作品タイトル不明
0816 対決
「新首領と話をつけるしかないですよね。<パーマフロスト>」
見える範囲全てを氷漬けにして、涼は 疾走(しっそう) する。
屋敷についても、見える敵を全て氷漬けして奥に走った。
一番奥の扉……明らかに広い部屋のための扉を開くと、予想通りパーティーでも開けそうな部屋が。
その中央に、一人の男性が立っている。
長い黒髪に、黒い目。
そこだけ見れば、涼の中の東洋系な感じなのだが……その肌の色が、驚くほど白い。
黒髪黒眼と白い肌の対比は、驚くほどのものだ。
異様なほどに、黒髪黒眼が印象的。
誰に説明されなくとも、涼にだって分かる。
この人物が『黒』なのだと。
「共和国軍や特務庁の人間には見えん。貴様、何者だ」
「相手に名前を尋ねる時には、自分から名乗るものですよ『黒』」
「何?」
「あなたが、暗殺教団の新首領なのでしょう?」
「貴様……」
涼の言葉に、『黒』は鋭敏に反応した。
そう、『新』首領という部分だ。
首領が『ハサン』から『黒』に代わったことなど、暗殺教団の人間しか知らないはずのこと。
もしそれ以外に知る者がいるとしたら、それは……。
「ええ、僕が『ハサン』……教団創設者である前首領と、最後に戦った相手です。だから知っています」
「まさか……」
「ナターリアさんから、聞いていませんか? 水属性の魔法使いの話。あなたがナターリアさんに命じたんでしょう、前首領を殺せと。その時、首領と戦っていたでしょう、水属性の魔法使いが」
「貴様が、その時の……」
「前首領さん。色々と気付いていましたよ。『黒』にほだされたナターリアさんが裏切ったと言っていましたからね」
涼は小さく首を振りながら告げた。
「……なぜ中央諸国ではなくここにいる。ここは西方諸国だぞ」
「そうですね。知りませんでしたか? 僕がマファルダ共和国と深いパイプを持っていること。共和国政府首脳と協力関係にあることを」
「ありえん」
「そう言われましても……実際、目の前にいるでしょう?」
涼は肩をすくめる。
「一応、お伝えしておきます。降伏しませんか?」
「は?」
「うちの国王……を通して、西方教会の教皇から提案があったそうです。降伏すれば、教団丸ごと安全に生活できる場所を提供すると」
「西方教会の教皇? 共和国元首ではなく?」
「ああ……まあ、分かりにくい構図ですよね。確かに今、僕は共和国に協力して戦っていますけど。共和国の仮想敵国たるファンデビー法国のトップ、教皇がそんな提案を……僕を通してしてくるとか、ええ、確かに分かりにくいです」
涼も何度も頷く。
確かに分かりにくいだろう。
これも全て、アベルのせいだと勝手に涼は結論付ける。
不憫(ふびん) なり、アベル王。
「我がナイトレイ王国は、ファンデビー法国ともマファルダ共和国とも太いパイプを持っているということです」
それは多分事実なのだ。
そして、 稀有(けう) なことでもある。
西方諸国で匹敵するようなパイプを持つ国と言えば、スキーズブラズニル号の管理をお願いしているゴスロン公国くらいなのかもしれない。
それとて、何世代にもわたって歴代の教皇を輩出することによって法国とのパイプが築かれ、隣国でありながら数百年間戦わなかったことで共和国とのパイプが築かれた結果だ。
数百年かけて築かれたパイプと同じようなものを、現在のナイトレイ王国は持っている……稀有なことである。
「どちらにしろ断る。私は、教団の者たちに対して責任を持っている。国に下れば、何をされるか分からん」
「いや、それは……」
「我らは暗殺者なのだ。普通の 民草(たみくさ) と生きていけるか? 暗殺者と肩を並べて、安心して生活できるか?」
「……」
静かに、だがはっきりと口にする『黒』。その言葉に涼は反論できない。
そう、その通りなのだ。
隣に住む人が暗殺者、子供の友達が暗殺者、職場の同僚たちが暗殺者だったら?
そんな状況で、不測の事態を考えずに生きていくのは難しい。
自分自身は受け入れられても、子供や家族も共に生きていくとなったら……?
