作品タイトル不明
0809 国同士の交渉
「ロンド公爵閣下、ようこそおいでくださいました」
「元首閣下、お久しぶりです」
元首公邸では、元首コルンバーノ自らが涼を出迎えた。
ちなみに『十号室』の三人は、これまで着たことのないような駐在武官、駐在文官の正装を着て涼の後ろに並んでいる。
もちろん、王国使節団から与えられたものだ。
全権交渉人ともいうべき筆頭公爵の護衛としてついていくのに、いつもの冒険者服ではあんまりだという団長ヒュー・マクグラスの判断である。
もちろん、ニルスとアモンは駐在武官的立ち位置ということで剣を下げているし、エトも杖を持っている。
特にその点に関して、共和国側からは何も指摘されなかった。
会談は 和(なご) やかに始まり、和やかに進んだ。
それも当然だろう。
片方は売りたい、もう片方は買いたい、双方の思惑は合致している。
しかもそれぞれの考えは、相手にすでに伝わっている。
もめる理由がない。
詰めるべきは実務的な部分だけなのだ。
「さて、我が王国として買い取りたいという意思は、すでに伝わっているかと思います」
「ええ、伺っております」
「ただ、お売りいただける量を正確には知りません」
笑顔のまま言う涼。
「共和国としては、一千キロと考えております」
「なるほど」
コルンバーノの言葉に、涼は頷く。
パウリーナ船長がもたらした事前情報通りだ。
「それならば、全量買い取らせていただきます」
「おぉ、ありがとうございます」
涼がはっきりと告げ、コルンバーノは笑顔で頷く。
問題は最後、金額だ。
「共和国としては、一兆五千億ドゥカート、中央諸国の通貨単位ですと一兆五千億フロリンでと考えております」
「なるほど」
コルンバーノの提示額に、涼は一つ頷く。
予算の一兆フロリンを軽くオーバーしている。
『十号室』の三人は、すでに理解できない数字であるため思考停止し、無表情で涼の後ろに立ったまま……。
「分かりました。宿に持ち帰って、前向きに検討させていただきます」
涼はそう言うと立ち上がる。
「はい、よろしくお願いします」
コルンバーノも立ち上がり、二人は握手した。
『ドージェ・ピエトロ』に戻る馬車の中。
「何だろう、俺の知らない金額が飛び交っていた気がする」
「凄いですね、国同士の交渉って」
ニルスとアモンが、庶民的感想を交わしている。
「でも、実際どうするの? 予算を五千億フロリンもオーバーしている金額を提示されたけど」
エトが心配そうに涼に尋ねる。
「そうですね。一番良いのは値下げしてもらうことですよね」
「そりゃそうだが……」
「実際、足りない分の五千億フロリンを稼ぐ、っていうのは現実的ではないでしょう?」
「何千年か働かないと無理だよな」
涼が微笑みながら言い、呆れたような声でニルスが答える。
「リョウさんって、以前、共和国に協力したことがあるのでしょう?」
「うん、あるよ」
「でもやっぱり、国同士の交渉だと、その辺は関係ないのですね」
「そうなりますよね~」
アモンの言葉に頷く涼。
当然ではある。
国主の知り合いとか友人だからという理由で、安く売ったりしたら……。
絶対、後で議会から叩かれるだろう。
民もそのことを知ったら怒りだすに違いない……俺たちの税金で購入したものを、他国に安価で売るとは何事だと。
国家というものは、多くの人の利害が絡み、多くの人の人生にも絡んでいくものなのだ。
「まあ、実際のところ、全量買い取る必要もありません」
「確かに」
「うん?」
「はい?」
涼の言葉をすぐに理解できたのはエトだけだ。
ニルスもアモンも首を傾げている。
「一兆フロリンしかお金がありませんので、六百六十六キロだけ売ってくださいって言うこともできます」
「細かいな」
「確かに、それなら」
涼が解説すると、ニルスもアモンも理解できたようだ。
「まあ、一兆フロリンしかお金がありませんっていうのも、すごい表現だよね」
「多分、この先、二度と使わない表現でしょうね」
エトが苦笑し、涼も笑いながら言うのであった。
想定以上の金額を提示された涼たち買い付け一行であったが、全く悲観的ではなかった。
一方の、金額を提示した側は……。
「さすがに、吹っ掛けすぎたか?」
「はい」
コルンバーノが問いかけると、最高顧問バーリー卿は間髪を容れずに頷いた。
実際のところ、ミトリロ塊には相場というものはない。
一般人が取引するものではないからだ。
百歩譲って、ミトリロ鉱石であれば……以前なら、武器製造に使う最上級の材料ということで市場での取引もあったが、それも廃れて久しい。
市場に出回らないものではあり、無くとも困らないもの。
さらに共和国が売りつけることができる相手は、西方諸国には存在しない。
買ってくれるのはナイトレイ王国だけ。
共和国は売る側ではあるが、決して強い立場ではないのだ。
コルンバーノも、それは理解しているが……。
「使い切れんだけでなく、手に入れようと襲撃してくる連中が現れたからな」
「特務庁の報告ですな」
コルンバーノもバーリー卿も、特務庁が上げてきた「襲撃者の目的はミトリロ塊の可能性大」「何らかの錬金道具に使う可能性あり」という報告を読んだ。
