作品タイトル不明
0793 旅の終わり
一行が中央部の西の果てである断崖絶壁の上に辿り着いたのは、合流して四日後だった。
「これはまた……」
「……」
さすがのグラハムも驚き、ステファニアは完全に言葉を失っている。
「四千メートルの高さから下を見るという経験は、普通しないからな」
「アベル、飛び降りたくなってもやっちゃダメですよ」
「しねーよ! なんだよ飛び降りたくなるって」
「実を言うと、僕は高い所から下を見ると飛び降りてみたくなるのです」
「おい……」
涼の言葉に、思わずその顔を見るアベル。
「アベルだって、空を飛んでみたいって言ってたじゃないですか?」
「言ってたが……落ちたいわけじゃない」
「大丈夫ですよ、地面に叩きつけられるまでは『飛んでいる』なのは間違いないです」
「全然大丈夫じゃねーよ! 地面に叩きつけられたら死ぬだろうが」
「まあ、その通りです。それが分かっているので、僕は飛び降りたくなっても、実際には飛び降りませんよ?」
「うん、 威張(いば) って言うことじゃない」
なぜか胸を反らして威張った感じの涼、呆れるアベル。
「リョウ殿、もちろん疑うわけではないのですが、本当にこの高さから無事に降りることができるのですか?」
「ええグラハムさん、大丈夫です」
涼は頷く。
そして、少し広い場所に移動して唱えた。
「<アイスクリエイト 平舟>」
船底が平らな、かつて日本の川を下っていたような船が生成された。
ただし、大きい。
屋根は無く、見晴らしは良さそうだ。
内部には、イスはないが体を支えるポールなどもある。
「でかいな……」
「これなら全員乗れそうですね」
アベルとグラハムが頷く。
ただし、まだ問題がある。
「これで下りるんだろうが、どうする? 俺が乗った演台みたいに、浮かすのか?」
「それも考えたんですけど、百人以上いるでしょう? 乗ってる人が動いたりすると重心がずれたりして、僕でも調節は難しいかなと思いまして……今回は坂を下ることにしました」
「坂?」
「ダウンヒルです! 下り最速を目指すのです!」
「うん、なんか不穏な感じだから、ゆっくり頼むな」
涼の宣言を、やんわりと抑えるアベル。
機先を制するリスクマネジメントは、さすが国王である。
「斜度十パーセントだと、四万メートル……四十キロ先に着地します。四万二百メートルほどの氷の坂を作る必要があります」
「長いな、できるのか?」
「無理です」
「おい」
涼が完全否定し、アベルが思わずツッコむ。
「いくら僕でも、四十キロを超える氷の道を生成するのは無理です。でも、少しずつ生成していけば大丈夫です」
「少しずつ生成?」
「僕らがいるところと、その少し先までを生成していけば……」
涼は考えながら、平船で下る予定の氷の坂を生成した。
「こんな感じの氷の坂を、船で下っていきます」
「なあ、この船……あるいはリョウの氷の坂、おかしくないか?」
「何がですか?」
「宙に……浮いていないか?」
そう、遠くから見れば、まさに宙に置いているように見えるはずなのだ。
「素晴らしいです、アベル。全くその通りです」
「何で、そんなことが可能なんだ?」
「魔法だからです」
「……うん?」
アベルは首を傾げる。
「僕もずっと不思議に思っていたことの一つです。例えば僕の<アイシクルランス>、飛んで行きます」
「そうだな」
「魔法で生成したものって、重力……大地に引っ張られる力を無視するかの如く、振る舞うことがあるのです。かと思えば、空に浮かべた<アイシクルランス>が重力にひかれて降ってきたり、空に浮かべた<アイスウォール>が落ちてきたりします」
「ああ、見た覚えがある」
アベルは思い出す。
空中高く生成された<アイスウォール>が落下し、野生のゴーレムを押しつぶしていった光景を。
「魔法で生成したものと重力の関係、これは興味深いです。僕が重力にひかれて落ちることを意識して生成すると地面に落ちてきますし、落ちてこないようにすると落ちてきません」
「うん?」
「重力は、質量のあるもの全てにかかる力なのにです。とても不思議です」
「すまん、よく分からん」
涼の思わず口から漏れる独り言に、アベルはついていけない。
「まあ、とにかく、最初から全部生成する必要はない、その都度生成しながら降りていけばいいということです」
「そうか」
「四十キロ先まで行っちゃうとあれなので、九十九折にしちゃいましょうか」
「ツヅラオ?」
「ヘアピンカーブの連続です」
「うん、分からん」
「実際に行ってみれば分かります」
涼はそう言うと、『平船』の側面を扉のように開けた。
「では皆さん、この船で下りますので乗ってください」