『黒』は、自分たちが受け入れられないことを理解しているからこそ述べたのだ。
しかし、涼は考える。
もし、暗殺者だけの国であるなら?
だから告げる。
「 腹案(ふくあん) があります」
「断る」
『黒』は聞くのも拒絶する。
「聞かせたければ、私を叩きのめして聞かせろ。主張は力によって示せ。それが我らの流儀でもある」
「むぅ……戦わねばなりませんか」
涼もそうなるだろうと思ってはいた。
村雨を抜き、刃を生じさせる。
『黒』も短剣と言うには長く、剣というには少し短い細身の直剣を構えた。
始まる剣戟。
涼は初め、『黒』はナターリアを操って前首領『ハサン』を殺めた極悪人のような人物だと思っていた。
だが、話してみると決してそうではなく、教団の者たちへの責任を感じているのだと分かった。
まあ、それはそうなのだ。
いくら力を持っていようとも、前首領が亡くなった後を引き継ぎ、 破綻(はたん) させることなく動かし続けることができているのだから。
人が、この人についていこうと思う人物でなければ、そううまくはやれない。
『ハサン』は、教団創設者ということもあり、力と魅力でまとめ上げていた節がある。
カリスマというやつだ。
しかし、目の前の『黒』は違う。
真面目に、 真摯(しんし) に、目の前の一人一人と向かうタイプ……。
『ハサン』とは真逆と言ってもいいかもしれない。
「合うわけがない」
そう呟くが、すぐに反論が思い浮かぶ。
『黒』は、『ハサン』体制下でナターリア以上の上級幹部だった。
つまり『ハサン』は、『黒』を高く評価していたのだ。
自分の後継者として考えていたかは分からないが、教団にとって重要な人物だと認めていたのは確かだろう。
そんな人物が反逆し、カリスマを排除する決断をした理由は?
さすがにそれは分からない。
「さすがに強いか」
剣戟が止まり、二人が少し距離を取ったところで『黒』が呟く。
「ようやく、僕の腹案を聞いてくれる気になりましたか」
「断る」
「いや、話を聞くくらい……」
「そうやって私の心を惑わせようとしても無駄だ」
「なんたる石頭。真面目過ぎるにもほどがあります」
『黒』が吐き捨てるように言い、涼が顔をしかめて首を振る。
聞く気のない人に話を聞いてもらうのは無理。
「やむを得ん、使うしかないか」
『黒』がそう呟いたのは聞こえた。
聞こえた次の瞬間、目の前から消えた。
「隠蔽のブレスレットを使った? こちらもやむを得ません、<アクティブソナー>常時起動!」
<アクティブソナー>は、涼から発せられた刺激が空気中の水蒸気を振動させながら広がっていき、対象にぶつかって戻ってくる……そこから対象物を判断する魔法だ。
<パッシブソナー>は常時起動させることもあるが、<アクティブソナー>は常時起動すると脳での処理が大変になるのであまりやらない。
しかし、今はしょうがない。
「いつかアベルやアモンみたいに、気配を感じて戦えるようにならなければ」
そう誓う涼。
そんな剣豪たちの領域を目指す水属性の魔法使い……涼はいったいどこを目指しているのか。
それは誰にも分からない。
カキンッ、カキンッ、カキンッ……。
見えない所からの攻撃を防ぐ涼。
すでに、目は閉じている。
<アクティブソナー>からの情報に身を任せて剣を動かす。
簡単ではない。
仕方あるまい。
人は、目からの情報量が七十%、あるいは八十%と言われている。
実際、涼の周りにいる強い剣士たちは、目が良い。
その、目を封じられている状態なのだ。
それでも、涼には魔法がある。
特にソナー系の魔法は、長い間使ってきた。
涼の魔法の中でも、かなり習熟したものの一つ。
剣の技も磨いてきた。
剣を振り、模擬戦をこなし、命を懸けた戦いも経験してきた。
どちらも、涼の力。
そんな二つの力を連携させる。
戦いが始まって五分後。
ゆっくりと、だが確実に連携していく二つの力。
初めは、腕と剣を動かすだけだったのだが、今では足さばきも連動させている。
ほとんど考えず……<アクティブソナー>からの情報も、考えるより感じろ状態に。
涼の変化は、攻撃を続ける『黒』も把握していた。
(最初に比べて、驚くほどスムーズに体を動かしている。私の攻撃が見えているのか? いや、見えてはいないはずだ。それは教団の中で何度も検証した。何らかの魔法によって、隠蔽を発動した者の体の動きは、ごくわずかに捉えることができるかもしれない……だが、剣は無理だ。こんな細かなものの動きを捉えることなど)
しかし、目の前の魔法使いは全ての剣を受けている。
そう、魔法使いなのに、剣の腕も卓越している。
(まるで首領様と戦っているかのよう……)
『黒』が思い浮かべる『首領様』は、もちろん前首領『ハサン』のことだ。
『ハサン』は、『黒』にとっては複雑な感情を持つ対象。
殺害を命じたが……そこにあったのは憎しみではなかった。
教団を手に入れたかった?
