軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0821 強奪

涼が唱える。

「<アイシクルランスシャワー“貫”>」

極細の氷の針が、ただ一点、ゾルターンの 額(ひたい) に向かって飛んだ。

何百、何千、何万……。

パリン。

一枚目の障壁を割る。

パリン。

二枚目の障壁を割る。

パリン。

三枚目の障壁を割る。

「これは驚いた! 氷の針か? 今代には、このような水魔法の使い手がいるのか!」

大きく目を見開き、楽しそうなゾルターン。

だが、小さく首を振る。

「『ニューの祝福』、ヴァンパイアの大公といえども、生身では効果を受けるか。影響のない場所で戦いたいな。うむ、そうだなそれがいい、そうしよう」

何かを決めたゾルターン。

その間に、四枚目の障壁が割れているが、もう気にしていないようだ。

「強者どもよ、我は暗黒大陸南部におる。この男を返してほしければ来るがいい。戦い、我に勝てば返してやる。全員でかかってくるがよいぞ」

ゾルターンがそう言うと、一瞬だけハーゲン・ベンダ男爵の体全体が淡い光を放って……二人は消えた。

「……転移?」

アベルが呟く。

「なんたる、 失態(しったい) 」

オスカーが言葉を吐き捨てる。

「ハーグさん……」

涼は 両膝(りょうひざ) を地面につき、力の抜けた声を出した。

「敵対的な大公……どう戦う?」

恐らくこの場にいる中で、最も冷静に、最も論理的に思考を始めていたのはグラハムただ一人だったろう。

それは、ヴァンパイアの大公というものを知っていたため。

それは、ハーゲン・ベンダ男爵と個人的な 友誼(ゆうぎ) がなかったため。

「戦う必要があるのか……」

グラハムの呟きは、本当に小さかったために、すぐそばにいたステファニアにしか聞こえない。

もし、今の言葉が他の関係者……オスカーとフィオナや、涼たちに聞こえていたら、強烈な反発を受けただろう。

立場の違いは、全く違う 言動(げんどう) を生む。

グラハムに次いで行動に移ったのはフィオナであった。

「オスカー、暗黒大陸南部に行きましょう」

「ふぃ、フィオナ?」

フィオナの決断の早さに、オスカーが 狼狽(ろうばい) する。

もちろんオスカーも、そうする以外に無いというのは分かる。

だが、そう簡単にはいかないということも分かる。

「お父様には、『例の道具』ですぐに許可を願い出ます。道具の仕様上、返信が来るのは二十四時間後ですが、待っている必要はありません。先に準備に取り掛かっておきましょう」

「あ、ああ、そうだな」

「問題は船ですね。ただ借りるだけではいけません。暗黒大陸の北岸ではなく、南部にまで行くとなると、普通の船では難しいでしょう。最悪の場合は、暗黒大陸北岸まで行ってから、陸路かあるいは別の船を見つけて海路という方法を取りましょう。そう考えると、連れていく人数は絞った方が……」

次々と計画を組み立てていくフィオナ。

オスカーは、次々に出てくる計画に、頷き同意するしかできなかった。

次に動いたのはナイトレイ王国のアベル王だった。

向かったのは、両膝をついたまま 茫然自失(ぼうぜんじしつ) の 態(てい) となった筆頭公爵の元。

だが、声をかけていいか判断できかねる本人の前に、仲間に声をかける。

「ニルス、エト、アモン、よく戻った」

「ははっ」

声をかけられて、慌てて片膝をついての礼をとる『十号室』の三人。

そして、アベルは涼の元へ。

「リョウ」

「アベル……さっき掴まれていたのは……ハーグさんですよね?」

「ハーグ? 俺が受けた報告では、帝国のハーゲン・ベンダ男爵だ」

「ああ……そう、そうです……この使節団に小姓として配属された時の名前が、ハーグで……そうですね、ハーゲン・ベンダ男爵……そんな名前です」

涼は小さく、何度も首を振る。

「リョウは、ハーゲン・ベンダ男爵と知り合いだったのか?」

「ええ、ケーキ友です」

「うん? そうか……」

涼が当然という言い方で言い、アベルは正確には理解できないがとりあえず受け入れた。

今は、言葉の定義はどうでもいい。

アベルが、どう会話を続けようか迷っていると、突然、涼が立ち上がった。

「そうです、イグニスさんにも知らせないと」

「リョウさん」

涼が言った瞬間、後ろから声が聞こえた。

「ああ、イグニスさん……ハーグさんが……」

「はい、見てました、最後の場面だけですが」

涼が泣きそうな表情で言い、イグニスが頷く。

涼の表情は迷いが 覆(おお) っているが、イグニスの表情には迷いがない。

そんなイグニスが口を開く。

「リョウさん、いえロンド公爵、これからどうしますか?」

イグニスの視線は強い。

相手がどう答えるかすでに分かっている問い、そして出てくるであろう答えを自分は全力で支持するという意思の乗った視線。

そんなイグニスの意思の籠った視線と問いかけによって、涼の迷いは吹き飛ぶ。

「助けに行きます」

涼の即答。

「分かりました。暗黒大陸南部ですよね。スキーズブラズニル号はゴスロン港に停泊中です。あれを出せるようにします。あの船に関して、ロンド公爵はアベル陛下の代理として登録されていますので、動かしても法的に問題ありません」

