分変わらない。

しかし今回の件は……民に関係してくるのかすら、正直分からない。

分からない以上、適当に動くわけにはいかない。

「ぱっと見、元首のラムン・フェスさんと副宰相のチゴーイさんが正義で、副元首と宰相が悪者に見えますけど、本当にそうとは限りませんからね」

涼が何度か頷きながら言う。

頭の中で何か考えているようだ。

「珍しいな。リョウなら、副元首と宰相を一方的に断罪すると思ったんだが」

「チッチッチ、アベル、甘いですよ」

涼が右手の人差し指を立てて左右に振っている。

甘いという表現らしい。

「一見、そう見せかけておいて、実はラムン・フェスさんとチゴーイさんが、とても悪い人だったりするのです。そういう、一ひねりあるストーリーが展開としてはあり得るのです」

「……そうか」

得意げな涼、ため息をつくアベル。

それはある意味、いつもの光景であった。

すぐに、少し慌てた様子でパウリーナが二人の元に、再びやってきた。

「陛下、東部諸国が西部諸国連邦に対して、宣戦布告を行ったそうです」

「戦争か……」

アベルが頷いて呟く。

涼は無言のままだが、顔をしかめている。

当然だ。

戦争が起きて喜ぶ人間などいない。

「さっきの副元首と宰相が来たのは、東部諸国の宣戦布告に関係しているのでしょうか……あるいは、ラムン・フェス元首に関係するのでしょうか……」

「俺たちの知らない別の理由もありえるからな、何とも言えん」

涼の言葉に、アベルは小さく首を振った。

パウリーナは報告を終えると、自分の仕事に戻っていく。

涼とアベルは甲板上、木と木がぶつかる音の方を見る。

そこでは、『十号室』のニルスとアモンを加えた王国騎士団の者たちが、木剣で小規模な模擬戦を行っていた。

剣術指南役四号君は、そんな模擬戦をじっと見ている。

見て学んでいるようだ。

ちなみにエトは、模擬戦で怪我をした者たちを治療している。

B級神官エトがいる安心感からか、けっこう激しい模擬戦になっている。

「剣の訓練に明け暮れてはいても、戦争をやりたいわけじゃあない」

「ええ」

「自分や仲間、家族、あるいは民を守るために訓練をしているのだ」

「全くその通りです」

アベルの言葉に、全面的に賛同する涼。

「だが戦争は起きる」

「人の歴史は戦争の繰り返しです」

アベルの呟きに、涼が反応する。

悲しい歴史的事実だが、最近は新たな発見があった。

「戦争を無くすには、究極的には二つの方法しかないと思い始めました」

「どういうことだ?」

「戦争を起こす必要のない状況にする、あるいは、戦争を起こせない状況にする」

「ああ……つまり人は、本質的に戦争を起こしてしまうものだということだな」

「はい。だから縛って、戦争を起こせなくする」

涼ははっきりと言い切る。

「後半の、戦争を起こせない状況ってのは、以前言ってたゴーレム軍団での監視みたいなものか」

「まあ、あれは冗談ですけど……考え方は同じですね」

戦争を起こせば、即座に、確実に、手痛いダメージを与えられる……そういう状況に置かれていれば戦争を起こすことはできないだろう。

戦争を仕掛ける相手の状況に関係なく、第三者から強烈な介入を受けるということだ。

おそらく、地球においてかつての国連軍は、そういう考えで志向されたのかもしれないと涼は考えたことがある。

もちろん現実は、全くかけ離れたものとなっていったが。

「まあ、いい。現状では何とも言えん」

「僕たちは平和の使者ではありませんしね」

「平和の使者……そんなものが存在するのか?」

「きっと平和の使者は、白いローブを着て、優しい笑みを浮かべた水属性魔法使いに違いありません」

涼はそう言うと、立ち上がって腕をバタバタしたり、その場で体を回転させたりしている。

自分が、その平和の使者だとアピールしているのだろう。

「それだけはない。絶対に違うと断言できる」

「え……」

「リョウよりは、俺の方が平和の使者に近いだろうな」

「け、剣士が平和の使者とかありえません! 剣士は昔から、破壊と 殺戮(さつりく) を 司(つかさど) る恐ろしい存在だと認識されているのです」

「リョウの中でだけな」

涼の主張を、余裕で返すアベルであった。