それは間違いではないが、決して権力欲からではない。
教団の未来を展望した時、『ハサン』は引退すべきだと思ったのだ。
正確な年齢は分からないが、あの時、すでに百歳は軽く超えていたはず。
だが、永遠の命を欲し、教団をそのために動かした。
自分の欲のために……。
それも、たかが命のために。
それは『黒』には許せなかった。
それまでに溜まっていた不満と不安が、一気に爆発した。
教団に属する者たちの多くは、確かに『ハサン』を 崇(あが) め 奉(たてまつ) っていた。
それも当然だろう。
彼らが生まれた時から首領であり、暗殺術から魔法、その他ほとんど全てを教えてくれた人物なのだから。
しかも強い。
百歳を超えてなお、誰も勝てなかったほどに強かった。
強さは人を惹きつける。
そこに憧れが生まれる。
それがカリスマ性。
強力なカリスマ性で教団を率いていた首領だが、それでも反発する者たちはいた。
その多くは、真に教団の将来を考えた時、生まれた不安に駆られた者たちだった。
彼らの不安をまとめ上げたのが『黒』。
それらの動き全てを、『ハサン』は知っていたようだ。
知っていた上で、止めもせず 咎(とが) めもしなかった。
教団のナンバー2として『黒』に重要な役割を担わせ、活動することを許した。
最終的に『黒』は、自分を育ててくれた恩義を感じつつも、『ハサン』殺害を命じた。
そんな『ハサン』の剣を思い出させる、目の前の魔法使い。
正直、この魔法使いの何が『ハサン』を思い出させるのか分からない。
ただ、何となく『ハサン』と戦っている気になる。
(少しずつ強くなっているその姿か? どんな困難も、絶対に乗り越えていくだろうと周囲に思わせる雰囲気か? どちらにしろ、私が手に入れられなかったものだ)
『黒』は心の中で一つ頷く。
『ハサン』が持っていて、自分が持っていなかったものは多い。
それは認める。
だが、 卑屈(ひくつ) にはならない。
それは『ハサン』に反逆すると決めた時、『黒』が捨てたものだ。
(私は、私に付き従ってくれる者たちのために、首領様を超える!)
涼には分かる。
『黒』の剣は天才のものではない。
だが、努力に努力を重ねた剣だと。
(こういう人の心は折れません。粘り、しなり、あるいは柔軟と言ってもいい……何度も心がすり減るような負けの経験を積んできたからこそ身に付いたもの。敵に回すと、一番厄介な人たちです)
そんな人たちを、涼は知っている。
地球にいた頃に見てきた。
(『ハサン』とは全く逆のタイプだと思うんですよね。あの人は、 豪放磊落(ごうほうらいらく) というか、才能に溢れた感じでした……もちろん才能に溺れるわけではなく、努力もし続けた人。ああ、結局どちらも、努力はし続けていますね。タイプは違えど、弟子は師に似る。至言かもしれません)
そして気付いていた。
少しずつ、剣速が上がってきていることに。
その理由が魔法であることに。
(風属性魔法で、剣の速さを上げている? セーラの『風装』みたいに? 凄いですね、セーラ以外でそんな使い方ができる人がいるとは)
剣を鍛えに鍛え……それでも、もっと、少しでも速く剣を振るために。
魔法で剣や腕の振りを速くする……考え方は単純。でも、現実にはほとんど不可能だと、涼は以前思ったことがある。
それを実行したセーラを、素直に凄いと思った。
目の前の暗殺者も、同じ思考に辿り着き、実行している。
恐らくは、何時間も何日間も何年間もかけて、ここまで辿り着いたのだろうと思う。
普通の暗殺の現場では必要とはなるまい。
こんな技は、強者を相手にする場合に必要なものだ。
(『ハサン』と対峙する時のために、若い時から鍛えてきた技の一つなのでしょう)
勝てない相手だと分かっている。