「おぉ」

「ただ、船長たちも大陸南部までは行ったことないと、以前言っていました。大陸東岸はクラーケンの巣が多数ありますので、西岸沿いを南下してもらいますが、途中の街で水先案内人を雇って、彼らの協力を得れば大丈夫でしょう」

「おお、すごい……」

「私も、一年間、遊んでいたわけではないのですよ」

イグニスが微笑む。

首席交渉官の微笑は、周りを安心させる。

「イグニス……」

「ああ、陛下」

イグニスは一度頭を下げる。

だが、再び頭を上げた時の視線は、とても力強いものだ。

「スキーズブラズニルを動かすことになりました」

決定事項として告げる。

「ああ、うん、承知した」

アベルはそう答えるしかない。

そもそも、交渉でイグニスには勝てない。

誰に対しても柔らかな印象、人好きのする口調と笑顔。

しかしイグニスは、実は王国の最終兵器とすら呼ばれている。

王国外務省がイグニスを出してきたら、それは、絶対に譲らない交渉の場だという意思表示である。

王国民よりも、帝国、連合の役人たちによく知られている男。

それがイグニス・ハグリット。

普段、イグニスの交渉の力は、王国と王国の民のために振るわれる。

だが、今は違う。

友と、その友の身を案じる友のために、行使されている。

もちろん、法律の範囲内で。

「暗黒大陸の街には、西方教会のある街もあります。教皇庁から、そちらに連絡をとってもらって補給も受けられるようにしておきます」

報告の口調だが、同時に自分の思考をまとめている。

「大陸のどの国も、我が王国との将来の交易は期待しています。ですので、それを交渉に使えば、だいたいのことは何とかなりますから」

イグニスは、涼とアベルが自分を見ているのに気付き、心配しないでいいと言う。

「暗黒大陸の西海岸沿いは、東海岸ほどは交易が盛んではありません。取り寄せた資料では、大きな船が入港できる港もいくつかはあります。ヴォンという港街が、西部諸国連邦の大陸西岸沿いの街としては有力なようです。ただ申し訳ありませんが、その辺りの現在の情勢は、大陸北部でも分かっていないそうで、こちらでも知る術がありませんでした」

その後も、多くの説明が続く。

まとめると、これまでに行われた『将来を見据えた準備』を利用すれば、暗黒大陸南部まで行きつけるという。

「嵐で流れた時、そのまま暗黒大陸に行くんじゃなくて、まず聖都に来るべきでした」

「そうだな。そうしておけば、イグニスが交渉しておいてくれたいろんな支援を使えたな」

涼とアベルは、イグニスが頷きながら説明する内容を聞いて、しみじみとそう思った。

これこそが外務省の仕事。

「アベル、イグニスさんが他国に流出しないようにしてくださいね」

「そうだな。人材こそ宝……まさに、それを体現する存在だな」

涼もアベルも、イグニスから受けた驚きによって、ハーゲンを失った衝撃から立ち直った……。

宿舎に戻ると、アベルが言った。

「もちろん、俺も行く」

「え……」

当然と言う顔で告げるアベル、焦る周囲。

「リョウは行くんだろう?」

「当然です」

「帝国は、爆炎の魔法使いが出るぞ?」

「え、ええ、そうらしいですね」

「お前たち、絶対ぶつかるだろう?」

「ぶつかるかもしれず、ぶつからないかもしれず……」

「ぶつかるわ! だからそれを防ぐために俺も行く」

国王出陣のダシにされる筆頭公爵。

「それにだ。国王であるアベル一世も奪還に力を貸したとなれば、中央諸国で色々使えるだろう? 帝国政府はそんなことは 頓着(とんちゃく) せんだろうが、民は違う。他国の王だろうが、強くて英雄的な行為を行えば熱狂するだろう。もちろん王国民なら、なおさらだ」

「そんな知能犯的な考えで……」

アベルが笑いながら言い、涼がアベルの権謀術数的思考を非難する。

「陛下、できればお止めしたいのですが……」

そう、おずおずと切り出したのはスコッティー・コブック中隊長。

その後ろで、ゆっくり頷くザック・クーラー中隊長。

「その言い方からして、二人とも理解しているだろう。俺はこの手の件では、言い出したら聞かないと」

「はい……」

「ええ……」

アベルの言葉に、ため息をつきながら頷くスコッティーとザック。

そう、二人とも分かっている。

どうせ止めることはできないと。

それならせめて……。

「王国騎士団五十名、護衛させていただきます」

「分かった、頼む」

アベルは頷いた。

黙って聞いていた人物が口を開く。

「よし、俺も……」

「ダメです」

言い出したのはヒュー・マクグラス王国使節団団長、だが一言で留めたのは首席交渉官イグニス。

「何でだよ!」

「さすがに団長には、いてもらわなければ決裁が 滞(とどこお) ります」

「暇なんだよ……」

「私も行ってほしいとは思います。その方が、より確実にハーグさんを……いえ、ハーゲン・ベンダ男爵の救出が確実になるでしょうから。ですが、ダメです」

イグニスはそう言うと、涼とアベルの方を向いた。

「どうか、救出、よろしくお願いいたします」

「承知した」

「任せてください」

イグニスの言葉に、アベルと涼は力強く頷くのだった。