「昨日、先ほどのロンド公爵に直接会って聞き取ったとか」
「首都防衛指令室のバンガン室長とアマーリア副室長だな。以前にロンド公爵との関係を築いていたようだから、それを活かしたんだな」
「優秀な人材の証拠です」
コルンバーノの説明に、頷くバーリー卿。
優秀な人材はいくらいてもいい。
それは組織を強くし、ひいては国家を強くする。
最終的にそれは、民に安全な生活をもたらすはずだ。
涼たち買い付け一行が元首公邸を訪れた翌早朝。
「元首閣下、大変です!」
「どうした?」
「元首第三倉庫が破られました!」
「また狙われた!? 守備隊だけでなく特務庁からも応援を回してもらっていたはずだろ」
「全滅です……」
「ミトリロ塊は……」
「すべて奪われました」
部下の絶望的な報告。
コルンバーノ元首は、無言のまま何も言えなかった。
昼、コルンバーノは届いたばかりの報告書を読む。
同じものを、最高顧問バーリー卿もソファーに座って目を通している。
「後ろから近付いて喉を切り裂く……前回と同じ手口ですな」
「特務庁の連中を含めて、周辺警備のほとんどがその方法でやられている……こいつら、どれだけ気配を消すのがうまいんだよ」
バーリー卿はあえて冷静に指摘し、コルンバーノは苛立ちを隠さずに吐き捨てるように言う。
そこに……。
「諜報特務庁のフランツォーニ局長がいらっしゃいました」
「通せ」
元首執務室に入ってくるボニファーチョ・フランツォーニ局長。
疲労の色が濃い。
「ボニファーチョ、何が分かった?」
「元首閣下、 隠蔽(いんぺい) の効果があるブレスレットのことを覚えておいでですか?」
「隠蔽?」
挨拶より早くボニファーチョ局長が答え、コルンバーノは首を傾げる。
「以前、教皇庁の聖職者どもから奪取したやつか。それこそ、今来ているロンド公爵から譲ってもらったやつだよな」
「はい、それです。その後、公爵閣下に一つお渡ししました」
「覚えている……チェーザレ司教が脱走し、その際に捕えていた四人の聖職者たちも死んだ。そのブレスレットの効果などを調べることができなかった 詫(わ) びとして、ロンド公爵に一つ渡したな」
コルンバーノは思い出して頷く。
同時に、その後についても思い出す。
「確かその一カ月後くらいだったろう。残りの四つのブレスレットが盗まれたのは」
「はい。共和国総合研究所で分析作業に入ったのですが、ある夜、襲撃されて四つとも盗まれました」
「ああ、それだ。で、それがどうした? いや、まさか……」
コルンバーノも気付く。このタイミングで、ボニファーチョが話し出した理由に。
「昨日の襲撃の際、元首第三倉庫と周辺で使われた形跡がありました」
「同一犯か」
コルンバーノが思いっきり顔をしかめる。
「それは、あの装置で検出したのだな?」
「はい、『特定機』で」
『特定機』とは、正式名称が『使用錬金道具特定機』と極めて官僚的に名付けられている、共和国の機密の一つだ。
一般的な捜査で使われることはなく、政府あるいは特務庁のいずれかが必要と認めた場合のみ使用される。
この『特定機』は、特務庁に記録が保管されている錬金道具が使用されたかどうかを特定することができる。
以前、政府のものとなったことのある隠蔽効果のあるブレスレットは、記録が保管されているため、『特定機』によって判別できたのだ。
「ブレスレットが盗まれた時、同時に盗まれた物がありました」
「うん?」
「融合魔法を可能にするブローチです」
「あったな! ブローチ三つ」
コルンバーノは顔をしかめたまま思い出す。
隠蔽を可能にするブレスレットと共に、ほとんど分析の進んでいなかった融合魔法によって魔法の威力を上げるブローチ。
これも、襲撃してきた聖職者たちからロンド公爵が奪い取って、共和国政府に譲ってくれたものだ。
「襲撃者たちはブレスレットとブローチを持っている可能性が高い。分析がほとんど進んでいなかったから確定はできんが、今回奪われたミトリロ塊は、どちらかのあるいは両方の、錬金道具を作るのに必要なのかもしれん」
コルンバーノの推測に、ボニファーチョも無言のまま頷いた。
ずっと黙ったまま二人の会話を聞いていたバーリー卿が口を開く。
「ロンド公爵への説明と謝罪、私が行こう」
「いいのか?」
「さすがに、共和国元首が行くわけにはいくまい?」
苦笑しながら言うバーリー卿。
値段を提示しておきながら、売るはずだった物が無くなったのだ。
それも、国を代表する者が提示し、国を代表して来た者が検討すると言った物がだ。
謝罪はしなければならないだろう。
だが、国主たるものがそう簡単に頭を下げるのはまずい。
相手が同格のものであるなら、必ずしもないとは言えないが……。
相手は強国の筆頭公爵とはいえ、王ではないのだ。
コルンバーノが元首として頭を下げるのは……。
「相手は筆頭公爵、私は最高顧問。これくらいがちょうどいいだろう?」
「すまん、頼む」
バーリー卿の言葉に、コルンバーノは頭を下げた。
この二人の間柄なら、頭を下げても問題ない。
国を背負うというのは、いろいろと面倒事を背負うということなのだ。