だが、いずれ戦わねばならない時が来ることも分かっている。
だから準備する。
文字にすればそれだけのことなのだが、何年もの時間を費やすのだ。
本当にくるか分からない対峙のために。
本当にくるか分からないチャンスのために。
本当に……勝てるとは思えない相手と戦うために。
(暗殺者の首領とはいえ、その努力には敬意を表します)
涼は、そう思ってしまう。
もちろん、暗殺者そのものを認めることはできない。
受け入れたいとも思わない。
それでも……職業に関係なく、努力し続けた人は凄いと思うのだ。
努力しないで頂点に上がる者はいない。
本人が『努力』だと認識していない場合はあるが……。
そんな努力に裏打ちされた力は、とても強い。
そんな力を使いこなす者も、とても強い。
彼らは油断しないから。
努力の効能を知っているから。
目の前の相手が、今この瞬間にも成長し続けているかもしれない……そう考えることができるから。
だから油断しない。
心も折れないから、自滅するのを待つこともできない。
(つまり、正面から、きちんと叩き潰すことでしか『倒せません』)
さらに技術面に論を進めた時、厄介な点も理解している。
(短い剣は取り回しが良いので、その防御を抜くのは簡単ではありません)
『黒』が操る剣は、普通の両手剣より短い。
短剣よりは長い両刃の直剣だが、細身だし、扱いやすそうなのだ。
剣士には好まれないだろうが、暗殺者にとっては使いやすいだろうと思える。
(あれを破らなければいけないわけです)
目標は定まった。
涼はいつも通り正眼に構え、鋭く深く息を吐く。
すべて吐き出すと、自然と吸うことができる。
成立する深呼吸。
やったのはそれだけ。
一変する空気。
緩さは消え、張り詰める。
再び始まる剣戟。
しかし、明らかな変化。
防御一辺倒だった涼の剣に、攻撃が混じり始める。
それも牽制やおざなりな攻撃ではない。
鋭い。
急所を狙った攻撃。
一撃でも入れば、その瞬間、『黒』の負けが決まる……。
(本気になったな、化物め)
だが『黒』に驚きはない。
目の前の魔法使いは、あの『ハサン』と互角の戦いを演じたのだ。
『黒』は、いずれ『ハサン』を超えるために鍛えた。
『ハサン』本人と戦う可能性は無くなったが、それに匹敵する男と対峙している。
教団の者たちの将来を背負って。
(負けるわけにはいかない)
二人の戦いは、傍から見れば不思議な光景だったろう。
誰もいない何もいない空間に向かって、涼が剣を振る。
そんな空間から、剣と剣が交わる音が響いてくる。
魔法を使った剣の訓練を、涼が一人でやっているのか……そう思えるような不思議な光景。
命のやりとりの現場にあるべき『熱』を感じさせない。
そう、錬金術によって『隠蔽』された『黒』を認識できないのは当然として、ただ一人目に映る涼からも熱さを感じない。
冷静。
落ち着き。
実際、涼は模擬戦を戦っている感覚だ。
それは、『風装』を展開したセーラとの模擬戦……ただ、相手を捉えるのは視覚ではなく魔法でという違いがある。
だが、それだけ。
力は互角、速さは若干『黒』が上、技術は少し涼が上……『黒』は隠蔽の錬金道具を使用しているので、涼は目が使えない。
だが、それだけだ。
魔法は使える。
相手に当てる魔法は難しいが、それだけが魔法ではない。
「僕は、水属性の魔法使いです」
それは、涼が持つある種の 矜持(きょうじ) 。
ツルッ。
「!」
『黒』が重心を乗せた左足の下にある床が氷になり、滑った。
たたらを踏みながら、倒れるのを防ぐ。
それが間違いだった。
むしろそのまま倒れていれば、攻撃は当たらなかったのだ。
『黒』は後頭部に衝撃を受けたのを感じた。
気絶し、その場に崩れ落ちた。