涼の言葉に、さすがにお互いに顔を見合わせている。
だが、二人の組織トップ、すなわちアベル王とグラハム教皇が率先して乗ったために、王国騎士団も異端審問官、そして第三守備隊の五人も乗った。
涼が勿論、船首に立つ。
「では出発します! <アイスバーン><ウォータージェットスラスタ>」
氷の床が張られ、その上をゆっくりと進む平船。
断崖絶壁の端に着くと……。
「<アイスバーン>」
斜度十パーセント……道路で言ったらまあまあの角度の付いた氷の道が生成され、そこをゆっくりと下っていく。
絶壁に沿って一キロほど進むと、百八十度転換して今来た下り坂の下を進む。
それを繰り返していく……九十九折り。
「おぉ!」
「凄い景色!」
「向こうに海も見える!」
船に乗るお客様方が喜んでいるのを見て、観光船の船長の気分になっている涼は喜んだ。
しばらく進んでいった後。
一人、船長が考え込んでいる。
「今、時速二十キロくらいなので、二時間かかりますね。やはり下り最速を主張するなら、時速百二十キロくらい出た方が……」
「リョウ、今の速さでちょうどいいからな!」
上司アベルが、船長涼を止める。
「僕はお客様に楽しんでいただきたく……」
「うん、今、みんな楽しんでいる」
「もっと速くなれば、もっと楽しめるかも……」
「恐怖で顔が歪むからやめろ」
「そうですか? じゃあ、このスピードで行きますか」
アベルの説得で、今の速度が維持された。
想定通り、二時間後、平船は大地に降りた。
そこは涼が調整したために、アウグジェの街の前。
当然、船が降りてくるのは街から見えていたために、多くの人が集まっていた。
その中には、マネ総督も。
「グラハム聖下、アベル陛下、ご無事で!」
「マネ殿、問題ない」
「総督、心配かけたな」
マネ総督が嬉しそうに声をあげ、グラハムとアベルが頷く。
二人が、強制転移の経緯など簡単に説明をしているようだ。
その間に、涼の前には五人の女性が並んだ。
「リョウさ……いえ、ロンド公爵閣下、大変お世話になりました」
「いえいえ、お世話になったのは僕の方ですよ。皆さん、護衛ありがとうございました」
第三守備隊の五人が最敬礼をし、涼も改めて感謝したのだ。
その後、アベルとグラハムから説明を受けたマネ総督が六人の元にやってきた。
「ロンド公爵閣下、ご無事でなによりです」
「マネ総督、彼女たち第三守備隊のおかげで、僕は本隊に合流できました。彼女たちは素晴らしい守備隊です」
涼ははっきりと告げる。
特に隊長のモーラは、功績をあげて家を継がなければならないのだ。
涼が称賛することによって、それに近付くのならいくらでも……。
そこで涼は、自分の後ろをずっとついてきていた<台車>の一台を前に出す。
そこに入っているのは、野生のゴーレムから採取した、巨大な黄色い魔石。
「これは……これほど巨大な土の魔石、見たことがありません」
「僕の護衛の途中で、野生のゴーレムから採取したものです」
「ゴーレム……」
驚くマネ総督。
「十八個あります。その内、十五個を街に提供します。三個は僕が貰います」
「え、あ、はい……」
「問題ありますか?」
「いえ、ございません。本当に、十五個も街に提供していただけるのですか?」
マネ総督は、涼の気前の良さに驚いているようだ。
これほどの魔石なら、一個でも一財産が築ける。
しかし二人のやりとりを見て、アベルは心の中で首を傾げた。
涼がこの手の話で、自分のものだと主張するのをあまり見たことがないからだ。
アベルに対してはあるが、あれは冗談というか絡んでいるだけなので……。
しかし、すぐに理由は明らかになる。
「ではこの三個は僕のものです」
涼は<台車>から三個の魔石を取って、マネ総督を見る。
マネも同意して頷く。
「僕はこう見えても、ナイトレイ王国筆頭公爵の地位にあります。ノブレスオブリージュ……高貴なるものの義務、つまり貴族として、僕を護衛してくれた人たちに感謝を述べ、それを行動で示す義務があります」
涼はそう言うと、手に持った三個の魔石をモーラ隊長に渡した。
「え……」
「ですので、僕が所有する三個の土の魔石を、第三守備隊の五人に進呈します。換金して、五人で等分してください」
涼は笑顔で告げた。
心の中で頷くアベル。涼らしいと。
「家を継ぐ時に、お金が必要になるかもしれません。他の親類や周囲の貴族たちに侮られてはいけませんよ。ビシッとキメて新たな当主の姿を見せつけてください」
涼は少しだけ小さな声でモーラに言った。
もちろん他の四人にもマネ総督にも聞こえているが。
「はい……ありがとう、ございます」
モーラと他の四人は深々と頭を下げ、中央部への短い旅は終了したのだった。